My Life After MIT Sloan

組織と個人のグローバル化から、イノベーション、起業家育成、技術経営まで。

日本企業の苦しみを25年前から味わっていたアメリカ企業

2010-03-08 10:36:09 | 2. イノベーション・技術経営

先週、ボストンに住んでいる日本人研究者が月一で集う異分野交流会があって、そこで講演させていただいた。
100人以上が集まる大盛況でした。
来てくださった方は本当に有難うございます。

講演の内容は、大企業が、どのように新しい技術に対して、経営の舵取りをしていくべきか、というもの。
前半では、日本の大企業が各分野で最近競争力を失い、シェアを減らしている、
でも実はそれは日本に限らず、世界中の大企業が陥る病なのだ、と言う話。
そして後半で、イノベーションのジレンマなどの先行研究と、私の研究内容を話した。

実際、日本の製造業は苦しんでいる。
講演でも紹介したように、かつてはブラウン管テレビでは世界の半分のシェアを持っていた日本企業は、
薄型テレビになってから、サムスンやLGにシェアを奪われてるし、
半導体も1980年代にはDRAM世界シェア80%近くを占め、NECがNo.1だったが、ここも韓国にやられている。
韓国だけでなく、元気のいいアメリカ企業も、携帯音楽プレーヤーなど各分野で日本企業を脅かしている。
半導体露光装置は10年前までニコンとキヤノンで世界の75%を占めていたが、現在はオランダの企業がトップ。
などなど。
素材産業など日本が勝ち進んでる分野もあるが、多くの製造業は軒並み苦しんでる様子だ。

製品がコモディティ化して独自の競争力を失い、更に技術が世代交代することで、影響力を全く失ってしまう。
しかしこれは、日本に限らず、世界中の大企業が共通して直面する問題である。

今の日本企業は、韓国企業に追い上げられて苦しい、と思ってるだろうが、
その感覚は25年前-1985年頃から、多くのアメリカの製造業が抱えていた感覚なのだ。
新しい技術を上手く取り込めずに、元気のいい日本企業やヨーロッパの企業にに追い上げられて。

というわけで、講演では、25年前から苦しんでいたアメリカの大企業を3つ紹介してみた。

â– RCA

テレビで韓国に追われて日本が苦しんでるって話をしたので、
日本企業が破滅に追いやった、アメリカのテレビの企業の話をしておくのがフェアだろう。

RCAは、ラジオやテレビなどの黒物家電を作っていた、アメリカを代表する電機会社だった。
かつてはミュージックレーベルも持っていたので、いまでもこの「RCA」と書かれたCDを持ってる人も多いんじゃないだろうか?



もともとはラジオを作っていて、それが1920年代に大量に売れて、後の繁栄の基礎を築いた。
折りしもアメリカ経済が繁栄の極みをみせていた1920年代(大恐慌の直前)。
車も普及し始めていたから、車に乗せたり、子供が子供部屋に置いたり、と2台目、3台目の需要もあった。

ラジオで儲かった利益を原資に、RCAは白黒テレビの開発を始めた。
通信業界の規制を決めていたFCCを上手く利用して、自社の技術を元にテレビの標準化を推し進め、1941年に初の商用化。
こうして、1960年代にはアメリカのテレビ市場シェアの半分をRCAが持っていた。

ところが松下(当時)やソニーがアメリカに進出して状況が変わった。
RCAよりも莫大な資本を投下して、大量生産と安い労働力で製造コストを落とし、とにかく安い。
品質も割と良い。(今の韓国企業を見てるようだね)
1980年代に入るとシェアが逆転。
オランダ企業フィリップスなども参入して、RCAは徐々にシェアを失い、1987年には1%以下となった。

RCAは儲かっていた時代に作った大きな研究所があり、次世代のテレビを開発しようと、たくさんの技術を蓄えていた。
それが液晶テレビだったが、これはRCAでは実現しなかった。
後に日本のシャープが、この技術を譲り受けて電子計算機に使い、技術を進展させて、最終的に液晶テレビを実現したのだった。

RCAは、家電が関連するものに次々と事業を広げ、テレビでの負けを食い止めようとしたが、これも失敗の原因だった。
特にパソコンへの参入では、本来は家電に集中するべきだったリソースをかなり食われた上、全く利益が出なかった。
結局広げた事業は次々に他企業に売り、事実上の崩壊となったのだった。

■モトローラ

モトローラは、アメリカを代表する通信メーカーだ。
1980年代に世の中に初めて携帯電話というものを出して、普及させた。
ところが圧倒的なシェアを誇っていたアナログ携帯電話から、2Gのデジタル携帯電話に移行することが出来なかった。
以前の記事にも書いたように、アメリカでアナログ携帯電話のインフラに莫大な投資をして、市場が2Gに移行しようとするのを食い止めていたのだ。

しかしアナログではキャパシティとコストの問題は解決できず、世の中は2Gへ移行する。
モトローラもかなり遅れて参入したが、圧倒的な知名度でも遅れは挽回できず、
ヨーロッパのメーカーであるノキアにシェアのほとんどを奪われていった。
イリジウムの大失敗も痛かった。
そこからは転落の一途だった。

