書いていくことにする。
結論から書くと、『ヒストリエ』に出てくるアルケノルがどんな人物かは調べても良く分からなくて、以下の内容は「いかがでしたか?」系のサイトと同じ程度の情報量しかないということを一番先に言及しておきます。
頑張って調べたけれど、誰か分かんなかったよ…。
アフタヌーン2020年7月号に『ヒストリエ』が掲載されて、その中でアルケノルという人物が登場した。
まぁ登場したと言っても名前が今回初めて分かっただけで、名前不明な状態で彼は既に『ヒストリエ』に登場していて、4巻でアリストテレスの研究所のところで出てきている。
(岩明均『ヒストリエ』4巻pp.183-185)
この人が誰なのかについては色々言われていて、実際にアリストテレスの友人であるテオフラストスであるだとか、アリストテレスの弟子の一人だとか言われていたけれど、今月のアフタヌーンでアリストテレスが彼の名前を呼んだことによって、彼の名前がアルケノルであるということが明らかになった。
そういうことがあったから、史実ではどんな人物なのかを調べるために色々やって、結果として何にも分からなかったのだけれど、その調査が露と消えるのが勿体ないと思ったので、その調査についての話を以下では書いていく。
とりあえず、こういう時はGoogleでその名前を検索してみることが手っ取り早くて、まずそうしたのだけれど、日本語のサイトで『ヒストリエ』に出てくる古代ギリシアのアルケノルについてを言及しているサイトは存在していないようで、特に何も情報を得ることは出来なかった。
「マケドニア アルケノル」という言葉で調べても、同名のアルケノルという人物がヘロドトスという古代ギリシアの歴史家の著書である『歴史』に登場する以上の何も検出されなくて、『ヒストリエ』の描写だとレスボス島でアルケノルは何かをしたという言及があるから、「レスボスのアルケノル」とかそういう単語で調べてみたりしたけれども、やはり何も出てこなかった。
けれども、『歴史』に同名のアルケノルが出てくるという情報があったことによって、アルケノルという人名のスペルを把握することが出来た。
ちなみに、『歴史』が書かれたのは『ヒストリエ』の時代のずっと前だから、『歴史』のアルケノルさんと『ヒストリエ』のアルケノルが同一人物であるということは、アルケノルが不老の存在でもない限りあり得ない。
とはいえ、アルケノルの名前が何処で登場するかが分かれば調査を進めることが出来る。
僕の手元には世界古典文学全集のヘロドトスの『歴史』があって、この本の巻末には人物名の索引があるので、アルケノルで調べれば彼のスペルが把握できて、把握できたなら、英語のサイトで彼についてを調べることが出来る。
ギリシア語のスペルを調べても良いのだけれど、ギリシア語のスペルが分かったところで検索しても出てくるのはギリシア語のサイトで、ギリシア語は読めないので、アルファベットのスペルを使って英語で調べるしか僕には方法がない。
その本の索引のp.4にアルケノルのスペルが載っていて、"Alkēnōr"というのが『歴史』に出てくるアルケノルのスペルだということが分かった。(ヘロドトス『世界古典文学大系 10 ヘロドトス』『歴史』松平千秋訳 筑摩書房 1967年 索引p.4)
ただ、"Alkēnōr"では何も検出されなかったから、その音を伸ばすという意味のeとoの上のハイフンをなくして、"arkenor"で調べていく。
けれども、『ヒストリエ』に関係づけられそうなアルケノルさんの話は検出されないどころか、そもそも古代ギリシア人としてのアルケノル自体が検出されなくて、「alkenor Macedonia」(アルケノル マケドニア)とか、「alkenor greek」(同ギリシア)とか、「alkenor lesvos」(同レスボス)とかで調べたけれども、何にも出てきはしない。
…。
多分普通にアルケノルのおっさんは、岩明先生が作ったオリキャラなんじゃないかと思う。
一応、違うスペルであるという可能性を考慮して、アルケノルと日本語で発音できるいくらかのギリシアの名前を調べ上げてそれぞれで検索したけれども、やはり、マケドニア王国やその時代に関連するようなアルケノルという人物は出てこない。
一応、僕が確認できたアルケノルのスペルは以下のようになる。
Alkenor
Alchenor
の二つが素直にアルケノルと発音できて、けれどもこれで調べても出てこなかった。
表記の揺れでアルキノルが元である可能性も考慮して、
Alknor
や
Alkinor
で調べたけれども、出てこないし、アルキュノルである可能性を考慮して、
Alkynor
でググっても引っかからないし、phでも似たような発音になる様子があるので、
Alphenor
で調べてもやっぱり出てこない。
