人気ブログランキング | 話題のタグを見る

生産管理システムは生産を管理できるか

今回は前回に引き続き、本サイトにおけるPMと並ぶもう一つの重要なテーマ、SCMに関係する問題を考えてみよう。生産管理システムは生産を管理できるか、という問題である。

何度も繰り返していることだが、管理とマネジメントは違う。日本語の「管理」という言葉は、英語では3種類の異なる概念をカバーするような、いささか曖昧な多義語である。おおむね、
 管理≒Management + Control + Administration
であると理解しておいた方が良い。

逆に英語には、「経営」という便利な言葉がない。新米の中間管理職の仕事も、巨大な企業のCEOの仕事も、同じ”Management”になってしまう。どちらの言葉もある種、奇妙な偏りがあるようだ。

それで、今回の記事では、「生産管理システム」とは工場の生産活動全般をマネジメントするシステムではない、という結論を導くつもりである。じゃあ何をするシステムかって? それをこれから論じるのだ。

最初にちょっと、工場の組織を考えてみよう。これは企業により、またその工場によって、バラバラだろう。だが、とにかく最低限共通することがある。それは、「工場長」がいることだ。英語では”plant manager”という。日本では工場とプラントを区別する傾向があるが、英語ではどちらもプラントplantである。

工場長は生産部門の総責任者だ。つまり生産を管理することが、工場長の仕事である。である以上、生産管理システムは工場長の仕事を代行してくれる。あるいは、少なくとも補佐してくれるツールである。したがって工場長は毎日、生産管理システムの画面を眺めながら暮らしている・・と言うことで、よろしいか?

え、よろしくない? 事実と違う? それは何故だろうか。だって生産を管理するシステムじゃないのか。

工場長の仕事とは、工場マネジメントである。工場をマネジメントすると言う仕事は、例えば次のような要素からなっている:
  • 人事・組織づくり
  • ルール・ビジョン・KPI目標の設定
  • 予算計画とコントロール
  • 設備投資などの判断

つまり、中長期的な仕組みづくりと運営が、工場長の仕事なのである。月々の、あるいは毎日の、工場の操業運営の仕事は、下の部門に任せている。で、このような機能は、普通の生産管理システムはカバーしないらしい。

では、工場長の下には、どのような部門が並んでいるのだろうか。大まかにいって、製造部門、生産管理部門、資材購買部門、生産技術部門、あたりが共通するだろう。実際にはそれぞれが、部だったり課だったり、あるいは係だったり、組織階層のレベルはバラバラかもしれない。ともかくこの4種類の機能組織が、比較的多くの工場に共通している。とりあえず以下の記述では、それぞれが部単位で存在しているとしよう。

製造部門の仕事とは、製造を実行することである。つまり部品を加工したり、組み立てたり、検査をしたり、原料や出来上がった製品を搬送したり、梱包出荷したりする。製造業のQCDでいえば、主に品質に責任を持つ部門だ。

(なお、検査セクションが製造部門から独立して、品質管理部門となっているケースもしばしばある。だがこの場合も、品質に責任を持つのは品質管理部門だけかと言うと、そうではなくて製造部門と品質管理部門の協力によって、初めて品質が守られるのだ)

次の生産管理部門の仕事は、製造部門や資材購買部門に対して、計画し指示を出すことである。自分では、ふつう手を動かす(=製造や検査作業に直接従事する)ことはしない。QCDでいえば、主に数量とD(納期)に責任をもつ部門である。

資材購買部門の仕事は、文字通り原料・資材の発注と入荷・保管を受け持つことだ。いわゆる外注加工の手配なども、この部門が受け持つことが多い。QCDでいえば、主に部品資材のコストに責任を持つ部門である。

生産技術部門の仕事は、製品の設計情報をもとに、その作り方(工程・手順・製造仕様)を考え、生産設備の設置・改善・保守を行うことである。QCDには直接関わらないが、実際には作り方によって、品質もコストもリードタイムも、かなり影響される。主に生産量と生産性に責任を持つ部門だと言っていい。

ちなみに、工場組織というものは、工場の規模・サイズと共に、少しずつ専門分化していく(組織は一般にそうだ)。小さな町工場には、製造部門しかない。あとは社長がいるだけだ。しかし、それが少し大きくなり、機械や工程が増えて中堅に近づくと、生産管理部門が独立してくる。そして、資材購買部門も独立するだろう。だが生産技術部門が独立するのは、それなりの規模になってからである。

