はじめに
「チェインメイル(chainmail)」という言葉をご存知でしょうか。当然ありますよね。電子メールじゃなくて甲冑の方です。
では、スケイルメイルという言葉を見聞きしたことはありますでしょうか。プレートメイルでは如何でしょうか。まあ、無いことはないでしょう。あるという前提で話を進めます。
さて、これらの甲冑用語に触れてきた読者諸賢におかれましては、上のような各語を聞いて下のような図をイメージされた方もおられるのではないでしょうか。
美しいですね。眺めていると何といいますか、こう、真理にたどり着けるような気がしますね。しかしながら、それは嘘です。
結論から申し上げると、これらの言葉は、現在では全て甲冑用語としては厳密には間違いとされているのです。
一体どういうことなのか。
間違いだというのならば、みんな大好きチェインメイルは一体何だったのだということになってしまいます。スケイルメイルは嘘なのか。プレートメイルは存在しないのか。ぽっぷるメイルはどうなのか。
本日はその辺の、チェインメイルという用語周辺にまつわる過去と現在、そして未来についてお話したいと思います。
尚、本稿では、リング状の金属を編んで作った鎧のことを「鎖帷子」と記述します。逆に本稿で「チェインメイル」という語を使うときは、甲冑そのものではなくチェインメイルという用語のことを指します。多少混乱するかもしれませんが、正確を期するためですので、ご了承ください。
メイルとは何ぞや
この辺のトピックを語る上で鍵になるのが、メイル(mail)という言葉の意味です。
チェインメイル、スケイルメイル、プレートメイルといった言葉を見ていると、メイルという言葉は「鎧・もしくは同鎧鎧全般」を意味しており、手前の単語が形状や材質を形容しているのだ、と思えてきます。きますよね? 図にするとこんな感じです。
「チェインメイル」や「スケイルメイル」などの用語はこの解釈に基づいていると言えます。本邦においても、創作物などで広くこの名称は使われてきましたし、英語圏においてもまた然りです。
これを便宜上「解釈A」と呼びましょう。この解釈Aはチェインメイルと切っても切れない深い関係にあるので、この解釈Aと「メイル」の概念を探ることで、チェインメイルの歴史も見えてくるのです。ではその辺の事情をこれから見ていきましょう。
「チェインメイル」を産んだ男たち
ではそのチェインメイルなどの用語、そしてその前提となる解釈Aはどこで産まれたのでしょうか。その源流は18~19世紀…イギリスがその絶頂期にあったヴィクトリア朝(およびそのちょっと前)の人々まで遡ります。
ここでは、「チェインメイル」の語の普及に寄与した二人の人物を取り上げます。
フランシス・グローズ
一人目はフランシス・グローズ(Francis Grose)という18世紀イギリスの古物収集家。彼は、チェインメイルという言葉を最初に用いたであろう人物とされています。
彼は、1785年の著作「 A Treatise on Ancient Armour and Weapons」で以下のように述べています。
Of mail there are two sorts, viz. chain and plate mail. Chain mail is formed by a number of iron rings, each ring having four others inserted into it, the whole exhibiting a kind of net work, with circular meshes, every ring separately rivetted; this kind of mail answers to that worn on the ancient breast-plates, whence they were denominated loricæ hammatæ, from the rings being hooked together.
Plate mail consisted of a number of small laminæ of metal, commonly iron, laid one over the other like the scales of a fish, and sewed down to a strong linen or leathern jacket, by thread passing through a small hole in each plate; this was exactly the form of the ancient lorica squammosa.
