イギリスから来た同僚たちと飲んでいたら、たまたまスポーツの話になった。「スポーツには階級がある」と彼らの一人はいう。「たとえば、ホッケーはミドル・クラスのスポーツだ。」と彼は続ける(英国の話なのでアイスホッケーではなくて、グラウンド・ホッケーである)。「なぜならば、ホッケーは長くて硬いスティックを使う。こんなものをローアー・クラスの連中に持たせたら、殴り合って大変な騒ぎになる。」
無論、ジョークである。しかし、“イギリスにはClass systemがある”という彼の発言は、本当だろう。階級制度は緩んだとはいえ、まだ厳然とそこにある。欧州は、多かれ少なかれ、似た状況だ。 それで思いだしたのは「きかんしゃトーマス」の、シーンだった。子供が小さかった頃、このTV番組を一緒によく見た。イギリス製の人形アニメで、蒸気機関車のトーマスが主人公になっている。ある回では、機関車仲間のジェームズが、たくさんの貨車を引いて下り坂で脱線し、ひどい目に遭う。貨車達がおもしろ半分に押したり引いたりして騒いだからだ。この番組では、貨車達は常にガラがわるく、自分勝手で、真面目に働こうという気などさらさらない。それを機関車が何とか束ねて、仕事を仕上げるのだ。 「きかんしゃトーマス」を見ていて、つくづく階級制度の見方を思い知らされた。物語の世界には、一番上にトップハムハット卿という鉄道の経営者がいて、その下に真面目な機関車たちがおり、彼らはトーマスやヘンリーといった名前で呼ばれている。そして一番下には、不真面目な大勢の貨車達がおり、彼らは名前もない『その他大勢』である。これはちょうど、英国におけるアッパー、ミドル、ローアーの階級に対応しているらしい。そして、観客である私は、主人公の機関車たちに感情移入する(それは何も、「機関車」Engineが、自分の職業であるEngineerと近親の言葉だから、という訳ばかりではない)。ミドルの使命は、経営者の指示に従って、不埒な労働者をたばねることにある。だが、どのようにしてか? 近代的なマネジメントというのは、イギリス人の発明である。彼らは産業革命と帝国時代をリードし続けて、巨大な軍事力と政治力を維持し続けた。もっともその最盛期は第1次大戦までで、その跡目はアメリカが受け継ぐこととなった。そして20世紀を通して、マネジメントの思想に最も影響力を持ったのはアメリカの経営学であった。 その米国経営学は、今からちょうど100年前、テイラーの科学的管理法にはじまった。テイラーは、肉体労働者の作業をストップウォッチで分析し、どのような動作と休憩の組合せが最も生産性を上げるかを研究した。ところが、'30年代の後半頃から、経営学の風向きが変わる。テイラー流の客観主義から、「モチベーション論」を中心とした主観主義に移っていくのである。 その中心的役割を果たした一人が、D・マグレガーであった。彼は1960年に有名な「X理論とY理論」のモデルを提唱する。 X理論とは何か。それは、「人間は本来怠け者である」という考え方から生まれる経営理論である。平均的な人間は、無責任で、命令されることを好む、とする。そこから、人をマネジメントするためには法とルール、命令と懲罰が必要だ、との発想が出てくる。「きかんしゃトーマス」たちが、貨車に対して感じたことがこれである。そして、法とルールとは、被雇用者各人に対して、業務の責任範囲を明確化し明文化し、雇用契約書で縛ることにつながっていく。職務記述書も、この流れから生まれる。 それに対して、Y理論とは、「人間は仕事を通じた目標達成や自己実現の欲求をも持っている存在である」と考える。そこから、個人の欲求や目標を企業目標に合致させるような目標管理・自己管理の手法が生まれる。また、個人の創造性や工夫を、誰もが活かせる環境を作るべきだ、との方針が出てくる。「現代企業では、従業員の知的能力はほんの一部しか生かされていない。」とマグレガーは書く。彼の主著のタイトルが『企業の人間的側面』であったことは象徴的だ。 X理論からY理論へのシフトを主張したマグレガーの思想は、著名な経営コンサルタント、トム・ピーターズなどにも影響を及ぼしているといわれる。しかし、'70年代ごろから次第に、米国の経営学は客観主義へと揺り戻しが起きてくる。そして、ポートフォリオ理論やオプション価格理論など、ミクロ経済学からの流入が強まっていく。「金融工学」の誕生である。その中で、マグレガーのY理論は次第に忘れられていく。従業員は次第に、いつでも好きなときに交換可能な、お金で買える部品のように扱われるようになっていった。 米国の経営学の思潮がこのように主観と客観の間を行きつ戻りつしている背景には、米国の産業の発展形態もあるのだろう。つまり、20世紀初頭の「モノがお金を生む」時代があり、そこから「人がお金を生む」時代に移る。しかし、やがて「お金がお金を生む」金融資本主義に推移していったのだ。それに応じるように、経営学の主たる対象も変わってきたのだろう。ただし、これまでの経緯を見ていると、一世代30年強を単位に変化してきたから、そろそろまた次の世代にうつるときなのかもしれない。 いずれにせよ、もともと英国でX理論的マネジメントが幅をきかせてきた理由は、おそらく階級制度にあった。労働者階級に生まれついた人間は、滅多にそこから這い上がれない。したがって、働くことに意欲も持ち得ない。モラルも高くならない。だから規則と懲罰で縛るという発想である。また、米国では、(前にも書いたように)奴隷労働によるプランテーション経営の遺風が、いまだかすかに漂っている。人種を分断する壁があり、おまけに社会的流動性も高い。こうしたことが、X理論的なマネジメントを助長させていったのだと思われる。 それでは、私たちの社会はどうなのか。過去20年近い不況の間に、マネジメントの思考はX理論にどんどん接近していった。しかし日本には、英米のような階級制度や人種構造があったのか? 否である。それならば、なぜ英米のマネジメント流儀だけを今さら真似るのか? 歴史を見ないで思考だけを真似る習慣、土壌を見ないで果実だけを輸入する風習からは、もう卒業していい時ではないだろうか。
by Tomoichi_Sato
| 2010-09-11 21:56
| ビジネス
|
Comments(1)
Commented
by
hideshi
at 2010-09-12 02:01
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「日本には、英米のような階級制度や人種構造があったのか?否である。」についてですが、ここ10年くらいの日本においての、身分制度的な雇用形態を見るに、どちらかといえば「否」ではなく「是」ではないかと思えます。このあたりは城繁幸氏の発言が参考になります。
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