マネージャーの負担を下げて、事業を伸ばす───『マネジメント民主化モデル』
近年はマネージャー業務の負荷が増大したことによって、ミドルマネジメントの限界問題が叫ばれています。そんな課題を解決するために株式会社Momentorの坂井風太さんが「マネジメント民主化モデル」を提唱しているということを知りました。
私たちチームメンバーはマネージャーをどう支えていくと良いのか、「マネジメント民主化モデル」とはどのようなものなのか、お話をお聞きしました。
坂井 風太
株式会社Momentor 代表取締役。組織効力感などの理論を元に、様々な企業の人材育成/組織基盤の構築を支援をしている。
早稲田大学法学部卒業後、DeNAに入社。6年目で子会社の代表取締役に就任。同時にDeNAの人材育成責任者として、暗黙知化・属人化されやすい人材育成・ピープルマネジメント領域の体系化を行い、独自の人材育成プログラムを開発。2022年に株式会社Momentorを設立。
【Agendインタビュアー】 フジイユウジ
Agend編集長。
スタートアップや様々な事業の経営やグロースに携わる中で、事業成長のための課題はチームコミュニケーションでほとんどを解決できると考えるようになり、仕事のコミュニケーションメディア「Agend」を立ち上げた。
人事施策を打てば打つほどマネージャーの負荷が上がっていく謎の現象。
今日は、理論に基づいて組織づくりの支援をされている坂井さんに「マネージャーが忙しすぎる、責任が集中し過ぎている」と言われている問題をどうチームが支援したり解決に向けて動いたりできるかという話をお聞きしたいと思っています。
実際、いたるところで「プレイングマネージャー、ミドルマネージャーに全部押し付けすぎ」って話が出ているものの、これぞという改善の打ち手はあまり聞かないんですよね。
そうですね。
会社としては人事施策をやって組織を良くしたい。
でも、施策として評価制度をひとつ変えたとしたら、エンゲージメントサーベイの仕組みを入れられたら、その制度を運用をするのはマネージャーですよね。
その運用の担い手って結局マネージャーになっちゃってて、人事とか経営が人事施策を打てば打つほど負荷が上がっていくという謎の現象が起きているんです。
うわーーーーマジそれだーー
組織やチームコミュニケーションが注目されるようになった一方で、マネージャーの負担が増え続ける要因にもなってるんだーーー
人事や経営が「人事施策」を打てば打つほどミドルマネージャーの負荷が上がっていく(坂井さん提供資料)
その謎の施策を導入しようとする経営側は自分にしわ寄せが来てないから「がんばれ!この施策やってくれ!」と言うだけだし、HRも施策の実施を依頼してくるだけで運用を回すのにゴリッと入ってきたりはしない。
事業部の人は、なんかやんなきゃいけなくなると仕事が増えるわけだから「正直めんどくせえ」ってなるじゃないですか。
「めんどくせえ」ってなってる事業側のひと、たくさん見てきたわ……たしかにそうだ。
上からは離職防止になるようなことをやれって謎の圧をかけられてるけど、そのわりにメンバーは転職や副業をいくらでもできるし、いつ辞めるかわかんないじゃないすか。
「そんな状態で組織を機能させるためのつなぎ手として、コミュニケーションとか目標設定とかマネージャーが全部やんのかよ」っていうのが現状ですよね。
マネージャーの業務負荷が上がり過ぎちゃってる問題の背景って、そういうことだったんですねえ。
メンバーの自己効力感や組織効力感を上げるのって、マネージャーがひとりで背負うような仕事じゃないんですよね。
実際、チームの力を強めてくれるのってマネージャーじゃなくてメンバーだったりするじゃないですか。
みんなが「イン・ザ・水槽」っていう発想を持たなきゃいけなくて。
会社組織ってひとつの水槽にみんな入ってるような生態系なのに、経営とか人事が自分たちは水槽の外からマネージャーやメンバーを見ているかのような振る舞いをしますよね。
経営層が「うちはマネージャーのスキルが低い、育ってない」って言ってるとき、それは自分だけ水槽の外にいると思って発言してるんですよ。
なんで水槽の外にいるつもりなんだ、自分も水槽の中にいることに気づかないとって話なんです。
序盤からめちゃくちゃ共感できる名言が連発だ(笑)
「ひとつの水槽にいるのに、まるで水槽の外から見ているかのよう」というのは本っっ当にそういう会社が多いと思います。
その組織の水槽の水を澄んだものにし続けて、良いものを生みだし続けるっていうのは、その生態系の中にいる一人ひとりのはずなのにマネージャーだけの役割になっちゃってるんです。
昔なら、生態系に関わるみんなでやってきたことを何故か現代ではマネージャーだけが押し付けられている。
事業を成長させるための「マネージャーの負荷の下げ方」。
まさに今日はミドルマネージャーに責任・責務が集中し過ぎているって話をしたいと思ってたんですよ。
「マネージャーになったからには、期待される結果を出して当然である」と考えている企業って多いですよね。あらゆる責務が集中しているじゃないですか。
とりあえずマネージャーに全部を押し付けて頑張らせるしかないと考えている経営者が多いですからね。
経営者もそれしか方法を知らない、という背景がありそうですよね。
多くの会社で、マネージャーは支援などなくても、責任があるのだから自分で結果を出すべきだとされている。
一方で、最近の組織づくりに危機感を持っている企業は、マネージャーを支援をしたり、マネジメントのためのツールを経営が作るようにシフトしてきている。
坂井さんは、色々な企業にこの方法論を教えてるわけですよね?
