年間来園者3000万人を超えた東京ディズニーリゾート(TDR)。事業が拡大するにつれ、運営主体のオリエンタルランド(OLC)も約2万人のキャスト(従業員)を抱える巨大企業に成長した。その9割はアルバイトや契約社員だ。最高のもてなしを提供するキャストは、いかにして育つのか。採用初日に行われた3時間の研修から、「ミッキーマウスの弟子」を生む“魔法”を解く。

 「今日から皆さんはディズニーの一員であり、一人ひとりが仲間です」。2月のある日。千葉・舞浜のオリエンタルランド(OLC)本社A館に、キャスト(従業員)として採用されたアルバイトら50人弱が集まった。大半が20代とみられ、あどけなさの残る学生や主婦層も少なくない。全員が濃紺や黒のスーツを着用している。この日はキャストになるための研修初日だ。

 OLCの従業員は約2万人。このうち約9割、1万8000人前後がアルバイトと契約社員だ。「一人ひとりが仲間」と話しかけたのも、「ユニバーシティ・リーダー」と呼ばれる先輩アルバイトだ。現場のキャストからお手本となる人材を毎年15人程度選抜し、1年の任期で他のキャストの各種研修で先生役を務める。

 ミッキーマウスやダッフィー、レストラン、ミュージカルのショー、パレード――。様々な場面でゲスト(顧客)が出会うキャストのもてなしが、テーマパークとして見えない価値の源泉になっている。だからこそ、アルバイトといえどもキャストの育成は東京ディズニーリゾート(TDR)の 顧客満足度、ひいては企業としての競争力に直結する。正社員が上意下達型で教え込むのではなく、現場のキャストが自分たちで考えることがサービスの向上につながると考えているのだろう。

 研修が始まると、この日は4、5人ずつ9つのグループに分かれた。もちろん一人ひとりはお互い初対面。「まずは自己紹介を始めてください」。先生役のリーダーが呼びかけるとグループごとに車座になって次々に氏名や配属先、なぜTDRで働くことを選んだかなどを話し始めた。誰もが笑顔に満ちている。

 これが単なる自己紹介でないことは、次のステップを見てはっきりした。キャラクターゲームだ。グループ内で5人が意見を出し合い、1分間でできるだけ多くのディズニーキャラクターをボードに書いていく。

 「101匹わんちゃん、3匹の子豚を挙げても、キャラクターとしてのカウントは一つですよ」。先生役の冗談に乗りながら、このゲームは5人にとって初めてのチームワークになる。学歴や職歴は違っても、同じテーマパークで働く仲間意識を育てる狙いがある。

 この日は9つのグループのうち、3グループがミッキーマウスをはじめ20のキャラクターを挙げた。最高は22だった。あるOLCのベテラン広報マンがそらんじたキャラクターは15だったから、キャストの卵たちは“プロ”をも唸らせるディズニーマニアであることは間違いない。

顧客満足は従業員の自信から

 その後、挙げたキャラクターの数は違っても、お互いに拍手を送る。グループごとに表彰が終わるころには、団結意識が芽生えているという算段だ。「これが一人だったら、いくつのキャラクターを挙げられましたか」。リーダーはさり気なく仕事の神髄に言及する。企業理念や経営哲学が先行しがちな上場企業とは一線を画した、OLCならではの現場主義が垣間見える。

 研修は米ウォルト・ディズニー社の歴史をおさらいし、11枚の写真を使ってウォルト氏自身の生涯にも触れていく。

 気が付くと、研修開始から約45分が経過していた。ここで研修の狙いはチームワークの育成や企業の歴史、理念を学ぶことから大きくシフトする。焦点が当たるのは、キャスト一人ひとりの責任と自覚だ。

 見せられたのは5枚の写真。いずれもTDR内の同じエリアで撮影され、ゴミ箱や電話、トイレ、ベンチ、水飲み場など断片的な写真からエリア全体を特定するクイズになっている。回答は、もちろんグループごとに5人が一緒に発声する。この日は映画『リトル・マーメイド』をモチーフにした「マーメードラグーン」が正解だった。

 さすがに正解率は100%。先生役のリーダーもすかさず「ゴミ箱や水飲み場は一つひとつが小さくても、テーマパークを構成する重要な要素。ここを舞台に非日常という世界を生み出しているのは私たちです。それがゲストにハピネス(幸福)を提供することにつながるのです」と強調した。

 そしてキャスト、ゲスト、コスチューム(衣装)などの「ディズニー用語」を一通り説明すると約60分が経過。休憩に入ると、初対面同士だった約50人はグループの垣根を越えて談笑していた。これから先はTDRの現場見学を行い、再び1時間程度の座学が待っている。

 こうした社員研修は何を示唆しているのだろうか。もちろんアルバイトを中長期で雇用することでコストを抑える狙いがあることは想像に難くない。それ以上に顧客満足度を引き上げるには、まず自社の従業員が自信を持って働ける環境づくりが重要だと考えているのだろう。

 それは単純なマニュアル教育では到底難しい。もちろんディズニーの理念や、現場で守るべき4原則の「SCSE(安全、礼儀正しさ、ショー=ゲストを楽しませる姿勢、効率)は教育している。OLCの加賀見俊夫会長は「そのうえで、あなたの家族や友だちを連れてきたとしたら、どんなサービスをしてあげたいと思いますかという視点が重要だ」と言及している。

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