政府は現在、世界40カ国と2代表部に計59人の「防衛駐在官」を派遣している。防衛駐在官とは防衛省から外務省に出向した自衛官で、諸外国の在外公館に勤務し、主に軍事情報の収集にあたる外務事務官を指す。自衛官としての階級を保持したまま任務に当たるため「制服を着た外交官」と称される。
諸外国では「駐在武官」とも呼ばれる。派遣される駐在武官は各国とも大佐や中佐クラスが一般的で、日本も1佐の自衛官が中心。派遣国により将補や2佐、3佐も送り込まれている。
防衛駐在官に求められるのは、情報収集・分析能力はもちろん、英語をはじめとする語学能力、カウンターパートと関係を築くためのコミュニケーション能力など幅広い。派遣期間は平均で3年ほど。夫人同伴のレセプションなども多いため、家族の理解も必須だ。
防衛省幹部は防衛駐在官を派遣するメリットについて「一般の外交官よりも軍事情報へのアクセスが容易で、軍事情報の分析にもたけている。軍関係者同士の方が互いに信頼して関係を築けるという面もある」と説明する。
現在は米国に6人、中国、韓国、ロシア、インドに各3人、イギリス、フランス、ドイツ、オーストラリアに各2人、その他、30を超す国・地域に1人ずつ派遣している。
世界各国に派遣するのが理想だが、予算や人員の都合があり、優先度に応じて派遣国や人員を決めている。場合によっては撤退もする。防衛駐在官をどの国に何人を派遣しているか、あるいはどの国に新規派遣するかは、政府が安全保障で重視している地域や課題を示す映し鏡でもある。
政府は平成28年度中にヨルダン、モンゴル、アラブ首長国連邦(UAE)に防衛駐在官を新規派遣することを決めている。東アジアや中東に関する軍事情報の収集・分析機能を強化する狙いだ。
ヨルダンへの派遣は、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」による日本人殺害事件を踏まえた措置といえる。ヨルダンにはイスラム国の情報が多く集まるが、日本は防衛駐在官を派遣しておらず、人質事件当時に十分な情報収集活動が行えなかった教訓がある。今後も中東でのテロの脅威が高まることが予想されることから、新規派遣を決めた。
モンゴルは、ロシアと国境を接することや、拉致・核・ミサイル問題を抱える北朝鮮との国交を持つことから「情報収集の拠点として極めて重要」(防衛省幹部)と判断した。UAEは、日本が輸入する原油の8割が通るホルムズ海峡から近い。9月に安全保障関連法が成立したことから、集団的自衛権の行使としての機雷掃海も想定される地域なだけに、周辺国も含めた軍事情報の収集は不可欠といえる。
今年7月にはインドを3人態勢に増員したほか、オーストラリアも近く3人態勢に強化する。政府は両国に対し、昨年4月に閣議決定した「防衛装備移転三原則」に基づき海上自衛隊の救難飛行艇「US2」や最新鋭潜水艦「そうりゅう」の輸出を目指している。現地での軍事的ニーズや兆候をいち早くつかむことも、防衛駐在官の重要な役割といえる。
さらに昨年度は25年1月の在アルジェリア邦人殺害テロ事件を踏まえ、アフリカ7カ国への新規派遣も行われている。政府関係者は「世界の安全保障環境がめまぐるしく動く現代では、防衛駐在官の質と量がその国の防衛力に直結する」と指摘する。
(政治部 石鍋圭)