西田宗千佳のRandomTracking
第404回
炎上から半年、若返ったniconicoは非リア充とVR、IP創出の現場へ
2018年7月24日 08:00
日本の動画サービスの中でも、「niconico」は特別な場所にいる。ユーザーが製作したコンテンツとそのコミュニティが中心であり、日本における「ネット文化」を作る上で、大きな役割を果たしたサービスであることは間違いない。
一方、niconicoは、ここ数年「落ち目だ」と言われてきた。競合サービスが伸びる一方で、niconicoのPVは伸びない。収益源と言われた有料制の「プレミアム会員」の数も減っている。
昨年12月12日、川上量生会長がniconicoの運営責任者を退任し、代わって引き継いだのが、ドワンゴ取締役の栗田穣崇氏だ。延期されていた「ニコニコ動画」の新バージョン「(く)」(クレッシェンド)も、6月28日にローンチされ、一連の「改革」もようやく一段落した印象もある。
現在の責任者であり、変化の中心にいた栗田氏に、niconicoになにがあったのか、そしてどう変わろうとしているのかを聞いた。
改善は「7合目」、信頼を着実に積み重ねる
インタビューに入る前に、この半年、niconicoになにがあったのかを振り返っておきたい。
ニコニコ動画は、2006年のスタートから、すでに干支を一回りするほど年月を重ねたサービスになっている。一方で、PCのブラウザーをベースに作られてきたものであったため、特に2010年代も後半に入ると、機能の古さやスマートフォン対策への遅れも目立っていた。画質や使いやすさなどについてのユーザーからの不満も目立っており、内部でのサービス再構築が必須の状況ではあった。
そんな中、2017年11月28日に行なわれた、「niconico」新バージョン「く」(クレッシェンド)発表会が「炎上」した。サービスの不満点改善よりも、新サービスの発表を全面に押し出したものとなったからだ。責任者であった川上氏はniconicoの運営からは退き、栗田氏が後任として舵取りを務めることになった。
その後栗田氏は、公式生放送やTwitterアカウントなどを通じ、niconico利用者とのコミュニケーションを密に取りつつ、サービスの優先順位を変えながら、新サービスの開発に努めた。延期されていた新バージョン「く」も6月28日にローンチされ、「niconicoの改革」は、半年をかけてようやく、ひとつの形になったように思える。
現在のniconicoの状況について、栗田氏は「改善は7合目くらいまでは来た。いくつかまだお約束して、出来ていないものはあるものの、道筋はたてられているので、そろそろ改善の『次』に進まなければいけないと思います」と話す。
では、niconicoの「改善」の本質とはなんだったのか? 画質向上などの機能的な側面も大きいが、栗田氏の考える本質は、また別のところにあった。それは、ユーザーとの関係性の問題だ。
栗田氏(以下敬称略):昨年11月に「炎上」したのは、望んでいないものを、望んでいない形で出したことにあります。多くのユーザーは、画質や安定性などの「改善をしてほしい」と思っていたのに、そうでなかった。
niconicoはそもそも、ユーザーと一緒に育てる、ユーザーに近いところに運営の顔が見える、ということが良さで、「ニコニコ大会議」のようなイベントもやったりもしてきました。
ですがここ数年、niconicoのユーザーが増え続けて「マス化」していたこともあって、ユーザーに対して運営が顔を出さなくなっていました。僕は2015年に入社したのですが、その時にはすでにそうなっていました。
もちろん、改善が望まれていたことは間違いありません。しかし、ユーザーと運営の関係が離れてしまったこと、コミュニケーションをとらなくなったことに対して、怒りや悲しみがあるのだな……ということをすごく感じました。
実際にユーザー「どういうところが問題ですか?」と聞いたら、2週間で1万何千件も要望が寄せられたわけです。そんなにご意見をいただけるサービスというのは、そうそうありません。それだけ「熱量」が大きいんです。実際、あの炎上をきっかけにプレミアム会員は減りました。しかし、ユーザーの熱量はすごくあるな、と感じています。
