ショート・ストーリーのKUNI[124]なあブンブン
── ヤマシタクニコ ──

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ある日あるとき、ジョンは考えた。おれの女房は浮気をしている。

ジョンはだいたいが直感で行動する人間で、理屈は後からついてくる、もしくはいつまでたってもついてこない人間だが、とりあえずは自分の直感を信じる。おれの女房は浮気をしている。

考えれば考えるほど、というか繰り返すほどにそれはまちがいないことに思えた。おれの女房は浮気をしている。けしからん! それは、だれなんだ?

そこでジョンはそうしたときにいつも訪れるただひとりの信頼できる友人、ブンブンを訪れた。

「どうしたんだい、ジョン。また制作に行き詰まったとでもいうのかい」
「制作には年中行き詰まってるが、それはいいんだ。おれは天才だからそのう
ち傑作をものしてイッキに取り返す。ピカソもダリもびっくりというやつだ。
絵が売れたらごちそうしてやるよ」
「楽しみにしているぜ」

「それはそうとして、今日は別の話なんだよ、ブンブン」
「何なんだ」
「おれの女房が浮気をしているんだ」
「へー」

「へーじゃない。相手はだれなのかつきとめねばならん」
「浮気をしているのは確かなのかい?」
「ああ」
「なんでそう思うんだ」

「ときどきひとりでうっとりしている。時々おしゃれをして出かける」
「そりゃまじだ」
「だろ」
「絶対、突きとめたいのか。知らないほうが身のためということもあるぜ」




「おれは知りたい。おまえなら何か方法を知ってるだろ。おれの友だちにして
は頭がいいし、いろんなあやしげなものを発明している」
「確かに、方法はないこともないが......」

翌日、ジョンはクリーニング屋の看板になっていた。クリーニング屋はジョンの妻が月曜日から土曜日まで毎日働いているところだ。看板は店の入口右側に立っている、人の背丈ほどのもので「安心価格!」「スピード仕上げ!」などと書いてある。ブンブンが調合してくれた変身薬のおかげでジョンは看板へと変身し、こうやって妻を見張っているというわけだ。

クリーニング屋はけっこう繁盛している。次から次へといろんなものを抱えて客がやってくる。浮気をしているとしたら、まずここの客のひとりか、それとも店の従業員か店長あたりを疑うべきだろう。

ジョンは店にだれかやってくるたび、じろじろ眺め回したが、なにしろ客のほとんどは女で、たまに来る男にもろくなのがいない。とはいっても自分の妻がろくでもない男と浮気をしないとは限らないのだが。

一日看板になって立っていてもこれといった成果は上がらなかった。せいぜい見知らぬばあさんが隣のスーパーで買い物をしている間、飼い犬の鎖を自分に巻き付けていったこと。犬が自分を見上げた目つきがうらめしそうでいやだったこと、ばあさんが戻ってきたときに犬が振ったしっぽがわしゃわしゃと足元に触れ、めちゃめちゃくすぐったかったことくらいだ。

「看板はだめだったよ、ブンブン。店の中の様子がわからないし」
「じゃあどうするんだ」
「店の中にカレンダーが吊ってあった。あれになってみるよ」
「よし、それでいこう」

翌日、ジョンは店の中に張ってある月替わりのカレンダーになった。当然、店の中がよくわかる。妻は同僚とふたりで次々持ち込まれる洗濯物をひっくり返してあちこち点検し、ポケットの中から何かのカードや小銭を発見しては客に返したり、ボタンがちぎれかけてますがいいですかと言ったりしていた。

よく働くもんだと、ジョンは感心した。おれじゃ半日も持たないな。こんなことを毎日やってるなんて頭がおかしいんじゃないかと思った。そのうち店長らしき中年男が現れるとジョンは思いっきり疑いながらじろじろと見た。

妻より少し若いくらい。特にハンサムでもない。腹も出ている。それでも店長に対して妻がにこにこと愛想良く接していたのでもしや、と思ったが、店長がいなくなるや同僚と「くそおやじ」「死ねば」と言い合ってるのをみると、どうも違うようだ。

結局、成果といえばたまたま月初めだったもんで、それに気づいた妻がずんずんと自分のほうに近づいてきてやおら一番上の紙をびりびりっとちぎったそのとき、なんとなく「痛っ」と思ったことくらいだ。

「カレンダーでもよくわからなかった。どうしたらいいんだろう、ブンブン」
「ひとりきりになるときがカギなんじゃないか。仕事中は同僚も客もいるから、本心を表しにくい」
「なるほど。じゃあ次は......ランチボックスになるよ」

ジョンは自分の妻がお昼はひとりになって、公園でランチすることを知っていた。その日も妻は何も知らず、ランチボックスになりすましたジョンをバッグに入れて公園に行った。そして木陰のベンチでバンダナにくるまれたランチボックスを取りだし、中の玉子サンドイッチを食べ始めた。

薄曇りで穏やかな日だった。離れたところでキャッチボールか何かをしている人たちの声がする。シダーの木が並び立つ間できらきら光っているのは池の水面だ。それらをまぶしそうに見つめる妻を、ジョンは下から、妻のひざの上から見ていた。

こいつも年とったなあ。最近、まじまじ見ることもなかったけど、こうやってみたらすごいババアだな。ひどいもんだよ。ジョンはかなりまじめにそう思った。すると、別にその声が聞こえたわけではないだろうが、妻は少し悲しそうな表情をした。と思うと、今度はなんだかうっとりした顔になった。

これ、これだよ! とジョンははっとした。だれかのことを思い出してうっとりしている顔だ。絶対。愛想笑いとも、あほなジョークで笑っているのとも違う顔。ふだんの疲れ切った顔と別人のような表情。

妻はサンドイッチを手にしたまま、くすりと笑いさえした。ちょっとほほが赤らんだ、ようにも思える。やっぱり。
あやしい!

