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「誰にも使われない機能を持つ製品」が生まれてしまう2つの理由
2019年1月のある日。いつものようにベッドで寝転びながらTwitterを見ていると、あるメディアのツイートが目に止まった。
<スマホと連携する、最新スマート冷蔵庫を発表。価格は40万円台。>
ある家電メーカーがインターネットに繋がる冷蔵庫、いわゆるIoTの冷蔵庫を発表したようだ。
特徴的な機能は、スマホで庫内の温度調整や運転状況の確認が出来たり、スマホにドアの閉め忘れなどを通知してくれること。専用アプリを使ってカメラで食材の画像を撮影すれば、庫内の食材管理も可能だという。
「いったい誰がこんな機能使うのだろうか」これが最初に抱いた正直な印象であった。
“急な来客が決まった際に外出先から庫内を急速冷却するなどの使い方”という説明が書いてあったが、そんなシーンの主語になるような人物像が思い浮かばない。ドアの閉め忘れは「ピーピー」というあの不快な音がすべてを解決しているのではないか。
食材管理も、買ってきた野菜の1つ1つを写真に撮って冷蔵庫に収納するユーザーがどうしても想像出来ない。「いったい誰が使う機能なのだろう」そんな思いばかりが頭を過った。
しかし同時に気付いたことがある。それはこの現象はありとあらゆる業界で同様に起こっているということだ。
このような「誰が使うのかわからない機能を持つ製品」は何もこの冷蔵庫だけではないだろう。家電業界だけでなく、自動車業界やソフトウェア業界など、業界を問わず様々な分野で発生していることのように思う。
そこでこの記事では、この冷蔵庫を起点に、「誰が使うのかわからない機能を持つ製品」が生まれてしまう原因の仮説と解決の糸口について自分の考察を書いてみたいと思う。
「誰が使うのかわからない機能」が生まれる2つの理由
まず、このような機能を開発に至った理由だが、今回は大きくに分けて2つの原因に注目したい。1つ目は「不十分なユーザー理解」。2つ目は「解決策オリエンテッドな開発方法」である。
「不十分なユーザー理解」
1つ目は「不十分なユーザー理解」である。ユーザー調査をしていないと言いたい訳では無い。むしろユーザーへのヒアリング自体は十分に行っているように思う。しかし、ユーザーへの共感まで行けているかどうかは疑問である。
ユーザーに使われる製品を生み出す為にはユーザーへの共感に基づいたものかどうかがカギとなる。その理由は「ユーザーは自分にとって何が必要なのかどうかを理解していない」ことに他ならない。彼らは自分が何を欲しているのかわかっていないのである。
「そもそも人間は不合理な生き物」
そもそも「人間はいついかなる時も合理的である」という暗黙の前提を持っていないだろうか?例えば、こんなシチュエーションを考えてみて欲しい。AとBのどちらを選ぶだろうか?
A. 必ず1000万円を貰える
B. 1/10の確率で10億円を貰える
期待値を計算すると、Aは当然1000万円である一方で、Bは1/10 x 10億円で1億円である。
つまり合理的な判断を下せる人は迷わずBを選ぶのだ。しかし、ほとんどの人はA、つまり必ず1000万円を貰える方を選んだのではないだろうか。残念ながらそれはリスクに過剰に反応した、不合理な判断である。
この例からわかるのは、そもそも私たちは人間は不合理な生き物だということである。
私たちの行動は、ロジック以外の様々な要因によって左右され、その結果「言っていること」と「やっていること」は全く異なってしまう。そんな私たち人間が言っている「欲しいもの」をそのまま作ったところでそれが購買という行動に直接繋がらないのは想像に固く無いだろう。
そしてこの現象の原因の所在は発言者ではなく理解者に置くのが適当だと言える。
つまり、その人間の未熟さではなく、そもそも人間とはそういうものなのだと解釈出来なかった理解者の問題である。人間はいついかなる時も合理的であるという前提自体が間違っている。「自分で自分が何を欲しているのかわかっていない」のが人間だ。
「ユーザーの声を“聞き過ぎて”いる」
このケースの場合も「スマホで冷蔵庫の温度調整が出来れば良い」という声がユーザーからあがったのではないだろうか。
もし仮にその声がこの機能を実装した理由だとすれば、あまりにも浅い分析であることは言うまでも無い。ユーザーの言っていることを聞き過ぎているのである。
ユーザー理解とはユーザーの御用聞きになることでは決して無い。本質的に重要なのは発言の裏に隠れている「なぜ」に注目し、「考えていること」や「感じていること」まで深掘ることでユーザーに共感することである。
必要なのは「調査」ではなく「共感」
そんな深掘りを通してユーザーと同じ感情を共有出来て初めて、ユーザーのことを理解出来たと言えるのである。その理解をしているからこそ、ユーザーが自分でも気付いていないような潜在的な問題にアプローチすることが出来るのだ。
そしてそんな潜在的な問題にアプローチしているからこそ、実際に使われる機能、いや使わざるを得ないような機能を実装することが出来るのである。ユーザーの言っていることを過剰に信じていては本質的なニーズに辿り着くことは出来ない。
「解決策オリエンテッドな開発」
2つ目の理由として挙げたいのが「解決策オリエンテッドな開発」である。「解決策オリエンテッドな開発」とはその言葉の通り、与えられた課題における解決策としての製品開発を行うことだ。「言われたものをどう作るか」というマインドセットであるとも言えるだろうか。
しかし、この開発方法には2つ最悪のシナリオがある。それは「解く価値の無い問題」と「そもそも実在しない問題」に対して必死に取り組んでいるケースである。
「解く価値の無い問題」
「解く価値の無い問題」に取り組んでしまう理由は、問題ではなく症状に注目してしまうことにあると言えるだろう。例えば「胃が痛い」という症状に対して本質的な問題は会社での人間関係だった場合。いくら良い胃腸薬を開発しても本質的には解決されないことに気付く。
