長期の抗精神病薬投与による嚥下障害について
今回は抗精神病薬による副作用の話。
統合失調症の入院患者さんへ長期にわたり抗精神病薬を投与していると、さまざまな副作用が生じうるが、その1つに嚥下障害がある。これは頻度的には稀な副作用である。
うまく嚥下できないため誤嚥性肺炎を起こしやすい。看護者が無理に食べさせたり、本人の自由にさせると、肺炎を繰り返すため、むしろ食事を摂らせない方が良いと思うようになる。
その理由は、高齢者が頻回に肺炎を起こすと次第に衰弱し死に至るからである。
このような際には、仕方なく経管栄養を行うが、一見、嚥下障害の原因がはっきりしないため、周囲の者は抗精神病薬が原因とは思わない。
これらは、食道のジスキネジアないしジストニアが原因である。(抗精神病薬由来)
食道は上部3分の1はヒトが随意に動かせる。ここに分布する筋肉が随意に動かせるため、飲み込みに失敗した時に自力で吐き出せる。
解剖学的に食道上部3分の1は随意筋かつ横紋筋である。食道は下に行くほど平滑筋が多くなり、これらはヒトが随意に動かせない。
横紋筋はほとんど全て随意筋(ヒトの意思で動かせる)だが、唯一の例外は心筋である。これはヒトが自力で止めたりできない。心筋は骨格筋と同じ横紋筋ながら自由にできない筋肉である。
抗精神病薬の副作用のセオリーとして、ジスキネジアやジストニアなどの長期のドパミン遮断作用により引き起こされる不随意運動は、横紋筋のような随意筋にしか生じない。
言い換えると、自分の意思で動かせる筋肉にしか生じないのである。
食道の上部3分の1の横紋筋に不随意運動が生じると、うまく飲み込めず、吐き出すことも容易でなくなる。即ち慢性的な嚥下障害に至るのである。
問題はここからである。この事態を収拾させるのはけっこう難しい。その理由は、対象者が退院させることもできないほど精神症状が悪い統合失調症の患者さんであること。
このような人たちは、薬を中断すると大変な事態が生じかねない。
高齢者は、さほど表面的に副作用が目立たない場合、旧来の定型抗精神病薬が使われていたとしても、大量でなければ積極的に非定型抗精神病薬には切り替えない医師が多い。自分もそうである。
定型抗精神病薬を非定型抗精神病薬に切り替えることは賦活的な要素が強く、その年齢で賦活を契機に精神病が破たんした場合、そのまま重い荒廃状態に至りかねない。高齢者は怪我が治りにくいように、精神面の混乱も収拾が難しい。特に男性は要注意である。
もう少し高齢でなければ、ECTを併用しつつ抗精神病薬を中断し、ドラッグフリーの期間を設けることが最も素晴らしい手法だと思う。その理由はもともとECTは、食道のジスキネジアないしジストニアに非常に有効だからである。この方法が最も治療期間が短縮できる。すべてが積極的な対処だからだと思う。
しかし年齢が行き過ぎると、ECTも実施し辛くなる。こうなると平凡に考える範囲では打つ手があまりない。
漢方で乗り切る方法はどうかと思う人がいるかもしれない。例えば抑肝散などである。だいたい、抗精神病薬を抑肝散で代替できるくらいなら、その人はそうなっていないと思う。(精神科病院への数十年間の入院)
一般的に重いジスキネジアもジストニアも抗精神病薬を完全に切り、1~2年くらい様子を観ていると次第に症状が軽くなり、ほぼ~完全に消失するのも稀ではない。ただ、これが容易ではないだけである。抗精神病薬を中断した期間、次第に荒廃が進行する。(本来の精神病が重篤化すると言う意味)。
比較的EPSが生じないタイプの薬にに切り替え、リボトリールや筋弛緩薬系薬物、あるいはビタミンE投与していると、数年経つと良くなる人がいる。つまり時間がかかるが、次第に食道の重いジスキネジア~ジストニアが改善するのである。これは確率がかなり下がる消極的な手法と言える。
このタイプの副作用が軽快すると、数年間、経口摂取できなかった患者さんが普通に食事を摂れるようになる。不思議な光景だが、一応、なぜ良くなったかが明快に説明できる。
実のところ、セロクエルはプラセボとEPSの副作用の有意差がないなどと言われるが、いったん起こってしまったジスキネジアやジストニアを生じた人たちには、セロクエルでさえ重い。つまり、セロクエルも改善にブレーキをかける。
しかし、上記以外の魔法のような手法もある。これは、ミノマイシンを投与して乗り切る方法である。ミノマイシンは重い精神病の人にも温和な抗精神病作用があるが、EPSが生じない。
従ってECTが難しい人で、ミノマイシンが効く人なら、ミノマイシン200㎎でも対処できる。人によると100㎎でも良い人がいるが、あまり効かない人もいる。