業務マネジメントはマネージャーが責任を負えばいいけど、メンバーひとりひとりのピープルマネジメントっていう領域まで背負わせているっていう状況に無理があるんですよね。
そこで、組織マネジメントや人材育成の理論を、マネージャーだけではなく新入社員レベルからベテランメンバー、現場から管理部門まで含めた組織の『みんな』が使えるようにしていくって取り組みが必要になるんです。
坂井さんが提唱している「マネジメント民主化モデル」ですね。
noteも読みましたし、そこで紹介されていた株式会社カプコンさんのゲーム開発部門の取り組みの紹介記事もとても良かったです。
坂井さんが教えている「組織のみんなが身につけるべきリテラシーや理論」って、例えばどういうものがあるんですかね?
マネジメント民主化モデルの資料(坂井さん提供)
坂井さんの note『「中間管理職の限界」と「マネジメント民主化モデル」について』
それは坂井が研修するときの資料に書いてあるんですけど(笑)
そこをなんとか(笑)
話せる範囲でいいので、Agendの読者に教えてくださいよ~
例えば「自己効力感」が仕事に影響するというのはみんな体験的に知っていると思うんですけど、「自己効力感が変動するメカニズムはどうなっているのか。どう対策できるのか」という知識はみんな持っていないわけです。
自己効力感(じここうりょくかん)またはセルフ・エフィカシー(self-efficacy)とは、自分がある状況において必要な行動をうまく遂行できると、自分の可能性を認知していること。
カナダ人心理学者アルバート・バンデューラが提唱した。自己効力や自己可能感などと訳されることもある
バンデューラの社会的認知理論の中核となる概念の1つであり、自己効力感が強いほど実際にその行動を遂行できる傾向にあるという。
Wikipedia / 自己効力感
世界を代表するオリンピックに出るようなアスリートですら日によってパフォーマンスが変動するんですよ。
普通のサラリーマンならパフォーマンスが変動して当たり前で、「仕事なんだから頑張れよ」って実態にあってない話をしないで、ちゃんと理論や対策を知りましょう、と。
なるほど、そういう組織マネジメントや人材育成の理論を「必要な知識なんだから、マネージャーが個人ごとに勉強して成果を出せ」っていうのではなく、組織という水槽にいるみんなが水槽の状態を良くしていく道具を持っておくって話が「マネジメント民主化モデル」なんですね。
そうです。
メンバーが「なんか動けてない」ってときに理論に支えられた対策がないと、まわりの人が経験則でめちゃくちゃなこと言ってきたりするじゃないですか。
け、経験則でめちゃくちゃなこと言ってきますよね!!!!(笑)
わかる、わかりすぎる~
みんなに知識があれば、合っているかわからない経験則や感覚に振り回されることなく、メンバーが自分自身で対策をしたり、メンバー同士で自己効力感を回復させる取り組みをしたりできるわけですよね。
働きやすい環境と職場は自分で作るってことを体感できるようになる。
これって脳内に「家庭の医学」が入ってるみたいな状態なんですよ。組織のエキスパート、つまり医者レベルの人が来るよりも、組織のみんなが予防したり、ちょっとした不調に日々対応していけるようになることが大事なんです。
組織のみんなで予防したり、ちょっとした不調に対応していけるようになる。
これ、めちゃくちゃ良いなー
若手向けの研修もやらせていただくことあるんですが、「あのときは自分はめちゃくちゃ落ち込んでたけど、こうすればよかったんですね」って言われることも多いですし、「あの人とちょっとトラブってたんですけど、この理論で考えるとこういうコミュニケーションをとればいいんですね」って理解される。
そのメンバーひとりが理解してるだけじゃなく、コミュニケーションする職場のみんなが知ってて共通言語があるんだから、対話しやすいですよね。
「いま私たちって、あの対策が必要なんじゃないですか」って言いやすい。
みんなが参加して「良い職場を作る」って会社のためという利他主義っぽく見えるけど、利己主義的に考えたほうがラクなんですよね。
自分でいい職場を作る取り組みに参加したら、一緒に仕事していて居心地のいい人たちと働けるようになっていくんだから、自分のためにやった方が良いよって言ってますね。
粘り強くやっている人だけが会社の未来を変えられる。
「マネジメント民主化モデル」ってどうやって組織にインストールしていくのが良いんでしょうね?
