ゲーミフィケーション(ゲーム化)という専門用語は、いろいろな角度から説明されていますが、基本的な考え方はシンプルです。すなわち、人生をゲームと考えて、現実世界で成し遂げたことに対してデジタルの報酬を設定すれば、何をするにももっとやる気が出るというものです。

少なくとも、理論上ではそうなっています。でも実際のところ、そんなにうまくいくのでしょうか? まずは、今わかっていることから見ていきましょう。

ゲーミフィケーションとは?

ゲーミフィケーションとは、ゲームの外の世界でもゲームのメカニズムを利用して、特定の行動に対して報酬を与える仕組みを指します。もしかしたら、子どものころに頭のなかでこういうゲームをしていた人もいるかもしれませんね。部屋の掃除や皿洗いをするよう言われた時、少しでも面白くするために、5分以内で終わらせるとか、できるだけ速く済ませるとかの条件を、自分でつけ足したことがありませんか? 

基本的に、ゲーミフィケーションでは、仕事を終えたら報酬がもらえます。この報酬は、アプリ内で表示できるちょっとしたデジタルバッジということもあれば、お店で使えるクーポンという場合もあります。

最近では、アプリさえ使えば、人生の退屈な事柄をほとんどなんでもゲーム化することができますRPGを攻略するかのごとくToDoリストを消化できるサービス「HabitRPG」や、ジム通いをゲームに変えるフィットネスアプリ、『Zombies, Run!』などがあります。

ゲーミフィケーションは、目標を設定し、その達成までの歩みを把握するためのひとつの手段にすぎません。「アメとムチ」的な要素があるので、ほかの方法に比べてモチベーションを高めやすくなっていますが、ゲーミフィケーションも大部分はやはり、私たち自身の意欲を拠りどころにしています。

ドーパミン、モチベーション、そして脳

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モチベーションをめぐる心理学は、多くの理論が絡む複雑なテーマです。ゲーミフィケーションが「効く」仕組みを理解するには、モチベーションが高まっている時に脳で何が起きているかをざっと理解しておく必要があります。

となると、ここではまずドーパミンについて説明しなくてはなりません。ドーパミンは、シナプス間で情報が伝達される際に介在する物質です。

ドーパミンとモチベーションの関係については、以前にもお話ししていますので、ここではあまり詳しくは触れません。基本的な前提はシンプルです――人間の体は、快楽を経験している時にドーパミンを放出するのです。この「快楽」には、あらゆることが含まれ、ゲームの報酬もそのひとつです。

心理学者のJamie Madigan氏は、アイテム獲得型のゲームを例に、この仕組みを説明しています

スロットマシンと、「ドーパミン作動性ニューロン」と呼ばれる脳細胞について考えてみましょう。ドーパミン作動性ニューロンは脳の中で、快楽を誘導する化学物質であるドーパミンの量を調整する役割を担っています。調整が必要なわけは、私たちの行動をコントロールし、快楽の源をもっとたくさん手に入れる方法を知るためです。

人生において良い出来事(例えば、おいしいホットサンドや、子犬のモフモフしたおなかなど)に遭遇すると、この細胞が活性化し、それをきっかけにして神経伝達物質のドーパミンが大量に放出されます。それだけでなく、ドーパミン作動性ニューロンは、良い出来事によってドーパミンの放出が引き起こされるのを予測しようとする働きも担っていて、実際に良い出来事に遭遇する前に活性化される場合もあります。

例えば、レンジの音は、おいしいホットサンドの前触れです。同じ経験を何度かすれば、ドーパミン作動性ニューロンはそれを学習し、レンジの音を聞いた段階で活性化するようになるわけです。進化という観点から見れば、この仕組みはとても有益な利点です。良いものが近くにあるという手がかりが、前もって与えられるわけですから。

とはいえ、この仕組みは、アイテム獲得型のゲームがうまく機能する理由の一部にすぎません。上に書いたように、ドーパミン作動性ニューロンは、脳が良い出来事を予測できるようになると活性化されます。ですが、まったく予期せぬ状況でドーパミンが放出されると、ドーパミン作動性ニューロンはまさに熱狂的に反応し、さらに大量のドーパミンを放出します。実はこれこそが本当のポイントです。「すごい! 思ってもみなかったのにホットサンドが手に入った!」と興奮しているわけです。この仕組みにも、おそらく進化上の利点があるのでしょう。というのも、予期せぬ快楽に対する執着心を生み、もっと手に入れるために予測しようという意欲を高めるからです。

要するに、ドーパミンは脳にとって、目のまえにぶらさげられたニンジンのようなものです。あなたが目標を達成すればするほど、ドーパミンの放出量が増え、モチベーションを保つのも簡単になるというわけです。つまり、ゲーミフィケーションの狙いは、小さな目標の達成に対して報酬を与えて、この仕組みをうまく引き出すことにあるのです。

