サントリー学芸賞・イズ・デッド! 竹内一郎『手塚治虫=ストーリーマンガの起源』が受賞
いろんな意味で、痛いニュースです。
すでにいろいろなマンガ評論系ブログで騒がれていますが、まだ知らない方も多いと思いますので、ここでも取り上げます。
第28回サントリー学芸賞に、竹内一郎『手塚治虫=ストーリーマンガの起源』が選ばれてしまいました。
- 作者: 竹内一郎
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2006/02/11
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第28回 サントリー学芸賞の決定
http://www.suntory.co.jp/news/2006/9630.html
サントリー学芸賞に7氏
http://www.asahi.com/culture/update/1108/019.html
マンガ研究者・評論家の間では、今年マンガ研究書が選ばれるなら、伊藤剛氏の『テヅカ・イズ・デッド』で決まりだろう、といわれていたのです。2006年のマンガ研究・評論界は、(少なくとも単行本に関しては)『テヅカ・イズ・デッド』の話題一色でした。
- 作者: 伊藤剛
- 出版社/メーカー: NTT出版
- 発売日: 2005/09/27
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それを、大穴中の大穴の竹内本が受賞。え、えーっ?
手塚治虫=ストーリーマンガの起源ではないことは、近年のマンガ研究・評論本をちょっとでも読めば、そこかしこに書いてあります。
手塚治虫は、偉大すぎたがゆえに、神様扱いされ、なんでも手塚の手柄になっていたのです。近年、それは研究者たちの地道な研究で、否定されてきています。(それでもなお、手塚治虫が偉大なことに変わりはない、というところが手塚の真の偉大さでもあるわけですが)
ちょうど1年前にも、NHK教育テレビ「NHK知るを楽しむ 私のこだわり人物伝」で、立川談志が十年一日のごとく、近年否定されている、旧態依然の手塚神話をそのまま紹介して、鼻で笑われたことがありました。
http://www.nhk.or.jp/shiruraku/200510/tuesday.html
私のこだわり人物伝 2005年10ー11月 (NHK知るを楽しむ/火)
- 作者: 立川談志,日本放送協会,日本放送出版協会
- 出版社/メーカー: NHK出版
- 発売日: 2005/09
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『テヅカ・イズ・デッド』は、そんな古い手塚神話を改めて否定し、手塚を乗り越える新たな枠組みを提示し、新しいマンガ研究・マンガ評論のスタンダードを創りあげたのでした。
竹熊健太郎さんは、次のように評しています。
たけくまメモ : 伊藤剛『テヅカ・イズ・デッド』を読む(1)
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2005/09/post_8459.html)
本書(引用者注:『テヅカ・イズ・デッド』)の第一の目的は、戦後の「マンガ史」や「マンガ語り」を無意識的に支配していた「起源=神様としての手塚治虫」という呪縛を、主にマンガ表現論の手法を駆使して解くことにある。同時にこれは「(手塚中心史観を離れた)ありのままのマンガ観」がどこまで語れるか? という本でもある。このありのままのマンガ観、本書のサブタイトルに倣えば「ひらかれたマンガ表現論」には、当然手塚マンガそのものも含まれる。その意味で、手塚マンガや手塚本人を貶めるものでは決してない。
また、「ユリイカ」2006年1月号の、「マンガ批評の最前線」とは、要するに『テヅカ・イズ・デッド』のことでした。
- 出版社/メーカー: 青土社
- 発売日: 2005/12
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でもって、旧来の「手塚=神様」路線を推進し、「手塚治虫=ストーリーマンガの起源」なんてカビのはえた神話を、あえてタイトルにするとは、さすが『人は見た目が9割』の著者の竹内一郎先生。「本はタイトルが10割」なのですね。勉強になりました。
- 作者: 竹内一郎
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2005/10/01
- メディア: 新書
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『手塚治虫=ストーリーマンガの起源』のオビに、「日本初の本格漫画評論!」とデカデカと書いてあったり、本文に
「私には、マンガ研究家によるマンガ論が物足りなかった。マンガしか知らない人が多いのである。学際的教養が感じられない。加えて、マンガ制作の現場を知らない。マンガ家やマンガ編集者など、現場の人間から見ると、見当外れのマンガ評論がたくさんある」(p.8)
「週刊誌のコラムは書けても、作家論、技法にも論及されたマンガ表現論(文芸評論では『文体論』にあたる)を包括的に論じる力を持った人がほとんどいないのである」(p.8)
(紙屋研究所 竹内一郎『手塚治虫=ストーリーマンガの起源』
http://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/storymanga.html に詳しいです)
