「脈速いと短命」は本当? 一生の心拍数「23億回」説
適切なのは1分間70回前後 自律神経の乱れが影響
昔から脈が速い。走ったり緊張したり
していなくても、心拍(脈拍)数が
1分間に90回前後ある。
それでも毎年の健康診断で心電図の
異常を指摘されたことはない。
脈が速いと長生きできないと聞いたこと
がある。大丈夫だろうか。
1992年に出版されベストセラーになった
『ゾウの時間ネズミの時間』(中公新書)。
筆者の本川達雄氏は、のんびり生きても、
せかせか生きても、哺乳(ほにゅう)類は
心臓が一定数打つと一生を終えると説いた。
生物学者の間では「15億回」が定説だ。
「人間にも同じことがあてはまる」。
東邦ガス診療所(名古屋市)の林博史
所長はこう言い切る。
心臓の消費エネルギー量はおおむね
決まっているとみており、心拍が速いと
劣化が進み、寿命が短くなるという。
血圧が正常でも…
名古屋大病院に在籍中、心筋梗塞(こうそく)
の患者をたくさん診てきた。
一命を取り留めた場合、何が予後を左右する
のかに興味を持ち調べたところ、心拍数に
たどり着いた。
いつまでも脈が速い人は、回復に時間が
かかった。
時間生物学の概念を取り入れ、哺乳類ごとの
体重や心拍数、心周期(1心拍にかかる時間)
と寿命との関係を分析し、人間が一生の間に打つ心拍数は「23億回」とはじき出した。
1分間脈を測り、その数で割れば、寿命(分)がわかる。心拍数が60回で約73年、
70回で約63年、80回で約55年になる。
脈が速いと死亡リスクが高くなるとの研究報告が国内外にいくつもある。
東北大学の研究グループは2004年、岩手県大迫町(現在は花巻市)の追跡調査で、
血圧が正常でも心拍数が1分間に70回以上の人はそうでない人よりも心臓病による
死亡リスクが約2倍になる、と公表した。
米国の高血圧患者約4500人を36年間追跡した調査では、心拍数の増加に伴い
心臓病死する割合が高くなった。
心拍数の減少で様々な病気による死亡率が減るというイタリアの報告もある。
ただ、心臓病の専門医の間では、人間の一生の心拍数に決まった限界があるとの
考えに否定的な意見が多い。
心拍数の増減は自律神経に左右されており、一部の不整脈のように心臓自体に
問題があることは少ないからだ。
人間の心臓は1分間に60~80回の収縮・拡張を繰り返し、体全身に血液を送り届けている。
右心房にある洞結節で電気信号が作られ、ペースメーカーとなって規則正しく拍動する。
この洞結節を制御するのが自律神経。運動やストレス、緊張で交感神経が優位になると、
どんどん電気信号が作られ、脈拍が上がる。逆にリラックスして副交感神経が優位だと、
脈拍が下がる。
生活習慣病に注意
国際医療福祉大学三田病院の小川聡病院長は、脈拍を速くする主な要因として
(1)喫煙(2)肥満(3)高血圧(4)糖尿病――をあげる。
「いずれも自律神経のバランスを崩しやすい。脈が速いから短命になるのではなく、
速い人は生活習慣病を抱えているケースが多く、結果的に死亡リスクが上がるのだろう」と
解説する。
東京都済生会中央病院の三田村秀雄心臓病臨床研究センター長も
「心拍数は1分間70回前後が適切だが、何年も前から速い、遅いのであれば、
それほど深刻に考える必要はない。
むしろ脈は健康状態をみるマーカー。安静時でも急に速くなった状態が続くようだと、
体に異変が起きているかもしれない」という。
でもやはり気になる。心拍数が1分間90回だと寿命は49年。記者は今、45歳。どうすれば、
心拍数を下げられるのか。林所長に聞いてみた。
「毎日、分速80メートルの早歩きを最低20分続ける。3~4カ月たつと、脈拍数は5~10減る。
マラソン選手のように心臓が鍛えられるわけではないが、自律神経の過剰反応は抑えられる」と
助言する。
心拍数と寿命との関係には半信半疑だが、早歩きが健康にいいのは間違いなさそう。
明日から実践してみるか。
(編集委員 矢野寿彦) 【日経新聞】