原材料価格・エネルギーコストの上昇を受けて値上げが進む食品業界で、大手製パン会社・山崎製パンも直近3年間で4~9%程度の値上げを複数回にわたり実施。10月29日には一部商品を平均5.6%値上げすると発表し、その理由について原材料・人件費・エネルギーコストなどの上昇のためと説明。だが、同社は前年度(2023年12月期)連結決算で過去最高益を更新しており、今年度(24年12月期)も過去最高益を更新する見通しとなっていることから、「暴利をむさぼっている」「物価上昇で消費者の家計が苦しいなか便乗値上げによって高い利益をあげている」という批判的な声も出ている。同社の値上げをどうとらえるべきか。専門家の見解を交えて追ってみたい。
製パン業界で山崎製パンは圧倒的なトップだ。「ダブルソフト」「薄皮シリーズ」「ランチパック」「ナイススティック」「ホワイトデニッシュショコラ」「ミニスナックゴールド」など長寿シリーズを多数抱える山崎製パン。手掛ける商品は食パン、菓子パン、サンドイッチなどのパン類に加え、菓子類、飲料類など幅広い。このほか、コンビニエンスストア「デイリーヤマザキ」やベーカリーショップの運営なども行っている。そのため企業規模は大きい。年間売上高は1兆円、従業員数は1万9000人を超え、全国に計28の工場・生地事業所を擁している。
同社といえば、経営とキリスト教の関係が深いことでも知られている。1979年に社長に就任して以降、45年にわたり経営の実権を握る飯島延浩社長は、プロテスタント教会で洗礼を受けた敬虔なキリスト教信者。同社の「経営理念・経営方針」には
<聖書の教え・キリスト教の精神に導かれる事業経営を徹底して追求してきた会社であります>
<当社は主イエス・キリストとともに歩む生命の道を一度歩み切る幸いを得、生産部門、営業部門一体となって行う業務執行体制を構築することができました。そして、生命の道全体を導く言葉は「神の国とその義を先ず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えてこれらのものはすべて与えられます。」というみ言葉であることを知りました>
といった記述もみられる。
相次ぐマイナスのニュース
清い精神を重んじる同社だが、今年に入り悪いニュースも相次いで流れている。2月に同社の千葉工場(千葉市美浜区新港)で女性アルバイト従業員(61)がベルトコンベヤーに胸部を挟まれ死亡した事故も含めて、同社工場では過去10数年で4件もの死亡事故が起きていることがわかった。4~5月発売の「週刊新潮」(新潮社)は、同社の工場で骨折などのケガをした従業員が出社を命じられたり、現場責任者からベルトコンベヤーを停止しないよう言われていたため稼働させたまま危険な作業をして指が切断される事故が発生していると報道。また、工場では包装済みの袋を開けてパンを取り出し、翌日納品分の袋に入れ直すという消費期限の偽装的行為や、一部店舗に対し本来の納品数・代金分の個数より少ない数量を納品する「中抜き」、ノルマ達成のために店舗から注文を受けていない商品を無断で納品するという行為、商品で問題が発覚すると、その商品を回収するために社員が納品された店舗を回って一般客を装って購入することなどが行われているとも報じられた。
もっとも、業績は好調そのものだ。24年12月期連結決算予想は売上高が期初予想比0.9%増の1兆1756億円、営業利益は同13.5%増の420億円、当期純利益は15.9%増の302億円と過去最高益を更新する。ちなみに同社は24年12月期中間連結決算で売上高・純利益ともに予想値を上回る実績値となった理由について
<「いのちの道」の教えに従い、すべての仕事を種蒔きの仕事から開始する営業・生産が一体となった部門別製品施策・営業戦略>
によるものと説明している。
経営努力の結果として利益の増大を実現
そんな高い利益水準を維持しているなかでの、たび重なる値上げについて、前述のとおり「家計が苦しい消費者に重い負担を強いて利益を高めている」といった批判的な声も出ているわけだが、経営コンサルタントで未来調達研究所取締役の坂口孝則氏はいう。
「直近四半期である24年12月期第3四半期と前年同期を比較してみると、売上原価率は横ばいとなっており、値上げによって、より大きな利益を確保しているとはいえません。また、販管費比率はやや下がっていることから、さまざまな面で経費を抑制する経営努力の結果として利益の増大を実現していると考えられます。
また、総務省の消費者物価指数によれば、パンの市場価格は2020年から24年までの間に約2割上昇しており、山崎製パンの値上げ幅を見る限りは、市場平均価格の推移に準じているといえます。主要原材料の小麦粉の価格は高止まりしており、物流費・人件費の上昇や人手不足が続いていることを踏まえれば、妥当な値上げといえます。大手電力会社やインフラ会社と異なり、パンを扱う事業者は食品メーカーに加えてスーパーやコンビニエンスストアなどの小売企業、パン専門店など無数にあり、山崎製パンの競合相手はものすごい数に上り、激しい競争を強いられているので、自社だけが利益確保のために大きく値上げするということは困難です。そうしたなかで、広い範囲の所得層をカバーするために低価格帯から中価格帯まで商品ラインナップを揃え、きちんと利益を出しているのですから、非常に頑張っていると評価してよいのではないでしょうか」
同社の売上高の規模を考えると、利益水準は決して高くはないという。
「売上高営業利益率をみると、わずか4%程度であり、他業種も含めた一般的な企業の数値と比較しても、どうみても暴利をむさぼっているとはいえません。むしろ、もっと利益を上げてもよいのではないかとすら感じます。これも、利幅が低い低価格商品を数多く扱っていることが要因だと考えられます」(坂口氏)
値下がりに転換する材料が何もない状況
ちなみに国内の広い領域で進行する値上げは、収まる気配はあるのか。
「すでに現時点で多くの企業が来年度の人件費上昇を見越して、労務費引き上げ分の原資の計上に向けた動きを進めています。人手不足や円安、金利上昇は続く見通しで、世界では多くの紛争が続いており、原材料価格が上昇しています。さらに、昨年には公正取引委員会が、発注先との間で労務費の適切な転嫁のための価格交渉を行わなければならないとする指針を公表したことも、価格の上昇を後押ししており、値下がりに転換する材料が何もない状況です。もっとも、日本ではデフレの時代が続いて消費者は低価格に慣れていますが、むしろ今、そしてこれからの物価水準が当たり前の状態だと認識したほうがよいかもしれません」
(文=Business Journal編集部、協力=坂口孝則/未来調達研究所取締役)