マネージャーは翻訳業である──LayerXあらたまさんインタビュー
会社組織の中でどう動くことが「良い仕事」なのか。
LayerX のエンジニアリングマネージャー、「あらたま」さんこと新多真琴さんにマネジメントや日々の仕事で意識していること、実践している勘所などをお聞きしました。
マネージャー職ではない人が読んでも学びのある内容になっていますので、ぜひ最後のまとめまでお読みいただければと思います。
あらたま(新多 真琴)
ソフトウェアエンジニアとしてキャリアをスタートし、前職では執行役員CTOを務めた。現在はLayerXにて「バクラク申請・経費精算」のEMを担いつつ、コミュニティ「EMゆるミートアップ」を運営中。
【Agendインタビュアー】 フジイユウジ
Agend編集長。
スタートアップや様々な事業の経営やグロースに携わる中で、事業を成長させるためのチームコミュニケーションに興味を持つようになり、仕事のコミュニケーションメディア「Agend」を立ち上げた。
行動指針をより良く使うための『行動指針アンチパターン』を考える。
あらたまさん、よろしくお願いします!
LayerXのエンジニアリングマネージャーとして、仕事のスタイルや気をつけていることをお話いただきたいです。
よろしくお願いします。
昨年LayerXに入社して、バクラク事業部の開発チームのひとつでマネージャーをやっています。
前職ではCTOという肩書きで開発部門全体を見ながらPM、デザイナー、エンジニアと一緒にモノづくりをやっていましたが、今みているのは私も入れてエンジニア数名のチームです。
LayerXは、事業もプロダクトも複数ありますよね。
そういうエンジニアリングマネージャーがいる単位のプロダクトチームってどのくらいあるんですか。
バクラク事業部だと、13チームぐらい?
チームのサイズをできるだけ小さくして、エンジニアリングマネージャーのピープルマネジメントや調整コストを小さくしているのが特徴的だと思います。
チームサイズを小さくしつつ高いスループットを出し続けるっていうことをやってみているという感じです。
LayerXにはメンバーの行動指針として『羅針盤』ってあるじゃないですか。
プロダクトチームだけでそれだけの数があって、社員数も300名を超えてどんどん急成長している中で、羅針盤が役に立っているな~って感じることはありますか?
実際、羅針盤があることで業務でめちゃくちゃ助けられていて。
「ボールを拾う人が偉い」と「全体最適を諦めない。常に横を見る」っていうふたつがお気に入りの羅針盤なんですけど。
お気に入りの羅針盤 (笑)
行動指針やバリューを定めている会社はたくさんあるけど、こんなふうに社員がニコニコしながら「実務で使ってます。あることで業務が回ってます。」って言えてる会社って、少ないんじゃないかなあ。
LayerX羅針盤
LayerXで働くメンバーの、行動や意思決定における方針をまとめたもの。 どういうスタンスや戦略のもと優先順位を決め、業務を推進していけばいいのかなどを記しています。 カルチャーは日々変わりゆくものなので、この「羅針盤」も半年に一度アップデートしています。
(LayerX公式サイトより引用)
例えば、羅針盤があることで他の部署に口を出していくことが推奨されるんですね。
なんかこう、隣のチームがうまくいってなさそうだなっていう時に「ハロー、 調子どう?」みたいに声かけにいくことのハードルがすごく低いなって感じます。
あらたまさんが公開されている『行動指針アンチパターン』ってスライドありますよね。
あれ拝見して、すごく良いなって思ったんですよ。
あれはもともと社内用に作ったスライドなんですけど、思いのほか社外からも反響があって驚きました。
たとえば、「率直に伝えよう」みたいな行動指針がある会社ってたくさんありますけど、斜に構えた意見を強めに言うために使われちゃうとネガティブな効果が出るじゃないですか。
そういうリアルな話が書かれていて、すごく良い内容だと思いました。
このスライドを社内で発表して、羅針盤をより良い使い方していこうって話せる雰囲気があるのも素晴らしいですね。
何かと何かが衝突する時って、マクロに見たら目指しているものは同じなのに、ミクロに見たら目線がズレている。
それによってコンフリクトしてるっていうことがほとんどだと思っていて。
なので、抽象化された目標で目線を合わせれば、解決できるのではないかとは思います。
まさに『行動指針アンチパターン』のスライドで書かれていたことですよね。
「行動指針に合ってるから、俺の言ってることは良いことなんだ」って正当化されちゃうと周りは黙ってしまう。
あらたまさんみたいなミドルマネージャーが「それって行動指針の良い使い方なんですっけ?」って目線を合わせしてくれるのは、会社にとって価値が大きいっすね……。
弱みを指摘するだけのフィードバックなら、しなくていい。
先ほどの『行動指針アンチパターン』がわかりやすい例になっていますが、行動指針の良くない使い方があったとしても、優しさとか前向きさを感じるようなフィードバックをされてますよね。
こういう相手にとって耳の痛い内容、ネガティブフィードバックを前向きに伝えるのって、とても難しいことなのに、あらたまさんはそれがすごく上手なんだと思います。
理想論から入りますが、私はネガティブフィードバックって存在しないと思ってるんですよ。
良い話も悪い話も含めてフィードバックじゃないですか。
うおおおお!!!!