さて、生産管理システムとは何かというと、じつは上記4部門のうち、生産管理部門の日々の定常的オペレーションをサポートする道具なのである。

では、生産管理部長の仕事とはどんなものだろうか。

ここでちょっと、レストランの仕事を想像してみて欲しい。あなたはレストランのオーナー経営者だ。あなたは普段は、入り口に近いレジ係の後ろに座って、店内のすべての状況をつぶさに見ている。お客の入りはどうか。なごやかに満足して食事しているか。

ウエイターやウェイトレスなどのフロア係は、てきぱきと仕事をしているか。厨房は湯気の立ったおいしい料理をタイムリーに提供しているか。テイクアウトやお土産用の調理品は、ストック切れしていないか。

厨房に対してお客様の注文を伝える仕事は、フロア係のチーフである。お客様が次々にやってきては、いろいろな種類の料理を注文する。ウエイターやウェイトレスは、それを伝票に書き込んで、厨房のカウンターに持ってくる。

すぐ出せる料理もあれば、時間のかかる料理もある。でもお客様には、なるべくちょうど良いタイミングに揃えて出したい。だからどの料理を何個、どの順番で作るべきかを厨房に支持するのは、そこそこ大きなレストランではとても大事な仕事である。

レストランのフロア係が厨房に指示を出す仕事。それがまさに、生産管理部門の仕事なのである。大事なのは料理の種類と数量、そして順番(納期)である。テイクアウト用のストック品の在庫も、見ていなければならない。また材料品切れのメニューは、注文をお断りしなければならないから、厨房の中の材料にまで、注意が及ぶ。

レストランのたとえでは、厨房=製造部門、だと思えばいい。そして生産管理部門とは、営業(顧客注文)と製造現場とをつなぐ、インタフェースの役割を果たしているのである。

レストランの場合、「オムライス2人前!」と厨房に頼めば、後はコックが作り方も知ってるし、材料も手配して取り出し、カット・下ごしらえから、加熱・調味・盛り付けまで、自分たちで全部段取りよくやってくれる。出来上がったお皿をカウンターからとって、配膳すれば終わりである。つまり、注文から、製品の完成まで、たったひとつの指示ですむ。

しかし普通の工場はそうはいかない。製造部門は多くの場合、加工・組立・検査・塗装等の工程ごとにチームに分かれている。したがって工程ごとに、別々の指示を出さなければいけない。そしてそれらの指示は、段取りよく互いにコーディネーションされている必要がある。中身のチキンライスもできない内に、外側のオムレツだけ焼いたら、包むものもなくただ皿の上で冷めていってしまうからだ。

じっさい、(わたしはまだ見たことがないが)チェーン店のセントラル・キッチンなどは、食材の洗い・皮むき、カット、下ごしらえ、焼き物・揚げ物、調味盛りつけなど、たぶん工程毎にセクションが分かれているに違いない。そして、分業したチームの間を、中間製品の食材が行き交っている。だから、必ず生産管理担当者がいるはずだ。

いいかえるなら、普通の生産管理部門の仕事とは、
  • 製品の販売数量と納期と在庫量から、正味必要な生産数量の計画を立てる
  • 計画に従い、加工・組立・検査・塗装等の工程別に製造指図を出す
  • 製品に必要な資材や外注の発注依頼を出す
  • 製品と資材部品のストック在庫数量を見て引当をかける
  • 製造の進捗を現場と確認する
  • 製造実績を集計し、コストを計算する

などの要素からなる事が分かる。

ちなみに2番目の、工程別の指図を出す仕事を、「工程展開」と言う。工程展開のためには、BOP=Bill of Processes(工程表)のマスタ情報が必要である。またその次の、部品別の購買依頼を作る仕事を、「部品展開」という。部品展開のためには、BOM=Bill of Materials(部品表)のマスタ情報がいる。この二つのマスタ情報は、普通、生産技術部が用意する。

当たり前だがこうした部品展開や工程展開の作業は、製品の種類が多く、入れ替わりが速く、製造工程が複雑になればなるほど、手間がかかる。

だから生産管理担当者にとっての夢とは、
 「○日までに製品▲を100個作ってね!」
と言っておけば、あとは全部製造部が考えてやってくれる、と言う世界である。

これは、製造現場が優秀なら、生産管理(という独立した職務)はほとんど不要だ、ということを意味している。逆に、製造現場に全て任せて、中身はブラックボックス化していると言ってもいい。

