経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

金融資産課税と国債利払いの均衡管理

2015年01月25日 | 基本内容
 「消費増税を見送ったら、国債金利が急騰し、財政が破綻してしまう」と脅されたら、マイナス成長を覚悟で、消費増税も仕方がないという気分になる。しかし、金利が心配なら、消費増税でなく、金融資産に課税すべきではないのか。国債のほとんどは国内で消化されており、利払いが増えれば、利子課税による税収も伸びる構造にある。財政再建=消費増税という図式は、当局による刷り込みでしかない。

 そもそも、政府の借金が大きいのは、企業が資金を滞留させているからである。企業は物的にも人的にも十分な投資をしておらず、これで生じる需要不足を、財政赤字で埋め合わせている。借金は必然的に誰かの貸金であり、双方を同時に解決しなければ、増税しても経済を縮小させるだけである。ところが、日本では、景気が回復しそうになるやいなや、緊縮で需要を抜き始め、企業が需要に従って投資をしたくても、できなくしてしまう。

 これを、どうすべきか。緊縮にはやる原因である「利払いへの不安」を払拭しておくことが肝要だろう。それには、金融資産への課税強化により、金利の上昇で利払いが増えても、連動して税収も伸びるように設計して、利払いと税収が均衡する構造にしておけば良い。これは、別段、難しい改革ではなく、現在の税率20%を25%に引き上げるくらいで、十分、安心できるようになる。

………
 日本の金融資産の状況は、日銀の資金循環統計で分かる。参考図表の「部門別の金融資産・負債残高」を、しげしげと眺めてみよう。これによると、2014年9月末における家計の金融資産の残高は1,654兆円、民間非金融法人は972兆円である。仮に、これらに1%の利回りがあるとして、20%の課税をすると、税収は5.3兆円になる。 

 他方、一般政府は1,177兆円の負債を抱えている。ただし、541兆円の金融資産も持っているから、差し引きの純資産は636兆円のマイナスである。これに必要な利払いは、金利が1%なら、6.4兆円になる。こうしてみると、もう少し税率が高かったら、税収と利払いが均衡することが分かるだろう。

 国債の利払いの問題で、案外、見落とされているのは、利子課税の存在だ。日本は需要不足の経済であるから、国債のほとんどは国内で消化される。したがって、それらには20%の利子課税がなされ、国債の利払いの20%は、税収として政府に戻って来る。いわば、政府は2割引の金利で借金ができるようなものである。

 そして、国債金利の上昇に連れ、それ以外の金融資産の利回りも上昇して行くとすると、当然、そこからも税収は揚がって来る。政府の純資産の-636兆円は、家計と企業の金融資産の合計額2,626兆円の24%に相当するから、もし、税率が24%であれば、利払いの増と税収の増はバランスし、金利が上昇しても、まったく困らないようになる。

 現実には、すべての金融資産に一律に課税ができるのか、すべての金融資産が国債金利と同様に利回りが上昇するのかといった問題があるので、ここまで単純な話にはならないが、利払いが心配なのであれば、念仏のように消費増税を唱えるより、金融資産への課税の強化が極めて重要であることは理解できると思う。

(表1) 金融資産の状況



………
 ここからは、もう少し現実に照らした議論をしていこう。まず、表を見て、思い浮かぶ疑問は、家計や企業が持つ、預金、証券、保険・年金には課税が可能だとしても、「その他」に課税ができるのかである。特に、企業では「その他」が金融資産の4割を占める。そのため、表では、「その他」を除いた数字も示してある。

 「その他」の中身は、企業間・貿易信用と、対外投資・債権が大半を占める。前者は、金融商品のように課税はできないし、後者は、海外子会社からの配当の95%が益金不算入となっていることを踏まえれば、課税になじまないようにも思える。ただ、現状はともかく、制度として、いろいろ考えることは可能だ。

 前者は、帳簿にある数字なので、年間平均残高について、国債金利並みの利回りがあったとみなし、いわば、外形的に課税する道もなくはない。法人税は外形標準化が図られているが、給与を課税標準にするのでは、所得税や社会保険料に似たような性格になってしまう。むしろ、資金の有効利用に結びつくような課税がふさわしい。

