地下空間の存在によって広く世間に知られるようになった豊洲市場の地下水の問題ですが[過去記事]、その地下水位を制御する地下水管理システムが2016年10月14日から24時間稼働の自動運転を開始したようです[おときた駿議員:ひらけ、東京!!]。
さて、地下水管理システムの運用が開始されたものの、10月14日から数日間にわたっての地下水位低下速度は小さく、早くも地下水管理システムの実力を強く疑問視する報道がありました。
[TBS: 豊洲市場の地下水管理システム稼働も大半の地点で水位下がらず]
[NHK: 豊洲市場 システム稼働後も地下の水位は下がらず]
基本的に地下水位というものは、時間変動と空間変動をもつ変量であり、一定の時間に一定の空間に存在する地下水の量によって変化します。この地下水の量は、地下に入ってくる水の量である【流入量 inflow】と出ていく水の量である【流出量 outflow】の収支によって決まります。遮水壁で囲まれた敷地内に河川が存在せず周辺の海よりも地下水位が高い豊洲市場の場合には、流入する水は基本的に雨水のみであり、流出する水は下方の低透水層(「不透水層」と呼ばれています)から海に向かう浸透水と地下水管理システムによって揚水される水です。
この水収支がプラスの場合には地下水位は上昇し、マイナスの場合には地下水位は下降することになります。現在の地下水位は概ねA.P.4.5m~2.5m程度の高い位置にあり、これを揚水によって管理水位のA.P.1.8mまで下げることが当面の課題となっています。
豊洲市場の地下の水理構造と水理環境は比較的単純であるものの、埋め立て地盤の透水特性の不均質性や下部の低透水層における水みちの存在の可能性など実際のモニタリングを開始しないと完全には把握できない不確定要素が存在します。具体的には、(1)降水量と涵養量(かんようりょう)の関係(降水の一部が涵養として地下に浸透する)、(2)盛土部分の涵養水の浸透速度(盛土部分のマクロな不飽和透水係数)、(3)海水面のフラクチュエーションに伴う流出量の変化です。これらの値は事前の調査・試験によって概ね把握されていますが、最終的には、モニタリングによって確認することが重要です。
このような地下水位の時空間変動に与えるコントロール・ファクターの影響は多地点における経時的な観測結果から得ることができます。その重要なデータとなるのが、現在東京都が公開している地下水位測定結果です。
[豊洲市場の地下水位について]
この情報を分析することで地下水管理システムの最低限の実力を概ね把握することができます。そこで、地下水管理システムが本格稼働する前の10月3日から10月14日までの期間において、日々の地下水変動を地球統計学的手法を用いて推定し、ブログにアップしてきました。
[豊洲市場の地下水位と水位変動の推定マップ(2016/10/03-14)]
その結果、マニュアル操作のオペレーションによって一定の速度(少なくとも5.5cm/day ≒ 450cm/8稼働日)で地下水位を低下させることができることが証明されました。ただし、地下水位管理システムの自動制御が始まるとともに、地下水位低下のパフォーマンスは減少し、ほぼ横ばいの状態にあります。
地下水位の推定マップ
地下水位変動の推定マップ
10月14日以降に水位低下のパフォーマンスが減少した理由としてはいくつかのことが考えられます。例えば、9月初旬の降水の時間遅れを伴う飽和帯への涵養による地下水流入量の一次的な増大、大潮による低透水層からの地下水流出量の一時的な低下などの可能性があります。しかしながら、最も可能性が高いと考えられるのが、自動制御時の揚水量の低下です。つまり、現在の自動制御の設定値はマニュアル操作時よりも小さく(揚水量が少なく)、それに伴って地下水位低下速度が減少したと考えるものです。この点は明らかではなく、都民の不安を払拭する意味でも、東京都は日々の区間揚水量についても開示すべきであると考えます。
但し、この10月14日以降のパフォーマンスのみを取り上げて、一部マスメディアが地下水管理システムを強く疑問視したことには大いに問題があると言えます。なぜならば、自動制御の設定値をマニュアル操作時と同様の設定にすれば、本格稼働前と同様のパフォーマンスが得られる可能性が高いからです。現在東京都がどのような意図をもってオペレーションを行っているのかは不明ですが、本来、マスメディアが伝えるべきなのは、(1)10/3の水位、(2)10/20の水位、(3)10/3~10/20の期間における地下水位の低下実績であったものと考えられます。
マニュアル操作時のパフォーマンスを完全に無視した非論理的な一部マスメディアの報道は、見識がないか、悪意があるかのいずれかであると考えられます。
ところで、上掲の各マップを見ると地下水挙動の傾向についてわかることがあります。
まず10月3日の地下水位の推定マップを見ると、10月3日時点で水位が高かった箇所は基本的に建屋以外の場所であり、建屋下部においては周辺に比べて概ね水位が低いと言えます。このことから、建屋下部において地下空間に地下水が流出したため地下水圧が低下していることが確認できます。