などと書いてあるのも、実にほほえましいですが、まあいいでしょう。
たとえ、
白拍子なんとなく夜話 - 竹内一郎「手塚治虫=ストーリーマンガの起源」感想
http://d.hatena.ne.jp/y-shirabyoushi/20060309
いくつかのサイトで呆れられている竹内一郎「手塚治虫=ストーリーマンガの起源」という漫画評論本をこのあいだ読んだんだけど、これはバカにされるのも納得の内容だわ。ていうか評論じゃないし、これ。読んでない人にわかりやすく説明すると、この本は、手塚教のプロパガンダみたいで、手塚治虫の言葉を拠り所に自説を展開するという愚考を愚と気付かずにやっちゃっている正真正銘の電波本である。
↑こんなふうに世の中で評価されようとも、竹内先生がどんな本を出そうが、何を言おうが、言論の自由(出版の自由)は日本国憲法で保障されているので、かまわないわけです。
問題は、今回そんな本にそれなりの権威がある(と思われている)賞が与えられてしまったことです。
第28回 サントリー学芸賞 選評
http://www.suntory.co.jp/news/2006/9630-2.html#takeuchi
かくしてこの半世紀、日本の文化はストーリーマンガによって益するところきわめて大であったのだが、にもかかわらずマンガ評論はまことに乏しい。あっても、安保世代、全共闘世代というような意識でマンガを論じるものばかりだった。自由民権の闘士が浮世絵を論じているようなものだ。事態は、海外に流出することによってはじめて浮世絵の価値に気づいた明治時代にどこか似ているのである。
竹内一郎氏の『手塚治虫=ストーリーマンガの起源』は、その渇きを一挙に癒してくれる快著である。
その功績の第一は、マンガ評論の基軸を提示したことである。それも二つの意味で提示している。なぜ手塚治虫がマンガ評論の原点になるかといえば、岡本一平、田川水泡、北澤楽天、宮尾しげをといった戦前マンガの担い手の業績がすべて一度は手塚治虫へと流れ込み、その手塚治虫から戦後マンガ、現代のストーリーマンガの担い手たちが登場したと考えることが、おおよそできるからである。いささか強引にいえば、手塚治虫は砂時計の首の位置にあるわけだ。これによって、歴史的俯瞰がきわめて容易になった。
もうひとつは、マンガの絵の分析、コマ割りの分析において、手塚治虫の実験、工夫は、それがきわめて広範かつ大胆に行なわれているために、他を論ずる場合のひとつの規範になりうるからだ。竹内氏は、手塚治虫をひとつのモデルにして、文学でいえば文体論にあたるものが、マンガにおいていかにして可能であるかを示している。
功績の第二は、手塚治虫論そのものとして秀逸であること。手塚治虫が何をしたのか、どこが偉かったのか、まことによく腑に落ちる。説明はきわめて論理的で、たとえば手塚治虫がいかに巧みに映画の手法を取り入れたかの説明など、まさに水際立っている。
そして、これを功績の第三とすべきと思うのだが、手塚治虫以後については意図的に語っていないために、この方法で、松本零士、萩尾望都など、手塚治虫以後のマンガ家を論じる評論家が登場することを強く促していることである。
最後に、第四の功績としてサントリー学芸賞を受賞したこと。サントリー学芸賞の幅がまたひとつ広がったことを心から喜びたい。
三浦 雅士(文芸評論家)評
アイタタタ。
「第四の功績としてサントリー学芸賞を受賞したこと」って、それが一番やばいんやん、三浦サン。
このトンマな選評をしてしまった三浦雅士氏への批判も沸き起こっておりますが、芸術・文学部門の選考委員は、 「大岡信(詩人)、大笹吉雄(大阪芸術大学教授)、高階秀爾(東京大学名誉教授)、芳賀徹(京都造形芸術大学学長)、三浦雅士(文芸評論家)、渡辺裕(東京大学教授)」ということなので、この人たちの責任でもあるし、こういう人たちに選ばせてるというサントリー文化財団の責任もあるでしょう。
識者の反応を抜粋します。
『手塚治虫=ストーリーマンガの起源』サントリー学芸賞! - 夏目房之介の「で?」 [ITmedia オルタナティブ・ブログ]
http://blogs.itmedia.co.jp/natsume/2006/11/post_fa96.html
驚いたなぁ。サントリー学芸賞って、そんなレベルだったんだ。しかも伊藤剛『テヅカ イズ デッド』(NTT出版)をおさえてってことでしょ。しょうもな。
『手塚〜起源』は、もう笑うしかないじゃん。ほとんどページごとに突っ込みどころがある本じゃん。いやはや。宮本氏ならずとも「コラコラ」っていいたくなるよなぁ。
↑夏目房之介氏にここまで言われる本っていったい……。(ちびまる子ちゃん風に)
宮本大人氏(北九州市立大学助教授)も次のように評しています。
宮本大人のミヤモメモ サントリー学芸賞はその歴史に大きな汚点を残した
http://d.hatena.ne.jp/hrhtm1970/20061109
三浦氏のこの議論自体、養老孟司氏が何度も、そして実はさらにさかのぼって『現代マンガの全体像』(1986年)で呉智英氏が、述べていることの劣化したコピーに過ぎません。
そして、いずれにしても、このように安易に、東洋・日本の文字文化とストーリーマンガの隆盛を関連付ける議論に対する適切な批判は、すでに夏目房之介氏によって、何度も繰り返されているのですが、「漫棚通信」で批判されているように、竹内一郎氏もまた、「東洋には墨絵の伝統があった」などと、唖然とするような安易極まる文化論への落とし込みを行なっています。