もともとは通信機器に必要な半導体からインフラまで全て作る超垂直統合な企業だったが、
半導体などを初めとして事業を切り離し、組み込みソフトウェア技術者を数万人単位で解雇。
携帯電話事業そのものを売ることで何とか立て直そうとしているが、誰も買ってくれない。

アメリカを代表する通信機器メーカーだったモトローラが、次々に切り売りされて崩壊の一途をたどるのを見るのは、正直忍びない。

■コダック

そして、イーストマン・コダックは、フィルムカメラの王者だった。
かつては市場をほとんど独占しており、40%近くの営業利益率を誇っていた時代もあった。
大きな基礎研究所を持ち、最も優秀な化学者や技術者が採用され、様々な基礎研究も行われていた。
MITの最大の寄付者のひとつでもあって、かの有名なMITのドームがある校舎は、コダックの寄付で建てられたものだそうだ。

ところが、1980年代から徐々に日本の富士フィルムに追われ、シェアを失っていく。
極めつけは、ソニーが開発して、日本勢がシェアのほとんどをもっているデジタルカメラだった。

たった10年の間に、デジタルカメラの世帯普及率は50%を越え、誰もフィルムカメラを買わなくなった。
コダックもデジタルカメラを開発したが、「フィルムと現像代で継続的に儲ける」ビジネスモデルから脱却できなかった。
デジタルカメラのような「機械の売り切り」ビジネスになじめなかった。
それで、技術はたくさんあったのに、組織の意識の変更をすることが出来ず、シェアを全く取れなかったのだ。

アメリカ人たちはコダックに対し、「コダックなんてもう死んだブランド(dead brand)だ」とか
「デジタルにいつまでも移行できない、終わった会社だ」という厳しい評価を下している。
ある講演会では、社長が呼ばれたのに、「コダックはデジタルを語る資格がない」といわれて講演を拒否されたことすらあった。
そういう評価に対して、コダックの社員たちが作ったビデオがこれ。

社長(本物ではない)が、「コダックだってデジタルをやってるんだ!」ということを主張してる。

私はこのビデオを見ると、どういうわけかいつも涙が出てくる。
新しい技術の波に乗れず、シェアが落ちている企業も、別に技術を持っていないわけではない。
それどころか、このビデオに出てくるように、全ての最先端の技術がこの会社にはあるのだ。
商品化こそされなかったけど、デジタルカメラだって最初に開発したのはコダックなんだから・・。

それなのに、その技術を使った商品が出せない。
社内や系列企業の既存事業とのしがらみがありすぎて、競合する製品を出せないのだ。
そして、ようやく出してもシェアが取れない。
あまりに今までの事業とビジネスモデルが違いすぎて、組織がついていけないのだ。

ビデオ内の「Kodak is doing it!」「I Know, Big talk is coming from the company」
「What about shareing? I'll tell you about the sharing!」「BooYaah!」
という社長の叫びは、自分たちが技術は一番持ってるんだよ!分かってるんだよ!いくらでも語れるよ!それなのに・・・
という経営者たちの心の叫びだと思う。

決して経営陣が技術を知らないバカなわけでも、技術者がツカえないわけでもないのだ。
経営の舵取りを間違えただけで、これだけの技術と、研究者の努力が無駄になってしまう。
大企業の組織を改変し、新しい技術に対応するように全体を変えていくのは、かくも難しいことなのだ。

「技術が優れてるから勝てる」わけではない、ということは、こうしてアメリカの企業たちは、
日本企業やヨーロッパの企業に追いやられながら学んできていているのだ。

日本企業が、これらのアメリカ企業のように崩壊の一途をたどるか、IBMやGEがそうであったように再生するかは、今の経営の舵取りにかかっている。

追記)また「はてな」で取り上げられてるの見ました。あとTwitterからもたくさんのアクセスがありました。
全員が満足するものを書くのは難しいと思いますが、概ね好評のようで良かったです。

日本が勝ってる分野ってあるの?→上にも書いたけど素材産業とか。
シリコン(信越化学、SUMCO)、炭素繊維etc(東レetc)、ガラス(旭硝子、日本板硝子)などは勝ち組と言えるのでは。
素材産業は、素直に技術力が生きやすい分野、技術で勝てる分野なので、今の日本企業に向いてるのでしょう。
もっとも、鉄鋼など、以前から韓国・中国・インドから「ローエンド破壊」されてるところもあるし、
シリコンなどもSiCのような新しい素材がメジャーになってきたら、Incumbentが勝ち残れるかは勝負どころですが。

(ちなみに「ローエンド破壊」とは、ローエンド品から攻められて、既存企業がハイエンドに押し上げられ、
ハイエンドも徐々に荒らされていく、というイノベーションのジレンマの典型例のことです。
かつての米国でのトヨタとかね。)