 後者の益金不算入は、高い法人税率をかけてしまうと、日本に還流せず、現地にとどめてしまうことが理由だ。そうであれば、金融資産として低い税率を用い、現状より課税を強化することには検討の余地があろう。実は、これら二つの論点が示すように、企業の持つ金融資産への課税は、法人税の在り方と一体のものになっている。

 法人税は、言うまでもなく、利益に課税するものではあるが、実態的には、企業の持つ金融資産や実物資産を運用した結果の利回りに課税していると見ることもできる。ある意味で、金融資産への課税なのだ。したがって、金利上昇を心配しているであれば、消費増税と引き換えに法人減税をしてしまうのは、矛盾した政策になる。

 法人税率を下げるにしても、企業の持つ金融資産に対しては課税を強化したり、利子や配当への課税強化を並行して行うべきである。実際、財政当局も努力はしているようで、2014年度は、証券優遇税制で10%となっていた税率を、NISAを導入する代わりに、20%にしたり、2015年度の法人減税の財源では、持ち株比率25%未満や5%未満の場合の配当課税のベースを拡大したりしている。

 おそらく、次の課題は、利子・配当課税の税率の引き上げになるだろう。日本の税率20%は、他の主要国は累進的に税率を課していることもあって、概して低い。その際、理念的なものではあるにせよ、利払いと金融資産からの税収とのバランスも念頭に置き、25%程度の税率は、是非、確保したいものである。

………
 続いて、一般政府に目を転じよう。ここでの問題は、利払いの対象となる負債の大きさである。一般政府の資産では、社会保障基金が226兆円を持つ。この大部分は公的年金の積立金である。これを負債から差し引き、利払いが無用のように見なすのはどうかという点だ。これについては、成長率に準じた正常な利回りは必要にしても、望外の利回りの上昇で高収益が得られた場合は、それで年金水準を上げる必要はないと考える。

 また、一般政府の資産には、中央政府の対外証券投資125兆円が含まれる。これは、過去の為替介入の結果として、ドル建ての米国国債が積み上がったものである。現在の円安局面で差益が出ているうちに、少しずつ減らして、日本国債を償却しておきたいところだ。それはともかく、金利が上昇する際には、案外、円安ドル高になり、利払いを助けてくれるかもしれない。

 そして、一般政府で最重要の問題は、異次元緩和に伴い、日銀が国債を229兆円も保有するようになったことである。日銀への利払いは、納付金として政府に戻って来るから、事実上、無いのと同じである。この分を一般政府の純資産から差し引くと、家計と企業の「その他」の金融資産を除いた場合でも、税率は19%でバランスする。これを踏まえれば、主要国並みに税率を25%に上げておけば、課税の対象が狭かったり、利払いの対象が広がったりしても、安心であろう。

 もっとも、金利が上昇する場面では、日銀の保有する国債と言えども、完全に無利子では済まないかもしれない。国債保有の反面で日銀当座には資金が積み上がっており、これを安易に引き出させないため、ある程度、付利をする必要が生じ、それで納付金が減る事態も考えられるからだ。結局のところ、短期金利程度の政府からの事実上の利払いは、必要となる可能性が高い。

………
 国債の利払いの問題については、上昇を無闇に恐れて、一気の消費増税に突っ走ったり、「いざとなれば年金カットだ」と息巻いたりするのではなく、金利上昇時の利払いの推移をシミュレーションしておくのは当然として、金利上昇が金融資産にどのように波及し、どの程度の税収増に結びつくかも検証しておくべきだろう。それで税収が十分でないとなれぱ、金融資産への課税強化をどういう手順で進めるかの計画を練っておく必要がある。いわば、国家版の資産負債総合管理(ALM)というところだ。

 それも念頭に、ここで、金融資産からの税収が、現状、どのくらいあるのかを押さえておこう。国税庁の統計年報をめくると、所得税の源泉徴収分における、利子所得、配当所得、株式等譲渡所得からの税収額が出てくる。2013年度は、計3.5兆円である。利子所得の地方税分を加えると3.7兆円ほどになるだろう。