フィードバックのなかのひとつでしかなくて、ネガティブフィードバックという特別なものが存在するわけではない!!!
人格を傷つける意図はないよと、行動や起きた事実に対して冷静に受け止められるような場作りをするとか、そういうちょっとした気遣いくらいはしますけど。
特別に身構えて話すみたいなことはやらないようにしてます。
その方が誰にとってもいいと思う。
その「ちょっとした気遣い」ができない人が多いから、それが世の中で普通レベルになると良いんだけど (笑)
こういうふうに自然体で話せるからこそ、相手も受け入れやすいってのはある気がしますね。
で、フィードバックって伝えて終わりじゃなくて、そこから返ってくる相手の反応も含めた、その全体をフィードバックと呼ぶと思うんですよね。
なので、先延ばしにして難しい状況になる前に話すほうが大事だと思っています。
なんというか、自然体でそこまでできるの、徳が高いというか、マネージャー力が高いというか……。
他にあらたまさんがLayerXのメンバーに対してフィードバックするときに気をつけていることはありますか?
弱みを指摘するだけのコミュニケーションは、しなくていいのかなと思っています。
これは私が昔やらかした話なんですが、突破力が強みの人に「慎重さも大事」とフィードバックをしていたら、その人は突き抜けた動きができなくなってしまったということがあって。
弱みを消そうとしたら、むしろ強みが活かせなくなってしまった。
弱みがあるからこそ強い部分で突き抜けることができるので、強みと弱みって表裏一体なんですよね。
私がやるべきなのはその人の強みを伸ばすことと、その人の弱みをチームでカバーするっていう動きだったんですよ。
個人に「弱点をどうにかしろ」と言うのではなく、その人の強みをチームとして活かしたほうが良いですもんね。
その体験から、個人の弱みと課題はわけて考えたほうが良いなって気づいて。
メンバーのマスタシートみたいなのを自分でつくってるんですけど、メンバーごとの振る舞いは弱みによるものなのか、課題によるものなのか書き留めています。
おお、それ面白い話ですね。
弱みと課題って、どう分けて扱ってるんですか?
その人が「目指したい、こうなりたい」と言っている未来と現在との姿にギャップがあるなら、それを課題としてとらえてフィードバックをしていますね。
必要な成長に対しての課題であれば解消を手伝う。
そうではない弱みなら指摘するよりも、その人の特徴としてとらえてチームでフォローすべきってことか。
この考え方は今日から実践できるから取り入れたいな~
メンバーの力を引き出すマネージャーのコミュニケーション。
個人の人格を傷つけないように丁寧に仕組みや結果の話をしていても、感情的にフィードバックを受け止めたり、勝手にダメージを受けちゃう人っていると思うんです。
フィードバックに対して過剰な防衛反応が出ちゃうような、そういう相手にはどうしてます?
そういう防御反応が強く出ちゃうメンバーがいたら、こちらから投げかけている「期待」が誤っているのかもって考えますね。
「こういう期待をしている」という思いに対して、本人もやりたいと言っているけれど実は乗り気ではないとか。
口では「こうなりたい」と言っているけれど本心では望んでいない、ってことは結構あると思うんです。
うわーー、マネジメントしてるとめっちゃありますね。
めっちゃある……
意識的に隠して言わない場合もあるけれど、実はメンバー側も無自覚に言ってることと本心がズレているパターンも多いですし。
一方的に「この期待に応えて」ってコミュニケーションをし続けることがないように、ズレがあることに早期に気づいて対応したいと思ってます。
メンバー本人がその仕事をしたい、できるようになりたいって思っていれば、難しい仕事にチャレンジする負荷がかかってることも面白いと思えたり、頑張る力になったりしますよね。
でも、「本心ではやりたいと思っていなかった」みたいな、ズレた状態で負荷かけたら辛いだけだから成果も出ない。
今じゃないなってことを頑張りたいって言っていたら、そこのズレも解消するようにしっかり話すみたいなことも意識してるかもしれません。
負荷のかけ方やタイミングをお互いすり合わせるっていうマネジメントのやるべき仕事をしっかり意識してるんですね。
部下に負荷かけるだけで、相手まかせにしちゃうマネージャーは多いけど、それはマネジメントの怠慢なんだなあって改めて認識しました……。
事業状況を鑑みて、この人に成長してもらわないと立ち行かないって状況なら
「ここに居続けてもらうためには、私はあなたにこれを期待し続けるしかない。ごめんだけど、それが嫌なら別の道を一緒に考えよう。」
みたいなことを言ってしまいますけどね。
事業にもメンバー個人のキャリアにも、両方にちゃんと責任をもってる。
「こういう人が自分の上司だったらうれしいだろうなー」って思わされるなー
あらたまさん、「ズレを早期に対応する」とか、難しいことをサラッと普通に話してるところに凄みがありますね (笑)
相手のことをしっかり考えるからこそ、ここでも先延ばしにして難しい状況になる前に話すというのは気をつけていますね。
あと、私がご機嫌でいることがチームがうまくいく要素のひとつになってると思うので、そこも大切に考えるかもしれません。
“どう受け止められてもいいように” と “あなたが見えている景色を教えて!”。
他部門だとか経営層とのコミュニケーションで気をつけていることって何かありますか?