ざっくり言うと、メイルには「チェインメイル(chain mail)」と「プレートメイル(plate mail)」の二種類がある、と述べています※1。
これが、現在判明している限りでは、チェインメイルという用語とそれを支える解釈Aが最初に提示された例です。
※1: 余談ですが、ここで彼が”Plate mail”と呼んでいるのは、上の図でいうところの「スケイルメイル」に該当します。恐らく、この段階では「スケイルメイル」と「プレートメイル」の概念が未分化だったのでしょう。ただし、この辺の事情はややこしくなるだけなので本稿では無視します。
メイリック
そしてもう一人の重要人物が、サミュエル・ラッシュ・メイリック(Samuel Rush Meyrick)という、やはりヴィクトリア朝の収集家です。
彼は特に図像に着目してmailという言葉を体系化したことで知られています。
どういうことかと言いますと、実は、中世に描かれた図像には、これまで挙げた以外にも、様々な種類の「メイル」が描かれていたのです。
そこで彼は、上の図のような当時の刺繍や写本の挿絵を頼りに、中世の各種メイルの構造の分類と再現を試みました。具体的には、
- 鱗状のプレートを布地に取り付けたスケイルメイル(scale mail)
- 布地にリングを縫い付けたリングメイル(ringed mail)
- リングを帯のごとく横一列にまとめたバンデッドメイル(banded mail)
- 長方形のプレートを布地にリベットか糸で取り付けたテギュレーテッドメイル(tegulated mail)
- それのひし形版であるマスケルドメイル(mascled mail)
- 長方形のプレートを裏地の布と更に革の帯で挟み込んだ構造らしいトレリスドメイル(trelliced mail)
- いまいち詳細な構造が不明のラストレッドメイル(rustred mail)
といった、様々な種類のメイルの分類を考案しました。
以下の図は、メイリックの分類とそのモデル・サンプルの一端です(図自体は後世の人間が作成)。
勿論、これまで何度も述べてきたチェインメイル(chain mail)も、そのような様々なメイルのうちの一つというわけです。鎖(チェイン)のように、鉄のリングを編んで作った鎧(メイル)…というわけですね。意味するところは、本稿の冒頭でのべた「鎖帷子」と同じです。
かようにして、チェインメイルの世界はますます深まっていき、その言葉も、学術的な分野からカジュアルな分野にまで広く浸透していくことになったのです。例えば1822年のウォルター・スコットの小説「The Fortunes of Nigel」にもこの語が登場していることが知られています。プレートメイル・スケイルメイルなどの関連用語も後に続いて普及していったようです。
一方で、メイリックがモデル化した各種のメイルは結局ほとんど普及しませんでしたが、その一部は後世にも残りました。下の図はオーギュスト・ラシネの「中世ヨーロッパの服装」にも掲載されているものです。歴史・ファンタジー系の絵描きであればご覧になった方も多いのではないでしょうか。
チェインメイル派への反論
というわけで広く深いメイルの世界をご紹介しました。が、やがてこの解釈には反論が寄せられるようになります。
軽く調べた限りでも、1931年にはFrancis Kelly 及び Randolph Schwabeの「A Short History of Costume & Armour, Chiefly in England, 1066–1800」において批判がなされています。恐らく、他にも色々存在することでしょう。
前節では、チェインメイル派の重鎮としてフランシスとメイリックの二人を挙げましたので、ここでもその二人の見解に対する反論をそれぞれご紹介しましょう。
フランシスの用語法に対する反論
上の方で、チェインメイルという用語と解釈Aは1785年にフランシスによって初めて使われたと述べました。逆に言うと、それ以前には、チェインメイルという単語は存在しなかったわけです。では、フランシス以前はどんな塩梅だったのか、という話になります。
そもそもこのメイル(mail)という言葉。
語源には幾つか説があるのですが、古英語のmayle、仏語のmaille、伊語のmaglia、ラテン語のmaculaあたりに遡るとされ、網目や柔軟さといった概念に関連する語だったようです。
そして中世当時におけるmailの意味はというと、こちらの記事によれば
consists of a “fabric” of interlocked metal rings that form a strong, flexible, mesh armour.
