たった半年の修行でプロデビュー! 異色の経歴を持つ賀茂川さんのマッチョで乙女(!?)な制作環境とは
インタビュー/文:伊藤桃香(ヴィ) 撮影:佐藤ポン
イラスト、漫画、アニメ、動画、音楽……さまざまなジャンルで活躍するクリエイターたちの制作机にスポットを当てる連載企画『#DESKWATCH』。珠玉のクリエイティブがどのような環境で生まれるのか、プロのクリエイターはどんなツールを使っているのか、写真とインタビューでじっくり迫ります!
今回は、ポップで華やかな絵柄が人気のイラストレーター・賀茂川さんにお話を伺いました。実は、賀茂川さんは絵を描き始めてからたった半年でイラストレーターデビューしたという異色の経歴の持ち主。年齢も性別も一切公表していない賀茂川さんのミステリアスな過去を探ってきました!
ポップで鮮やかな色彩を支えているのは「目の錯覚」というツール
▲ 液晶タブレットはCintiq24HDを愛用しているという賀茂川さん。そのほか、PCはなんと自作! CPUはCore i7 i7-2700K、メモリは32GB、ハードディスクはメインドライブはSSDにして、データバックアップ用に外部HDDを接続しているそう。
── まず、賀茂川さんが使っているペイントツールを教えてください!
「色相を5だけ右にずらして」とか「彩度を10下げて」とか、色味の指示はとくに厳しいかもしれません。最終的にCMYKモードで紙に出力されることが多いので。その点でも、クリスタは色調補正レイヤーが使えるからいいんですよね。
▲ 数十回に及ぶ修正を繰り返し完成したという『地下鉄に乗るっ』の太秦萌のポスター
── 賀茂川さんのイラストはポップな色合いなので、CMYKにすると彩度が落ちそうですが、完成したものを見るとすごく鮮やかですよね!
ありがとうございます! 実は、出力したときの鮮やかさを保つために気をつけていることがあるんです。たとえば、黄色を単色で使うと、どうしても彩度が落ちて濁ったような色になってしまいます。でも反対の色相の色、青や水色を差し色として置いておくと、パッと鮮やかに見えるんです。いわゆる「錯視」ってやつですね。「NOVELiDOL」の文野はじめもそれを意識して配色しました。
── なるほど……! 目の錯覚を利用して配色するというのは、理にかなったやり方かもしれませんね。ツールの話に戻るんですが、ショートカットキーは使っていますか?
ショートカットは頻繁に利用します! ただ、左手デバイスにすべて登録してあるので、キーボードはほとんど使わないです。ブラシ、消しゴム、アンドゥ、リドゥ、キャンバスの回転、左右反転、回転を正位置に戻す……って、ほぼ手癖になってますね。バーチャの屈伸(※1)みたいなものです。
※1 バーチャの屈伸:格闘ゲーム『バーチャファイター』シリーズのなかで、相手の投げを回避し中段攻撃をガードできるという高等テクニックのこと。
── すごくマニアックなワードが出てきましたね(笑) ツール以外で、制作中のマストアイテムって何かありますか?
コーヒーは大好きなので欠かせない存在です。それと、ストレスがたまらないようにアロマにこだわっています。友人の奥様が調香師で、レシピを書いてもらっているんです。目が痛いときは、バジルの香りがいいそうです!
▲ 賀茂川さんのアロマコレクションの一部。入浴時にも使っているそうです。
制作中はめっちゃ聴きますね。特にアコースティックギターのインストゥルメンタルが好きで。T-cophonyっていう方の楽曲がお気に入りです。ただ、何かと戦わなければならないときはEDMを聴いてテンションを上げます! あとは、オンラインゲーム『EverQuest II』の音楽がすごく好きで。サントラを延々とかけていることもありますね。
▲ 音楽が大好きだという賀茂川さん。その言葉どおり、棚にはぎっしりとCDが!
日本人の感性で勝負しないと生き残れない
── 賀茂川さんご自身のことについてもお聞きしたのですが、ペンネームの由来って何なんですか?
京都の賀茂川が由来です。小さい頃、家に誰もいないっていうのが普通の環境で。だから平日は毎日のように友だちの家に遊びに行ってました。でも休日はそうはいかないですよね。みんな家族で出かけてしまうので。そんなとき、ひとりでよく賀茂川に出かけてザリガニをとっていたんです。自分を育んでくれた場所という印象が強くて、賀茂川というペンネームにしました。
── 幼少期は京都に住んでいらしたんですね。イラストのお仕事を初めてからどれくらいですか?
▲ 本格的に絵の練習を始めたころの絵の一部
── ということは、半年くらいでプロレベルになったということですね! すごい……! ちなみに、それまでほかの仕事はされていたんですか?
振り返ると、いろいろなことをやってきましたね。アーケードゲーム専門誌の『月刊アルカディア』でライターとしてコラムを書いたり、古着屋に勤めたり、輸入家具の販売の仕事をやったりもしました。実は、漫画家のアシスタントをやったこともあったんですが、人物がまったく描けなくて、背景ばかり描いていました。
── アシスタントの経験はイラストレーターとしての仕事にも活かせそうですね。
そうですね。人体を正しく描くうえで一番重要なのは「立方体を立方体としてちゃんと描ける」というような基礎的な部分だと思うんです。それはアシスタント時代に養われましたね。人物イラストの経験はなかったものの、その基礎があったので、完全にゼロからスタートというわけではないんです。配色に関しては、古着屋時代に培われた気がします。
▲ 色を決めるときは、配色の本を参考にするときもあるとか。
── 半年でプロデビューして、いまなお継続的に仕事が来ているというのは稀有な状況だと思うのですが、なにか秘訣はあるんでしょうか?