一方、10月3日から10月20日の間の地下水位の変動マップを見ると、地下水位低下が大きかった箇所はやはり建屋以外の場所であると言えます。これは、揚水によってまずは地下水位が高い箇所の水が選択的に抜かれたものと考えられます。したがって、周辺と比較して低い水位となっている地下空間内のたまり水がなくなるには、当然のことながら周辺の水位が地下空間の底面よりも低くなることが必要であると考えられます。
ちなみに、地下水位の基本統計量である平均と標準偏差の推移は次の通りです。
この図から、地下水位の平均が確実に減少していると同時に、地下水位の標準偏差も減少しているのがわかります。これは地下水位の高い場所と低い場所のばらつきが減少して平滑化されたことを意味します。今後とも平均値の推移とともに標準偏差の推移を注視していくことが重要であると考えます。
なお、繰り返しになりますが、東京都による地下水位の情報公開は有意義である一方、不完全であると言えます。公開された情報から地下水位の挙動を把握することはできますが、日々のオペレーションにおける区間揚水量を公開していないため、地下水管理システムの有効性を完全に論証することはできません。都民の不安を払拭するためにも東京都は区間揚水量も公開すべきであると考えます。
また、土日における測定結果が欠如しているのも非常に残念です。システムが24時間稼働しているのであれば、地下水位データも自動計測で確認されているはずです。ミッシングデータは時系列解析において深刻な障害であり、コントロールファクターの影響の正確な把握が困難となります。少なくとも地下水位データの他に揚水量がわかれば、気象庁公表の気象データ(降雨量・気圧・潮汐など)と併せて、その挙動を【多変量自己回帰過程 multivariate auto-regression process】としてとらえることができ、高精度にコントローリングファクターの寄与度を明らかにして地下水挙動を事前予測する解析が可能となります(参考:前ブログ記事[今夏の電力消費量を分析する] [関西電力の電力消費量を予測する])。
いずれにしても、豊洲市場の風評被害を払拭するためにも、都民に対して最低限の基本情報を公開すると同時にオペレーションのストラテジーを公表すべきであると考えます。ちなみにダムや河川では管理情報を積極的にインターネット開示しています。
それにしても
東京都のおときた駿議員は、今回の豊洲問題の風評被害を払拭するために重要な仕事をされていますね。
[傾いていなかった豊洲新市場の「疑惑の柱」。悪質なデマには、デマと丁寧に反証することが必要]
[風評被害を巻き起こし、「安全だけどイメージが悪くて無理!(ニヤリ)」なんて『やったもん勝ち』は許されない]
[豊洲新市場(地下たまり水)と築地市場(濾過海水)、独自調査では双方から環境基準値を超える汚染物質]
私が強調したいのは、おときた駿議員が予断を持たずに客観的事実を誠実に明らかにしようとするスタンスであり、【帰納的アプローチ inductive reasoning】により各種ハザードの生起に関わる【蓋然性 probability】をしっかりと論理立てて検証していることです。このような検証は都民にとって大きな利益があると考える次第です。
一見単純に見える自然現象であっても、私たちはその現象が発生することや発生しないことを確実に予測することはできません。それは、この世の中にピュアな自然現象というものはなく、何かしらの不確定要因を包含していること、ならびに現象発生の原理自体を完全に解明できていないことが普通であるからです。このような場合に私達は演繹的アプローチを諦めて帰納的アプローチをもって現象を解釈して予測することになります。
ただし、帰納的アプローチでは、解の不確定性を完全に払拭することができないため、問題となる事象の生起確率がどんなに低くても【ゼロリスク zero-risk】を求める価値観を持った人物を説得することは絶対に不可能です。説得はゼロリスクの価値観をもたない人物にのみ可能であると言えます。
ここで、今回の豊洲の地下水問題は、このゼロリスクを要求する共産党やワイドショーを中心とする一部マスメディアによって製造されたものと言えます。なぜ、共産党や一部マスメディアがゼロリスクを強調するかと言えば、明確な【外発的動機 extrinsic motivation】があるからです。これまでに何度も記事で書いてきたように、一部政治家や一部マスメディアが多用する安易なメソドロジーとして【悪魔化 demonization】という手法があります。これは、あらゆる問題の原因が、問題に関係する人物の【論理 logic】ではなく【倫理 ethics】に起因するとして、その人物を悪魔化して自論に導き、利益を得ようとするものです。例えば、今回の共産党の場合には、政敵を追及する姿勢を有権者に見せることで支持者を増やすことがそのモティヴェーションの根幹であり、マスメディアの場合には、倫理を追及することで情報弱者を心理操作して視聴率を増やすことがそのモティヴェーションの根幹であると言えます[男性フリーアナで一人勝ち? 大御所に匹敵する羽鳥慎一アナの安心感]。
しかしながら、一般の都民の多くがゼロリスクを求めているかと言えば、そうでないことは自明です。外に出れば隕石が頭にあたることによる死亡リスクは存在しますし、街を歩いていれば車にひかれたり、車の廃棄ガスを吸うことによる死亡リスクや病気リスクも存在します。それでも私達が外出して街を歩くのかと言えば、そのようなリスクを許容しているからに過ぎません。