更にArchinorで調べても、arknorで調べても出てこない。
一応、古代ギリシアの神様としてAlphenorという名前のそれはいるらしいと分かったとはいえ、その程度しか引っかからなかった。
アルケの方は色々なスペルで調べた一方で、ノルに当たるアルファベットであるnorは他のスペルの可能性がちょっと良く分からなかったので、様々なアルケ+norで調べたけれど、なんにも出てきはしなかった。
だから、僕の探し方が悪いのかもしれないけれど、現状だとどう調べても彼についての情報が出てこないから、今の所、あのキモイおっさんは岩明先生が配置したオリキャラである可能性が高い。
古代ギリシアの人物は神話から取っていることも多いし、同名の人物も非常に多い。
エウメネスって名前の人も複数人いる。
ヘロドトスの『歴史』にアルケノルという名前の人物は出てくると先に言及したけれど、おそらく、そのアルケノルという名前だけを取って、オリジナルキャラクターを配置したのだろうと思う。
『歴史』に登場するアルケノルは以下のような言及がされている。
「 (ペルシアに攻められ救援を求めたクロイソスの)使者はそれぞれの同盟国に送られたが、中でもスパルタに重点がおかれた。ところがちょうどこの頃たまたまスパルタ自体がテュレアという地区をめぐって、アルゴスとの係争に巻き込まれていたのである。テュレアは本来アルゴリスの一部であるのに、スパルタがこれを切り離して、自国領にしてしまったのである。なお(アルゴリスの)西方、マレア岬に至るまでの地域も、本土にある部分はもちろん、キュテラ島をはじめその他の島々を含め、アルゴス領だったのである。
アルゴス人は、切り離された自国領の救援に駆けつけたが話し合いの結果、双方から三百人宛の戦士が出て戦い、問題の地域は勝った側の所属とするという協定が成立した。そして両軍の本隊はそれぞれ自国領に引き上げ、戦闘の場に居残らぬことになった。それは本隊がその場に残った場合、どちらの側にせよ味方の形勢が悪いのを見れば応援が駆けつける恐れがあるから、というのである。
両軍は右の協定を結んで引き上げ、双方の選ばれた戦士が後に残って戦ったのである。双方互角に戦い、とうとう最後に六百人のうち三名だけが生き残った。アルゴス方ではアルケノルとクロミオスの二人、スパルタ側ではオトリュアデスのただ一人である。右の三人だけが残ったとき、日没になったわけである。(同上ヘロドトスp.29、()内は引用者補足)」
『歴史』に言及のあるアルケノルはここだけみたいですね…。
ちなみに、この後何が起こったかというと、日没だし相手は一人だからアルゴス側の二人は勝ったと思って帰ったけれど、スパルタの一人の方はアルゴス兵の死体から武具を剥いで持ち帰って勝利報告をした結果、翌日にはどっちも自分たちが勝ったと主張したために、残りの軍で普通に軍事衝突をして、スパルタが勝ったと書いてある。
…クソかな?
やっぱり、こういうところを読むと、文化が違うというかなんというか、古代中国の『史記』や『春秋左氏伝』、『司馬法』や『呉子』では見られない儀礼的な戦いだよなと思う。
戦争の仕方にも地域によって文化の違いがあるよな、って。
ともかく、このアルケノルは『ヒストリエ』のあのキモイおっさんとは関係性が見いだせないから、『歴史』のアルケノルと『ヒストリエ』のアルケノルは名前以外何も関係性を持っていないということで良いと思う。
アルケノルについて総括すると、現状だと『ヒストリエ』のアルケノルは岩明先生のオリキャラである可能性が高くて、そうではない場合、『歴史』のアルケノルとはスペルが違うアルケノルであったり、アルケノルは偽名で、史書に登場する実在の人物としてのあのキモイおっさんは、史書では違う名前で言及されているというがあり得る可能性になると思う。
『ヒストリエ』の原作はプルタルコスの『英雄伝』だから、『英雄伝』の英語のスペルとアルケノルで検索してみたりもしたけれど、やっぱり何も検出されなかった。
なので、僕にはアルケノルのおっさんのことは何にも分からないのだけれど、ねっとりと行った調査が無に帰するのが悲しかったので、記事にまとめました。
というか、どうせ話が進めばまたあのおっさんの話がアフタヌーン誌上でされるのだろうから、期待をおっぴろげて神妙に待ってる方が色々早いと思う。
そうそう、半年くらい前に、『ヒストリエ』のアレクサンドロスについての解説記事というか、『ヒストリエ』の原作たる『英雄伝』のアレクサンドロス伝と『ヒストリエ』のアレクサンドロスの描写についての記事を書くと言及していて、未だにそれは書いていないのだけれど、それにはちょっとわけがある。
前回だか前々回の『ヒストリエ』で、フィリッポスとエウリュディケの結婚式の話があって、それに際してアッタロスが「エウリュディケの子が正嫡たれ!」と言ったがために、アレクサンドロスが「私が妾腹だというのか」と激怒した話が描かれている。