ですから、まずは「信頼を築く」ことから始めなければいけない。ユーザーからいただいた意見の中で数の多いものや重要と思われているものを、「いつまでに行ないます」と期日を切って、一歩一歩進めていくことで、ようやく「ちょっと信頼できるんじゃないか」と思っていただけるところに持って行けるんじゃないか、と思っていました。
炎上の本質は「コミュニケーションの失敗」だった
栗田氏は、「ユーザーとの関係改善に手応えを感じている」という。それは、ひとつのことで起きたものではなく「積み重ね」だ、と話す。
栗田:一番変化を実感したのは、2月末に「非ログイン化」を導入した時です。「ずっと閉鎖的だ」と言われてきたniconicoですが、そこで評判が変わってきたこと、4月末に「ニコニコ超会議」をやって、その来場者数が減らず、逆に例年よりも増えた、ということ、そして5月の改善をご報告したあたりで、純順にスパイクが立って、良くなってきているな……というのは感じています。
6月の頭には障害が多発した週があったのですが、この時はじめて、障害の内容を逐一詳しくお伝えしました。あれも、非常に好意的に受け止めていただけました。ユーザーさんに誠実に、隠し事もせずにやっていくことで、雰囲気自体が良くなっているな、ということは、私自身、感じています。
確かに「炎上」以降、niconicoの変化は大きい。とはいえ、画質や安定性などは、ずっと以前から問題として指摘されてきた部分ではある。それが体制変化で急に変わったように見えるのはなぜなのだろうか? この点については「誤解もある」と栗田氏は言う。
栗田:改善については、昨年から実際に着手していたものです。正直な話として、私が「着手します」と言った1月からの半年で、ゼロからスタートしてできることではありません。昨年から準備はしていたのです。
しかし当時は、川上の方針として「改善するのは当たり前であり、それを大きく謳っても事業が上向くことはないし、ユーザーに誇らしげに言うものでもない」ということがあったんです。改善に平行して新機能・新サービスを投入し、「niconicoすごいじゃん」という話題性を作っていい雰囲気にしよう……そういう方針だったんです。
そこで「nicocas」という機能を発表したわけですが、ユーザーには受け入れられなかった。
新サービス・新機能の開発を凍結したわけではないんです。「改善」のプライオリティを上げ、まずはちゃんとユーザーの信頼を得てからそういうもの(新機能)はやっていきましょう、という風に、リソース配分を変えたんです。
また、これは我々の準備不足もあるのですが、昨年はプレイヤーの「HTML5化」を進めていました。これが開発としてはかなり重たいものです。niconicoではずっとFlashを使っていましたが、そこからの移行にリソースが相当とられました。https化も必要でした。世の中のブラウザーの変化に合わせてやらなければいけないところで、どうしてもリソースが食われていた部分はあります。
niconicoは元々、小さなサービスから汲み上げて大きくしていったんですが、途中でスケーラビリティの問題にもぶつかりました。そのために、システムを作り替える必要もあり、そうした開発をここ何年か進めてきました。
特に、nicocasでお見せしたような映像のサーバー合成のような要素は、川上としては「他ではできないこと」として、ちゃんと自分達で持っておきたい、と考えていました。そのために、配信サーバーや合成サーバーを、ここ何年かかけて開発してきたんです。そうしたサーバーが去年から稼働しはじめていて、そこにサービスを載せ替えているので、いま、素早く改善が進んでいるように見えるのですが、逆にいえば、そうしたサーバーの開発を行なう何年間か、改善に時間がかかったのは事実です。
2014年・15年あたりから、niconicoは「システムが古くなっている」と指摘されていた。大規模な基盤の再構築が必要であり、それをずっと行なっていたものが、ようやく形になった、というのは事実なのだろう。一方で、ユーザーの期待値とは優先順位が異なっていたこと、その方向性をユーザーに伝えることができなかったことが、大きな失敗につながった。
栗田氏は「完全なコミュニケーション戦略の失敗です」と反省の弁を述べる。だからこそ、栗田氏の改革は、ユーザーとの対話のあり方を変え、優先順位を示すという「コミュニケーション戦略」からスタートしているのだ。
権利者との関係は「時間が変えた」
では、これからniconicoはどのような方向に向かうのか?