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18 Comments

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チェンジマネジメント (ツバメ)
2010-03-08 14:11:48
ttp://www.fujifilm.co.jp/corporate/news/articleffnr_0362.html

富士フィルムはうまく方向転換できそうですねえ。大きなチャレンジですが。。。
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富士フィルム (Lilac)
2010-03-08 15:53:43
富士フィルムは気づいたのが早かったのでしょうね。
もっともデジカメはコモディティ化→寡占化がかなり進んでますから、どうなるかわかりませんが、化粧品など、社内のマテリアル系ノウハウや技術を活用した事業はいろいろあるかな、とは思います。
もっとも、かつてのフィルム事業ほどの屋台骨に育つ産業が、こういう新事業の中にどれだけあるのか、というのが勝負のしどころだと思います。
組織を抜本的に変える必要はあるのだろうな、と思います。

コダックもあれだけ化学者をたくさん抱えているので、素材産業への転進はひとつの手なのですが、やはり事業の性質が全く異なりますから、難しいは難しいでしょうね。
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Unknown (エクタクローム)
2010-03-09 07:25:42
「半導体露光装置」表現に、こだわりを感じます
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デジタルではなく電子カメラ (些細なこと)
2010-03-09 07:26:14
1980年代にソニーが開発したのは、アナログ記録カメラですよ。電子(電磁、電気)カメラというあたりでしょう。
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デジタルカメラもコダックから。 (Lilac)
2010-03-09 08:45:55
>エクタクロームさま
どうもです。
普段の私なら、この分野を知らない人の立場になって「半導体製造装置」と書いて終わりそうですが、
この記事は書く前から注目を浴びる気がしていたので、
それを意識してこう書いてみました。

>些細なことさん
確かに。ご指摘有難うございます。
1980年代に商品化されたソニーの「マビカ」は記録方式がアナログなので、業界では「アナログ式」と呼ばれてるものですね。
http://www.sony.co.jp/SonyInfo/CorporateInfo/History/sonyhistory-g.html
ただ、CCDが搭載され電子的な記録が可能となり、デジタルへの道を開いた最初の製品であることを指して、広い意味での「デジタルカメラ」である、というイミで言ってみました。

ちなみに記憶方式もデジタルな「デジタルカメラ」を最初に開発したのはコダックです。
http://stevesasson.pluggedin.kodak.com/default.asp?item=687843
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Unknown (Unknown)
2010-03-09 23:43:19
大変興味深く拝見させていただきました。個人レベルではドラスティックにどれだけ自分を変えることができるかか大事なんだと自覚できました。年をとればとるほと既存の知識で対応しようとしてしまう人が日本人に多いのか、保守的な人が多いのか、どちらにしても個人個人の意識を変えなければ、ゆっくりと日本は沈没してしまうのでしょうか。
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Unknown (golgo139)
2010-03-10 01:46:24
 生き残れた企業の例って、あったら知りたいです。
 それと、国レベルでは、こうした会社が没落しても人材が流動して、国として衰退に向かった訳ではないこと。ここが米国と日本の決定的な違いだと思います。
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企業は変われるのか (Lilac)
2010-03-10 03:43:33
>Unknownさん
おっしゃるとおりだと思います。
個人レベルで自分を変えること-特に自分のスキルや行動、自分の中に根付いた企業文化などをドラスティックに変えること、が必ず企業全体が変わるためには必要になってくると思います。
個人でそれをしてもらわなければ、企業が改革するためにはリストラ、という手段に出なければなってくるので。

>Golgol139さん
生き残れた企業もありますよ。
ハイテク分野で思いつくだけでも、文中に書いたIBM(1990年代初めに崩壊しかけた)、GE(同じく1970年代後半にHard time)、インテル(軽症ですが、日本勢に追われて1980年代は大変でした。MPUに業態変換して事なきを得たわけです)などがあります。
他にもヨーロッパ、アメリカの化学企業にもいくつかあります。
アメリカもだいぶ腐ってる国だと住んでいて思いますが、確かに人々がチャレンジ精神旺盛なのは日本と違うかな。日本もその良さを失わずに、閉じないで米国のような方向性に向かっていけばいいな、と思いますが。
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Unknown (abc)
2010-03-10 23:40:11
素人なのですが、IBM, GEともに、リストラ+不要部門売却+新規事業買収、と残ったのは看板だけだと思っていました(ちょっと大げさかな)。
株主にとっては企業が生き残ることは大切だと思います。しかし、従業員にはリストラがあったりと、大変さは変わらないように感じます。
企業が生き残ることは、一般従業員にとってメリットがあるものなのでしょうか?
再就職や職業訓練、さらに転職可能な社会(転職をマイナスとしない人事考課かな?)になれば、企業も解散・誕生を繰り返したほうがコストがかからないように思うのですが、専門家の方にとっては、やはり企業は生き残るべきものなのでしょうか?
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Unknown (HW)
2010-03-11 00:11:30
昔のテレビの端子ってRCA端子って言うんですね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/RCA%E7%AB%AF%E5%AD%90
ちょっと感動。
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