このエピソード自体は普通に岩波文庫の『プルターク英雄伝』の9巻のp.56が由来で、まんま同じことが書かれている。
岩明先生がこの旧字体の『プルターク英雄伝』を読んでいるだろうということは検証が済んでいて、そのエピソードは実際この本が由来だろうけれど、『ヒストリエ』ではナレーションで、「この話には疑問があり、マケドニアでは正妻と側室の区別がなく、マケドニアの文化を知らない人物が作った創作であるという見方が有力である」と言うような事柄が言及されている。
僕はその文章を読んで、「岩明先生はこの場面についての何らかの研究書を読んでいるな」と思って、更にアレクサンドロスの母親であるオリュンピアスについて言及された日本人が書いた本が出版されているということを知っていたので、コロナで閉まる前の図書館に行って、その本を確かめるという作業をしている。
結果として、その本には正妻と側室の区別はなかったから、あのエピソードは創作だろうという言及があるのを見つけたことによって、岩明先生はこの本を読んでいると理解することになった。
具体的にはこの本です。
これに先の『ヒストリエ』の言及である正妻と側室云々が書いてある。
ちなみに、同じ著者でけれども表題が違って文庫版のそれもあるのだけれど、調べた感じ、同じ内容だそうなので、読むとしたらどっちか安い方を買えば良いと思う。
僕は図書館でこの本を確かめたとはいえ、色々長丁場になると思ったから、その日は借りないで帰って、後日Amazonでこの本を注文している。
そして、アレクサンドロスの記事を書くつもりではいたけれど、この本を読んでオリュンピアスの記事を書く方が先かなと思って、以後一切『ヒストリエ』関係の作業はしないで、今現在まで至っている。
…実際、やってみれば分かるのだけれど、漫画の解説のために興味のない本を読むというのは苦行で、ちょっと普通では考えられない程にその作業はやる気が出ない。
アレクサンドロスの解説を書く作業や、『英雄伝』のアレクサンドロスの話をスキャンして公開することから逃げているのではなくて、『王妃オリュンピアス』を読むことから逃げています…。
それやって僕に得はないし~みたいなぁ~。(©biim兄貴)
なんというか、正妻と側室云々が『王妃オリュンピアス』由来だって分かった時点で色々満たされてそれ以上何にもしようとは思えない。
まぁ色々仕方ないね…。
というか、解説記事を書いた結果、アフタヌーンに『ヒストリエ』が掲載されるたびに、僕が書いた内容が間違っているのではないかと怯えるようになって、アフタヌーンの『ヒストリエ』が掲載されるたびに心拍数が上がっているし、読む直前には変な汗をかいている。
2か月後にまた『ヒストリエ』が掲載されれば、この記事の内容が間違っていると分かるかもしれなくて、この記事を公開した時点で次にアフタヌーンで掲載される『ヒストリエ』を読む際には、心拍数を上昇させながら変な汗をかくということは宿命づけられている。
何をどう考えてもこのようなものを公開することに性向が向いてないんだよなぁ…。
だから新しく記事を作るのはあんまり…。
まぁどうしようもないね。
という感じのアルケノルのおっさんについての記事。
努力はしたけれど、どうしようもありませんでした…。
では。
・追記
英語版のヘロドトスの『歴史』を確認してアルケノルのスペルを見てみたら、"Alcenor"と書かれていた。
当然、この"Alcenor"でも同じように調べたのだけれど、何も出てこなかった。
ていうか、Alcenorで調べようとしたら検索履歴に「Alcenor macedonia」と、「alcenor lesvos」いうものが残っていて、検証段階の僕はAlcenorで調べていたらしい。
どうやってそのスペルに辿り着いたんですかね…?(自問)
ちなみに、英語版の『歴史』を確かめると言っても、既にお手元の日本語訳の『歴史』でアルケノルが1巻の82節で登場するということは把握できているので、作業としては英訳の『歴史』をネット上で探して、1巻の82節の翻訳を見るだけだから、大したことはしていない。
そもそも、当初の予定では日本語訳の『歴史』でアルケノルが何処で登場しているかを確認して、確認した箇所の『歴史』の英語訳を見てアルケノルのスペルを拾う予定だったのが、松平千秋訳の『歴史』にスペルが載っていたからその作業は省かれただけで、なんというか、当初予定していた行動をしたというだけですね…。
ちなみに、ギリシア語だとἈλκήνωρだそうです。
・追記2
後日、『ヒストリエ』のフィリッポス関係の描写の由来になっている『地中海世界史』の索引を調べたけれど、これにもアルケノルという人物は出てこなかった。
やっぱり、岩明先生のオリキャラなんですかね…?