 申告分については、総合課税であるから、所得の種類別には税収額が分からない。そのため、「申告により納税額がある者」の種類別の所得額に、20%を乗じることで推定した。これが、0.9兆円である。こうして、源泉分と申告分を合わせれば、金融資産からは、およそ4.5兆円の税収があったものと考えられる。

 いかがだろうか。意外に税収は揚がっているという印象ではないか。日銀保有分の国債を抜いた一般政府の純資産額は407兆円のマイナスだから、これに必要な利払いは、2013年度末の普通国債の利率加重平均の1.15%を乗じると、4.7兆円になる。これに先ほどの税収4.5兆円を対比させると、税収と利払いのバランスを取ることが、さほど難しくないと分かる。

 2013年度は、アベノミクスで株価が上がったり、税制改正に伴う駆け込みの益出しがあったりと、税収が膨らむ要素はあったが、これだけの税収が得られるのなら、現状においても、それなりに金利上昇に耐えられる税収構造になっていると言える。これを更に強化し、税率を25%に引き上げておけば、十分、安心が得られるのではないか。

(表2) 金融資産からの税収



………
 日本の財政当局のすることは、消費増税の一本槍で、極めて単調である。優れているのは、税の自然増収を隠匿し、財政破綻の脅威を言い募り、経済界と法人減税で取引するといった政治的な能力ばかりである。正直に言って、経済全体を見て需要管理をせよとか、金融資産の税収「債権」と債務の総合管理をせよとか、日本にとって「高級」なことを並べても、虚しい気はする。

 需要を追加する方法についても、社会保険が国の財政に匹敵する規模となり、低所得層への「減税」は、社会保険料を軽減するしか道がなくなっているにもかかわらず、旧態依然とした公共事業の追加か、地方財政を通じたバラマキに頼っている。米国では幻想とまで言われる法人減税への「信仰」も未だに猖獗を極めており、時代に則した新たな方法の開発が必要だという発想すらないのが現実だ。

 財政破綻は、通例、金利上昇やインフレの発生として理解されるが、前者については、金融資産への課税を強化して均衡を取っておけば、利払い不安で金利上昇が加速する事態は避けられる。後者は、福祉財源論と切り離し、機動的に消費税を引き上げるマンデートを国民から得ておけば、物価を冷やす抜群の効果を発揮しよう。これらの安全装置を用意した上で、健全なる積極財政によって、適切な需要管理をすれば、おのずと経済は成長する。

 需要が足りなければ、若者や女性が多く含まれる低所得層の社会保険料を軽減することで対応したり、年金給付を子育て時に前倒しで給付したりすれば良い。これらは、少子化の緩和にも役立ち、潜在成長力も高める。このような再分配を行えば、成長に伴う雇用の底上げと相まって、格差も縮小に向かう。日本が本当に必要としている政策は、こうしたものではないか。別段、痛みはいらんのだがね。

 ビケティ先生は、格差是正のために、資産への累進的課税を提言しているが、今回、見て来たように、金融資産に的を絞って、果実へ一律に課税するのを構想するだけでも、大変な作業になる。「21世紀の資本」に対応できる政策は遥かかなただ。まあ、それでも、一歩ずつである。若い人たちには、日本が蔑まれるような前時代的な政策から脱し、手本として世界が敬意を払うような政策を編み出せるよう、奮起してくれることを期待しているよ。


(今日の日経)
 米国産コメ輸入拡大、TPP歩み寄り。読書・運命の選択1940-1941、最低生活保障と社会扶助基準。

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1 コメント

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企業の内部留保 (定期講読者)
2015-01-29 12:45:14
法人がお金を抱え込む構図についてはその通りだと思う。ただ好き好んでそうしているのではなく、現状の会社評価軸と投資基準の高さによりそのようになってしまっているのではないでしょうか。
会社評価のひとつに純資産比率があり、また、金融機関はBIS規制で一定以上もたねばならなくなっている。これは高めた水準を低下させないために安全な資産に振り向けざるをえない。
また、投資に関してもリターン率を20%程度必要と基準を設けている企業が多く、低成長時代になっても基準を変えていない。これでは出口がなく、前者の理由と合わせて金詰まりになる、と考えてます。
法人を取り巻く規制と尺度の硬直性がそうさせているように見えてなりません。
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