「共感性」を大切にしていること……ですかね。これは悪い意味ではないんですが、イラストとか漫画とかがすごく好きでよく見ている人たちって、やや保守的な気がするんです。描きての年齢や性別で、作品に先入観を抱いてしまいがちというか……。だから自分はイメージを固定したくなくて、年齢も性別も伏せています。
他人と同じことをしても生き残れない世界なので、オリジナリティか圧倒的な技術力がなければ勝負になりません。自分には他人と比べて"圧倒的"と言えるほどの技術力はないので、オリジナリティを磨かなければ、と。絵柄に関してはいろいろと試行錯誤しましたね。そんなとき、mebaeさんや宇木敦哉さん、市川春子さんの絵に出会って。本当に衝撃的で、心から素晴らしいと思いました。日本人しか描けない、日本人にこそ好かれる絵だ、と。
── 日本人ならではの感性……ということでしょうか。
いま、中国人や韓国人のクリエイターもどんどん日本に進出していて、だからこそ日本独自の感性で勝負しないと、クライアントは「君の絵、いいね」と言ってくれないと思うんです。自分は、mebaeさんや宇木敦哉さん、市川春子さんのイラストからそれを感じて。彼らを追いかけているうちにいまの絵柄に到達しました。
女の子の絵は五感すべてをアウトプットするつもりで描く
── pixivに投稿した作品のなかで印象に残っているものを教えてください!」
『N-3B』と『HUGTON(※2)』ですね。
※2 HUGTON:ミュージシャン・かせきさいだぁさんのオリジナルキャラクター。
『N-3B』は、立体にとらわれるのが嫌で、いろいろと試行錯誤していた時期の作品です。当時はなかなか思ったような絵が描けなくて苦しんでいたんですけど、この作品はいい意味で力を抜いて描けたんですよね。それで「あ、こういう絵が描きたかったんだ」と気付いて。初心に返りたいときに見ています。
『HUGTON』は、この絵を見たかせきさいだぁさんが、「CDの販促ステッカーに使わせてくれませんか?」って声をかけてくれたんです! めちゃくちゃうれしかったですね。この絵を見ていると、人と人とのつながりを感じるんですよ。お世話になっているGK京都のプロデューサーがかせきさいだぁさんの大ファンだし。自分は、シンガーソングライターの大木はるみさんのMV用イラストを担当しているんですが、そのアニメーションを作ってくれた北村みなみさんがかせきさいだぁさんのMVを作っていて。ご縁だなあ……って思いますよね。
── 賀茂川さんには、pixivが企画したエナジードリンク「pixiv DORADO」のイメージキャラクターを描いていただきましたよね。
徹夜するときは自分もよく飲んでいます。夏コミで配布したとき、コンパニオンさんにキャラクターと同じ衣装を着てもらったらどうだろうと思ったんですが、ちょっと露出が多すぎますかね(笑)
── pixiv DORADOのキャラクターはもちろんですが、賀茂川さんの描かれる女の子ってすごく可愛いですよね。なにか工夫されていることはあるんですか?
大切なのは筋肉!? マッチョで乙女な仕事場
▲ 賀茂川さんの仕事場は引越し屋さんのダンボールだらけ……!
── 仕事場の環境についてお伺いしたいんですが……いたるところにプロテインやダンベルが置いてありますね。
── イラストレーターさんはとくに多いんですが、肩こりに悩まされることはないですか?
肩こりに関しては椅子選びが重要ですね。普通のオフィスチェアみたいな椅子を使っていたときは、肩こりがひどくて頭痛がするほどでした。でも自分に合った椅子を選んだら、自然と背筋が立つようになって。肩こりはほぼなくなりましたね。
── 現在の環境で困っていること、改善したいことはありますか?
部屋中のダンボールをどうにかしたいですね。実は、引っ越してから1年以上片付けられていなくて……。引っ越してきたときは200箱くらいあったので、だいぶマシにはなってるんですけどね! 引っ越すときにいらないものは全部捨てようと思っていたんですが、忙しくて自分で梱包する暇がなく。すべて引越し屋さんににお任せしたので、何も捨てられませんでした……。
── たしかに、忙しいと後回しにしてしまいますよね……。ちなみに、これから制作環境を構築しようとしている人がまず最初に整えたり、そろえたりするといいものは何だと思いますか?
椅子ですね! 安くてもいいので、背もたれの長いハイバックチェアにした方がいいと思います。自分は、体がすべてだとおもっているので、健康にいいスタイルを勧めたいですね。あ、脚がうっ血するのでジーパンはやめた方がいいです(笑)
半年でデビューのイラストレーター、成功の鍵はセルフプロデュース
賀茂川さんの仕事場は、ダンベルとアロマオイルが共存するという、ご自身と同様、独特な雰囲気を持つ空間でした。
たった半年という短期間の修行でプロデビューし、次々と大きな仕事を獲得している賀茂川さん。まるで天才の所業ように思えますが、その功績はイラストレーターの垣根を越えたさまざまな経験や、緻密なセルフプロデュースに支えられています。
賀茂川さんのように、創作とは直接関係ないと思える経験でも、自分の意識次第で糧にすることができるかもしれません。自分だけの武器を見つけて、それを磨いていくことが、創作の世界で成功するための近道となるようです。