ミノマイシン200㎎程度で効果が不足する人には、仕方なくデパケンRなどを併用処方する。デパケンRは鎮静的な気分安定化薬なので、使わないよりは看護しやすい。
ミノマイシンが効けば、抗精神病薬フリーの状況が作れるわけで、食道の不随意運動の改善には理想的である。ミノマイシンは中毒疹を生じる人がおり、この場合は継続できない。
ミノマイシンは非定型抗精神病薬の効き方に似ている。作用点が不明だが、総合的には鎮静作用は不足しているように見える。ごく稀に、いかなる非定型抗精神病薬より効いていると思える人がいる。(病棟ナースが驚愕するレベル。ここが非定型が奏功した印象に似ている)
ある時、初診の統合失調症ではないまだ若い女性が、3年間以上ミノマイシン200㎎を皮膚科から投与されているのを診た。精神疾患の病状推移を考慮すると、ミノマイシンが効いているとしか思えなかった。
彼女は既に寛解状態にあり、また統合失調症でもないので、漸減中止することをこちらから提案した。ところが、彼女は最初の1年程、理由がわからないが、頑としてやめようとしなかった。
結局、転院後、更に1年間くらい服薬し続け中止したところ、皮膚も含め何も困ったことは生じなかった。本人によるとわずかに離脱が生じたらしいが、いかなる離脱症状だったか、軽微だったため覚えていない。
ミノマイシンは実に謎の多い薬だと思う。
以下、5年くらい前に大学時代の友人の皮膚科ドクターにメールで質問したやり取りを掲載。
質問ですが、ミノマイシンをずっと継続して飲まないといけないような皮膚疾患がありますか?
ミノマイシンには精神科的に興味があるのですが、ある若い女性患者さんが皮膚科医に言われ、ずっとミノマイシンを飲んでいるようなのです。ミノマイシンは神経保護作用を持ち、どうも、精神科疾患にも治療的に働いているように思われます。宜しくお願いします。
○○市 kyupin
それに対する友人の返信。
お世話になります。おそらく、ニキビの患者にミノマイ50mgを継続して出しているのではと思います。ミノマイは少量で皮脂の分泌抑制や抗炎症作用があるおもしろい薬ですが、めまいや蕁麻疹などの副作用も多い、難しい薬です。
△△
参考
前立腺症の疼痛とミノマイシン
統合失調症の入院患者さんへ長期にわたり抗精神病薬を投与していると、さまざまな副作用が生じうるが、その1つに嚥下障害がある。これは頻度的には稀な副作用である。
うまく嚥下できないため誤嚥性肺炎を起こしやすい。看護者が無理に食べさせたり、本人の自由にさせると、肺炎を繰り返すため、むしろ食事を摂らせない方が良いと思うようになる。
その理由は、高齢者が頻回に肺炎を起こすと次第に衰弱し死に至るからである。
このような際には、仕方なく経管栄養を行うが、一見、嚥下障害の原因がはっきりしないため、周囲の者は抗精神病薬が原因とは思わない。
これらは、食道のジスキネジアないしジストニアが原因である。(抗精神病薬由来)
食道は上部3分の1はヒトが随意に動かせる。ここに分布する筋肉が随意に動かせるため、飲み込みに失敗した時に自力で吐き出せる。
解剖学的に食道上部3分の1は随意筋かつ横紋筋である。食道は下に行くほど平滑筋が多くなり、これらはヒトが随意に動かせない。
横紋筋はほとんど全て随意筋(ヒトの意思で動かせる)だが、唯一の例外は心筋である。これはヒトが自力で止めたりできない。心筋は骨格筋と同じ横紋筋ながら自由にできない筋肉である。
抗精神病薬の副作用のセオリーとして、ジスキネジアやジストニアなどの長期のドパミン遮断作用により引き起こされる不随意運動は、横紋筋のような随意筋にしか生じない。
言い換えると、自分の意思で動かせる筋肉にしか生じないのである。
食道の上部3分の1の横紋筋に不随意運動が生じると、うまく飲み込めず、吐き出すことも容易でなくなる。即ち慢性的な嚥下障害に至るのである。
問題はここからである。この事態を収拾させるのはけっこう難しい。その理由は、対象者が退院させることもできないほど精神症状が悪い統合失調症の患者さんであること。
このような人たちは、薬を中断すると大変な事態が生じかねない。
高齢者は、さほど表面的に副作用が目立たない場合、旧来の定型抗精神病薬が使われていたとしても、大量でなければ積極的に非定型抗精神病薬には切り替えない医師が多い。自分もそうである。
定型抗精神病薬を非定型抗精神病薬に切り替えることは賦活的な要素が強く、その年齢で賦活を契機に精神病が破たんした場合、そのまま重い荒廃状態に至りかねない。高齢者は怪我が治りにくいように、精神面の混乱も収拾が難しい。特に男性は要注意である。
