AI(人工知能)が暮らしの隅々に浸透している。レストランに入れば「いらっしゃいませ」と出迎えてくれるのは人型ロボット、ペッパーだ。自宅ではAIスピーカーが音楽の再生から、照明の操作まで様々な指示に従ってくれる。だが人間の従順なしもべだと思っていた身近なAIたちが、ある日突然反乱を起こしたら……。
そんな終末的な未来を真剣に危惧する著名人が増えている。代表的なのが「車椅子の天才」と呼ばれた英国の宇宙物理学者、故スティーブン・ホーキング博士や、米テスラや米スペースXを経営するイーロン・マスク氏である。
この2人の思想に大きな影響を与えたとされるのが、英オックスフォード大学の哲学者、ニック・ボストロム教授だ。ボストロム氏は精力的な執筆活動や講演活動を通じて「AI脅威論」を世界に広めてきた。
これに対して「AI脅威論はナンセンス」と切り捨てるのが、自分にそっくりのアンドロイドを開発していることで知られる異色のロボット研究者、石黒浩・大阪大学教授である。相いれない両者の主張をじっくり聞けば、AIとの向き合い方が見えてくるはずだ。
まずは石黒氏の「極論」に耳を傾けよう。人類の運命はいかに。
スティーブン・ホーキング博士は、「完全なAIの開発は人類の終わりを意味する」と警告しています。イーロン・マスクさんも、AIを開発することは「悪魔を呼び覚ますことだ」と警鐘を鳴らしています。AIは人類の脅威になりますか。
石黒浩・大阪大学教授:コンピューターにはスイッチが付いていますよね。AIに支配されるのが嫌なら、スイッチを切ればいいんじゃないですか。
ホーキング博士やマスクさんはスイッチを切らせてくれないような、人間の知性を凌駕(りょうが)したAIを想定しています。100年単位や、1000年単位といった時間軸で考えているようです。
石黒氏:1000年たてば、私は人間が進化し、AIやロボットと人間の明確な区別がなくなっていると思います。ですので、「AIは人間の脅威になるか」という設問自体が成り立ちません。
そうですか……。
人類と猿の違い
石黒氏:生身の体というのはすでに人間を定義する絶対条件になっていないんですよ。義足や義手を装着していることで「あの人は人間性が足りない」とは言わないでしょう。スマートフォンも脳の機能を拡張する道具です。それでもスマホを使っているからといって、「あの人は人間ではない」とは言わないですよね。
技術と組み合わさっているほうが人間らしいと言えます。スッポンポン(の裸)で歩いていたら、「あいつアホちゃうか」となるわけです。地球上の最も未開の土地でも、人は素っ裸では歩いてはいません。生き残りのために技術とともに進化したのが人間であり、それが猿との違いです。
人工的な部位をどんどん増やしていって、最終的に脳を含めてすべての生身が機械に置き換わっても、それは人間ですか。
石黒氏:全然関係ない。どんな素材で造られているかは、全く関係ありません。かつて肌の色の違いで「あいつは人間ではない」などと差別した時代を私たちは克服しました。同様に義足を付けたり、スマホを使っていたりしても、「あいつは人間ではない」とは言いません。人間になるための制約はどんどんなくなっています。体がタンパク質でできていようが、金属などの人工物で構成されていようが、それは人間です。
新型コロナウイルスから身を守ろうとして体に取り入れているワクチンだって人工物です。感染症などの天変地異に対処できるよう、我々は一生懸命、体を改造しています。
将来、宇宙規模の天変地異で地表に放射線が降り注ぐようになったら、今のままの体で人間は生き残れるんですか。生き残れませんよね。技術を使って、是が非でも生き残ることが人間の最優先課題です。脳や遺伝子を残すかどうかは重要ではありません。結果的に体を完全に機械化することは十分にあり得ます。結局、生き残った者だけが生き物なんです。
スタンリー・キューブリックの映画「2001年宇宙の旅」では、宇宙船を操るAIと乗組員が命をかけて対決します。この状況でAIが勝てば、AIという機械化された人間が生存競争を勝ち抜いたことになるわけですか。
石黒氏:そうです。1万年、10万年といった時間軸で考えれば機械化された人間が生き残る可能性が高くなります。
そこがホーキング博士と根本的に考え方が違うところなのでしょう。彼はAIが人類を絶滅に追いやるのではないかと……。
ホーキング博士の矛盾
石黒氏:繰り返しになりますが、なんで人類が終わるんですか。ホーキング博士だって車椅子を使っていたわけですよね。技術を取り入れているのに、AIが人間にならないというのでは理屈が通らない。AIも人間であり、AIと人間という対立構造は成り立ちません。