オックスフォード英語辞典(OED)によれば
fabric composed of links of mail, meshwork fabric※2
a type of armour consisting of small metal rings linked together in a pattern to form a mesh
てな具合になっています。雑に意訳すれば「小さな金属のリングを繋げて(編んで)作られた生地、及びそれによって作られた鎧」という感じでしょうか。
さてこの訳。よく見れば解釈Aが言うところの「チェインメイル」、そして本記事でいうところの「鎖帷子」を意味していることがわかります。
つまり、元々この単語が使われていた中世において、「メイル」とは単独で鎖帷子を意味しており、胴鎧全般を指すような言葉ではなかったわけです。というわけで、この中世の用法に基づいた解釈を、便宜上解釈Bとしましょう。図にするとこんな感じです。
この解釈Bに従えば、「チェイン」も「メイル」も、小さなリングを繋いだ構造を意味しており、「チェインメイル」という語は重複表現という事になります。
フランシスがmailという言葉を「鎧全般」の意味に拡大解釈した理由は不明です。ただ、14世紀になって板金鎧が増えてくるまで、中世において胴鎧と言えば大抵は鎖帷子だったので、当時の記録などから「mail=鎖帷子=胴鎧!」みたいな空気を感じ取ったのかもしれません。
※2ただし、別のサイトからの孫引きで、OEDのどの版のなのかはいまいち不明。
メイリックの図像解釈に対する反論
ではメイリックの図像解釈はどうなのでしょうか。
少なくともここに再掲する図を見れば、mailという単語は様々なパターンの鎧を指しているように思えます。
しかし、この解釈にも批判の声が投げかけられます。平たく言うと、図像以外の根拠が無いのです。
つまり、メイリックはバンデッドメイルやリングメイルなど様々なタイプのメイルを提唱しましたが、それらのほとんどは、当時の彫像や発掘された実物の中には存在しないのです。
といいますか、探せども探せども、出てくるのは鎖帷子(本人の分類に従えば「チェインメイル」)ばかり。バンデッドメイルメイルもマスケルドメイルも一切登場してきません。ちなみに、有名なリングメイルもありません。
ここに至り、一つの可能性が思い至ります。
つまり、メイリックが様々なタイプの鎧と解釈したものは、単に、鎖帷子を描く時のデフォルメの仕方の違いでしかなかったのでは、と。
考えてみれば、現代においても、鎖帷子の描写の仕方は描き手によって様々です。
であれば中世だって事情は同じと考えるのが自然。逆に、中世人が時代や場所を越えて皆同じデフォルメを採用した…などと考えるほうが無理があると言えましょう。
勿論、単にこれまで発見されていないだけで、メイリックが想定したタイプのメイルが今後出土する可能性も否定はできません。
しかし、仮に別種のメイルが一つや二つ出土したとしても、なお圧倒的大多数は鎖帷子(本人の分類ではチェインメイル)です。もしメイリックの解釈が正しいのなら、別種のメイルもそこそこの割合で出土していないと計算が合いません。
その辺のこと考えると、やはりメイリックの図像解釈は誤りであり、その正体はみな鎖帷子であったと考えるのが妥当…ということになります。この批判に基づいてこれまでの経緯をまとめると、下図のようになります。
そして現代へ
フランシスの用語法は歴史的な根拠に基づかない拡大解釈であり単なる造語。そしてメイリックの図像解釈は現物に基づかない空虚な空想。
これらの批判の前に、ヴィクトリア朝人が築き上げた解釈Aはどのように対応したのでしょうか。
結論から言うと、どうにもできませんでした。
つまり、解釈Aは上記のような批判に対して有効な再反論をすることができず、結局、誤謬であるとして退けられてしまったのです※3。 そして代わりに、「メイル=鎖帷子」とする解釈Bこそが歴史的に正しく妥当である…というのが今日の甲冑業界における支配的な見解になり今に至ります。
そしてその見解に従えば、解釈Aに基づく「チェインメイル」「スケイルメイル」「プレートメイル」の各用語も誤った解釈に基づく不適切な造語であり、それらはそれぞれ解釈Bに基づく「メイル(もしくはメイルアーマー)」「スケイルアーマー」「プレートアーマー」と表記するのが正しい、ということになります。
恐らく今では、英語圏の歴史学者や甲冑界隈の人間で、積極的に「チェインメイル」表記を支持するものはほとんど居ないでしょう。
※3: もっとも、図像解釈に関しては断定的にものを語るのが難しく、メイリック的な解釈にも再反論の余地がないわけではありません。ただ、甲冑界隈の現時点でのコンセンサスとしては、やはりメイリックの解釈は誤りであろうということになっています。この辺に関しては、機会があればまた別途記事でも立てて解説しようかなと思います。