栗田氏は「基本的な方向性は変えない」と話す。
栗田:もともとniconicoはニッチの集合体でマスを狙う、という戦略を採っています。将棋や政治や相撲など、他がやらないところに着目し、意外にそれが世の中の注目を集めて全体の底上げになって……という形ですね。母数を増やす時に「なるべくユーザーがかぶらない」領域を増やすことで、結果的に母数を増やす、というやり方です。AbemaTVなんかも、そうした部分をトレースされているようにも思います。ですから、この戦略は正しいと思うんです。
この方針でトータルの人数は増えているんですが、ニッチの集合体であることにかわりはないんです。「ニコニコ超会議」を見ていただければおわかりのように、なんの関連性もないものが一箇所に集まっています。そこは昔から同じですし、私が責任を持つことになっても、その方針を変えるつもりはないです。
ただ、これまでちゃんとやってこれなかったのは「ゲームとアニメ」です。これだけniconico内にコンテンツをもっておきながらも、あまりそこをメディア化できていなかった。これはすごくもったいないです。特にKADOKAWAと一緒になっていますし。niconicoに来たらアニメやゲームの情報が得られる、という形にしていきたいと思います。
一方で、このことは大きな矛盾もはらんでいる。niconicoは、「ニコニコ動画」という、ユーザーからの動画投稿を軸にしたサービスだ。今はオリジナルの動画が多くなっているが、過去から、違法コピーやいわゆる「MADビデオ」(アニメやゲーム映像等を素材に編集・再構成したもの)などが多数公開されてきた。ゲームの配信も、いまでこそおおっぴらに出来るようになっているが、過去にはあまりいい顔をされてこなかった。現在も、公開のあり方については、若干グレーな部分はある。
権利者側から見れば、「元々は著作権侵害が起きる場所」であったところが、次第に姿勢と形を変え、「コンテンツをアピールする場所」になっていった。このことと向き合う必要がある。
栗田:その点については、時間が解決してくれた部分があります。
今はniconico内で多数のアニメが公式配信されています。過去には、「動画の上にコメントを載せるなんて」という拒否感もあり、コメントが入るもの・入らないものをわざわざ分けていましたし、動画の後ろにコメントを流すシステムを作ったりしました。しかしいまや、コメントが流れることを嫌がる権利者の方はほとんどいらっしゃいません。
当然著作権侵害には対応していますし、これからもしていきます。しかしMADなどが全部なくなっているか、というとそうではありません。同人誌と同じ扱いで、権利者さんも「niconicoで話題になって、プロモーションになるのであれば」というご理解をいただき、黙認していただいているところもあります。
我々としては、アニメ業界やゲーム業界のためになる、しっかり還元できるものを作っていきたいです。要は「混ぜ方」の問題で、要はあまりに「混ぜすぎる」ことがなければいいのではないか、と。権利者の方々からお預かりしたものはちゃんとわかるように配信しますし、そこに関連動画としてMADとかが並ぶことがあってもいいのではないか、という考え方です。
実際、「Nアニメ」でもそうしていますし、そこに異論のある権利者の方々はいらっしゃらないようです。
niconicoのアニメメディアである「Nアニメ」は、栗田氏が自ら発案して開発したものである。アニメに関するポータルという扱いだが、中にはniconicoで配信されるアニメだけでなく、Netflixなど、他の配信事業者で扱われている作品もある。
栗田:網羅的で、アニメ業界にメリットがある形にしています。
