マルコム・グラッドウェル氏のベストセラー『Outliers』(邦題:天才! 成功する人々の法則)で有名になった「1万時間の法則」とは、どんな分野のスキルでも、達人のレベルまで高めるには、だいたい1万時間くらいの練習が必要だという法則です。この法則は、「自覚的訓練」に取り組む練習時間の目安としてよく引き合いに出されますが、プリンストン大学で行われたある研究によると、この「1万時間」というのは間違いなのかもしれないそうです。プリンストン大学の研究では、「自覚的訓練」に関する他の88件の研究について分析しました。そこからわかったのは、練習が技量に与える影響の大きさはスキルの分野によって異なり、スキル習得のために必要な時間は決まっていないということです。「Business Insider」の記事では、各分野について分析結果の数値を紹介しています。
研究者たちは、研究対象とした分野全体として、練習量が技量の差の原因のわずか12%しか占めていないことを発見しました。
本当に驚くべき点は、練習量が技量に与える影響の大きさが、分野によって異なるという点です。
ゲームでは、練習量が技量の差の原因に占める割合は26%でした。
音楽では、21%でした。
スポーツでは、18%でした。
教育では、4%でした。
専門職では、わずか1%でした。
「10000時間の法則」に異議を唱えたのは、この研究が初めてではありませんが、この研究は、より広範な分野について、長期的観点から練習が技能の習得に与える影響の大きさを正確に捉えようとした研究のひとつです。
この研究を行った研究者たちは、プレスリリースで自分たちの発見を率直にまとめています。
さらに、練習時間の記録を取ったり、標準化した技量の測定方法を利用したりするなどの方法で練習量と技量を正確に測定した場合、練習量が技量に与える影響の大きさは、さらに弱くなることが研究結果から明らかになりました。
「統計的観点から見ても理論的観点から見ても、『自覚的訓練』が重要なのは間違いありません。単に、これまで論じられてきたほど重要ではないというだけのことです」と、研究を行ったMacnamara氏は述べています。「科学者たちが現在問うべき重要な問題は、『練習以外に何が重要か?』です」
というわけで、こうした「法則」の類がしばしばそうであるように、「1万時間の法則」は本物の法則ではないのです。充分に練習すれば、誰でも技能の習得は可能だという考え方は素晴らしいのですが、「The New York Times」の記事が指摘しているように、練習しても身につかなければ、途中でやめてしまっても良いという考え方を知っておくのも賢明です。
けれども、充分な練習によって誰もがスターになれるという考え方を捨て去っても、いくつかのメリットが考えられます。例えば、ある技能のコツがどうしてもつかめないというケースでは、自分を非難する気持ちから解放されるでしょう。そして、これまで何度も繰り返し挑戦してきたのに、まだ上手にならないスキルがある場合は、そのスキルに見切りをつけて、何かほかのことに挑戦しても良いのだと考えられるようになるでしょう。実を言うと、高校を卒業したとき、私はフレンチホルンの腕前がかなりお粗末なままだったので、まさにそのとおりのことを実行しました。
もちろん、それでもほとんどの人は、ある技能を得意なものにしたい場合、たくさん練習に取り組む必要があります。けれども、実際にどれくらいの練習量が必要かを決定するのは、以前よりも難しくなりました。
Deliberate Practice and Performance in Music, Games, Sports, Education, and Professions|Psychological Science
Thorin Klosowski(原文/訳:丸山佳伸、吉武稔夫/ガリレオ)
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