背筋・梨がブームを牽引
フィクションを実録風に表現するモキュメンタリーと呼ばれる手法は以前から存在したが、雨穴の『変な家』(飛鳥新社)や背筋の『近畿地方のある場所について』(KADOKAWA)がベストセラーになったことで一挙に知名度を高め、映像作品や体験型イベントなどと連動しながら、社会現象とも呼べるブームになっていった。
モキュメンタリーの人気が、この数年活況を呈していたホラー小説シーンにさらなる刺激を与えたのは間違いない。2024年6月にはホラー小説をランキング形式で紹介する『このホラーがすごい!2024年版』(宝島社)も発売。多くの人がホラージャンルに関心を向ける時代が到来したのだった。
では具体的にどんな作品が書かれたのか。すべてに言及することは不可能なので、代表的な作品にしぼって紹介していきたい。まずはモキュメンタリー系から。モキュメンタリーブームの中心的作家・背筋は、待望の第2作『穢れた聖地巡礼について』(KADOKAWA)と第3作『口に関するアンケート』(ポプラ社)を相次いで発表。どちらも大ヒットした。前者はモキュメンタリーの手法からやや距離を置き、心霊スポットのでっちあげに携わる人たちの心理を、薄気味悪い怪談を交えながら描いた長編。後者は肝試しに出かけた若者たちの証言をもとに構成した、正統派のモキュメンタリーホラーである。
同じくブームの立役者の一人である梨は、今年も実験的なモキュメンタリーを刊行。短詩の連なりで恐怖を表現した『自由律』(太田出版)、悲痛な青春小説とモキュメンタリーを融合させた『お前の死因にとびきりの恐怖を』(イースト・プレス)で新たな世界を切り拓いた。モキュメンタリーの手法が一般的となったことで、その一歩先を目指す作品も現れている。真島文吉『右園死児報告』(KADOKAWA)は、明治時代から報告されてきた怪現象・右園死児の記録を再構成したというスタイルの作品だが、淡々としていた序盤から一転、中盤以降はスケールの大きなSFに転じる。モキュメンタリーの進化に注目していきたい。
因習村ホラーに新風
閉鎖的な集落でのおどろおどろしい事件を扱った、いわゆる因習系のホラーは相変わらずの人気。芦花公園『極楽に至る忌門』(角川ホラー文庫)は四国の山村を舞台に、人間には止めようのない怪異の連鎖を描ききっている。西式豊『鬼神の檻』(ハヤカワ文庫)は横溝正史の世界を思わせるオーソドックスな因習村ホラーと見せかけて、鮮やかなジャンル転換を決めてみせた快作だ。木古おうみ『領怪神犯3』(角川文庫)は、日本各地に潜む異形の神々と人間の共存関係を、政府機関の職員の目から描いたシリーズの完結編。巧みな構成と圧倒的ビジョンで、土俗ホラーに新風を吹き込んだ。
ホラーに謎解きの要素を加えたホラーミステリも、近年のトレンドである。怪談作家・呻木叫子が怪異に彩られた不可能犯罪に挑む大島清昭『バラバラ屋敷の怪談』(東京創元社)、家族間に渦巻くどろどろした感情に、ホラーの要素を加えた矢樹純『血腐れ』(新潮文庫)、通夜の晩に催された怪談会が、過去の犯罪を暗示する阿泉来堂『僕は■■が書けない 朽無村の怪談会』(PHP文芸文庫)などだ。ベテラン・貴志祐介が『さかさ星』(KADOKAWA)で本格的にホラーミステリに挑んだのもビッグニュース。いわくつきの呪物がぎっしりと並んだ屋敷で惨劇が発生。主人公は“呪物の論理”をもとに、事件の真相を解き明かそうとするが……。囲碁や将棋にも似た頭脳戦の興奮を味わえる、読み応え満点の大長編だ。
新たな才能続々
小説投稿サイト・カクヨムからは、2024年に多くのホラー作家がデビューを果たした。幽霊だらけのマンションに入居した青年の奇妙な日常を、淡々とした筆致で描く寝舟はやせ『入居条件:隣に住んでる友人と必ず仲良くしてください』(KADOKAWA)など、個性的な作品が多い。やはりカクヨム出身の尾八原ジュージ『わたしと一緒にくらしましょう』(KADOKAWA)は、構成の巧さが光る幽霊屋敷もの。カクヨム発のホラーからしばらく目が離せない。
新人といえば東京創元社創立80周年を記念して開催された創元ホラー長編賞からは、上條一輝という期待の新人がデビューしている。大賞受賞作『深淵のテレパス』(東京創元社)は、超常現象の調査チームが主人公のエンタメホラー。切れのいい構成と堂に入った怪異描写、意外性のあるストーリーが相まって、満足度の高い一冊に仕上がっている。遠からず刊行されるという第2作が楽しみだ。
