リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

「万里の長城を、海に ―21世紀の中国海軍」 Bernard D. Cole著

The Great Wall at Sea: China's Navy in the Twenty-First Century
Bernard D. Cole
Naval Inst Pr
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 「The Great Wall at Sea: China's Navy in the Twenty-First Century」は、中国の海軍についての学術書です。去年に改訂第二版がでて新しくなりました。中国がどういった領土や経済の権益を守るため、どんな海軍を持ち、それをどう使おうとしているかを詳細かつ明瞭に書いています。下記が目次です。

目次

1 China's Naval Heritage
2 China's Maritime Territorial Interests
3 China's Maritime Economic Interests
4 PLAN Establishment
5 Ships and Aircraft of the PLAN
6 Personnel, Education, Training, and Exercises
7 Doctrine and Operation in the PLAN
8 China's Maritime Strategy

 この本のタイトル「The Great Wall at Sea」は、毛沢東の言葉からきています。1950年ごろ、毛沢東は命令しました。「帝国主義は中国に海軍がないことを侮り,百年以上にわたり帝国主義は我が国を侵略してきた」のであり、我々は強大な空軍と海軍を保有して「中国の海岸線に、海の長城(The Great Wall at Sea)を築かねばならない」と。

 「海の長城」、言い換えると中国の海上の防衛線は、外洋へむけて拡張しつつあります。Coleが2章、3章で触れているように、近海における領土と海洋権益の争いで、中国海軍は活用されてきました。また近年は中国の経済発展によって遠海まで広がった通商路をも保護するため、平時限定ながらインド洋まで海軍の活動範囲を広げました。このような段階的発展は、60年がかりの海軍発展戦略に則っています。

 近年では中国の外洋進出に対する反動として、周辺諸国の連帯が始まりつつあります。内から外へ広がろうとする「海の長城」と、それに反発する周辺の連帯。この2つの運動はアジア・太平洋地域に広がる波紋となっています。

近海の海洋権益を拡張

 海の上に長城を築くんだという盛大な掛け声でスタートした中国海軍ですが、その進歩はゆっくりとしたものでした。なぜなら毛沢東の軍事戦略、つまり「ハイテクだが少数の核兵器と、ローテクだが大量の陸軍と人民によって、全面戦争を戦う」という構想において、海軍は補助的な役割しか果たせないからです。中国海軍の発展は訒小平の時代を待たねばなりません。

 訒小平は「全面戦争は回避可能である(戦争可避論)。これからは局地的な制限戦争に備えるべきだ」という新たな方針を立てました。また同時期に東、南の両シナ海で海洋権益を拡張する必要がでてきます。パラセル(西沙)諸島、スプラトリー(南沙)諸島、尖閣諸島といった島々の領有権を確保し、それを通じて広大な排他的経済水域を獲得(中国に言わせれば奪回)すべきだ、となりました。沖合で局地的な紛争を戦わねばならなると、中国海軍(PLAN)の発展が本格的にスタートします。

 その端緒となったのが「魚や離島をめぐる戦い」で書いた、パラセル諸島の戦いです。アメリカが南ベトナムからの撤退を決意したのに乗じ、中国は南ベトナム軍と戦って勝ち、島を奪いました。その後もアメリカ軍がフィリピンから撤退を決めたのに乗じ、スプラトリー諸島でも岩礁をフィリピンから奪うなど、タイミングをはかりながら領有権を拡張していきました。このような南シナ海での権益確保を後押ししたのが、艦艇の大型化がようやく進んできた中国海軍です。

 このように軍事力を背景にして離島の領有権を確保し、排他的経済水域を拡張する動きは現在まで一貫して続いています。「中国の離島侵攻プランと『戦略的辺彊』」で述べたように、軍事力を背景にして領有権争いで押していき、近海において海洋権益の拡張(中国に言わせれば奪回)をめざしています。

