エンジニアだったら誰もが、「自分の出した知恵で、評価されたい」と思うだろう。優れたアイデアを出せば、それが高く評価される。逆に、つまらぬ設計しかできない者は、たいして評価されない。世の中は、そういう風であってほしい、と感じている人は多いはずだ。 評価という言葉には、いろいろな意味がある。同僚や周囲からリスペクトされるのも、評価だ。新しい重要な仕事のリーダー格に取り立てられたり、昇進するのも、評価だ。もちろん、給料やボーナスに反映されるのも、評価だ。ともあれ、優れた知恵を出したら、尊敬され、リーダー役に抜擢され、ちゃんと経済的にも報われるべきだ。つまり、良い設計の知恵は、リアルな価値に、ちゃんと具現化されてほしい。 だが、そうあってほしいと感じる人が多いのだとしたら、それは逆に、世の中はそうなっていない、という事の証拠であろう。自分の身の回りを見る限り、あんまりそうなっていないな、なんとも世の中アンフェアだ。それが多くのエンジニアの実感ではないか? *** *** *** 「SIer」という業態は、本当に将来性があるのか、という質問を、SI業界の人に会うたびに、何年も前からするようになっている。説明の要はないと思うが、SIとはシステム・インテグレーションSystems Integratrionの略で、ITシステムの受託開発ビジネスを指す。そしてSIer(エスアイヤーと読む)は、それを業としている会社のことだ。将来性があるのかという質問は、もう少し今風に表現するなら、『サステイナブルなビジネス』なのか、ということだ。 こういう質問をすると、SI業界の人はたいてい、苦笑いしたような表情になって、「そうですねえ・・」と言葉を探す。「もちろんですよ!」という希望と自信にあふれた答えがかえってくることは、まずない。「正直、将来性は無いんじゃないでしょうか」と、ぼそっとつぶやかれることもある(もちろん会社の会議室ではなく、懇親会の席上であったりはするが)。そういう状況だから、優秀な若手人材も、なかなか集めにくいという問題が生じる。 ITとかデジタル技術とかいうのは、時代の先端をゆく技術分野である。そして知恵のカタマリであるはずのシステムを作っている。なのに、なぜ、将来性があるかという質問に、前向きな答えが来ないのか。なぜ有能な若手にそっぽを向かれるのか? それは、受注型プロジェクトで金を稼ぐ、この業界の構造ないし行動習慣に問題があると、多くの人が認識しているからだ。 日本のIT業界の特徴は、ITエンジニアの大半(約7割)が、ITベンダー側に属していて、ユーザ企業側にはそれほどいない事である。これについては、元日経コンピュータ編集長の谷島宣之氏が『ソフトを他人に作らせる日本、自分で作る米国』 という興味深い本を著して以来、広く知られるようになった。つまり、企業内の業務システムの殆どは、自社内で作るのではなく、外部のIT企業に作らせるのである。そこで、ITシステム開発(システム・インテグレーション)は、受注型プロジェクトとして遂行されることになる。 別に内製ではなく外注でもいいじゃないか、大規模なシステム開発プロジェクトなんて、普通は何年に一回しか無い。その時のために、ITエンジニアを大勢、社内に抱えておくのはもったいない。――そういう意見だって、もちろんあるだろう。 ついでにいうと、上述の谷島宣之氏の著書によると、米国では日本と逆に、ITエンジニアの7割がユーザ企業にいて、自社のシステム開発プロジェクトに携わっていると書かれている。それはそのとおりだが、米国では企業間の転職が多く、プロマネ職種の人達も、渡り鳥のように案件単位であの会社からこの会社へと、わたっていくことが少なくない。ある意味、彼らだって「外の人」なのである。 だから、日本のSI分野の問題は、内製か外注かにあるのではない。実は、「設計で知恵を出しても、ビジネスとして評価されにくい」点に、根本原因があるのだ。エンジニア個人の評価が、最終的にはポジションや給料で決まるように、企業の評価は、利益を出したり、継続的に良い条件で仕事をもらえるか、という点で測られる。つまり、ビジネスとしてのサステナビリティである。 今日のITシステムの開発は、ふつう「要件定義」段階と、「実装」段階とで、契約フェーズを分けて、進められる。これは、たとえば製造業やエンジニアリング産業における、「基本設計」と「製造・構築」に相当すると思えばいい。当然ながら、要件定義(=基本設計)段階は、全体に占める割合は小さい。そして実装(=製造・構築)段階は、はるかに金額が大きくなる。まあ、一桁くらい違っても不思議ではない。 ちなみに、現在の業務系システム開発の多くは、まるきりゼロからプログラムコードを書く、いわゆる「スクラッチ開発」をするケースは多くない。しばしばパッケージ・ソフト、ないし開発フレームワークがあって、それをベースにFit & Gap分析などをしながら、要件定義を進め、コンフィギュレーションやアドオンで実装をする、というスタイルだ。 「要件定義書」が出来上がり、それを核とした提案依頼書(RFP=Request for Proposal)がワンセット揃ったら、複数のSIerに競争見積を出す、というのが今の主流のスタイルだ。 要件定義段階は、いわゆる「準委任契約」で進められる(これは製造・エンジニアリング産業における「実費償還契約 Reimbursable contract」とほぼ同じだが、日本のIT業界はなぜか、準委任という民法用語を好んで使う)。だから受注側に赤字リスクは小さいが、金額も小さいので、旨味が少ない。 ビジネス的に売上が大きくなり、かつ、うまくやれば利益も大きくなるのは、実装段階の一括請負契約である。だからSI業界では、要件定義はある意味、「海老で鯛を釣る」ためのエビであって、本当の狙いは、実装というタイを釣り上げることにある。 