新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行下で生じた技術革新で、世界に最も大きなインパクトを与えたのがメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンの技術であることは論をまたないだろう。
2005年にmRNAをワクチンにするのに欠かせない技術を発表し、現在は米ファイザーと共同でmRNAワクチンを開発したドイツのビオンテックの上級副社長を務めるハンガリー出身の女性研究者、カタリン・カリコ氏は今年のノーベル生理学・医学賞の受賞が確実視されている。
このmRNAの技術が感染症用ワクチンだけでなく、抗体医薬をはじめとするたんぱく質性の医薬品にも取って代わるディスラプティブ(破壊的な)テクノロジーになると踏んだ面々が、福島県南相馬市で1つのプロジェクトを立ち上げた。
プロジェクトの中心となるのは、アクセリード(神奈川県藤沢市、藤澤朋行社長)と米サンディエゴにあるArcturus Therapeutics Holdings(以下、アークトゥルス)との合弁企業のARCALIS(以下、アルカリス、千葉県柏市、藤澤朋行社長)。mRNA医薬品製造工場を福島県南相馬市に建設することを決定し、5月27日に藤澤社長は南相馬市の門馬和夫市長とでオンライン記者会見を行った。
アクセリードは、武田薬品工業からスピンアウトした創薬研究を受託で行うAxcelead Drug Discovery Partners(神奈川県藤沢市、池浦義典社長)などを傘下に収める持ち株会社として2020年4月に設立された。そのアクセリードの子会社の1つがサンディエゴにあり、その縁でCOVID-19が流行する以前からアークトゥルスの経営陣と、共同事業化について意見交換をしていた。
アークトゥルスはmRNA技術を有するスタートアップで、2013年に設立され米NASDAQ市場に上場している。「LUNAR」と称する独自の脂質ナノ粒子技術(LNP)を有し、肝臓および呼吸器の希少疾患を対象にmRNA医薬による治療を目指してきた。これらのmRNA医薬に関しては、米ジョンソン・エンド・ジョンソンのグループのヤンセン・ファーマシューティカルズや武田薬品工業などと共同研究開発を行っている。
2025年に製剤までの一貫生産
COVID-19の流行を受けて、米モデルナやビオンテックと同様にmRNAワクチンの開発に着手し、現在は米国とシンガポールで第2相臨床試験を実施している。モデルナやビオンテックももともとmRNA技術をベースにがんワクチンなどの研究を行っており、COVID-19の流行を機に感染症用ワクチンの研究に乗り出した。アークトゥルスのmRNAワクチンは、冷凍保存を必要とせず、1回投与で済むなどの特長がある。
アルカリスは、まずは福島県南相馬市の下太田工業団地に2022年1月から原薬製造施設の建設を開始する。2023年4月には原薬製造施設の稼働を始め、引き続き建設した製剤化施設で2025年には製剤までの一貫生産を開始したい考え。今後3年で100億円規模の投資を計画している。
資金はアクセリードからの出資を計画しているが、国や県などの補助金も積極的に申請していく予定だという。ちなみにアクセリードは日立製作所と提携関係にあり、日立もこのプロジェクトに参画している。
RNAを用いた核酸医薬というものは既に実用化されており、受託製造する企業も多数登場している。ただ、これらの核酸医薬は主に二十数個の核酸の「塩基」が数珠つなぎになった構造をしており、化学合成法によって製造している。ところがワクチンなどに用いるmRNAは塩基が1000個から2000個も数珠つなぎになったもので、化学合成法で製造するのは難しい。
そこに藤澤社長らは目を付けた。「mRNA医薬の受託製造を医薬品の品質基準を満たして行えるのはモデルナぐらい。少なくとも日本にはないし、世界でもほとんどないだろう」と藤澤社長は話す。そこで、アークトゥルスから技術移転を受けて、mRNA医薬の開発・製造受託(CDMO)事業に乗り出すことにした。「ファイザーとビオンテック、モデルナのワクチンが95%の有効性を示したのは衝撃的だった」(同氏)
これまでの感染症用ワクチンに比べて有効性が格段に高いことに加え、変異ウイルスが登場しても、理論的には塩基配列を変更するだけで短期間で対応できる。今後は感染症用ワクチンは、mRNAワクチンに取って代わられていく可能性は十分にある。
たんぱく質に比べて安価に製造可能
一方、mRNAがワクチンとして有効なのは、体内でmRNAが「抗原たんぱく質」をつくり出して免疫を誘導するからだ。つまり、mRNAがそれだけ効率よくたんぱく質をつくり出せるのであれば、たんぱく質でできた医薬品を投与するのではなく、mRNAを投与して目的のたんぱく質を体内でつくらせるという方法も可能だろう。
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