こうして、「夏目房之介以前」と言うほかないレベルの著作が、マンガ論の蓄積など大したことはないだろうと思い込んだ(としか思えない)選者たちによって、人文社会科学の世界でかなり大きなプレゼンスを持つこの賞を与えられることになってしまったわけです。
私を含む、大学でマンガ研究をしている人間たちがもっとしっかりしていれば、そしてせめて私レベルの研究者が、あと数十人いてくれれば、こんなことは起こりようがなかったわけです。残念です。そして、悔しいです。このことを、自分自身の問題として重く受け止めたいと思います。
ちなみに、『テヅカ・イズ・デッド』の伊藤剛氏は、竹内本の刊行直後に、以下のようなコメントは残しているものの、現在のところブログ上ではこの件に関してコメントしていません。
伊藤剛のトカトントニズム - 買ってきました、竹内一郎『手塚治虫=ストーリーマンガの起源』
http://d.hatena.ne.jp/./goito-mineral/20060216/1140094007
その他の反応:
漫棚通信ブログ版: サントリー学芸賞
http://mandanatsusin.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_7e72.html
恍惚都市 - 第28回サントリー学芸賞を
http://d.hatena.ne.jp/komogawa/20061109/1163040971
無言の日記−五月の庭 サントリー学芸賞を旧世代的な竹内一郎『手塚治虫=ストーリーマンガの起源』が受賞してしまったことの意味
http://d.hatena.ne.jp/lepantoh/20061109
今頃麻生太郎さんも『手塚治虫=ストーリーマンガの起源』読んでるのかなあ。
「アニメ大使」「マンガ大賞」創設…麻生外相の諮問機関が報告書
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/26895/
竹内一郎氏が何かの委員になったりしそうで怖い。
この問題の話、このエントリに続きます→id:AYS:20061112
「サントリー学芸賞」の過去の受賞作品
ちなみに、過去はどんな本が受賞していたのかとはてなキーワード「サントリー学芸賞」の過去の受賞作品リストをざっと見てみました。
マンガ・アニメ系の受賞は以下のふたつですね。
- 作者: 切通理作
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2001/08
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- 作者: 大塚英志
- 出版社/メーカー: 法蔵館
- 発売日: 1994/07/01
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ついでに、本ブログ的興味からざっと抜粋すると、こんな本が並んでますね。
- 1999年 東浩紀 日本学術振興会特別研究員 『存在論的、郵便的』
- 2004年 原研哉 グラフィックデザイナー、武蔵野美術大学教授 『デザインのデザイン』(岩波書店)
- 1990年 西村清和 埼玉大学教授 『遊びの現象学』
- 2005年 柴田元幸・東京大教授「アメリカン・ナルシス」(東京大学出版会)
- 1980年 東京芸術大学助教授 『寓意と象徴の女性像』を中心として
- 1998年 四方田犬彦 明治学院大学教授 『映画史への招待』を中心として
- 1989年 養老孟司 東京大学教授 『からだの見方』
- 1986年 藤森照信 東京大学助教授 『建築探偵の冒険・東京篇』
- 1999年 下條信輔 カリフォルニア工科大学教授 『<意識>とは何だろうか』を中心として
- 1981年 塩野七生 評論家 『海の都の物語』
- 1980年 阿部謹也 一橋大学教授 『中世を旅する人々』
- 作者: 東浩紀
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1998/10/01
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- 作者: 原研哉
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2003/10/22
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全集美術のなかの裸婦〈7〉寓意と象徴の女性像 (1980年)
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 1980/06
- メディア: ?
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- 作者: 藤森照信
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 1989/12/01
- メディア: 文庫
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- 作者: 阿部謹也
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2000/01
- メディア: 単行本
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