SI業界は「人月商売」、と揶揄されることもある。人月(man-month)とは、作業量の単位だ。これに単価をかければ、すなわち売上額になる。だから、なるべく受託側としては要件定義段階で、開発に要する規模=人月を大きくした上で、実装の仕事を一括請負型プロジェクトで受託し、そこで売上と利益を確保したい、という思考習慣が強い。 もちろん発注側としては、それではたまらないので、同じスコープ(役務範囲≒作業量)ならば、なるべく単価の安いところに発注しようと考える。だから複数のSIerに引合いを出し、価格競争に持ち込もうとする。そして受託側は、単価を下げるために、たとえばオフショア開発などの比率を上げて価格競争力確保にいそしむ、ということに相成る。 以上のプロセスの、どこに「知恵を価値に変える」部分があるだろうか。要件定義段階で良い基本設計をして、少ない労力で開発できたり、運用保守のコストが低減できたりしたとして、それはどこで誰が評価してくれるのだろうか? 図を見てほしい。これは経産省の『ものづくり白書』2020年版の、第1部第1章3節に掲げられた図だ(ちなみに、今年の「ものづくり白書」は例年以上に、面白い)。 これは製造業におけるものづくりのプロセスを例に取っているため、横軸は「企画→製品設計→工程設計→製造」となっている。読者諸賢は、SIその他、ご自分のよく知っている分野に置き換えてみてほしい。 ともあれ、仕事のプロセスの進展とともに、設計の自由度は減っていき、逆に出来上がるアウトプットの品質・コストはどんどんと確定度が上がっていく。そして、設計段階で品質・コストの8割が決まる。設計の終わりをどこに置くのか、8割という数字が妥当かどうかは議論の余地があろうが、この傾向自体に反論する技術者は少ないだろう。 だから、製品のコストと品質の殆どを決める設計段階で、知恵を出すことが重要なのだ。そして、そこで出した知恵こそが、利益や、リカレントな受注という、ビジネス上のリアルな価値に直結してほしい。それが、エンジニアの共通の願いである。 ここまで、SI業界を俎上に上げて、人月ボリューム志向のビジネス慣習が、いかに設計の価値を阻害し、最終的には優秀な人材の離反を招いているか、論じてきた。SI業界の読者の中には、不快に思った方もいるだろう。じゃあ、お前のいるエンジ業界はどうなんだ。あるいは、製造業や、他の業界はどうなんだ、と。 実は、その問題構造は通底している、というのがわたしの認識である。プラント・エンジニアリング業界のプロジェクトのあり方は、意外なほど、SI業界のあり方に似ている。だから、わたし達も実は、よく似た悩みを抱えている。 そして製造業、とくに日本が得意とする部品・素材業界も、やはり設計の知恵をリアルなビジネス価値に結びつける点で、悪戦苦闘しているように思える。部品・素材業界は、多くは受注ビジネスだ。顧客である自動車会社や電機会社の要望する特性・品質の材料部品を、個別の要求に応じて設計し、毎月の注文に応じて生産している。つまり、同じようにB2Bビジネスをしている訳だ。 そして、製品の企画・設計段階から、ユーザ企業に呼ばれて、いろいろ要望を出され、対応するために知恵を絞って、部品材料を設計提案する。もちろん試作もする。でもって、めでたく採用かと思った段階で、購買部門が出てきて、他社との価格競争に巻き込まれるのだ。設計の知恵は、ようするに価格競争というレース場への、入場券でしかない。こういう事例を、ときおり耳にする。 このような状態が、あちらの業界でもこちらの業界でも生じているのだとしたら、誰が喜んでエンジニアなどという職種になりたがるだろうか? 知恵を出しても、会社の利益にもならず、当然、自分の評価にもつながらない。 経済団体やら識者らが、ときおり、日本の技術力の低下について、嘆くことがある。まあ、世のおじさん達の頭の中では、未だに日本は「技術一流、政治三流」みたいな信仰が残っているらしいが、技術の現場で走り回っている若手中堅の実感とは、相当に開きがあるだろう。今、日本のIT技術が、世界で超一流と思っているITエンジニアって、どれだけいるだろうか? 本来、経済団体などは、そういう業界構造やビジネス慣習を改革するためのイニシアチブを取るべき立場にあるはずだ。だが、どうやら、日本の技術をめぐる、根本問題の所在に気づいていないらしい。 では、問題の在り処を理解したとして、具体的には、どうすべきか。 システム開発の外注をやめて、全部内製化し、それもアジャイル開発でMVP(Minimal viable product)を短期間にローンチし、UI/UXを磨いてユーザをひきつけ、新しいビジネスを切り開けばいい、というのが、現在出回っている回答の一つだ。いわゆるデジタル・トランスフォーメーション(DX)戦略である。 なるほど、確かに、設計や実装におけるアイデアを、すぐにビジネス価値につなげられる方法である。ただし、このやり方、万能ではない。まず、すべての業務システムがアジャイル開発に向いている訳ではない。また、とくに、B2B業界でのカスタマーとの関係のあり方を考えると(←まさにこの点が、上述した問題の根本原因なのだ)、カッコいいUXだけでビジネスを引きつけられる訳でもない。 では、どうしたら良いのか。他に何か、良い知恵はないのか。長くなってきたので、わたしの業界における一つの取組み、『競争的基本設計』(Competitive FEED)について紹介した上で、この問題の出口について考えてみることにしよう。 (この項続く) <関連エントリ> →「サービス経済から、ふたたび実物経済の時代へ」 (2020-04-23)
by Tomoichi_Sato
| 2020-08-22 20:18
| ビジネス
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