そこで鍵となるのは「いかに本質的な問題を定義するか」である。ピーター・ドラッガーが「問題の多くは、症状であって問題では無い」と語っているように、ある事象に対して症状ではなく本質を捉えた問題定義が出来るかどうかが鍵になる。
「そもそも実在しない問題」
最悪のシナリオの2つ目は「そもそも実在しない問題」に取り組んでしまうことだ。
その理由はそもそも問題の定義を答えから逆算しているケースが多いように思う。例えば、技術起点でのサービス開発の場合であれば、「XXXの技術 / 解決策を使いたいから〇〇〇という問題を設定しよう」と言った具合である。
問題定義が答えありきである為、そもそも実在していない問題を定義してしまっている可能性が高い。更にもし仮に実在していたとしても、問題に対しての解決策が1つしか生まれ得ない構造である為、その解決策が刺さらなければそこでThe ENDである。
「サンクコスト」と「愛着」が不合理な判断を導く
加えて、不合理な生き物である私たちはサンクコストをも適切に考えられない。更に時間をかければかける程、解決策に対して愛着も生まれてくる。
その結果「XXXと考えればこの解決策が駄目だとは言えない」と何故か「駄目だとは言えない理由」を証明することに固執し始める。それを許容してしまうと、機能満載だが誰にも使われない製品が生まれることは容易に想像が出来るだろう。
不合理な私たちは目先の小さなコストを許容出来ないが故に将来の大きなコストを被ってしまい、更に「愛着」という感情的な要素によって大きく判断が左右されてしまう。
技術ありきでの問題設定
今回の冷蔵庫の例は、「答えからの逆算での問題設定」だったのではないだろうかと仮説立てる。
つまり、一番簡単な形で書くと「IoTを使って何か最先端な感じの冷蔵庫を作るにはどうしたらいいか」という、技術ありきでの問題設定だったのではないだろうか。
その技術がユーザーに具体的にどんな価値を提供するのかはわからないが、バズワードを取り入れないと上司が納得しないという会社都合の理由から、とりあえずIoTを使うことだけが決まっていたというところだろうか。
その気持ちもわからなくは無い。1950年代後半に3種の神器ともてはやされた白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫はもはやすべてコモディティ化したと言ってもよい。そんな現代において、最新技術は取り早く差別化要因となり得る可能性がある。
「そもそも冷蔵庫とは何か」
しかしそれでもやはり、技術は技術でしかない。ユーザーはそこに価値を感じなければ使うことは無く、技術は何の為に使うのかを定義してはじめて価値となるのである。そして「何の為に使うのか」を問うことは「どんな問題を解決したいか」という問いに繋がり、最終的に「そもそもユーザーにとってどのような存在なのか」という問いに辿り着く。
つまりこの例の場合、「そもそも冷蔵庫とは何か」を考えることである。まず最初に問うべき本質的な問いは「IoTを使って何か最先端な感じの冷蔵庫を作るにはどうしたらいいか」ではなく「そもそも冷蔵庫とは何か」であるべきだったのではないだろうか。
それはそもそも何なのか。ただの鉄の塊なのか、大きな涼しい箱なのか、余り物の倉庫なのか、家族の健康を支える大黒柱なのか、一人暮らしを支える栄養なのか、一家団欒の象徴なのか。同じ対象であっても切り取り方は無数にあるはずである。
コンセプトレベルでの差別化
単に目に見えるレベルではなく、そこから一歩進んだ分析を出来るかどうかが新しい価値を生めるのかの境界線になり得る。逆に言えば、そんなコンセプトレベルでの差別化が出来ないから従来の冷蔵庫の域を出ることは決して無く、その結果必要かどうかもわからない機能でしか差別化が出来ないのではないだろうか。いや、それはもはや差別化ではなく、何かが違う「だけ」と表現する方が適切なのかもしれない。
「解決策オリエンテッド」ではなく「問題オリエンテッド」
もし仮に同じような見た目の製品になったとしても、前提が違えば届けている価値での差別化が起きているはずである。
「IoTを使って何かを作る」という前提から考えたものと「結果的にIoTを使って作ることになった」というものとでは、全く違う価値をユーザーに届けているはずだ。与える価値レベルでの差別化を図る為にも、「解決策オリエンテッド」ではなく「問題オリエンテッド」での製品開発が必要なのではないだろうか。
「ユーザーへの共感」と「問題オリエンテッド」のマインドセット
筆者の所属するInnovation Boosterチームが取り組んでいるのはまさにここで挙げた「ユーザーへの共感」と「問題オリエンテッド」のマインドセットを持ちながらサービスを創り上げることである。こうしたユーザーの共感から定義された本質的な問題を解決することでイノベーション創出を図るマインドセットのことを私たちは「デザイン思考」と呼んでいる。
だが、ここで「デザイン思考とは何か」という定義についての議論をしたい訳ではない。
その議論はそれぞれの前提とバイアスが入り乱れた、本質からはかけ離れたものになりがちであるからである。ここで主張したかったのはあくまでも「ユーザーへの共感」と「問題起点で考えること」の重要性だ。だからあえてデザイン思考というワードは使わずにここまで文を連ねて来た。
最後に
この冷蔵庫の例を取り上げたのは日本企業の持っている技術がいかに優れているのかを示す為でもある。
デザイン経営にこんな一節がある。
「社会のニーズを利用者視点で見極め、新しい価値に結び付けること、すなわちデザインが介在してはじめてイノベーションが実現する」
その実現に向けてデザインという形で手助けが出来れば、我々にとってこれ以上嬉しいことは無い。
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