アニメの強いポータルって、実際、存在しないんですよね。あるにはあるんですが、いわゆる「まとめサイト」のようなもので、自分達が広告費を集めるけれど、アニメ業界に還元はあまりない。あるいは、悪質なものになると、そこから違法動画へと誘導したりする。
我々としては、別にniconicoだけにこだわらず、すべてのアニメを「Nアニメ」に並べてカタログ化し、ユーザーを集めていくことで、「ここそのものをアニメ業界にとって意義のあるものにしますよ」と説明させていただき、ご賛同いただいています。
「非ログイン化」で若返ったniconico
一連のniconico改革の中で、もっとも手応えのあるものがなにか? 栗田氏に質問を投げかけると、彼は「非ログイン化だ」と即答した。
niconicoはユーザー登録を基本にしたサービスだ。今年の2月28日に開放されるまで、公式には、動画の視聴にはユーザー登録が必要だった。ユーザー登録を行ったのち、さらに高画質で見たい場合には有料会員である「プレミアム会員」になる……というのがniconicoのビジネスモデルであり、会員数の増加、特にプレミアム会員の増加がドワンゴの収益を支えていた。
だが、「会員登録必須」という形を、ドワンゴはすでに捨てている。この変化が、同社にとってはもっとも大きな決断となった。
栗田:昔のニコニコ動画だったら、「ログインしなくても使える、書き込める」という形だったら、相当に「荒れた」と思うんです。
ただいまや、SNS/Twitterで色々な情報が流れています。そことの親和性を高めるために、ログインを必要としない形にした方がいい、ということで舵を切りました。
プレミアム会員については今後も数を増やすに越したことはないのですが、今後はどちらかといえば、MAU(月間アクティブユーザー数)などを重視する方向に舵をきりました。
非ログイン化してから、特に若い利用者が増えています。スマホ向けのトップページのアクセス数は43%増加しました。「ニコニコ動画(く)」になって、スマホのウェブから動画をアップできるようにしましたが、投稿者が倍に増えています。そして、全体の半分近いお客様が20代になりました。以前はもう少し年齢層が高かったのですが、非ログイン化で下がりました。一時的なものではなく、そのまま定着しているようです。
年齢層が高くなると、どうしても若い層のコンテンツにキャッチアップできなくなります。そうなるとシュリンク(縮小)します。ですから新陳代謝として、若い人々が入ってくるようにすることが重要でした。それが非ログイン化で実現できました。
これは、niconicoにとって大きなビジネスモデルの転換にもあたる。この決断は大きなものであったはずだ。だが意外なことに、同社内では「揉めなかった」という。
栗田:この点は、川上と私の2人で決めました。もう、すぐに。「非ログイン化」は検討課題には挙がっていたのですが、プレミアム会員の数がピークアウトしたことがひとつの決断につながっています。これ以上守るよりは、裾野をもう一度広げる方がいい時期に来ている、と判断しました。ゲームと同じように、無料での利用者数が増えれば、課金者も増えますので。
ただそのためには、有料利用者に対する価値がもう一度戻ってこないといけません。次の課題は、どうやってもう一度プレミアム会員メリットをつけていくのか、ということです。これは、人をどうやって増やすのか、ということと同じ課題だと認識しています。
とはいえ、プレミアム会員の位置付けそのものを大きく変えるつもりはありません。ただ、一般に広げていく中では「プレミアム感」が希薄化していくので、違うサービスに対するメリットを追加していくしかないな、とは思っているところです。
それらに加え、「従量課金」ができるものを増やすこと、広告価値を増やすことも進めていきます。
では、ドワンゴとして、今後は、動画・広告・投げ銭・ゲームなど、どれが大きな柱になると考えているのだろうか?