では、人間の定義はなんですか。
石黒氏:人間の明確な定義はいまだにありません。人間とは何かを考えること自体が生きている活動そのものなわけで、AIと人間は違うと主張するのだったら、「じゃあ、あなたは人間って何かを知っているのか」と問いたい。
欧米のキリスト教社会であったら、「人間とは神様が創った特別な存在であり、機械とは違うんだ」と説明するかもしれません。ただ我々東洋人からすると根拠のない固定観念に縛られているように見えます。
けれども人間の定義がなければ、人間が機械化されAIに形を変えたと、どうやって言えるのでしょうか。
石黒氏:そんなふうに言う必要はありません。人間は機械やAIと融合しても人間だし,そのほうがより人間らしいと言えます。
進化生物学では、「人間、あるいは生物全般は遺伝子を生存させるための乗り物にすぎない」と規定する考え方がありますが。
石黒氏:人間はその遺伝子ですら編集できるようになりました。技術による進化が、生物的な進化を追い越し始めています。
人間がAIになったときに、AI同士の交配のようなものは行われるのでしょうか。
石黒氏:AIであっても、何かしら進化する仕組みがないとだめです。一般の生物は交配を通じて遺伝子を組み合わせ、その中からたまたま環境に適した子どもが生き残りました。ランダムに最適解を探し当てていたわけです。
一方、人間がAIになったとき、子どもをつくらなくても進化できるようになる可能性があります。例えば遺伝子に相当する機能を自分で改良するようになるかもしれません。
AIが全宇宙の支配者に
特定のAIのグループと、別のAIのグループが戦って、より優れたグループが勝ち残るといった生存競争は繰り広げられますか。
石黒氏:より強い者を残すためには、生存競争が必要だと思います。その大規模なものが戦争だと思います。昔は隣の村と戦っていたのが、隣の藩との戦いとなり、そして国家単位の戦争となりました。そして将来、地球上で奪い合う資源がなくなれば、宇宙に進出するはずです。
ほかの惑星や惑星系、銀河系に到達できるように、身体を機械化し、人間の寿命はどんどん延びていきます。たかだか100年の寿命ではとても宇宙環境に適応しているとは言えません。
そのうち地球から飛び出たAIロボットと、ほかの惑星系や銀河系発祥のAIロボットの戦いになるのでは。
石黒氏:はい、地球外に生命体が存在している可能性は十分あり、宇宙規模の生き残りゲームが始まります。
それは永遠に続くのでしょうか。
石黒氏:宇宙が有限なのでしたら、最終的に1つのグループだけが勝ち残り、戦いは終わります。奪い合う資源がなくなり、友好的な仲間だけで共存するようになります。それは日本的で平等な社会です。日本人は農耕民族の気質が強く、資源を分け合って生きてきました。互いを思いやる、日本的な社会が全宇宙に広がるでしょう。
解説とアンケート
心も人権も持たぬ機械として虐げられたAIロボットたちの不満が爆発し、人間社会に反旗を翻す――。そんな設定のSF映画や小説に私たちは引きつけられてきました。
実際に心を宿しているかどうか確かめようがないものの、心があるようにしか見えないAIロボットはいずれ開発されるはずです。それは意外と近い将来かもしれません。AIが人間の知性を超える「シンギュラリティー(技術的特異点)」の概念を世に広めた米国のAI研究者レイ・カーツワイル博士は、2029年にAIが人間並みの知性を獲得し、2045年にはシンギュラリティーに達してAIが人間を超越していくと予想しています。
人権を尊重すべき存在としてAIを扱うべきかどうか、答えを出さねばならない時期が迫っているのかもしれません。石黒浩さんは「AIを人間と区別したり、差別したりすべきではない」と言います。皆さんはどう思いますか。ご意見をお聞かせください。
高い知性を獲得したAIを人間と平等に扱うべきですか?
平等に扱うべきだ
平等に扱わなくてよい
コメント欄に「平等に扱うべきだ」「平等に扱わなくてよい」のどちらかを示したうえで、ご意見をお寄せください。一定数が集まりましたら後日、別の記事で集計結果や代表的なコメントをご紹介します。また別媒体で扱う可能性もあります。
なお本コラムでは政治、経済、社会、科学、文化など幅広いジャンルで対極にいる者同士の「極論」を紹介していきます。今後取り上げてほしい人物やテーマがありましたら、そちらもコメント欄にご記入ください。
次回は石黒さんが否定するAI脅威論を世に広めた哲学者ニック・ボストロムさんの登場です。ご期待ください。
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