人気ブログランキング | 話題のタグを見る

不稼働損という名のダウン・スパイラル - 原価を下げると赤字が拡がる謎

ビジネスの世界では、ときどき常識では理解しがたいことが起きる。前に書いた『黒字倒産』という事象もその一つだが、もう一つ訳が分からないのは、原価を下げて黒字受注を続けたのに、会社が赤字に陥るケースである。しかも、“これはマズイ”と思ってさらに原価を下げる努力をすると、もっと赤字幅が増えてしまう。もちろん売値は下げていないのに、である。それは『不稼働損』という名のダウン・スパイラルだ。いくつもの日本企業(それも立派な大企業)が、この病に陥っているように見受けられる。いや、米国でもかつて多くの製造業がこれを経験し、その結果衰退した会社も少なくなかったと想像される。今回は、これについて書いてみたい。

単純化した例で説明しよう。今、ある企業の主力製品Aは、定価が25万円で原価が20万円だ、というケースを考える。原価のうち、製品1個あたりの標準の材料費が10万円、労務費が3万円、製造経費が3万円で、つまり製造原価が計16万円である。そして販売管理費は1個あたり4万円の勘定だったとしよう。このベースで製造し、25万円で販売すれば、製品あたり5万円=20%の利益を得る。販売競争でたとえ1割値引きしても、まだ2.5万円の利ざやが残る。

もちろん、この原価は標準的な予定値で、実際には材料の仕入れ単価にも、労務の工数にも、毎回変動があるわけだ。ただ、毎日それを計算して、棚卸資産額の増減を微調整するのは面倒だ。そこで、期中は予定原価で出納管理を行い、期末になってから、最終結果を実際原価に置きかえる。これを原価差額調整とよぶ。予定原価に比して実際をどうおさえるかが、コスト管理のカギである。逆に、原価差額を計算しないような企業は、「予定原価」による管理もできていない、ドンブリ勘定の会社だと考えられる。

ところで、公認会計士の高田直芳氏の「大企業が“正しい決算書”を作らない理由」 という記事によると、東証1部上場で製造原価明細書を作成している1218社のうち、何と98.4%(1199社)の企業が、原価差額を表示していない。つまり、きちんと製品別の予定価格を決めたコスト管理をせず、実際の結果を集計しただけの『ドンブリ原価計算』になっている、というのだ。「それ故に、ジェットコースターもどきの業績推移に苦しんでいるのだろう」とまで高田氏は論じる。では、原価差異とは、具体的にはどのように決まるものだろうか?

上記の、製品1個あたりの製造経費3万円、という項目の中には、以前述べた“見えないお金の流れ”である減価償却費が入っている。たとえば製品Aを1個作る工程の最初の方で、高価な表面加工機械Zを3時間ほど使う必要があったとしよう。加工機械Zは年間に2000万円の償却費がかかる。稼働日あたりに直せば、日額約8万円だ。8時間稼働の工場なら、時間あたり1万円である。だから機械Zを3時間占有すれば、3万円が製造経費としてチャージされる計算になる(話を簡単にするため、他の製造経費は無視できるとする)。

さて。期末になった頃、ちょっとこまった事が判明した。高価な加工機械Zが、今期はフル稼働していないのだ。昨今の不況のため、販売数量がふるわなかったからである。記録からすると、年間に1,200時間しか使われていなかったことが分かった。稼働率=60%である。では、この時、製品Aの実際原価はどうなるのか?

加工機械Zが年間2,000時間フル稼働する予定で、1時間あたり1万円という製造経費を決めていた。しかし、60%=1,200時間しか動かなかったわけだから、1稼働時間あたり1万6667円、3時間あたりで5万円という事になる。つまり実際原価は1個あたり2万円も上がってしまったのだ。

実は労務費にも、同じような問題が発生する。労働者も、同じように稼働率を計算する事ができる。年間の労働時間を2,000時間、そして平均の人件費を400万円としよう。時間あたりの賃率は、単純に計算すると2千円だ。だが、これはフル稼働した場合の計算である。製品Aのほか、BもCもふるわなかった。そのため、労働者が直接、製造作業にたずさわった時間は、製造日報等から集計すると、一人あたり平均1,500時間だった。稼働率=75%である。そこで工場長はやむを得ず、設備保全や改善活動や清掃などに時間をふり向けていた。

ちなみに工場は、販売(受注)数量が予定よりふるわないからと言って、すぐ簡単に人減らしができる訳ではない。労働慣行上の理由ももちろんあるが、また販売量が復活したときに、訓練済みの労働者がいないと、すぐ増産できなくなるリスクもあるからだ(欧米では日本と違い、企業は簡単に従業員の首を切ると思っている論者もいるようだが、それは誤解である)。

さて、稼働率から計算すると、労務費の実際の単価は時間あたり2,667円。製品Aは全部で15時間かかるから、実際労務費は3万円ではなく4万円ということになった。つまり主力製品Aの実際の製造原価は10+4+5=19万円となり、販管費4万円を加えると競争環境下(売価22.5万円)では赤字になるとのレポートが、会計部門から工場長に上がってきた。大変だ! 