できるだけ持っている情報を出すというのは意識してるかもしれません。
おー、たくさん情報を出す。
経営層とか他部門に誤解されたくないから、情報を出すのを制限するマネージャーも多いと思いますけど。
できるだけ、どう受け止められてもいいように色々な切り口でまとめておくとか、事実と感情を分けて伝えるとかはしていますね。
相手との認識のギャップを埋めるような情報の出し方とか問いかけをすることが多いですかねえ。
「どう受け止められてもいいように」ってのを意識してるのは、すごく仕事できる人って感じだ~
あとは、私はともかく広く情報を欲しいので、「あなたの見えている景色を教えて!!」みたいなことを言います。
プロダクトチームだからといってプロダクト関連の情報だけしか入ってこないと全体が見えなくなるから、自分たちからは見えていないことを見ている人に教えてくださいってコミュニケーションをよく取りますね。
コミュニケーションのトーンが安定しているというか、徹底的に穏やかですよね……
うーん、時には牙を剥くこともありますよ (笑)
自分の物差しでしか物事を見ようとしないとか、頭ごなしに否定するみたいな人がいたら、「事業を成長させるにも色々なアプローチがあると思うので、自分とは違う物差しも見てください」と言っちゃいます。
牙を剥くこともあるんだ (笑)
あらたまさんってネガティブなことも穏やかに話すから、相手も「それはそうですね」って受け入れやすそうに感じます。
さっきの「ネガティブフィードバックは特別なものではない」にも通じる話ですけど、難しく考えすぎないで対話する姿勢が良いんでしょうね。
マネージャーは翻訳業。組織のタテ、ヨコ、ナナメ、それぞれの相手に通じる言葉で。
マネージャーが一番やらなきゃいけない仕事って対話だと思っているんですよね。
メンバーとも、ステークホルダーとも対話。
わかるーー。
チームで成果を出すことに責任を負ってるからこそ、対話というプロセスを一番やらなきゃいけないって考えるわけですよね。
マネジメントとはつまるところ翻訳業であるみたいなことを先日イベントでしゃべったんです。
私もまだまだできているとは言えないなと思ってはいるんですが……
例えば、経営陣が考えていることをチームメンバーが納得する言葉に翻訳して伝える。評価の結果を相手の言葉に変換して伝える。チームの状況を経営陣が納得する言葉に翻訳して伝える。
マネジメントとは翻訳業!
この考え方がもっと広まると良いな~
組織のタテ、ヨコ、ナナメ、いろんな方向の翻訳があります。
翻訳がマネージャーの仕事だってことは、それぞれの相手に通じる言葉を知らないとできないってことでもあるんですよね。
難しいことをサラサラッと何でもないことのように話されているから、聞いててつい納得しちゃうんだけど、これも翻訳業スキルが発揮されているんだろうな (笑)
伝える内容は同じでも、相手の理解しやすいタイミングや伝え方は何かを常に考えてるってことですよね。
組織の力を減衰させずに伝達していく、ミドルマネージャーの見本だわ……
ただ、究極はマネージャーがいなくてもみんなで目的に向かっていける組織を理想としているんです。
そういう状態を目指していきたいですね。
まとめ: マネージャーのやるべき仕事
■ ネガティブフィードバックも特別に身構えて話すみたいなことはやらない。難しい問題になる前に対話で解決する。
■ 行動や起きた事実に対して冷静に受け止められるような場作りをするとか、そういうちょっとした気遣いを自然体でやる。
■ 必要な成長に対しての『課題』であれば解消を手伝う。『弱み』は指摘するのではなく特徴でしかないので、チームでフォローする。
■ 口では「こうなりたい」と言っているけれど本心では望んでいない、ということが結構ある前提で、期待のすり合わせをしっかりする。
■ マネージャーは翻訳業だと思って、組織のタテ、ヨコ、ナナメ、それぞれの相手に通じる言葉を使う。
マネージャーが組織の中でどういう役割を担うべきなのかを考えさせられる、とても学びのあるインタビューになりました。
LayerX
あらたまさんX/Twitter
(企画・編集:フジイユウジ / 取材・文・撮影:奥川 隼彦)取材:2024年9月