栗田:それはやってみないとわからないです。ただ、収益はプレミアム会員一本ではなく、そこにゲームがあったり投げ銭があったり広告があったりと、分散させてうまくポートフォリオを組んでやっていきます。
プレミアム会員はピークが250万人台だったんですが、今後500万人に伸びるか、というとできないと思うんですよ。その中でいかに事業を大きくするか、と考えると、組み合わせとしてボリュームを増やす必要があります。
そのためには、まずniconicoに来てくれるお客様を増やさないといけない。いかにniconicoに人を集めていくか、話題作りも含めてやっていくところだと思っています。
niconicoを「IP創出」の現場に
現在、niconicoの柱は「ニコニコ動画」と「ニコニコ生放送」。そこにいくつものサービスがぶら下がり、ユーザーイベントとしての「ニコニコ超会議」がある、という形になっている。では、今後の柱はどうなっていくのだろうか?
カドカワの決算では「ゲームサービスの充実」などが挙げられている。しかし、ゲームへの課金と現状のニコニコ動画は、直接つながっているわけではない。どのようにして両者の関係を構築しようと考えているのだろうか。
栗田:確かに、スマホゲームだと難しいと思います。ですが、ブラウザーゲームならどうでしょう? Google・アップルの縛りもなく、niconico IDログインベースで課金ビジネスができます。niconicoの上でやるゲームについては、動画や生放送と密結合しているようなものをやりたい、と思います。
自身で運営するゲームの収益に、栗田氏はかなりの期待を寄せている。「中国版ニコニコ動画」と言われ、先日米NASDAQに上場したことで話題の「ビリビリ動画」も、実際には、収益の大半は動画ではなくスマホゲームから得たものだ。
栗田:プラットフォームに密結合したゲームは必要だと思います。今後アニメなども、ゲームと絡まないものは難しくなっていますし、KADOKAWAとも統合していますし、niconicoで生まれたアニメを我々のグループで、という意識でいます。
niconicoを使ってIPを生み出すチャレンジは、社内でもしています。例えば、現在放送中のアニメ「殺戮の天使」は、「ニコニコゲームマガジン」から生まれた自作ウェブゲームが原作です。私がやっている「RPGアツマール」という企画からもコミカライズが出ています。「VTuber5天王」、みたいないい方がされますよね。そうしたキャラクターがアニメかされる時に、ドワンゴが関わってもいいと思っているんです。
IP創出のエンジンとしてniconicoの力を使い、KADOKAWAの力を使ってIP化していく、ということは、これから大きくやっていきます。niconicoのUGCから生まれたものがプロIP化した例をちゃんと多数見せていくことで、「じゃあniconicoでやってみよう」と思ってもらうことが、もう一回盛り上がるじゃないか、と思います。仕組みの設計も必要ですが、「この人達はプロになりました」ということの見せ方も、今は必要かと思っています。
これまでも、niconicoから生まれたコンテンツや才能は多数ある。特に多いのは「音楽」だろう。だがこれまで、そうしたものの商品化・IP化に、ドワンゴはあまり関わってこなかった。だが、これからは「コンテンツが生まれる場」としてniconicoを存分に使ってもらいつつ、そこから生まれるコンテンツの製品化には積極的に関わっていきたい、と同社は考えている。同社の「ゲーム戦略」の根幹は、KADOKAWA的な発想なのだ。
決算の中で触れられた「新しい収益源」には、バーチャルYouTuber(VTuber)的なキャラクターを使ったコミュニケーションサービスである「バーチャルキャスト」での「投げ銭」サービスもある。
栗田:自分が実際にVTuberになるためのエントリーバリアーは、非常に高いですよね。あれを下げたい、と思っています。そこでマネタイズ手段としての「投げ銭」なども準備しよう、ということです。