というわけでチェインメイルという用語が、生まれて、そして否定されるまでをざざっと見てきました。その歴史をまとめると、以下のような感じになります。
- 中世: 中世人は、鎖帷子を意味する言葉としてmailを用いた
- 18~19世紀: ヴィクトリアン達は、mailの意味を胴鎧全般に拡大解釈し、更にchain mail、scale mailなどの造語を新設した
- 19~20世紀: 近代人の解釈と用語は何だかんだ言って受け入れられ、日本も含めて広く普及した
- 21世紀: 考証の普及によって、chain mail等は厳密には誤りだとする言説が業界関係者の間で支配的になる
やや遠回りしてしまいましたが、これが冒頭で述べたお話の正体というわけです。ご清聴ありがとうございました。
以下、だらだらとした補足が続きます。
さて、本稿では伝統的な「チェインメイル」の用法は厳密には誤りである、と述べました。
とは言え、これらの批判によって、直ちに「チェインメイル」の用語が地上から消失したというわけでは全くありません。例え解釈Aが誤りと断罪されても尚、解釈Aに基づく「チェインメイル」の語は使われ続けており、日本は言うまでもなく英語圏でも今日に至るまで主流の座にあります。一度定着した言葉はなかなかすぐには変わらないものです。
しかし、21世紀に入ったころから英語圏での状況は著しく変化しつつあるように見えます。
おそらくは、インターネットの普及によって「チェインメイルは微妙」という認識が共有されていったのでしょう。アカデミックな界隈や甲冑界隈では、急速に「チェインメイル」の用語が退けられ、「メイル」「メイルアーマー」が市民権を得るようになってきたようです。
例えば英語版ウィキペディアにおいて鎖帷子を解説する記事のタイトルは、2007年までは「Chainmail」だったのですが、2007年5月4日の更新から記事名が「Mail (armour)」に変更されて今に至ります。
ペディア以外の例も軽く拾ってみましょう。
下図の右は英語圏の甲冑勢御用達サイト内の鎖帷子解説ページ、左は歴史的な鎖帷子の研究・再現をしてる人のフェイスブックページのスクショです。鎖帷子ガチ勢と言えましょう。見ての通り、こういった人々は当然のように「mail」を使用しています。 彼らほどガチでなくても、歴史的に正しい甲冑に興味を持ち、調べているような人たちはやはり高い確率で「mail」の用語を選択する傾向があります。
一方で、歴史的な正誤にはあまり関心を持たずにお土産アーマーを作っているようなインドの工房だと、特にはばかりなく「chainmail」の語を常用しています。図はebayでの検索結果のスクショですが、「chainmail」の文字が堂々と並び、そしていずれもmade in Indiaである様が見て取れると思います。
更に別の例を。下図の二冊の書影はいずれも「チェインメイルを作ってみよう」的な内容の書籍ですが、左の方は言ってみればジャンルは甲冑で、右の方は手芸です。で、それぞれその関心分野に呼応するかのように「mail」と「chainmail」を採用していることがわかります。
そんな感じで、アカデミックな領域に近づくほど「mail」の採用率は高まり、逆にカジュアルな領域では依然として「chainmail」の採用率も高い、というのが現在の状況です。
どうでしょう。何となく温度感は伝わったでしょうか?
本稿のテーゼをひっくり返すようなお話ですが、本当に「chainmail」は誤りと言えるのか、という問いを立てることもできます。
これまで、「チェインメイル」は近代に作られた不正確な理解に基づく造語だと主張してきましたが、こんにちの甲冑用語の中には近現代に作られた造語など珍しくもありません。 元々、中世当時の人間はそんなに厳密に甲冑用語を運用していたわけではないので、適度に近代的な造語も取り入れた方が、分類学的にはすっきりするわけですね。
それに、言葉は変わるものです。誤用が定着する例や、重複表現など世にはいくらでも存在します。近代の造語とはいえ、チェインメイルの語がが世に生まれてから200年以上が経過しているわけで、明治維新よりもずっと古い、歴史のある言葉とも言えます。
その辺のことを考えると、本当に「chainmail」は誤りとして排除せねばならないような存在だったのだろうか、「chainmail」を正しい用語としてしれっと使い続ける世界線があっても別によかったのではないだろうか、という気もします。
多分、この辺の話には、この界隈特有の事情も絡んでいるのでしょう。
もともと、中世やそれに関連する武具甲冑は、多くの誤解・偏見に晒されてきたという歴史があります※4。そしてメイリックらが属したヴィクトリア朝というのは、それらの誤解の多くを生み出した時代だったりもするのです。
