5年ほど前から日本の大手製造業を中心に「現場の不正」とやらが相次いでいる。最近では多過ぎて新聞などでの扱いが小さくなる一方だ。それでも日野自動車の不正は衝撃的だったな。ついに国内で売るトラックがほぼなくなってしまったからね。調査報告書を熟読してつくづく思ったのが、そろそろ「日本型経営」をすっぱり諦めるべきだってこと。日野自動車だけの話じゃないぞ。日本企業の全てに言えることだ。いっそのこと、それをDX(デジタルトランスフォーメーション)の眼目にしたらどうか。
ちなみに日本企業の現場が犯す不正には、どれこれも前提となる共通の原因、あるいは土壌がある。企業で重大な不正が発覚すると、毎度おなじみの調査委員会が設けられる。で、しかるべき工数をかけて調査が行われ、調査報告書がまとめられる。これまで幾つかの報告書を読んでみたが、どれもこれも大本の原因が「えっ!これ、どの会社の報告書だっけ」と思うほどよく似ている。実は後で述べるが、みずほ銀行の大規模システム障害に関する報告書にも似たような記述がある。要するに日本型経営の構造的欠陥が事件や事故を引き起こしているのだ。
日野自動車の報告書が公表されたのは2022年8月1日だから、当然のことながら今回新たに発覚した小型トラックのエンジン試験での不正については触れられていない。だが、日野自動車の問題、日本企業全般の問題を抽出するのには、大型・中型トラックのエンジン試験での不正を調査した報告書の内容で十分だ。数々の不正のうちでも重大な結果を招くことになった不正のいきさつについて、報告書の内容を思いっ切りはしょって書くと次のようになる。
大型トラックのエンジンを、新たに導入される燃費規制などに対応させるプロジェクトをスタートさせようとしたが、現場では目標年度までに規制をクリアできる技術的見通しが立たない。だが、上からの指示は必達で「できません」は許されないので、担当役員には「達成する見込み」と報告する。役員は技術的裏付けを確認せず「やってくれるだろう」と現場に丸投げ。現場では上から「何とかしろ」との強いプレッシャーがかかるなか、プロジェクトが終盤に差し掛かる。
プロジェクト最終工程で試験を繰り返しながらエンジン性能の最適化を図る部署が、実際に燃費を測定して「げっ、達成できないじゃん」と仰天。期日が迫っており、今更手戻りは無理。で、知恵を絞って奥の手を出す。要するに不正だ。測定装置が有利なデータを出すように調整し、それでも目標には届かないので係数をいじってデータを改ざんするに至る。驚いたことに(実はそう驚いてもいないが)、プロジェクトに関わった他部署の担当者は、目標達成が難しいことを認識していたが、不正の事実は認識していなかったそうだ。
こうまとめると、この不正は日野自動車ならではの特殊事情に起因するものと思ってしまいがちだが、よくよく考えてみると、他の企業でも相次いだ「現場の不正」と基本パターンが変わらないことに気付くはずだ。経営が実現可能性などを考慮せずに目標を打ち出し、現場に「何とかせよ」と丸投げ。ノーと言えない現場は無理を承知で何とかしようとする。しかも、どうしても無理なのに経営に報告することもなければ、他部署に支援を求めることもない。そして不正に手を染める。これが現場の不正の基本パターンである。
現場の不正は「現場力」の発露の一形態
この基本パターンはもう少し「汎用化」してもよい。つまり、現場の不正は日本企業、特に製造業が「我が社の強み」として誇る現場力の発露の一形態なのだ。経営者が「現場の創意工夫で何とかしろ」と丸投げした経営目標を、現場が創意工夫だけでなく過酷な長時間労働などによって達成してしまう。これを現場力と称する。で、その現場力、現場の創意工夫の延長線上にあるのが不正である。
この5年ほどの間に多発した「軽め」の不正でも現場力が遺憾なく発揮されている。例えば人が足りず現場が疲弊していても経営からさらなる原価率の引き下げを求められ、解決策として製品テストをやめて、適当なテストデータをでっち上げるといった具合だ。「もともと顧客の要求を上回る品質で製品を出荷しているんだから、多少品質がばらついても大丈夫だろう」といった、第三者からするとあり得ない理屈が現場ではまかり通るのだ。
日野自動車の報告書では組織のたこつぼ化の問題も何度も指摘されていたが、これとて日本企業全般に共通するものである。確かに、プロジェクトに関わる各部署が目標達成に向け積極的に協力せず、プロジェクトがやばくなると特定部署に責任を押し付けようとするのはとんでもない。だが、システム開発プロジェクトでよくある。プロジェクトが失敗しそうだと、利用部門は自分たちの責任を問われないように立ち回り、気がつけばIT部門が全責任をかぶり何とかしないといけない事態となる。こんな話、何度聞いたか分からない。
そういえば、不正を起こした部署について報告書には次のような記述がある。「業務は他部署からは理解されにくく、経験と専門性を要する作業である。業務の負担を自ら抱え込み、自分たちにしか分からない業務としておくことで、他部署からの干渉を避けながら、その存在意義を示していた」。これって、どこかに似ていないか。そう、IT部門の「一般属性」だと言っても、全く違和感がないはずだ。つまり、どこも皆、組織はよく似ているというわけだ。
報告書では、組織のたこつぼ化の実態をこんなふうに記述している。「各部署が互いに協力し合うことなく、自分たちが保持する権限や利害にこだわり、他部署からの干渉を極力排除しようとする傾向が強い」「縦割り意識が強く、自ら担当する工程に対しては取り組むものの、他の工程に対しては興味や関心が薄く、他の工程に余計な口を挟まない代わりに自らの工程への協力も求めない」。日野自動車の問題点として書かれてはいるが、どこの企業でも「あるある」の話だ。
で、たこつぼ化した組織の内部はどうなるのか。報告書は「人材が固定化しやすく、上司に逆らえないという雰囲気が醸成されやすい」とする。その上司は「やってくれるだろう」と丸投げしてくる役員らによって評価される。「無理です」と言ったり、実際にできなかったりしたら出世は断たれる。だから上司は部下にも同じことを要求する。で、誰もが「一度上司に嫌われたら二度と評価されない」と恐れ、顧客のためでも企業のためでもなく、所属する部署のためだけに働くたこつぼ人間と化していくわけだ。
さて、読者はどう思っただろうか。自社と比べて「うちの会社は対極だな。風通しが良いぞ」と思えるなら幸せだ。ただ、ごく少数派だろう。大概の人が「確かにうちも似たようなものだ」との感想を持ったのではないか。この報告書は一般公開されているので、時間があれば一度目を通してみるとよい。「うちの会社でもあるある。その通り」と何度うなずくことになるか分からないぞ。ちなみに私も読んでいる最中にうなずいてばかりだったが、その回数は機密事項としておこう。
【初割・2カ月無料】お申し込みで…
- 専門記者によるオリジナルコンテンツが読み放題
- 著名経営者や有識者による動画、ウェビナーが見放題
- 日経ビジネス最新号12年分のバックナンバーが読み放題