アニメ『おそ松さん』が爆発的にヒットしたとき、私は恐ろしくて仕方ありませんでした。
こんなにもヒットしてしまい、グッズは飛ぶように売れてる…もはや社会現象。雑誌の特集記事は当たり前。女性雑誌の表紙まで飾っているし、電車では女子高生がカバンにストラップをつけ、ネットで騒がれ。天邪鬼な私でも「これはもう観るしかない」と思い、Huluで一気観したぐらいです(笑)。
▲ anan 2016年5月18日号で表紙を飾る6つ子
偶然ではない、きっと誰かが仕掛けたんだ…
私は「誰かが意図的、戦略的に仕掛けたとしか思えない!!このヒットが偶然だなんてありえない!」と思っていました。それは怖くて怖くて、おそ松さんという単語をみるたびに背筋がぞくぞくしたぐらいです。
そんなときに、たまたま書店でこんな本に出会いました。
▲ 「おそ松さんの企画術」ヒットの謎を解き明かす / 著者:布川郁司
今のもやもやを抱えた私には「まさに!これこれ!」な本で、即購入しました。でも、この本には私が思っていたことは全然書かれていなかったのです・・・。
全関係者がまさか当たるとは思っていなかった!?
本の書き出しは下記のようにはじまります。
今までにない出来事でした。現場のスタッフは驚いてるし、私たち仕掛けた側の人間も驚いています。(P.7より引用)
「狙い通りでした」からはじまる(笑)と思いきや、いきなり出鼻をくじかれました。でも、こうして語りがはじまりますが、本を読み進めていくうちに、決して運が良かったわけではないと思えます。
その理由を本書をもとに、私なりにまとめてみました。
おそ松さんがヒットした6つの理由
<目次>
- 理由1 『しろくまカフェ』で感じた違和感と仮説
- 理由2 まるでアイドルグループのような6つの『個性』
- 理由3 SNSで口コミをしやすくする予告
- 理由4 世間を騒がせネットニュースになった第1話
- 理由5 作り手たちの好きに勝るものはない
- 理由6 過去に囚われない新しい考え方
理由1 『しろくまカフェ』で感じた違和感と仮説
本書の著者でもあり、『おそ松さん』のプロデューサーでもある株式会社ぴえろの創業者・布川さんが、ヒットの芽を感じたのは『しろくまカフェ』での成功にあるといいます。
お客さんがいつもと違う反応をしたという“違和感”がその作品にあったそうです。
1-1. 人気声優の起用で予想外だったファン層の盛り上がり
夕方のアニメだったにも関わらず、この時間帯のターゲットから外れた女性ファンがたくさんついたそうで、その理由は“人気声優の起用”でした。
人気声優を起用したとはいえ、女性ウケを狙ったわけではありません。放送が夕方のアニメでしたから、働いている女性や学生さんはリアルタイムでは観られない。あくまでもアニメならではの個性を加えるための解決策として行ったことです。(P.22より引用)
【人気声優を起用すると、声優ファンがリアルタイムでなく録画やDVD視聴後、ネットで口コミが広がる。 → 新規ファンを獲得する。】という流れは、長年、テレビの視聴率を追いかけていた布川さんたちにとってはかなり意外なことだったとか。
1-2. しろくまカフェの勢いをおそ松さんに
この作品を世に出してみた後に気づいた“違和感”をもとに、
『おそ松さん』を予定されていたのは、働く女性も観やすい深夜。『しろくまカフェ』のフォーマットを活かせば、この勢いをうまく次の作品につなげていくことができるのではないか? 仕事で疲れたOLさんが帰ってきて、シャワーを浴びて、ビールを飲みながら観るアニメ。それを実現したら、もっと大きな反応が返ってくるのではないだろうか?(P.24より引用)
という仮説をたて、今回の『おそ松さん』にも『しろくまカフェ』に出演した声優陣を起用したそうです。
理由2 まるでアイドルグループのような6つの『個性』
原作の『おそ松くん』は知っての通り、6つ子に個性はなく声も見た目も同じでした。そんな6つ子が『おそ松さん』ではそれぞれ個性があり、ファンは「私は◯松推し!」と言っています。
やはり誰かと話題にするのも、特徴を掴んで好きになるにも、比較からのわかりやすさが生み出すものなのでしょうか。
本書でも書かれていますが、いくら人気声優言えども、それだけではヒットしません。
アニメを観ると、6つ子はそれぞれとても個性が立っていて面白いのです。
理由3 SNSで口コミをしやすくする予告
理由1にもあったように、『しろくまカフェ』の件でネットの口コミの影響力を感じた布川さんは、あえてアニメの次回予告であまり情報を出さなかったのだそうです。
予告でも次回の情報をほとんど出さず、放送でびっくりさせて笑いを取るような内容にすることで、驚いた視聴者が「あれ観た?」と口コミをしやすくなっています。(P.30より引用)
理由4 世間を騒がせネットニュースになった第1話
『おそ松さん』の第1話は、なんとその内容からDVD未収録という初っ端から騒動になった回でした。