もう少し高齢でなければ、ECTを併用しつつ抗精神病薬を中断し、ドラッグフリーの期間を設けることが最も素晴らしい手法だと思う。その理由はもともとECTは、食道のジスキネジアないしジストニアに非常に有効だからである。この方法が最も治療期間が短縮できる。すべてが積極的な対処だからだと思う。
しかし年齢が行き過ぎると、ECTも実施し辛くなる。こうなると平凡に考える範囲では打つ手があまりない。
漢方で乗り切る方法はどうかと思う人がいるかもしれない。例えば抑肝散などである。だいたい、抗精神病薬を抑肝散で代替できるくらいなら、その人はそうなっていないと思う。(精神科病院への数十年間の入院)
一般的に重いジスキネジアもジストニアも抗精神病薬を完全に切り、1~2年くらい様子を観ていると次第に症状が軽くなり、ほぼ~完全に消失するのも稀ではない。ただ、これが容易ではないだけである。抗精神病薬を中断した期間、次第に荒廃が進行する。(本来の精神病が重篤化すると言う意味)。
比較的EPSが生じないタイプの薬にに切り替え、リボトリールや筋弛緩薬系薬物、あるいはビタミンE投与していると、数年経つと良くなる人がいる。つまり時間がかかるが、次第に食道の重いジスキネジア~ジストニアが改善するのである。これは確率がかなり下がる消極的な手法と言える。
このタイプの副作用が軽快すると、数年間、経口摂取できなかった患者さんが普通に食事を摂れるようになる。不思議な光景だが、一応、なぜ良くなったかが明快に説明できる。
実のところ、セロクエルはプラセボとEPSの副作用の有意差がないなどと言われるが、いったん起こってしまったジスキネジアやジストニアを生じた人たちには、セロクエルでさえ重い。つまり、セロクエルも改善にブレーキをかける。
しかし、上記以外の魔法のような手法もある。これは、ミノマイシンを投与して乗り切る方法である。ミノマイシンは重い精神病の人にも温和な抗精神病作用があるが、EPSが生じない。
従ってECTが難しい人で、ミノマイシンが効く人なら、ミノマイシン200㎎でも対処できる。人によると100㎎でも良い人がいるが、あまり効かない人もいる。
ミノマイシン200㎎程度で効果が不足する人には、仕方なくデパケンRなどを併用処方する。デパケンRは鎮静的な気分安定化薬なので、使わないよりは看護しやすい。
ミノマイシンが効けば、抗精神病薬フリーの状況が作れるわけで、食道の不随意運動の改善には理想的である。ミノマイシンは中毒疹を生じる人がおり、この場合は継続できない。
ミノマイシンは非定型抗精神病薬の効き方に似ている。作用点が不明だが、総合的には鎮静作用は不足しているように見える。ごく稀に、いかなる非定型抗精神病薬より効いていると思える人がいる。(病棟ナースが驚愕するレベル。ここが非定型が奏功した印象に似ている)
ある時、初診の統合失調症ではないまだ若い女性が、3年間以上ミノマイシン200㎎を皮膚科から投与されているのを診た。精神疾患の病状推移を考慮すると、ミノマイシンが効いているとしか思えなかった。
彼女は既に寛解状態にあり、また統合失調症でもないので、漸減中止することをこちらから提案した。ところが、彼女は最初の1年程、理由がわからないが、頑としてやめようとしなかった。
結局、転院後、更に1年間くらい服薬し続け中止したところ、皮膚も含め何も困ったことは生じなかった。本人によるとわずかに離脱が生じたらしいが、いかなる離脱症状だったか、軽微だったため覚えていない。
ミノマイシンは実に謎の多い薬だと思う。
以下、5年くらい前に大学時代の友人の皮膚科ドクターにメールで質問したやり取りを掲載。
質問ですが、ミノマイシンをずっと継続して飲まないといけないような皮膚疾患がありますか?
ミノマイシンには精神科的に興味があるのですが、ある若い女性患者さんが皮膚科医に言われ、ずっとミノマイシンを飲んでいるようなのです。ミノマイシンは神経保護作用を持ち、どうも、精神科疾患にも治療的に働いているように思われます。宜しくお願いします。
○○市 kyupin
それに対する友人の返信。
お世話になります。おそらく、ニキビの患者にミノマイ50mgを継続して出しているのではと思います。ミノマイは少量で皮脂の分泌抑制や抗炎症作用があるおもしろい薬ですが、めまいや蕁麻疹などの副作用も多い、難しい薬です。
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参考
前立腺症の疼痛とミノマイシン