その他にも、カルト教団の合宿所から逃げ出した男女が、山中で奇怪極まる事件に巻き込まれる澤村伊智『斬首の森』(光文社)、2022年に逝去した稀代の幻視家・津原泰水の未刊行作品を単行本化した『羅刹国通信』(東京創元社)、岩井志麻子がアジア諸国と故郷・岡山を舞台に、虚実入り乱れる怪奇幻想の世界を表現した『おんびんたれの禍夢』(角川ホラー文庫)、短編の名手・井上雅彦によるファンタスティックでダークな作品集『宵闇色の水瓶 怪奇幻想短編集』(新紀元社)などが印象に残った。
進むホラー作品の邦訳
海外作品もいくつかのトピックに分けて紹介したい。まずホラーの帝王スティーヴン・キングが作家生活50周年を迎え、邦訳刊行が相次いだ。『ビリー・サマーズ』(白石朗訳、文藝春秋)は、キング作品特有のコクと旨味に溢れた殺し屋小説。ホラーではないが、隅から隅まで面白かった。『死者は嘘をつかない』(土屋晃訳、文春文庫)は幽霊が見えてしまう少年が主人公の、キング流ホラーミステリだ。『コロラド・キッド 他二篇』(高山真由美・白石朗訳、文春文庫)はヒッチハイクもののホラー「ライディング・ザ・ブレット」などを含む、キング再入門にもってこいの中編集だ。
2024年はクラシックホラーの発掘・紹介も進んだ。ウィリアム・フライアー・ハーヴィー『五本指のけだもの W・F・ハーヴィー怪奇小説集』(横山茂雄訳、国書刊行会)は、「炎暑」など限られた作品が知られるのみだった英国怪奇小説の鬼才・ハーヴィーの全貌を初めて伝えたクラシックホラーファン歓喜の企画。名のみ高かったエドワード・ブルワー=リットンの魔術的歴史小説『ポンペイ最後の日』(田中千惠子訳、幻戯書房)が完訳されたのも嬉しい出来事だった。女性初のピューリッツァー賞作家で『無垢の時代』などの作品で一般に知られるイーディス・ウォートンは、実は幽霊小説の名手でもある。『ビロードの耳あて イーディス・ウォートン綺譚集』(中野善夫訳、国書刊行会)は、派手な展開に頼ることなく、異界の気配をしみじみと伝える筆致が冴え渡る。
現代ものではアルゼンチン出身のサマンタ・シュウェブリン『救出の距離』(宮﨑真紀訳、国書刊行会)が文芸ホラーの収穫。ベッドに横たわる女性とその脇にたたずむ少年の会話を軸に、孤独と錯乱が描かれていく。アメリカの現代作家ケヴィン・ブロックマイヤー『いろいろな幽霊』(市田泉訳、東京創元社)は、奇想天外な幽霊譚100編が並んだ、キュートでユーモラスな一冊。デヴィッド・ウェリントン『妄想感染体』(中原尚哉訳、ハヤカワ文庫SF)もアメリカ発の作品で、未来の宇宙空間を舞台にしたホラーSF。謎めいた植民惑星の調査に向かった一行が、“致死的な妄想”に攻撃されるさまが、閉塞感とスリルいっぱいに描かれる。
中国からは韓松『無限病院』(山田和子訳、早川書房)という怪作が届いた。旅先で腹痛を訴え、入院することになった主人公の眼前に、悪夢のような光景が広がる。あえてジャンル分けするなら医療SFだろうが、延々と続く不条理な展開はほとんどホラーに近い。何かとんでもないものを読んだ、という衝撃を味わえる。
最後に付け加えておくと、2024年は令和のホラーブームを評価・分析しようと試みるノンフィクション・学術書も刊行された。吉田悠軌編著『ジャパン・ホラーの現在地』(集英社)、廣田龍平『ネット怪談の民俗学』(ハヤカワ新書)などだ。こうした動きからも、ホラーブームが新たな段階に移行しつつあるのを感じ取れる。2025年のホラーがどこに向かうのか、皆さんもぜひ注視していただきたい。
【朝宮運河の2024年ベストテン】
- 井上雅彦『宵闇色の水瓶 怪奇幻想短編集』(新紀元社)
- 岩井志麻子『おんびんたれの禍夢』(角川ホラー文庫)
- 上條一輝『深淵のテレパス』(東京創元社)
- 貴志祐介『さかさ星』(KADOKAWA)
- 木古おうみ『領怪神犯3』(角川文庫)
- 澤村伊智『斬首の森』(光文社)
- 矢樹純『血腐れ』(新潮文庫)
- ウィリアム・フライアー・ハーヴィー『五本指のけだもの W・F・ハーヴィー怪奇小説集』(横山茂雄訳、国書刊行会)
- イーディス・ウォートン『ビロードの耳あて イーディス・ウォートン綺譚集』(中野善夫訳、国書刊行会)
- 韓松『無限病院』(山田和子訳、早川書房)