SCMのコンサルティングを主にしていたとき、最もよくぶつかった誤解は、『SCMって、ロジスティックスすなわち物流の改善のことでしょ?』というものだ。この誤解は関門のようにSCMの入り口に立ちはだかっていて、まずこれを崩さなければサプライチェーンの中核問題の解決に踏み込むことなどおぼつかない。
この短いが典型的なセンテンスは、じつは少なくとも3種類の誤解が蔓草のようにからみ合って出来ている。それは、 (1)サプライチェーン = ロジスティクス、という誤解 (2)ロジスティクス = 物流(輸送)、 という誤解 (3)マネジメント = 改善、 という誤解 の3種類である。 こうした誤解の生まれる背景には、ロジスティクスという概念のわかりにくさがある。最近でこそ、この言葉は誰もが知るポピュラーなものになったが、'90年代の中頃くらいまでは、「ロジスティクスとはそもそも兵站のことで・・・」と翻訳しなければならなかった。しかし、翻訳してもそれで理解されたわけではない。なぜなら、『兵站』という概念自体が日本では非常に希薄だからである。 では兵站とは何か。 それは、弾薬・食料・衣類・医薬品などの物資を前線の基地に、「必要な場所に、必要な量を、必要なタイミングで」送り届ける活動である(このカッコの中のセリフはみなさんもきっとどこか別の場所で聞いた記憶があるはずだ)。兵站の概念は、資材の調達や輸送、中間地点での蓄積保管なども含んでいる。物資だけでなく、兵隊そのものを移動させることも兵站の重要な一部である。 「必要な場所に、必要な量を、必要なタイミングで」という条件が付いているから、単に物資の場所を右から左へと移動する行為である『輸送』と、ロジスティクスとでは全く別次元の概念であることが分かるだろう。 アメリカの会社と一緒に仕事をすると、彼らがいかにロジスティクスに神経を集中し万全の用意をしたがるか、驚くほどである。彼らにとってはロジスティクスがきちんと準備できたら、もう仕事は半分終わったようなものなのだ。 この行動原理はアメリカの軍隊も全く同じである。彼らほど兵站に厚い軍隊はない。そして、その対極にあるのが、かつての帝国陸海軍だった、と言われている。日本軍は兵隊を広大な中国大陸や南方の各所にばらばらに振りまいて、それで戦争ができると思っていたらしい。しかし鉄砲は弾がなければ撃てないのだ。いや、たとえ武器弾薬がたんまりあっても、食糧がなければ兵隊さんは戦うことができない。衣服や薬がなければ生き延びることができない。 したがって戦略論で攻撃の大きなポイントは、いかに敵の兵站線を切り崩すかであり、防衛とは、いかにそれを守り維持するか、になる。たとえ武器以外の物資の輸送でも、きちんと武装した護衛が必要なのはこのためだ。なぜなら、兵站業務とは前線で戦うことの前提条件であるからだ。 いいかえれば、ロジスティクスを遂行することは、前線に荷担するのとまったく同じ意味を持っている。鉄砲を撃たなければ平和的業務、というのは誤解である。兵站とは「後方業務」かもしれないが、にもかかわらず攻撃なのだ。 ビジネスに話をもどすと、セールスの達人が店でばんばんモノを売れるのも、開店前にちゃんと商品を届けてくれるトラックの運ちゃんがいるからだ、ということになる。そしてそれをさかのぼれば、午前2時に配送場で働く荷役労働者や、ドブ板踏んで仕入先を回る購買担当がいるからだ、ということにもなる。「後方支援」だ、「下積み」だ、などという上下の区別はおかしい。 こうした視野をもたないと、決してロジスティクスを正しく理解することはできない。そしてロジスティクスが分からなければ、その上位の概念であるSCMなど納得できるはずもないのだ。 第3の誤解、すなわち「マネジメント=PDCAサイクルによる改善」という固定観念の問題点については、また別の機会に論じることにしよう。
by Tomoichi_Sato
| 2011-03-31 23:40
| サプライチェーン
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Comments(1)
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兵站の概念にまだ誤りがあります。
兵站は書かれている以上に広義なもので、軍隊を戦闘可能に維持するあらゆる活動といったらいいでしょうか。 例えば慰安婦なども兵站の一部になります。
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