これを実践していく、組織に広めていくのってすごく大変そうだと思うんですけども。
大きく推進するテクニックとかやり方はあるんですけど、カプコンさんみたいに大きく始められることは稀なので、普通は局地戦をおすすめしますね。
自分のチームだけとか事業部、半径5メートルからやったらいいですよ。
自分の半径5メートルを変えたら、あとまた5メートル足せばめっちゃ面積が大きくなるので。最初にまずピンを打つわけです。
全体が変わらないといけないってあきらめがちですけど、実際は半径5メートルからジワジワやっていくのが良いよと。
「うちのマネージャーはレベルが低い」って悪口を言ってる経営者も「上司が変わらないからダメだ」って言ってるのも、同じ水槽の中にいる観点がない。
自分も水槽の中の生態系の一部なんだから、組織批判はなにを言っても自分にブーメランが刺さるだけなんですよ。
ちょっとでも変えたいって思ったら、自分の半径5メートル以内をまず変えることから始める。粘り強くやっている人だけが会社を変えるので。
粘り強くやっている人だけが会社を変える、めっちゃ勇気が湧いてくる言葉だな。
私だって自分がサラリーマンだったらこういうプログラムの推進ってめんどくさいって思いますよ。
重い腰あげんのイヤじゃないですか。自分が評価されるかわかんないことなのに。
でも、こういったことを推進できる人とそうじゃない人の違いは何かっていうと、「未来の責任を果たす」って心持ちがあるかどうかだと思います。
スタートアップだと起業2回目・3回目の人が先回りして今の課題じゃなくて未来に大きくなってしまう課題から片付けたりするじゃないですか。
経験がある人と同じくらい先まで見通せていないにしても、後々面倒くさくなるとわかっていることを責任もって取り組もうとする人でないと推進できないです。
そういうことに対して、調整コストがかかるとか、手間が大きいとか言ってるとなにも成し遂げられないですよ。
なにもしなかったら悪くなっていく未来が見えている人ならば、水槽の中を良くしていく「未来への責任」を考えてみてほしいですね。
「ああしておけばよかった」なんて言って未来で後悔しないように、半径5メートルからでも粘り強くやり続けられる人だけが5年後、10年後を変えられるんだと思います。
まとめ: 「水槽の環境をみんなで良くしていく」という取り組み。
■ 現在の企業では、人事施策を打てば打つほど負荷が上がっていくという現象が起きている。
■ 会社組織ってひとつの水槽にみんな入ってるような生態系なのに外から見ているかのような振る舞いをすることに問題がある。「イン・ザ・水槽」という観点が必要。
■ 組織マネジメントや人材育成の理論を、マネージャーだけではなく『みんな』が使えるようにしていくのが「マネジメント民主化モデル」。
■ 「マネジメント民主化モデル」によって、組織のみんなが予防したり、ちょっとした不調に日々対応していけるようになる。
■ 自分のチームや事業部単位、半径5メートルからはじめる。
■ 粘り強くやっている人だけが会社の未来を変えることができる。
人事制度の意味や組織にかかわるヒトの心理をチームメンバーみんなが学び、水槽の環境良くする機能を分散して持てるような「マネジメント民主化モデル」を実現できるというお話に希望を感じました。
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坂井さん note
株式会社Momentor
(企画・編集:フジイユウジ / 取材・文・撮影:奥川 隼彦)取材:2024年7月