最新記事

韓国社会

なぜ今「ヘル朝鮮」現象か

カネとコネがない人間の未来は地獄?自虐的な表現が若者の間で流行する理由

2015年12月25日(金)16時00分
スティーブン・デニー(韓国政治研究者)

変わらぬ社会 韓国社会は封建的な19世紀と変わっていないと嘆く声は少なくない Photo by DeAgostini/GETTY IMAGES

 ヘル朝鮮──地獄の朝鮮を意味するそんな表現が今、韓国の若者の間ではやっている。フェイスブックをはじめとするソーシャルメディアでは、「ヘル朝鮮」というコミュニティーが急拡大し、多くの韓国人、とりわけ若者が社会への不満や失望感を吐露している。

 オンライン誌コリア・エクスポゼのク・セウォン編集長は9月、「韓国、なんじの名はヘル朝鮮」と題した記事を書いた。それによると、ヘル朝鮮とは「19世紀で時が止まったような極悪非道な封建国家」のこと。そこでは野心は打ち砕かれ、個人の自由など存在しない。

「韓国に生まれるのは地獄に足を踏み入れるようなもの。厳しい決まりだらけの社会に一生縛られる。受験地獄と過酷な兵役は誰もが通る道だ」

 金持ちや有名人なら、カネとコネを駆使してこの地獄を回避できる。だが現代版「第三身分」の人々は企業にこき使われるか、「公務員試験を受けて『官僚のとりで』に避難する」しかない。そのどちらにも引っ掛からない人間は「『失業者の池』に溺れることになる」。

「自営業者になるという手もあるが、なんとか生活していくのが精いっぱいで、社会の落伍者扱いは避けられない。それが嫌なら『移住の森』を抜けて韓国を脱出して、(外国に)自由を見つけることだ」

 ヘル朝鮮の概念は現代韓国の最も悲惨な部分に焦点を当てており、かなり極端な社会描写であることは間違いない。だが、そこには社会全体に広く共通する真実もある。確かに韓国社会は極端に競争が激しい。子供たちは昼も夜も塾通いに追われ、満足な睡眠も取れない。

 雇用市場も同じで、より「スペックの高い人」、すなわち華やかな学歴や職歴の持ち主ほど就職しやすい。一方、新卒が就職できる正社員の枠はどんどん小さくなっており、猛勉強していい大学を出ても、「いい人生」を送れる保証はない。

 とはいえ、韓国の若者がみんな人生に失望しているとは考えにくい。金持ちなどの「特権階級」は別としても、ヘル朝鮮を実感している人は実際どのくらいいるのか。具体的な数は分からないとコリア・エクスポゼの記事でクは書いているが、手掛かりになるデータはある。

自信を失う韓国の若者

 1981年以降、世界各国(現在は約100カ国)で人々の意識を調べてきた世界価値観調査だ。その調査項目に、「あなたは自分がやりたいように人生の決断を下す自由があると感じますか」という質問がある。回答者は1(まったく感じない)~10(大いに感じる)の数字で答える。

 この問いについて、韓国での調査結果を90年、01年、10年の約10年おきに比べてみた。

 まず全年齢層の平均値は、90年が7.53、01年が7.14、10年が6.57だった。これはそんなに悪くない数字に見える。韓国の人々は、自分の人生をかなり思いどおりにコントロールできていると感じているようだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

尹大統領拘束令状の期限迫る、大統領警護処は執行協力

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、4週連続横ばい=ベーカ

ビジネス

伊首相、トランプ氏と会談 米南部私邸を訪問

ワールド

米新車販売24年は約1600万台、HVがけん引 E
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2025
特集:ISSUES 2025
2024年12月31日/2025年1月 7日号(12/24発売)

トランプ2.0/中東&ウクライナ戦争/米経済/中国経済/AI......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ザポリージャ州の「ロシア軍司令部」にHIMARS攻撃...ミサイル直撃で建物が吹き飛ぶ瞬間映像
  • 2
    空腹も運転免許も恋愛も別々...結合双生児の姉妹が公開した「一般的ではない体の構造」動画が話題
  • 3
    ウクライナ水上ドローンが「史上初」の攻撃成功...海上から発射のミサイルがロシア軍ヘリを撃墜(映像)
  • 4
    青学大・原監督と予選落ち大学の選手たちが見せた奇跡…
  • 5
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 6
    地下鉄で火をつけられた女性を、焼け死ぬまで「誰も…
  • 7
    「妄想がすごい!」 米セレブ、「テイラー・スウィフ…
  • 8
    早稲田の卒業生はなぜ母校が「難関校」になることを…
  • 9
    肥満度は「高め」の方が、癌も少なく長生きできる? …
  • 10
    気候変動と生態系の危機が、さらなる環境破壊を招く.…
  • 1
    地下鉄で火をつけられた女性を、焼け死ぬまで「誰も助けず携帯で撮影した」事件がえぐり出すNYの恥部
  • 2
    真の敵は中国──帝政ロシアの過ちに学ばない愚かさ
  • 3
    JO1やINIが所属するLAPONEの崔社長「日本の音楽の強みは『個性』。そこを僕らも大切にしたい」
  • 4
    カヤックの下にうごめく「謎の影」...釣り人を恐怖に…
  • 5
    イースター島で見つかった1億6500万年前の「タイムカ…
  • 6
    早稲田の卒業生はなぜ母校が「難関校」になることを…
  • 7
    キャサリン妃の「結婚前からの大変身」が話題に...「…
  • 8
    電池交換も充電も不要に? ダイヤモンドが拓く「数千…
  • 9
    「これが育児のリアル」疲労困憊の新米ママが見せた…
  • 10
    青学大・原監督と予選落ち大学の選手たちが見せた奇跡…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 3
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 4
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 5
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 8
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 9
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 10
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中