VTuberやVRChatは流行っています。今はそれぞれのコミュニティとして存在していますが、あれをniconicoの中にそのまま取り込むこともできると思うんです。外のものと連携してもいいですし、自分達で作ってしまってもいい、と思っています。そこにこだわりはないです。
ゲームにしてもVTuber的なものにしても、いまやトレンドはniconicoの外にある。niconicoを介する、niconicoを場として選ぶメリットはどこにあるのだろうか? 栗田氏は「場としての熱量」だと指摘する。
栗田:スマホゲームの動画配信でも、niconico内のものは非常に熱量が高いんです。例えば、「Fate/Grand Order(FGO)」に関する配信をニコニコ生放送の公式放送としてやっていますが、「非常に効果が高い」とご評価いただいています。スマホゲームそのものとniconicoは離れた場所にあるわけですが、niconicoの番組に参加する人々の熱量は非常に高い。YouTubeで同じことをやって同じコンバージョンレートにつながるかというと、そうではない。
「リア充じゃなくても配信」できる世界へ、もっと気軽なシステムを
動画サービスは群雄割拠だ。ビジネス的な視点でいえば「どのサービスが勝つか」という見方をしがちだ。その中で、niconicoは「古参」であり、新奇性のないサービスのように言われる。
では、栗田氏の考える「動画サービスの中でのniconicoの位置付け」はどこにあり、どのように生き残ろうとしているのだろうか。
栗田:配信コンテンツのバリエーションなどは、今の形がいい、と思っています。やるとしたら、誰もやっていないようなニッチなものでしょうね。
niconicoがなぜ面白いかというと、映像とコメントが一体になっていて盛り上がりが可視化されること、そして盛り上がりを共有できることです。重要なのは「みんなで見て面白い」ということ。一人で見てもそんなに面白くないんだけど、みんなで見るとすごくおもしろくなる、ということでしょうか。
いまはコンテンツがあふれていますよね。話題作といっても、興味が分断されているのでそこまでみんなが見ているわけではない。だから配信コンテンツの場合、旧作でも、みんなで見て一緒に楽しめればそれでいいんです。弊社が狙いたいのはそういうところです。
要は「コミュニティ」ですよね。動画配信・生放送サービスなんですが、コミュニティの場で「みんなで動画を見ている」だけ、なんです。この構造は昔からかわりません。
コメントはわかりやすい「参加」の仕方ですし、簡単に自分が配信者になれることも含め、いかに「参加もできるし視聴もできる」、「やり方は人それぞれ選べる」、という形にすることが、他との一番の差別化だと思います。
過去、niconicoはPCのブラウザーを軸に成長してきた。今はスマートフォンでも使えるものの、サービスのすべてを利用するには、やはりPCのブラウザーが一番良い。だが、日本ではPCの利用率は上がっておらず、特に若年層では、スマートフォン・タブレットからの利用が多い。過去よりniconicoは、「スマートフォン向けサービスの弱さ」が指摘されてきた。今後サービスが高度化していくならば、「スマホにいかに対応するか」という問題を避けて通れない。
その点をどう考えるか? 栗田氏に問うと、彼はある試みの話をした。それが「実験放送」である。
実験放送とは、5月31日から6月14日まで行なわれた、「ニコニコ生放送」向けの新しいシステムである。動画内にクイズを入れたり、サイコロの機能を組み込んだり、モザイクをかけたりできる。「ユーザーからはあまり好評でない部分もありましたが」と苦笑しつつ、その狙いを栗田氏は次のように説明する。
栗田:実験放送は、スマホでもできるものを導入する予定です。以前、あの機能は叩かれています。なぜなら、今の配信者には必要ないものだからです。
私も自分でやってわかりましたが、PCでの配信はものすごくスキルが必要です。設定もネタも難しく、レベルが高い。
実験放送で目指しているのは、スマホだけしかもっていないユーザーが「面白い放送ができる仕組みをこちら側で用意するか」ということなんです。ツイキャスにしろなんにしろ、スマホから配信できるようになっていますが、やっぱり「その人のコンテンツ力」に依存しちゃうんです。つまんない人はつまんないし、面白い人は面白い。