他の日にἈλκήνωρで調べてギリシア語のサイトも検証したけど、やはりそれらしき情報にはたどりつけなかったし。
・追記3
ブックオフに置いてあった、クルティウス・ルフスの『アレクサンドロス大王伝』の索引を見てみたけれど、アルケノルの記述はありませんでした。
・追記4
この話は他の記事にも書いたのだけれど、アルケノルは12巻収録分でアリストテレスとともに胸を刺されたフィリッポスの治療をしている。
それに際して、電光だけあって音のない雷が発生して、それを見てアリストテレスが「今日はゼウスは留守のようですな」と言う場面がある。
それに関して、どうやらこれをオカルト的な描写というか、超自然的な何かが起きたと誤解している人が複数人居た様子が見て取れた。
ただ、これに関しては全然オカルト的な描写ではなくて、雷があっても光だけあって音はないというのは実際に起きる自然現象で、僕は実際にそれを見たことがある。
加えて、古代ギリシアでは雷はゼウスが太鼓を鳴らしているから発生しているという話があって、その話をしているという理解で良いと思う。
人体を弄るということが禁忌であるという話は『ヒストリエ』作中でもされていて、けれども、雷の音が聞こえないということはゼウスが不在で、つまりは神の禁忌に触れるような振る舞い、死者蘇生に近いことをしたところで、ゼウスがそれを見ていないから問題はないということをアリストテレスは言っていると僕は判断している。
その辺りについては同じ話を違う記事でもしたけれども、12巻が発売されればアルケノルについて検索する人も出てくるはずで、そういう場合にこの情報はこの記事にあった方が良いと思って追記しました。
・追記5
この記事を書くために画像を引用してて思ったけれど、バルシネがアルケノルを見て可能性として挙げているテオフラストスってのは『植物誌』のテオプラストスの事なんだな。
(岩明均『ヒストリエ』4巻p.185)
テオプラストスの著作は殆どが散逸してしまったけれども、『植物誌』などは残っていて、日本語で翻訳も出ている。
テオプラストスはアリストテレスの同僚にして友人で、アリストテレスの作った学園であるリュケイオンのアリストテレスの次の学長でもある。
僕はテオプラストスについては『人さまざま』しか読んでいないから良く分からないけれど、どうやら『ヒストリエ』のテオフラストスはテオプラストスの事らしい。
彼の『人さまざま』は岩波文庫で翻訳されていて、時々100円で売っているから、僕は買って読んだけれど、ナニモイウコトハナイというような内容だった。
…『人さまざま』、Amazonで見てみたら最低価格が2000円を越えてるのはなんでなんですかね…。
それはそうと、僕はテオプラストスは"プ"で覚えていて、そうじゃなくても普通彼のことはテオプラストスと言って、西洋古典叢書でも著者名は"テオプラストス"になっている一方で、岩明先生は"テオフラストス"にしている。
(同上p.185)
この記事を作るためにAmazonで彼の著書を色々見ていたら、岩波の古い版の『人さまざま』では"テオフラストス"になっていて、おそらく、岩明先生はこの岩波の旧版を持っていて、それを読んでいるから、『ヒストリエ』では"フ"になっているのだと思う。
まぁ以前の記事で散々に示したように、岩明先生は岩波文庫で古代ギリシアの本をたくさん読んでいるし、『人さまざま』は100ページちょいですぐ読めるから、実際読んでいるのだと思う。
これ読んで気になった人は日本の古本屋というサイトで一冊400~500円でこれを書いている現在売っているのを確認しているので、読んでみるといいかもしれない。(参考:日本の古本屋)
本来的にこの追記の文章はこの記事の比較的上の方、具体的には『ヒストリエ』の4巻の画像の引用の直後にあったのだけれど、読む人の利便を考えて、カット&ペーストして最後尾に持ってきた。
読み直して、アルケノルについて知りたくてググった人には不親切な書き方だなと思ってそう修正した。
というか、Googleで「ヒストリエ アルケノル」でググったときに検出されるようになることはあまり想定しておらず、このサイトを違う用事で訪れた人がそのまま流れで読む想定で書いてしまった。
まぁ結論として何も分かりませんでしたって記事を修正してどうするんだとは思うけれど。