これまでも機会あるごとに説明を繰り返してきましたが、【リスク risk】というのは、【ハザード hazard】がもたらす【損害 damage】にハザードの【発生確率 probability】を乗じたものです。今回の豊洲市場の土壌汚染問題における健康リスクとは、汚染物質が地上まで到達して接触した場合の健康被害に汚染物質が地上まで到達して接触して健康被害を受ける確率を乗じたものです。
そして、現在豊洲の問題において報告されている事実は何かと言えば、一生飲み続けて問題が生じる可能性もあるという環境基準をわずかに超えた汚染物質を含む地下水が、2年間に広い敷地内の200か所の地中モニタリングポイントの中で3か所だけ発見されたということです。これが地上に到達して、人間と何十年もの長い機関に接触して、健康に被害を与える確率がどれだけ小さいか考えれば、リスクがどれだけ小さいかわかるかと思います。
そのような限りなく小さなリスクを問題視して、6000億円もの費用がかかった事業を中止させようとする極めてアブノーマルな議論が真剣に行われているのは、少なくとも私の価値観では信じられないことです(笑)。もしもベンゼンによる健康リスクを問題視するのであれば、ベンゼンを普通に排出しているディーゼル車が低速走行(ベンゼン量が飛躍的に大きくなる)で市場の駐車場に侵入して停止することを問題視すべきであり、そもそも魚を採る漁船の大半がディーゼルエンジンを使用していることも問題視すべきです。
しかしながら、そんな蓋然性の大小に触れることなくハザードのシナリオも設定できないようなおバカな健康リスクが、ワイドショーの「道徳教育」によってもっともらしく増幅されているというのが現状であるといえます。これは非常に危険な倫理操作であると考えます。しかも、一部マスメディアは、風評被害を受けている当事者である市場関係者自身が東京都に対して怒りをぶつけるシーンをテレビで何度も放映し、風評被害をさらに増幅しています。そして、このようなおバカなショータイムによって不必要な対策費を払わされるのは東京都民に他なりません。
なお、一部マスメディアの偏向報道はかなりおバカなレベルまで達しています。例えば、おときた駿議員が築地市場内で用いられている濾過海水から環境基準値の3.7倍の鉛が検出されたことを発表しても、一部マスメディアは一切問題視せずにまったく取り上げていません。もちろん、実際問題として、このことを問題視しないこと自体は帰納的な観点から論理に適っています。それは飲料水でもない濾過海水を市場の洗浄に使っても健康リスクは極めて小さいという蓋然性が極めて高いからです。
ここで私が大いに問題視したいのは、マスメディアの非論理的な【agenda setting アジェンダセッティング】です。健康にはまったく問題がないとはいえ、築地市場濾過水による健康リスクは、豊洲市場の健康リスクに比べれば明らかに高いと言えます。それはおときた議員も指摘しているように、築地の濾過水の方が人間と接触する確率が高いからです。豊洲のケースを延々と放送する価値観を持っているマスメディアが、健康リスクが豊洲よりも高い築地のケースを完全にスルーするというのは明確に放送倫理に違反する偏向報道であると言えます。
豊洲移転を問題視してきたマスメディアにとって、豊洲の地下水よりも健康リスクが高い築地の濾過水の存在はまさに不都合な真実であると言えます。情報認識にあたって、自説に不利な情報を無視する傾向は、典型的な【確証バイアス confirmation bias】として知られていますが、マスメディアは自説に不利な情報であるおときた議員の調査結果を意識的に無視しているものと考えられ、まさに【チェリー・ピッキング cherry picking / suppressed evidence】と呼ばれる典型的な【情報操作 information manipulation】を行っていることが容易に推察されます。
この観点から、おときた議員が示した築地と豊洲の比較検証結果は、風評被害の発信源であるマスメディアの報道スタンスがいい加減であることを顕在化する極めて重要な意味を持っていると考えられます。
もちろん、このようなマスメディアのいい加減なスタンスは今に始まったことではなく、過去から延々と続いてきたことです。例えば、今回の豊洲市場の風評被害の拡散にもっとも寄与した番組の一つと考えられる「羽鳥慎一のモーニングショー」の前番組の「モーニングバード」では、放送倫理に著しく欠けたハチャメチャなダブルスタンダードに基づく放送を行っています(参照[前ブログ記事] [動画])。他人の倫理観をヒステリックに批判していた人物が、実はその倫理観とまったく同一の倫理観を持っていたというめちゃくちゃおバカな事例です(笑)。
東京都は、地下水位を上昇させてしまった過失や情報公開における不手際という観点から適正に批判されるべきであると考えますが、悪魔化に基づく非論理的な批判は許容してはならないことは自明です。また、豊洲問題に関わる都の行政の執行者に対して犯人捜しをするのであれば、それ以上の損害を発生させていると考えられる「風評被害の犯人探し」も同時に行うべきであると私は考えます。「ゼロリスク」の議論で風評被害を与える人物の行動が、けっして「ゼロリスク」ではないということを認識させるべきであると考えます。