ハマって一気読みしたシリーズ作品、ページをめくる音や紙の匂い、書店で本を選ぶときのワクワク感ー。
子どもの頃に夢中になった読書が、大人になるにつれ「本を読まなければ」という呪縛となり、いつしか読書に苦手意識を持つようになってしまった…。本当は読みたいのに!
そこで年間700冊以上の本を読む「毎日書評」連載でもおなじみの作家、書評家の印南敦史さんに、忙しい大人でもできる! 読書の固定観念を解きほぐして自由に楽しむ読書のコツとご自身に影響を与えた本を教えてもらいました。
最近すっかり自分のために本が読めていない方にも、リハビリとして読みたいおすすめ本も選書していただきました。
▼前編 本が読めないと悩む人へ。書評家・印南敦史さんに聞く「読書との向き合い方」
物事を多面的に捉える力が養われる
──最近「読書ってなんて楽しいんだろう!」と感じたことは?
いろんなジャンルの本を読むけど、なかでもノンフィクションが好きなんです。自分の知らないこと、メディアの報道だけではわからない、本を読んで初めて「実際こうだったんだ」と背景やストーリーを知ると、やっぱり視野が広がります。
それから『殺め家』(八木澤高明 著、鉄人社)。これは殺人事件が起きた現場を歩いてルポした本なんですけど、ちゃんとその現場に行って、いろんな話を聞いて、その事件が起きた背景とかを取材してるんですよ。これって必要だなと。ここで事件があったんだぜって面白がってるようなスタンスかなと少し疑いを持って読みはじめたけど、すごく深かった。
あと、なにかの事件やある問題に直面している人たちの本を読むことで、「もし自分がその立場だったらどうだろう」って考えるようになります。完全に理解できるわけではないけれど、背景を知ることで当事者の辛さがわかるようになる可能性は高いなと思います。
わからなくたって生きてはいけるんだけど、相手の立場に立って考えてみることで自分も成長できるし、相手と近付くことができるじゃないですか。人間的な成長において、それはすごく大切なことだって思ってるんですよ。
表面的に、YouTubeの解説動画とかだけで情報を得ても真実の全体像はわからないまま。
ネットで検索すればOKって考えの人もいますが、情報を得るひとつの手段として使うのはいいけれど、それがすべてだと思っちゃいけない。自分の目で見て確かめないといけないですね。
印南流・理屈に縛られない“感じる”読書
テレビをだらだら見ている時間を30分削って、そこで本を読むときは、精神的にも余裕ができる。
感覚的にも、指で紙の質感、インクの匂いを感じたり。紙の本のページをめくる行動自体が、マインドフルネスに近い効果があると思うんですよね。
読書には、単に知識を得るだけではなくて、そういう感覚的な効果もきっとあるんだと僕は感じるんです。
──印南さんの人生に影響を与えた一冊はありますか?