中国海軍の60年計画

第一、第二列島線

 このような着実な海軍の発展を規定したのが、1980年代につくられ、21世紀半ばまでを見据えた海軍発展戦略です。段階的な外洋進出を目指すものです。

まずは第一列島線(九州―沖縄―台湾ーフィリピン)よりも中国側を支配します。次いで第二列島線(九州―小笠原諸島―マリアナ諸島)より中国側で、外国海軍の活動を拒否できるようになるなど、段々と外洋へ進出していきます。やがては世界の主要国(アメリカ、ソ連らの超大国)に並ぶだけの大海軍をこしらえ、世界のどの海でも、必要とあらば中国の権益を主張できるようになります。

 このプランが大法螺でないのは、まず20年かけて発展の土台をつくる、としているところです。最終的には空母多数を保有する外洋海軍になりますが、そのためにまずは技術開発、戦略研究、教育、組織といった土台づくりが必要です。20世紀最後の20年間で基礎を固めておいて、空母を作るなど本格的に外洋進出するのは21世紀になってからの40年。

合計約60年がかりの遠大なプランです。「中国海軍は何を考えているのか 建軍から未来まで」で書いたように、おおむねこのロードマップにそって中国海軍は進んできました。

予定より遅れながら、地道に発展中

劉華清(1916年〜2011年)

 そこまでしても、計画通りに進む計画はめったにないものです。Coleは海軍発展戦略がその予定よりも何年も遅れていることを指摘しています。発展戦略の立案を指導した劉華清についても、偉大な戦略家というより、影響力のある軍事官僚に過ぎなかった、と評価しています。

 実際、劉が執拗に主張した空母取得は、潜水艦優先派の反対を受けたこともあり、彼の存命中には実現しませんでした。また劉自身、空母の必要性を執拗に論じながらも、自分の後継者として指名したのは潜水艦隊出身の若手でした。

 もっとも、いたずらに空母を優先しなかったのは、中国海軍の見識を示しているともいえます。見栄や酔狂だけで空母をほしがるならば、フランスのように、他の全てを無視して空母だけつくってしまえば良いのです。まともな護衛艦艇をもたずに空母だけつくっても、外洋で戦闘することはできず、あまり意味がありません。それでもフランスは意地で空母を持ちました。中国はそれを我慢し、潜水艦や他の水上戦闘艦を地道に拡充してきました。

 単にステータス・シンボルとしてではなく、戦力として空母を欲していることが分かります。

遠海防衛と商船の保護


 長年の悲願だった空母建造が公式に明言されたのは2009年です。準備すること約30年にしてやっと時節到来、といった感があります。

 また空母建造が公文書に記されると同時期に、胡錦濤が海軍に下したあらたな指示も公開されました。「近海総合作戦能力を向上させると同時に、徐々に遠海防衛型に転換し……日々発展する海洋産業、海上運輸およびエネルギー資源の戦略ルートの安全を保護する*1」ようにという指示です。

 この2つが同時期に表に出てきたのは恐らく偶然ではなく、どちらも「艦隊を外洋に出す準備が整った」という認識からでたものでしょう。江畑謙介氏の分析にあるように、中国が海軍を増強する根本的な動機には「商船の保護」があると考えられます。経済発展には商船隊が、商船隊の保護には海軍が必要だからです。江畑氏はこう書いています。
 

 中国が今後も経済発展を維持しようとするなら(それは当然であろう)……有力な洋上航空戦力を伴う強大な海軍力を持たねばならない。


 どのくらい強力であればよいかといえば、中国の沿岸、領海の保安が確保され、かつ中国の商船が武力的脅迫を受けそうな不安定海域に、中国海軍力が常駐するか、迅速に駆けつけられる能力を持つことである。

「中国が空母をもつ日 (江畑謙介の戦争戦略論)」p97

 
 商船の保護といっても、この場合、あまり穏やかなことではありません。中国にとって重要な通商路となっている海域を、必要とあらば武力でコントロール可能になることを意味します。

