日本がバブル経済絶頂期だった1990年頃、一つの社会的な地殻変動が静かに進行していた。それが人口ピラミッドの変化で、三角形から釣り鐘型にはっきり移行した。年功序列制による組織ピラミッドとの相似則がこの時点で崩れはじめたにもかかわらず、企業は給与制度の小手先の変更や非正規労働形態へのシフトなどで対応しようとした。本来うまくやれば、実務経験も深く専門知識も持つプロフェッショナルを多数抱えた、きわめて先進的な社会に日本が変貌できるチャンスだった。にもかかわらず、それをふいにして、管理層ばかり肥大した機能不全な企業群が出現してしまった、という事情を前回書いた。
これに関連して、もう一つ思い出すことがある。たしか浜松で行われたスケジューリング学会シンポジウムでのことだったから、もう8,9年も前のことか。宿舎での懇親会で、ある経営コンサルティング会社の方が、日本を代表する映像音響機器メーカーを例に、こんなことを言われたのだった。「S社の人事部門が、就職志望学生の履歴書からあえて大学名を削除したことがあるんですよ。真の実力ベースの採用を目指したんですね。ところが、採用決定後、ふたを開けてみると、上位採用者には東大卒がずらりと並んだそうです。」 このコンサルは、結局、優秀な大学を出た人間は大学名を伏せても優秀だ、とおっしゃりたかったらしい。しかし、わたしの印象は違った。“それはつまり、人事採用担当部が、そつのない秀才型の人間を好んで選ぶようになっている、ということだ。”--そして、S社から転職してきた隣の部の後輩の顔を思い出しながら、こう考えた。“人事がそんな状態では、こりゃあS社の将来は危ないぞ・・” むろん、これは単なる伝聞である。事実とは全く相違しているのかもしれない。そうであってほしい。大学名など見ず、ほんとに実力のある人間を採用し続けているのだと思いたい。 わたし自身は、絵に描いたような『愛社精神』とはおよそ無縁な人間だ。しかし、自分の勤務先について、一つだけ自慢しても良いかな、と思うことがある。それは、わたしの会社は大学を出ていなくても社長になれる、と言うことである。事実、今から二代前の社長は高専卒だった。偶然ながら、わたしが入社したときの社長も高専卒だった。日経平均225社の中でも、大卒以外の社長はかなり少数だろう。でも、エンジニアというのは、学歴ではなく、その腕前が全てなのだ。その証左として、大卒でなくてもトップになれる事実を、わたしはちょっぴり誇りに感じた。 実際、高専卒の人は(わたしが出会った限り)ほとんどみな努力家でまともだった。あるとき、「高専卒の人ってたしかに優秀ですよね」と、飲み会の席で部長に言ったら、あとでその部長も高専卒だったと聞いて赤面したこともある。そういうわけで、わたしは他人の学歴について興味がないし、事実、部下の出身大学名も知らない。ただ専攻した学科はむろん聞く。機械屋なのか、化工屋なのか、はたまた土木屋なのかは大いに重要だからだ。 話を戻すが、1990年に起きた、もう一つの地殻変動的現象があった。それは、高卒者・大卒者の数の逆転である。'80年代までは、高卒者の方が多かった。しかし今日では、高校卒からの大学進学者は53%を超えている(出典:総務省統計局ホームページ )。大学進学者は戦後ほぼ一貫して増え続け、他方、高卒での就職は'80年以降、どんどん減ってきている。 なぜか。答えは誰でも知っている。大卒の方が得だからだ。高卒で就職して、工員や店員になっても、たいした賃金はもらえない。いや、それ以上に、高卒では上にあがれないのだ。高卒で部長になれるトヨタのような会社は例外で、重厚長大産業など多くの伝統ある企業では、今日でも「高卒は課長どまり」の不文律がある。高卒はブルーカラーであり、それを統括し管理するのが大卒のホワイトカラーである。なぜ大卒は管理できるのか? それは、高等教育により専門知識を身につけているから、という訳だ。 それどころか、わたしの勤務先では今日、技術系はほとんど修士卒をとっていて、高専卒はおろか大卒さえろくに採用していない(ですよね、人事部長様?)。わたし自身も修士卒だ。これは技術系の内容が高度化しすぎて、教育年数が長くなってしまった影響だろう。学部卒はいわば「仮免」で、修士を出てやっと「一種免許」、という感覚なのだ。 官庁系や、官庁に準じる企業などでは、さらに「キャリア」と「ノンキャリア」の区別があることもご存じだろう。「キャリア組」というのは、優秀なる大学を卒業し、栄えある試験にパスして任命された少数の人たちで、彼らは最初から幹部候補生である。20代の終わりには、若くして所長だの署長だのといった地位に就く。ノンキャリアは、どんなに現場の実務でながくcarrierを積もうとも、幹部には昇格できない。 そう。組織における管理階層は、じつは学歴のピラミッドでもあった。最上層には、一部の学歴エリートがおり、その下には大卒のホワイトカラー、さらにその下には高卒のブルーカラー、という構造である。それぞれの階層の中は、さらに「年功序列」制によって支配されている。 