いままで抗い続けながら生きてきたので、自分の中にはアグレッシブな側面もあって。たとえば負けないぜ、みたいなことだと『くそったれ少年時代』(チャールズ・ブコウスキー 著、河出書房新社)。
作者のチャールズ ブコウスキーは、怒りを詩にぶつけて、詩人として成功した人。生きるのが下手な人なんですけど、その生き方がよくて、共感できることが大きい。特に20代、なにをやってもうまくいかないってときに、ものすごく勇気づけられたところはあります。
2024年3月に出した著書『抗う練習』(フォレスト出版)では、いまの時代、みんな抗わずに「どうせこうだよ」と諦めすぎてるんじゃないの、もうちょっと抗ってみようぜ、ということを書きました。
すごく好きなのが、源氏鶏太の『明日は日曜日』『家庭の事情』(源氏 鶏太 著、ちくま文庫)。高度成長期の頃に大ヒットした作家で、直木賞を取ったり映画とかドラマになった作品が90作もあったりするのにいまは全然知られてないですよね。その理由は一つで、大衆小説で文学的価値がないとされているから。
でも、すごくよいんですよ。ストーリーは勧善懲悪で、紆余曲折を経て最後はよかったねと丸く収まって、読むとスカッとするんですよ、困ってるサラリーマンが結局勝つっていう展開が多いので共感できるんじゃないかな。
いまの時代って特にギスギスしてるじゃないですか。あと、会社で嫌な上司とか同僚がいて、それっていつの時代も変わらない。だからいまも絶対に共感できるものがあると思いますよね。
あとぜひ読んで欲しいのが『さよなら、ほう、アウル私の水』(奥間 埜乃 著、書肆山田)という詩集です。言葉の使い方が素晴らしいんですよ。「言葉って、こういう表現も可能なのか」って、新鮮な気づきがあります。
詩なんて難しそうと敬遠する人もいるけど、僕は現代美術と同じようなものだと思っていて。理由とか、意味がわからなくても感じればいい。理屈じゃないから。
だって理屈はわからないけど、なにか感じることってありますよね。それでいいと思うんです。
読書は日常の延長にあるもの
本を読みたいけど、なにを読んだらいいかわからない人におすすめなのは、『天才たちの日課』(メイソン・カリー 著、金原瑞人 翻訳、石田文子 翻訳、フィルムアート社)。天才といわれている人たちが、日課としてどんなことをしているかを短く書いていて。
テレビを消して30分だけちょこっと読むときにおすすめです。なにかを押し付けるわけではなくて、淡々とあったことを書いてるだけなので気負いなく読めます。
あとは『文にあたる』(牟田 都子 著、亜紀書房)。校閲の仕事をしている著者がその思いを書いている本です。1項目2〜3ページなので、短編のように読みやすいと思いますよ。
──最後に、印南さんの読書哲学を教えてください。
読書哲学みたいに大層なものはないけど、あえていえば「読書は日常」だということかな。読書って、決して特別なものではないはずだから。
それから大切なのは、「その読書は自分のためにある」ということ。
本来、「こう読まなければダメだ」みたいな決まりはないし、どう読むべきかは自分が決めることだと思うんです。まわりの人とは違ったとしても、自分が持っている選書の基準や読書スタイルは、少なくとも自分にとっては絶対に正しいはずですからね。それは信じたほうがいいと思います。
その読書を自分以外のなにかのために、と思っちゃうから、読めなくなっちゃう。でも読書は、その体験自体を自分の所有物だと思った方がいいって考えです。読書は、間違いなく自分のもの。
みんな気づいていないだけで、本は手に取るとワクワクするもの。そういった気持ちはあると思うんです。だからこそそれを思い出して大切にしてほしいですね。
▼前編 本が読めないと悩む人へ。書評家・印南敦史さんに聞く「読書との向き合い方」
印南敦史さんが講師として登壇!
無料トークイベント「読みたいのに読めない人のための読書入門」〜光文社新書ビジネス講座〜
日時:2025年 1月10日(金)18:30~
所要時間:90分(トーク60分+質疑応答15分+サイン会15分)
会場:紀伊國屋書店 新宿本店 3F アカデミック・ラウンジ
主催:光文社、共同主催:紀伊國屋書店
イベント詳細・申し込みはこちらをチェックお話を伺った方:印南敦史さん
作家、書評家。1962年東京都生まれ。作家、書評家。広告代理店勤務時代に音楽ライターとなり、音楽雑誌の編集長を経て独立。「ライフハッカー・ジャパン」で書評連載を担当するようになって以降、大量の本をすばやく読む方法を発見。年間700冊以上の読書量を誇る。「東洋経済オンライン」「ニューズウィーク日本版」などのサイトでも書評を執筆するほか、「文春オンライン」にもエッセイを寄稿。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社、のちにPHP文庫)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)など多数。最新刊は『現代人のための読書入門 本を読むとはどういうことか』(光文社新書)。