3月13日、グーグルのスマートフォンなどモバイル機器向けの基本ソフト(OS)、Android(アンドロイド)部門のトップであるアンディ・ルービンがその職を辞し、同部門はパソコン向けOSのChrome(クローム)部門と統合されることが発表された。
こう書くと、ただの大企業の人事異動と組織変更のように聞こえるが、私にとっては、その昔「スティーブ・ジョブズがマック部門を辞任」した時と同じパターンの衝撃の事件と映った。
現在、7億5000万人ものユーザーに使われている世界最大のモバイルOSを創り出して育ててきた大スターがその地位を離れるだけでなく、その後任がユーザーの目から見ればはるかに存在感の小さいパソコンOSの部門長であるスンダル・ピチャイ氏なのである。しかも、業績が悪いわけでもなんでもなく、むしろライバルのアップルが株価低迷で苦しむという、いわば「敵失」のチャンスが訪れているにもかかわらず、なのである。
能天気な会社とのイメージを醸し出すグーグルだが、もちろん、大企業にありがちな社内ポリティクスと無縁ではない。本流を外れたメリッサ・メイヤーがライバルのヤフーに移った件も記憶に新しい。ルービンの異動先は発表されていないが、このことを発表したグーグルCEO、ラリー・ペイジのブログでは「グーグルの新しい章を拓く」と書かれているため、画期的新規プロダクト開発を担当するGoogle X部門か、グーグル・グラスを担当するのか、などと噂されている。
この翌日には、同じくグーグルの重要部門であるマップ・コマース部門のトップであったジェフ・フーバーがGoogle X部門に移り、マップは検索部門に、コマースは広告部門と統合されるとも発表された。また、同時期に、RSSリーダー・サービスのGoogleリーダーを終了するなどの「春の大掃除」も行われた。
社内ポリティクス的に何があったのかは知る由もないが、こうした一連の動きは、同社の経営に関しての強いシグナルを発している。それは私には、大企業としての経営に共通の憂鬱と、モバイルの世界で大きくなりつつある乱気流であるように見える。
そんな背後の事情の前に、まずはアンディ・ルービンとはどんな人なのか、ちょっとおさらいしてみよう。
「ジョブズと似ている」と言われるルービン
稀代のショーマンとして知られ、今や日本の少女漫画にまでなってしまうジョブズと比べ、人前にあまり出てこないルービンは、業界の外の人にはそれほど知られていない。スティーブン・レヴィ著『グーグル ネット覇者の真実 追われる立場から追う立場へ』(阪急コミュニケーションズ)によれば、ルービンは「秋葉原でガジェットを漁りまくるのが大好きなロボットマニア」だという。そのモノ作りオタク的なところは、アップルの共同創設者スティーブ・ウォズニアックにむしろ似ているかもしれない。
しかし経営スタイルとしては、彼を知る人の多くが「ジョブズとよく似たトップダウン」と評し、「グーグリー」と呼ばれる自由闊達でユートピア的なグーグルの文化とは異質と見る(出所:ウォールストリート・ジャーナルAllThingsDコラム)。
ルービンは、アップル、ジェネラル・マジック(アップルのスピンオフ、モバイルOSベンチャー)を経て、1990年代にWebTV(後にマイクロソフトが買収)、デンジャーを次々と創業。このデンジャーの「サイドキック」という端末は、2000年代半ばにティーンエイジャーの間で一世を風靡し、米国の第1次スマートフォン・ブームの一翼を担った。
カレンダー・アドレス帳・写真などを端末でなくサーバーに保存するという、「モバイル・クラウド」のコンセプトを最初に実現した画期的な仕組みであり、Androidにもこの考え方は色濃く継承されている。
2003年にデンジャー(こちらもその後マイクロソフトが買収)を離れてアンドロイドを創業しAndroid OSを開発。2005年にグーグルがこれを買収、2007年には世界の端末メーカーや通信キャリアを集めてAndroid OSをサポートするOpen Handset Alliance(OHA)を立ち上げ、2008年に最初のAndroid対応端末を発売した。
モバイル・サービスが「電話」から現在の「多機能クラウド端末」へと変身し、シリコンバレーが世界のモバイル業界のメッカになったのは、ジョブズが作ったiPhoneだけではなく、その前と後の、ルービンの業績にも大きく依っているのだ。
これらの輝かしいベンチャー起業の数々を見れば、彼自身がAndroidのパートナー各社に送った辞任お知らせの電子メールの中で、「自分は根っからのアントレプレナー」とわざわざ言うまでもないほど、それは歴然としている。他人が始めたプロダクトをポンと渡され、「今日からあなたはこれの担当ね」と言われて素直にやるルービンの姿というのはちょっと想像しづらい。だから、またグーグルを辞めて起業するのではないかと考える人も多い。
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