逆に、生産管理担当者の悪夢とは、どんな状況だろうか。顧客の要求納期は毎日変更、品質は不出来で資材は欠品、設備は故障続き・・・といったていたらくでは、計画が成り立たない。まあそこまでいかなくても、現場が何をどの順序でやっているのか、さっぱり見えない、というのも生産管理担当者の悩みである。そこで現場を見て回る、「進捗追っかけマン」なる奇妙な職種が生まれたりする。

生産管理部門の成績をはかるモノサシ(KPI = Key performance index)は、何だろうか。生産管理の仕事とは、いわば需給を調整することにある。営業部門からきた需要(注文)と、製造部門による供給を、ぴったり合うように、品種とタイミングをすり合わせるのが生産管理の一番の役割である。つまり、カッコいい言い方をすれば、「工場内のサプライチェーン・マネジメント」が生産管理部門の仕事なのだ。

それはまあ、QCDのうち、D(納期)を守ることだ、と思えるかもしれない。だが、納期は守るが、工場の原材料倉庫にも営業倉庫にも、余計なストック在庫がジャブジャブある状態で、納期だけ守りましたといっても、あまりほめる人は多くあるまい。納期と在庫量は、ある意味、コインの表裏の関係にあるからだ。

すなわち、需給がぴったり一致した状態とは、余計な在庫もなければ、バックログ(受注残=マイナス在庫)もない事を意味する。つまり、累積需給曲線(流動数曲線)を各品目について描くと、需要線と供給線がぴったり重なることが、理想状態である。そこからのズレは、余分なストック在庫か納期遅れを意味する。

そうはいっても、需要は(日本の製造業の現実では)めまぐるしく変化するし、供給サイドだって思わぬ事が起きるから、馬に乗って動く標的を矢で射るような、難しい仕事ではある。

ともあれ、これが「生産管理」のコアの仕事である。生産管理部門はコストも集計するだろうが、資材価格は購買部門が握り、労務費は製造部門に委ねている(たぶんほぼ固定費)から、差配できる範囲は限られていて、レポーティングの役割が主だ。

そこでようやく、生産管理システムって何?、の問いに答えることができる。生産管理システムとして最低限、必要なアウトプットとは、
  • 受注(需要)数量と納期
  • 在庫量と引当
  • 製品別の生産指示
  • 部品の発注依頼
  • 部品入荷実績と製品の生産実績
  • コスト集計
などに関する数表と帳票、ということになる。

ただし、これは製品の作り方が完全にブラックボックスの場合で、工程別に指示が必要な場合は、さらに
  • 工程別の製造指図と実績
が必要になるだろう。

そして、上記を支えるためには、マスタデータとして、
  • 部品表(BOM)
  • 工程表(BOP)
が必要になるはずである。それらを支える、品目マスタや工順(工程)マスタもいるはずだ(個別性の強い生産形態ではマスタが作りにくいので、略されるケースもあるが)。

QCDのうち、Q=品質関連の機能は? じつは、ここにはない。「製品××を、○日までに△個、合格品質で作ってね」というのが、生産指示だからだ。

もちろん、ソフトウェア・パッケージという商品はその性質上、機能をどんどん付加していく傾向がある。したがって、今日市場で「生産管理システム」という名の下に売られているソフトは、もっといろいろな機能をカバーしている。品質データも、少しは入っているかも知れない。

ただ、本当の意味での厨房の内側、つまり製造業務の中の話は、あまりカバーしていないかもしれない。製造オペレーションでは、いわゆる「4M」が大事になる。Man(作業者)、Machine(製造設備)、Material(製造対象物)、そしてMethod(手順・レシピ)である。

このうち、製造対象物は、量としては把握しているだろうが、個品やロットの識別となると、難しくなる。現場での専用端末などが必要になるからだ。生産管理システムの多くは、オフィス用途で、サーバとPC端末というアーキテクチャが基本だ。現場にPC端末を置いて入力するのは、いろいろな制約があって、使いにくいことが多い。こうした領域は、製造実行システム(MES = Manufacturing Execution System)の出番になる。

ということで生産管理システムは、生産管理部門の仕事を、カバーしてはくれる。だが、非常に広範な活動の集合としての『生産』自体を、マネジメントしてくれる魔法の杖では、今のところないのである。


<関連エントリ>
 →「なぜ生産管理システムはちゃんと機能しないのか」 https://brevis.exblog.jp/23748681/ (2015-10-07)

by Tomoichi_Sato | 2022-01-18 12:58 | サプライチェーン | Comments(0)
<< お知らせ:スマート工場関連のセ... プロジェクト・マネジメント・シ... >>