もちろんこれは、「世の中を騒然とさせてやろう」と狙ったわけではありません。制作側のあざとい狙いは、視聴者にすぐに見抜かれてます。お客さんが作品を観る目は厳しいのです。(P.33より引用)
結果的に、伝説となった第1話でしたが(じつは私もあとで一気観したので観れていません…)、ヤフーニュースに取り上げられ、なんだかとんでもないアニメが始まったようだと世の中に一気に広がったわけです。
本書の中では上記の引用文のように書かれているぐらいで、じつはこの件についてあまり詳細を語っていません。
でも、私はWebのワードでいう「バズらせよう」と狙ったわけではないにしも、「衝撃を与えてやろう!」という制作側の熱い思いはあったように思います。でないと、こんなぶっ飛んだことはできないはず。
理由5 作り手たちの好きに勝るものはない
アニメ『おそ松さん』を制作するキッカケは、布川さんの赤塚不二夫作品への強い思い入れからだったといいます。赤塚不二夫生誕80周年だったこともあり、今やるしかないと思ってのことだとか。
そして、理由4でもあった作り手たちの熱い思いの結果が生み出すもの。
やりたい放題だけど、決して原作の『おそ松くん』をけなすわけではなく、むしろ好きだから・愛があるからこそ下ネタもパロディもなんでもやってる。作り手側が楽しんで作っていて、それが観ているお客さんにも伝わっているのです。
以前、ぴえろで『おそ松くん』をアニメ化した際、赤塚先生は「紙のマンガは僕のもの。けれど、アニメはそれを作るスタッフみなさんの作品。だから、好きなようにギャグを入れてください」とおっしゃってくださいました。先生がお亡くなりになった今も、フジオプロさんはこうした赤塚スピリッツを大切にしているのだと思います。(P.35より引用)
彼らは私が手がけたアニメの『おそ松くん』を観て育った世代だそうです。だから、あの六つ子を現代に蘇らせるという挑戦に、とてもやりがいを感じだといいます。彼らが赤塚作品のファンだったからこそ、ナンセンスギャグの背景にる「哀しさ」を、現代風の笑いとともに、見事に蘇らせてくれた。それが、今の視聴者の心に響いたのだと思います。(P.37より引用)
理由6 過去に囚われない新しい考え方
本書では、布川さんが最近のテレビやネットの動向を詳しく分析し、考察している様が垣間見れます。
ネットの影響でテレビ離れがとくにこういう業界では嘆かわしい事態だと思いますが、むしろ布川さんはこのピンチはチャンスぐらいに思っているのです。
しかし今や、『おそ松さん』の成功からもわかるように、ネット配信がテレビ不振をカバーしつつあります。この作品で起こったことは、次のようなものでした。
①作品がさまざまな切り口でネット口コミを生む
②しかしリアルタイムで観られない人はたくさんいる
③ネット配信で後追い視聴をする
④とはいえ、ネットは録画できない
⑤だから、ソフトが売れる
⑥制作会社の収益増につながる
私たちにとって最大の発見だったのは、④〜⑥の部分です。
プロデューサーが作品を導く努力を怠って、観客が悪い、時代が悪いと文句を言ってはいけません。無事に納品して、打ち上げして、「当たらなかったけど、いい作品だったよね」と、広げる立場の人が言ってはいけないのです。(P.46より引用)
厳しいですが、自分にも言い聞かせあるであろう、この言葉。
運ではなく、しっかりと常にアンテナを張って情報収集し、今までの経験もうまく活かす。布川さんの仕事への姿勢をうかがい知ることができます。
まとめ
アニメ『おそ松さん』の恐ろしいヒットは、たしかに布川郁司という敏腕プロデューサーによって仕掛けられていたのかもしれませんが、それは意図的にバズらせようとしたわけではなく、「本気で良い物を作る」という作り手側の“熱”がほかでは例をみないほど込められていた作品だったからでしょう。
また一方で、結局のところ「このヒットは敏腕プロデューサーが成せる経験と技だな」とも感じました。
なんだかふわっとしたまとめになってしまったので、もう少し具体的に時系列など作って分析してみたいです。
本書のタイトルにもあるように“企画術”の本なので、予算をとるための泥臭い話もあれば、作品制作に対する布川さんを含めた作り手の熱量や愛の話もあり、同じプロデューサーの立場の人、企画に興味がある人も、何かしら布川さんから学びを得られる本だと思います。
もちろんファンにも嬉しい内容で非常に読み応えのある本です!
「おそ松さんの企画術」ヒットの謎を解き明かす
著者:布川郁司
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失礼ながらも69歳になられる方がこんなヒット作を生み出し、SNS、Netflix、世界のアニメ事情、これからのアニメ業界の行く先をいろいろ考えているなんて。それがじつは一番衝撃だったかもしれません。
年齢関係なく、情熱を持ち、世の中に常に関心を向け興味を持ち、ひたむきに作品制作に携わっているプロデューサー布川郁司の考え方・生き方を覗けるような本でもありました。ぜひ、自分にも活かしていきたいです。