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目標、計画、ターゲット

先日、機会があって東大工学部の学生たちにプロジェクト・マネジメントの講義をした。わずか2コマ・計3時間の講義でどれだけのことを伝えられたかは定かではないが、アンケートを見る限り、少なくとも「マネジメントには技術(テクノロジー)があり、理工学的なアプローチが可能である」という事実は、興味を持って理解してくれたようだ。WBSだとかクリティカル・パスだとか、ごく初歩的なことがらを演習してみて、それを強く感じたらしい。

このことは、あの大学に経営工学や管理工学といった理系のマネジメント学科が存在しないことを思い合わせると、とくに貴重なことのように思われる。東大の理工系を卒業する人は、マネジメントについて何も教わらぬまま社会に出て、人に指示を出す職業に就いてしまう可能性が高いからだ。日本のいろいろな組織が、確とした指針も方法論もないまま、リーダー層のセンスや勘や経験だけで動かされることになる一因かもしれぬ。

それにしても、学生さんたちの回答を見ていて気がついたことが一つある。それは、「目標」というものに関する誤解、ないし理解不足である。この講義で私は、“自分が現在かかわっているプロジェクト(ないし近い将来かかわるであろうプロジェクト)を例にとり、その『使命(ゴール)』と『目的』と『目標』を言葉で書きなさい”という演習を出してみた。ミッション・プロファイリングの初歩である。

ゴールと目的と目標は、混同して使われることが多い。そこで、あらかじめ講義の中で、次のように説明した。(1)ゴールはそれを達成すればプロジェクトを終えることのできる完了条件である。(2)目的はそのプロジェクトを発案し進めるに至った背景ないし意図であり、ふつうゴールより広い視野でとらえる。(3)目標はそのプロジェクトが成功したかどうかを判定するためのモノサシである。目的と目標はまぎらわしい言葉だが、「今年の販売目標は100億円」とは言っても、「今年の販売目的は100億円」などとは言わないことを思えば、違いを理解できるだろう。

ここまで説明してあるのだから、この演習問題はじつに簡単なはずである。たとえば「卒論研究」というプロジェクトをとったとしよう。その使命(ゴール)は「○○をテーマとした卒業論文を書いて提出する」であり、目的には「○○を研究して明らかにすること、ならびに無事に卒業すること」があげられるはずだ。そのための目標値としては、「少なくとも卒論発表で及第点をとる(ような内容にしあげる)」ことをあげなくてはならない。

ところが不思議なことに、『目標』のところに「実験器具の使い方を習得すること」とか「○○理論の文献調査で理解を深めること」などと書いてくる人がいる。これらは、すべて目的を達成するための手段・道具でしかない。どうも、手段と目標を混同しているらしいのだ。いかに実験器具を操るのが上達しようが、発表審査で落第したら、その卒論プロジェクトは失敗である。

しかし、おかしなことに、企業人を相手に同じ演習をやっても、同様に目標と手段を混同した答えが、しばしば返ってくる。人も知る立派な企業のエリート社員たちが、「目標」を正しく立てられないのだ。これはいったい、どうした現象なのだろうか?

もう一度書くが、目標とは、そのプロジェクトが成功したかどうかを判定するための、客観的に検証可能な基準である。なぜ検証するのか? それは、失敗であれ成功であれ、そこから、次のプロジェクトの成功のために「学び」を汲み上げるためだ。これは自分で経験から学び取り、自分で改善するための契機なのである。だから、目標は自分で設定しなければダメなのだ。それも、努力すれば実現できる程度に「実行可能な」ターゲットの目標値を。また主観的・定性的な目標では不十分で、はっきり誰でも測れて合意できるものでなければ役に立たない。

プロジェクトとかプログラムといった営為では、最初の目的・目標設定が非常に大事である。こんなことはマネジメントのはじめの一歩で、今更言うまでもないはずだ。しかし、どうやら「先進国に追いつけ・追い越せ」で長らくやってきた我々の社会は、この目標の自己設定がへたらしい。目標は誰かから与えられるもので、自分で考えるものではないのだ。大学に入るのは学んで賢くなるため(=目的)だったはずなのに、いつのまにか入学が自己目的化し、入試の点数で何点以上という目標がふって降りてくる。本当にこの試験勉強で自分が賢くなれるのかは、もう問わない。

「ERP導入プロジェクトをスタートさせます。目的は基幹システムの近代化で、ゴールは会計・販売・物流機能の全社展開です。」--ここまではたいていの会社できちんと宣言する。しかし、目標は? 売上増加、あるいは在庫削減、あるいはシステム運営費の削減? それが達成できたかどうか、いつ誰が判定するのか。ほんとうにERPを入れたら売上は伸びるのか? 売上増を達成できなかったら、それをどう教訓として活かすのか。こうした点は曖昧なまま、いつのまにかプロジェクトは終わってしまい、疲労困憊したチームメンバーと、現場のぶつぶついう不満やつぶやきが残るだけ、というケースを見かけないだろうか。

・・と、本当はここまでが話の導入部分で、これから『計画』と目標の二重帳簿について議論するつもりだった。だが、いつものくせで、少し長くなりすぎた。この問題については、また稿をあらためて書くことにしよう。
by Tomoichi_Sato | 2009-06-02 23:01 | 考えるヒント | Comments(0)
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