我々は、どんな人でも「それなりに面白い配信ができる」ものを作ろうとしています。掲示板やチャットルームって、だれでもそれなりに参加できますよね。同じように、配信者の技術力がなくても、そんなにネタがなくても、それなりに面白いものを作れるところを目指しています。
実はユーザーを無理に増やす、ということは考えていなくて、どちらかというと入って来た人が配信者とか、投稿者になってもらうことを考えているんです。
今はまだ、非ログインだと「見に来ている」だけです。あえてそうしているんですが、非ログインだとコメントできませんし。ただ、今後、スマートフォンで実験放送の延長線上で投稿できるようにする時は、非ログインにも機能を一部開放しようと思っています。そこから、発信者側に転換してくれれば「成功」と言えると思います。
そのためには、若干言いづらいことではあるんですが……今の「ニコ生」のコミュニティとは別のものを作ることをしないといけません。実験放送が「実験」じゃなくなり、スマホでも配信ができるようになったら、誰もやったことがないシステムなので、もう一度みんながスタートラインに立つことになります。そうすると、そこで始めた人からスターが出たり、面白い人が出てきたりすることを期待しているんです。
「ニコ生を壊す」、というとちょっと言い過ぎです。そこはうまく共存する必要はあります。しかし、コミュニティを再設計する必要はあると思います。「スマホから配信するリア充じゃない人達」にとって、どういうものがあったら面白いんだろうか、ということを色々と考え、準備しています。
そして、スマホ対策を進めることと同じように、また別の形で、未来への対応として、「niconicoならでは」の発想もある。
栗田:ここ2年、競合他社をウォッチしていました。すると、「かわいい」「若い」「本当に面白い」じゃないと、動画は面白くないね……という感じになっています。言い換えれば「リア充」っぽい。
でも、VRだったら誰でも「かわいくなれる」。バーチャルキャストなら、「かわいい」はなんら特殊なことじゃない。
栗田:バーチャルキャストは今年になってから始めたものですね。昨年末にVTuberがブレイクしはじめた時、「うちもこれをやらないとまずいよね」という話は社内であって、たまたま弊社社員の中に、(バーチャルキャストの開発元である)インフィニットループさんと一緒にVTuber的なことをやっていたので、「なら一緒にやろうよ」ということで、もう、ササササッ、と動きました。
我々は「超歌舞伎」やニコファーレでの3D表示など、色々やっていましたから、文化的には親和性があります。たまたま出たのがVTuberの後なので「VTuber的」な見え方はしていますけれど。文化的にはniconicoの方が合っていると思います。
本来「動画が面白い」って、「会話が面白い」とか「かわいいけどオタクな話が面白い」とか、そういうことに価値があるわけじゃないですか。
でも今は、ルックスの話や年齢の話がエントリーバリアーになって動画に入ってこれない人がいる。それをちゃんとカバーするシステムができれば、そこにはものすごく強みができるとおもっているんです。
niconicoが苦しんでいる間に、日本でも多数の動画サービスが出てきた。それらは、最初から「マス」を狙ったサービスを構築している。一方で、niconicoを使ってきた人々にとっては、そうしたサービスは少々「居心地が悪い」と感じられるのではないだろうか。栗田氏も「おそらくそうでしょう」と筆者の意見に同意する。niconicoは「ニッチの集合」としてシンプルにマス向けは狙わず、それでいて、今のniconicoがカバーしきれない若年層に、「もっともっとカジュアルに参加できる場」と広げていくことが、同社の当面の方針となりそうだ。
栗田氏は、自身のツイッターで次のようにつぶやいている。
ニコニコは5年以上前から「オワコン」と言われ続けているが、このままがんばって、「オワコンと言われ続けて30年」というコピーのCM打ちたい。
参加する人が常にいれば、その場は古びない。栗田氏が目指しているniconicoは、そんな場なのだろう。