それ故、中世・甲冑界隈の人間はこの手の誤謬には敏感になりやすい傾向があり、とくにヴィクトリアンによる誤用に与するのは許しがたかったのかもしれません。
実際の所、英語圏では一時、対チェインメイル十字軍とでも言うべき態度も目にすることがありましたが、最近はそのような強行な態度は下火になったようにも見えます。
※4: もっとも、ある時代に正しい理解がなされたことなど天地開闢以来一度もないとは思いますが
少なくとも今後しばらくは、甲冑界隈では更に「mail」派は広がっていくものと予想されます。ただ、そのムーブメントがどこまでカジュアル層にリーチするかは不明です。
例えば、ネット上で確認できる多くの英英辞書では、まだ伝統的な解釈Aに基づく記述が採用されています。
つまり、世間一般の辞書を根拠にするなら、伝統的な「チェインメイル」表記はまだ間違いでもないということになります。それゆえ、現時点では『「mail」派はあくまで甲冑界隈内で主張されているに過ぎず、世間一般のコンセンサスが得られたわけではない』…という見方もできます。
そんなわけで、「チェインメイル」をどのように位置づけるかは必ずしも自明ではないのです。誤用として排すのか、定着したものとして肯定するのか、あるいは「俗な表現」という保留付きで認めるのか。
一応、その辺のややこしい事情を鑑みて、本稿ではチェインメイルは、「甲冑用語としては厳密には」誤りというエクスキューズ付きの表現になっております。
ともあれ。
果たして、甲冑界隈の「正しい」見解が今後、辞書を書き換えるレベルまで世間一般に普及するのでしょうか。
それとも正しい「mail」と伝統的な「chainmail」がそれぞれに妥当とされ、住み分けがなされるのでしょうか。今後も鎖帷子には目が離せません。
A:好きに呼べば良いのではないでしょうか。
あいや、別に、おちょくってるのではなくて、実際問題、結構難しい話なのですよ、これ。
上で述べたように、厳密には「チェインメイル」は誤用で「メイル/メイルアーマー」が正しい用語ということになります。が、ご存知のとおり、現時点では後者は日本では大して普及していません。いきなりメイルとかメイルアーマーとか言っても、伝わらない可能性の方が高いです。
また補足1.5で述べたように、本当に「チェインメイル」は誤用なのかという話もありますし、更に英語圏での用法の変化に我らが日本勢が追従する必要があるのかという別レベルの異論もありえます。
ので、「メイル」の語を使う場合、いろいろ補足せねばならず、結構面倒くさいわけです。
例えば、日本の甲冑クラスタの中には「チェインアーマー」という呼称を使う例も見られます。 恐らく、「チェインメイル」呼びに与したくはないが、かといって「メイル」「メイルアーマー」は伝わりづらいという状況の中で選んだ折衷案だと思われます。
同様に、みんな大好きフロム・ソフトウェアの「ダークソウル」シリーズでも「チェインアーマー」の語が採用されている箇所があります。一方で作品によっては「チェインメイル」の用語が使われていたりして、使い分けの基準は謎です。※5
※5:各々の攻略wikiの記載を信じれば
かくいう私も、「チェインメイル」を積極的に肯定するつもりはないけれど、かといって毎回補足するのも面倒だということで、表記はその場その場の空気と気分で割と適当にやってます。「いわゆるチェインメイル」、「メイル(チェインメイル)」、「鎖帷子」、あるいは妥協して普通に「チェインメイル」を使ったりとか。
将来的に、「メイル」だけで伝わるような社会になればその時は「メイル」の語を使うつもりですが、その時が来るまでは(本当にそんな未来が来るのかどうか不明ですが)、のらりくらりと適当にやっていこうかなと思っています。そう、チェインメイルという用語の未来は、皆さんの双肩にかかっているのです。
上で述べたように、「チェインメイル」は重複表現であり、誤った歴史理解に基づく用語ではありますが、その辺に目を瞑れば、まあ一応、言葉の意味自体は通じえます。
しかし、スケイルメイルとプレートメイルとなるとそうもいきません。
「メイル」も、「スケイル」も、「プレート」も、それぞれ異なる形状を形容する言葉であり、混ぜてしまうと意味するところが不明になってしまい、甲冑を指す用語として成立しません。よって、残念ながら、これらの語はやはり誤用であり、厳密にはそのような甲冑は存在しないと言わざるを得ないでしょう。
ただし、その代わり、似て非なるものなら、あります。
でん。
これは主にロシアやオスマン帝国方面で使われたbehterets(露語:Бахтерец)という鎧なのですが、この手の甲冑は、プレートをメイルで繋いだ構造、もしくはメイルをプレートで補強したような構造をしているため、英語でPlated mailと分類されることもあります。
そう、「プレートメイル」ではなく「プレーテッドメイル」であれば、辛うじて甲冑用語として成立するのです!