では、どうすべきか。とりうる対策はいくつか考えられる。まず、稼働率の低下が問題の原因だから、稼働率を上げるという方法はどうか。つまり、加工機械Zが遊ばないよう、製品Aを作り続けるのである。在庫が増えるが、いつかは売れるだろう、ウチの主力商品だから・・

賢明な読者は、これでは赤字を拡大するだけだとお分かりだろう。在庫にお金を寝かせるだけでなく、在庫費用と陳腐化リスクの形で、追い銭を払うのも同然だ。

加工工程を、もっと安い業者を見つけて外注する事が解決策かもしれない。そこで数社に引き合いをとって見たら、材料費+表面加工費で15万円、という見積が一社から上がってきた。現在の実際原価から言うと、材料費10万円、加工機械Zの経費5万円、表面加工の労務費8千円(2,667円×3時間)で、合計15万8千円だから、安いではないか! 1割引で売っても、わずか3千円ながら黒字に戻る。そういう訳で、外注に出す事にした。

ところが、表面加工を外注に出したら機械Zは全くの不稼働になるが、減価償却費2000万円がなくなる訳ではないのだ。同様に、その工程分の労働時間が減っても、労働者の賃金総額が下がるわけではない。他方、外に出て行くお金は、製品1個あたり10万円から14万円に増えてしまった。だから、原価を下げたはずなのに、実は赤字が拡大していくのである。

どうしてこのような事が起きるかというと、減価償却費や労働者の賃金といった固定費を、稼働率に応じて各製品の原価に配付しているためである。一般に次の式で計算する。

       固定費
配賦原価=-----×標準作業時間
      実稼働時間

      固定費  標準作業時間
    =-----×------
     総稼働時間  稼働率

この式から分かるように、稼働率が下がると、配賦される原価は大きくなる。原価が上がると、価格競争力が落ちて、製品は売れなくなる。するとますます原価が上がってしまう。安価な外注で原価を下げようとしても、実は外に出て行くキャッシュフローが増えるだけなので、会社全体では赤字が増えていく。このような不稼働による損失の増大こそ、まさにダウン・スパイラルを生む理由なのである。

同じような事は、SI=システム・インテグレーションの業界でも起きているはずだ。受託システム開発の業界は、建設業会計に準じて、マンパワーの稼働率から人月単価を計算している。不稼働だと、原価が上がる。そこで営業マンは、単価の安い開発外注やハードの外部仕入れを推し進めるようになる。社内に人が余っているのにもかかわらず、である。そして、製造工程をオフショアに外注しはじめると、結果として日本国内ではどんどん要らない人=失業者が増えていく。そのことが、さらに景気の低下を招いていく。

現在の原価計算の方式は、作れば売れた高度成長期の時代に生まれた。しかし低成長時代には、稼働率の変動が原価に響きすぎる。そして、稼働率の想定ほど、今の経済状況でむずかしいものはない。先の高田直芳氏は、上場企業が原価差額を表示した“正しい決算書”を作らない本当の理由は、差額が大きすぎて投資家の信頼を損ねることを恐れるためだろう、と書いている(税法では1%以内の原価差額ならば差額調整は不要としているが、それは製造業では至難の業である)。

このダウン・スパイラルを脱する方法は、非常に簡単だ。原価が稼働率に左右されるということは、じつは製造原価は製造側だけでなく、営業政策でも上下することを意味する。だから低稼働時には多少安値でも仕事量を確保し内製率を増やせば、原価は下がり利益が出る。逆に、見かけが安いからと外注を増やし稼働率を下げたら、赤字が増えていく。経営者や中間管理者は皆、この原価計算方式の利点と欠点を理解するべきである。さらに変動費原価管理やスループット会計などの手法を併用するのも良いだろう。コスト・エンジニアが、会計部門の出した原価数値をそのまま鵜呑みにするほど、危険なことはないのだ。そして、そんなことは会計部門自身、望んでいないはずなのである。
by Tomoichi_Sato | 2012-10-01 23:24 | ビジネス | Comments(0)
<< 逆張りで成功した部下は、どう評... 学会講演のお知らせ >>