この構造は、大学進学者が高卒就業者を上回った'90年初頭以来、崩れてきてしまった。学歴の三角形と管理階層の三角形の間の「相似則」が、成立しなくなった。高い技能を持つ工場の熟練工が、どんなにメディアで持ち上げられても、生涯賃金の点で不利な職工になり手が無くなってしまったのである。おかげで、最近では、日本の現場力は危機的な状況に陥りつつある。産業で使う大型・高速の回転機械は、いまだ韓国の追随を許さず、日本と欧州の独壇場である。にもかかわらず、優秀な溶接工が払底しているおかげで、注文を受けても国内で製造できぬ事態にいたりつつあるのだ。 それでは、どうしたらいいのか? 国が進める「ものつくり大学」のように、一部の優秀な技能工に高等教育を授けることが解決策なのか? わたしは、まったく逆の解決策があると考えている。それは、「大卒者が高度な職人を目指すこと」である。大卒や院卒の人間は、なぜ紙とパソコンだけを道具とする抽象的な仕事ばかりに限られるのか? 具体的なモノや自分の手先・五感に関わる仕事をしてもいいではないか。 事実、ある機械メーカーでは、数年前から、大卒・院卒を製造現場に入れ、NC旋盤だのマシニングセンターのオペレーションを任せているという。その結果、面白いことに、大卒者は短期間のうちに技量を現すばかりでなく、前後工程の調整・とりまとめなど、従来は工程管理者が立ち入って手配しなければならなかった仕事を、現場側が作業区内で解決できるようになったという。それはやはり、高等教育によって得た広い視野が助けになっているのだろう。 むろん、このような施策が受け入れられるためには、等級・給与制度の改革、労働組合の説得など、多数の障害が待ち受けている。つねに成功するとは限らぬ。しかし、今後も増えるばかりの大卒者に、ホワイトカラーの「管理の仕事」だけを期待するのは、不自然である。1人のブルーカラーを、2人のホワイトカラーが「管理」するのは明らかにおかしいからだ。現在は不況のため、大卒者の就職率は危機的状況だが、かりに景気が少し戻ったとしても、すでに学歴ピラミッドの構造的不均衡はとりかえしがつかないのだ。 ちなみに、産業機械の業界で、欧州(具体的に言うとドイツとイタリアだが)にまだ競争力がある理由は、明瞭だ。この二つの国は、『職人芸』が生きていて、社会的に尊敬されているのである。ドイツのマイスター制度はよく知られているが、イタリアにもディプロマ制がある。逆にフランスの職人制度は'70年代には衰退に入っていて、人類学者レヴィ=ストロースが嘆いていた。 近年、私たちの国では農業や漁業、あるいは手工業の職人の仕事に興味を持つ若い人が増えてきている。すでに農業志望者の数は急増中だ(農業人口自体は激減しているのに!)。ここにはブルーカラーからの転職も多く含まれているが、従来ならばホワイトカラー候補者だった人もたくさんいる。「高度な教育を受けた若い職人」という、歴史上例を見ないリソースを多数有する社会となれば、国際的にもまったく別の将来像が見えてくるのではないだろうか。
by Tomoichi_Sato
| 2010-09-19 19:21
| 考えるヒント
|
Comments(2)
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by
Hoshifurusato
at 2010-09-25 20:54
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私が漠然と考えていたことを明確に説明していただいたように思います。
私は10年以上前に大学で経営などを学びましたが、今では欧州で職人をしています。 同業種の日本の大手メーカーは機械化が進んでいなかった19世紀に比べても品質、生産効率、教育・選抜等が劣っていますが低いレベルの仕事を優秀な職人が望むわけがありません。 会社の改革を待つほど暇ではないので近代産業が興る前の18世紀のような芸術的な仕事を小規模でやっていく方向で労力を費やしています。 大卒の職人が優れているかというと人や分野によるとしか言いようが無いですが、職人の世界は非常に保守的なので勉強が嫌いな人を前提にした教育や管理では決められたことをやるだけがゴールになってしまう傾向があります。 マーケティングなど状況に応じて別のやり方が必要ですが、別の時代や流派について学ぶには考古学者や文化人類学者のような視点が必要だと思います。 日本全体の問題としたとき本質は若者が職人になることにはなく、支配階層の身分に基づいた人事制度で物差しができていて、それが神話化してしまい現実の職務からかけ離れていることにあるのでしょうか?
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在日ですか?
at 2015-06-04 12:12
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