というわけで、ご家族・ご友人がプレートメイルという言葉を使うの見かけたら、behteretsなどの複合式甲冑を提示してあげましょう。アジア系の甲冑にもスポットが当たることになり、私が喜びます。
主な参考サイト
http://www.metmuseum.org/toah/hd/aams/hd_aams.htm
https://myarmoury.com/feature_mail.html
https://en.wikipedia.org/wiki/Mail_(armour)
http://middenmurk.blogspot.jp/2015/09/apocryphal-armour.html
http://www.gutenberg.org/files/41676/41676-h/41676-h.htm
https://english.stackexchange.com/questions/296872/who-first-objected-to-the-term-chain-mail
https://regia.org/research/warfare/Mail.htm
面白かったです
あと体をお大事に
本編読んでからきました。メイルとアーマーって言葉、どう違うんだろうなって思ってましたが解決した思いです。
お身体を大切にされて下さいね。
となジャンからやってきました
チェイメイルを目にするたびにモヤモヤする知識を植え付けてくれてありがとうございます
フランシスは胴鎧的なものを “mail” としているようには思えません。
チェインにしろスケイルにしろ動きの自由度の高い鎖帷子的なものを “mail” としているように思われます。
板金鎧は彼の “mail” の概念からは外れるのではないでしょうか。
初めてコメントさせて頂きます。
いつも月末の吉田の活躍を楽しみにさせて頂いてます。
自分は故あってスコットランドとドイツに数年ずつ滞在した事が
ありまして、当時現地の人たちに「チェインメイルとチェインアーマーって
何が違うの?」と聞いた事があったんですが「知らん。」という答えしか
返ってこなかったので、この記事を拝読して感心し、思わず書き込んで
しまいました。大英博物館で買った本にも堂々と’chain mail’と書いて
あったし、「メイルもアーマーも語源が違うだけで胴鎧の事なんかな。」と
よく調べもせず勝手に納得していました。きちんと調べるって大切ですね。
ともあれ、これからも山田様の作品を楽しみにしております。
初めまして。
TRPG「トンネルズ&トロールズ(5版、1987)」では「メイルアーマー」の呼称でしたね。
「あれ?『チェインメイル』じゃないの?でもこの本、(当時としては)武具には詳しいから本来はこう呼ぶのか?……でもナゼか必要体力がプレートより高いから誤植か勘違いかな?」などと不思議に思った記憶があります。
今思えば、メイルアーマーの必要体力は、プレートよりも荷重が肩だけに掛かる事の偏りを表していたのかも知れませんね。
ところで山田先生ならchain mail bikiniについて触れてくれるに違いない……
と期待していたトコロに予想外のぽっぷるメイルが刺さって抜けません(刺突に弱い)
初めまして
西洋甲冑のヒストリカルフィギュア(13世紀のテンプル騎士)を作ろうとして、
”チェインメイル”の製作に参考にならないかと、ネットをうろついているうちに
こちらに辿り着いたものです。
”鎖帷子”についての記事、大変興味深く読ませて頂きました。
自分の持っている資料で”中世兵士の服装”(マール社:ゲール・エンブルトン著
ISBN978-4-8373-0663-4)のP5に”メイリック”の説とそれに対する”F.M.ケリー”の反論が載っていましたが、
恥ずかしながら、ななめに読み飛ばしており全く頭に残っていませんでした。
この記事を拝見し目からうろこ状態です。
私のような初心者にも充分理解でき、かつ腑に落ちる素晴らしい記事だと思います
ありがとうございました。
ところで私、模型製作の拙いブログをやっております。
もしお許しが頂けるのなら、冒頭に書きましたヒストリカルフィギュアの製作記事に、
参考資料としてこちらのアドレスを紹介したいと思うのですが、いかがなものでしょうか。
お返事を頂ければ有難く思います、よろしくお願いいたします。