国家が空母をもつ意味

 それには、突き詰めれば空母が不可欠です。ソマリア海賊程度が相手ならともかく、沿岸国と交戦することを考えれば、艦隊をただ送りこむだけでは足りません。近代的な敵の空軍に反撃されることが考えられるので、中国側も艦隊を航空戦力で守る必要があります。ところが近海ならともかく、それ以遠となると、陸上の空軍基地から戦闘機を飛ばしても届かないので、どうしても空母が必要になります。中国が経済発展の保障のためにいずれ必要とする艦隊について江畑氏が「有力な洋上航空戦力を伴う」と書いているのはこういうことです。この辺りの事情は「なぜ中国はそんなに空母が欲しいのか?」で書いた通りです。

 遠くの重要な海域をコントロールできる、つまりその沿岸国を攻撃できることは、中国に大きな影響力を与えます。「なぜどこの国も空母(航空母艦)を持ちたがるのか?」では、空母の保有は大国の条件とも言える、と書きました。空母によって艦隊は外洋で戦闘可能になり、前述のように商船の保護を可能にします。すると脅威と恩恵の両方または一方を他の国々に与え、その動向をある程度左右することができます。

 とはいえ、中国がそこまでに至るのはまだまだ先の話です。Coleが本書で何度も指摘しているように、中国海軍は未だ発展途上というべきです。仮に数年中に空母が進水したとしても、戦力として使えるようになるには、何年も訓練と研究を重ねなければなりません。海賊対処のためアデン湾で活動できるまでになりましたが、ヘリのメンテナンスほか兵站面で地味ながら問題が多かったと言われています。つまりは発展の余地はまだまだ残っており、これから更に一段と伸びてくる、ともいえるでしょう。

外洋へ動く「海の長城」

 中国海軍の伸長は周辺諸国に脅威を与え、対抗措置を招いています。外洋へ進出する力に対抗し、周辺での連帯が始まっています。

 特に東、南の両シナ海で中国と領土問題をかかえている国は、武力紛争への備えを増すとともに、外国との連携を深めて対抗しつつあります。陳時代の台湾は日米安全保障体制との一体化をはかり、日本はアメリカとの同盟をいっそう重視し、アメリカは日米―米韓の両同盟をリンクさせるとともに、東南アジア諸国との関係強化を打ち出しています。

 ベトナムはロシアと再び連携を強化しつつあります。先ごろベトナムの原子力発電所建設をロシアが勝ち取りました。これはロシアが経済協力と軍事面での協力をセット販売で売り込んだのが決め手になったと言われています。武器輸出三原則等のほか制約の多い日本にはマネができないことですが、これはロシアの巧妙さと同時に、ベトナムがロシアとの軍事的連帯を求めていればこと奏功したことでしょう。

 より広域でも、アメリカ、日本、インドが「日米印戦略対話」を常設化するといった連携が構築されつつあります。

 このような各種の動きは、中国を中心とする円の海側で起こっています。武力を行使できる地理的範囲を、外洋へ、外洋へと波紋のように広げる中国の動きを中心に、その周囲の国々が手をつなぎつつあります。中心から外へ押し出そうとする動きに対し、反発が生じています。

 かつて毛沢東は「海の長城」を建設すべきことを説きました。海の長城は陸にある万里長城と、何が違うのでしょうか? それは可動性です。地上にある万里の長城は動かない要塞であり、こちらから近寄らない限り害はありません。ですが目下発展中の海の長城は、中国海軍が守り得る防衛線の範囲であり、外へ外へと動きます。毛時代には中国沿岸に築かれた「海の長城」が、訒時代には次に第一列島線内に広がり、反動を巻き起こしながらも今、さらに拡大しつつあるといえるでしょう。

お勧めブログ

 中国の海洋進出はうちのブログで度々とりあげていますが、うちよりはるかに卓越して優れたブログがありますので、ご紹介しておきます。幅広く外交・安全保障問題を取り扱っているブログですが、特に最近は中国の海洋進出については多数の記事を公開してあり、勉強にならない記事はありません。この記事で紹介した「The Great Wall at Sea」はもちろんのこと、豊富な資料を用い、しかも簡潔に軍事情勢を解説しています。お勧めです。
http://blog.livedoor.jp/nonreal-pompandcircumstance/