「おれのにらんだ通りだったね。女房が浮気してるのは間違いない。あんなババアを相手にするやつがいるとは半信半疑だが、そうとしか思えない。ちきしょう、くやしいじゃないか。いったいどこのどいつなんだ。なんとかわかる方法はないものだろうか。なあブンブン」
「ないこともないが......」

「ないこともないが、って、あるんなら教えてくれよ」
「どうしても?」
「思わせぶりだなあ」
「いや、ちょっと値が張るんだよ」
「え、値が張るって」
ブンブンはジョンを見た。

「おまえ、今までのこと、おれがボランティアでやってると思った?」
「いや、あー......そ、そんなことはない。すぐれた技術にはそれなりの報酬があって当然だ。そうとも、無料だなんて考えちゃいない」
「じゃあいいんだ。で、今までよりもさらに値が張るけどいいのかい、と」
「......いいよ!」

「じゃあやってみよう。おまえのかみさんが眠っているときにちょいと細工をして、どんな夢をみているか調べる」
「ああ、それはいいかも。時々彼氏の夢でもみているのか、寝ながらうっとりしてるときがあるんだ」
「それだ。それを調べる。夢にみていることをスクリーンとか壁に投影する」

「そんなことができるのか?」
「できるさ」
「小説だと思ってむちゃくちゃ言ってないか?」
「それはある......いや、ないない! おれは天才だ。天才ブンブンの言うことを信じろ!」

夜、妻が寝たとみるやジョンはブンブンからわたされた夢投影装置を取りだした。「まだ試作段階なんだ」というだけあって、サッカーボールほどもある本体からケーブル類がうじゃうじゃと伸びている。からまらないよう箱から取り出すのがまずひと苦労だ。

暗い寝室でそれをかかえ、被験者(妻だ)の頭にケーブルだらけの帽子のようなものをかぶせる。まともに考えるとそんなことをされたら眠っていても起きてしまう。ところが、妻はびくともしなかった。寝息をすうすうたてながら眠り続けている。どんだけ熟睡しているんだ。

そうか。疲れているんだ。そう気がついてジョンは一瞬手を止めたが、やっぱり思い直してかぶせた。なぜなら、気持ちよさそうに眠っている妻が、例のうっとりした表情を浮かべたからだ。いま、まさに浮気相手の夢をみているに違いない!

大急ぎで装置をセットしてスイッチを入れると、寝室の壁に画像が現れた。これが妻のみている夢なのか。あまり鮮明ではないが、どこかの室内の様子であることはなんとかわかる。テーブルがあって、そこに男がいる。まだ若い男のようだ。男は何か緊張したふうで、固い表情でひとことひとこと、しゃべっている。しゃべっている相手は、妻なのだろう。前にいる妻の目をまっすぐ見つめながら、何か言った。

あ、「結婚しよう」と言ったんだ。

ジョンにはわかった。ええっ? なんでわかったんだろう? そういえば、あの紺色のポロシャツになんとなく覚えがある。そういえば、そのテーブルがある店にも。あれは、えーと、あそこだ。さいてーだったな、あの店。コーヒーはまずいしウェイトレスはぶさいくだし、安いだけが取り柄で、わははって、まさか。いや、でも......。

ジョンはかたわらの妙な装置をかぶっている妻のほうに向き直り、顔を近づけて見た。妻は目を綴じたまま口元をゆるめ、うっとりした表情をしていた。20何年も前、はじめてプロポーズされた幸福の記憶に。

「どうだった? おれの夢投影装置」
「ああ、機械には問題なかったけど......いまいちよくわからなかった」
「そうか」
「なんだかどうでもよくなったよ、もう。それよりな、ブンブン」
「ん?」
「おれ、昔と変わったかなあ」

2、3日後、ブンブンから請求書が届いた。まったくクールなやつだ。いくら天才とはいえ世間には理解されず当然無職で無収入。そんなおれにどうやって払えというんだ。ったく。ジョンはもちろん、妻に出してもらうことにした。

「何に使うの、そんなお金」
「......なんだっていいじゃないか!」
言えるわけないし。

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ベランダに鉢を置いてフウセンカズラを植えたら、順調に育ち、花がどんどん咲いた。なのに実が成らない。ネットで調べたらそういうことは時々あるようで、「受粉」させてやればいいとのこと。綿棒を使って、と書いてあったので「ん?......こうかな?......これでいいのかな?」と試行錯誤。昨日、ふと見たら、ちゃんと成っている。うれしい。まだ「ふうせん」の形になっていないが、早く大きくなれよ〜。