ゲーミフィケーションでモチベーションが高まる仕組み

ゲーミフィケーションが役に立つのは、何かをするモチベーションが、それによって高まる場合だけです。ですから、私たちのモチベーションがどこから生まれているのか、その基本的なところを理解しておいたほうが良いでしょう。

モチベーションの源についてはさまざまな説がありますが、米科学雑誌『Scientific American』の記事では、3つの基本的な要素に分類しています。

  1. 自律性:モチベーションは、責任を負っている時に生まれます。「自分がものごとを取り仕切っている」と感じると、より長い期間、目標達成のために努力できる傾向があります。
  2. 価値:対象に価値を見出している時には、モチベーションが上がります。重要だと思える目標ほど、達成する可能性は高くなります。
  3. 能力:上達すればするほど、継続できる可能性は高くなります。また、「自分に必要なのは天賦の才能ではなく懸命な努力だ」と理解している時にも、努力を続けようとする傾向があります。

やや単純ではありますが、これらのポイントを踏まえれば、ゲーミフィケーションによってモチベーションが引き出される仕組みを理解しやすくなります。科学誌『Contemporary Educational Psychology』に掲載された記事では、そうしたモチベーションを2つのタイプに分類しています。1つは外発的モチベーション(お金や成績などの外部の要因から生まれるもの)、もう1つは内発的モチベーション(興味や喜びといった内部の要因から生まれるもの)です。

ゲーミフィケーションにおける最高のゲームとは、内発的モチベーションを引き出し、さらに報酬も与えてくれるゲームです。Zombies, Run!のようなアプリを例に考えてみましょう。このアプリは、バッジが欲しい、ストーリーの続きを知りたい、という外発的モチベーションを利用して、ランニングをしようという内発的モチベーションを引き出すものです。

このアプリが役に立つのは、つらくてもランニングをはじめなきゃと思っていて、しかもストーリーの展開を知りたいとも思える人です。もともとランニングに興味がないのなら、Zombies, Run!でその気持ちを劇的に変えることはできないでしょう。ですが、ランニングをはじめたいと思っていて、さらに、ゾンビの話が好きな人なら、行動を起こすちょっとしたきっかけになるはずです。

内発的モチベーションは、友好的な競争からも生まれます。複数の研究により、一部の人にとっては、モチベーションに競争がプラスの効果を与えることが明らかになっています。多くのゲーミフィケーション用アプリでは、運動や健康に関する項目で、上位のユーザーを発表するという形で、競争が採り入れられています。誰にでも効果があるわけではありませんが、競争心の強い人なら、ゲーム化アプリでモチベーションを高められるはずです。

ゲーミフィケーションに対する批判

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一見するとすばらしいものに思えるかもしれませんが、ゲーミフィケーションにもまったく弱点がないわけではありません。長期的な目標の維持にはあまり効果がない、という意見も多く聞かれます。第47回システム科学ハワイ国際会議(Hawaii International Conference on System Sciences)の会議報告に掲載された文献レビューによれば、これまでに実施された研究の結果を見る限りでは、ゲーミフィケーションに効果があるとはいい切れないようです。

この文献レビューでは、ゲーミフィケーションにはたしかに効果はあるものの、若干の但し書きが伴うようだとまとめています。レビュー対象となった研究の大多数では、ゲーミフィケーションによりプラスの効果または結果が得られています。しかし(中略)、ほとんどの定量的研究では、研究で考察されたゲーミフィケーション要素と研究対象となった効果との関係のうち、プラスの影響が存在すると結論づけられたのは一部にとどまっています。

ゲーミフィケーションにおいては、状況が重要です。「やりたくない」と思っている人のモチベーションをゲーミフィケーションで高めて行動を促せるかどうかは、実証されていません。また、実際のゲーム設計が効果に及ぼす影響についても、十分には研究されていません。どうやらゲーミフィケーションは、短期的かつ小さな目標の達成を促す場合に、もっとも大きな効果を発揮するようです。

専門家以外にも、多くの人がゲーミフィケーションを批判しています。批判の的となっているのは、背景にある心理学を理解していない人がいいかげんに導入しているという点です。ほとんどのアプリは、心理学者ではなくゲームデザイナーがつくったものです。ゲームデザイナーのIan Bogost氏は、その点についての自分の見解を、次のように説明しています。

それでも人は真実を知りたがるものなので、ゲーミフィケーションの真実の目的をもっと正確に表す言葉として、「搾取ウェア(exploitationware)」という名称を提案してきました。搾取ウェアという名前は、ゲーミフィケーションを推進している人々の本来の意図をとらえたものです。自分でもあやふやな専門知識しかないのに、サービスの提供によって文化的な流行から利益を搾り取り、自分の銀行口座がいっぱいになるまでの間、効果が持続するならそれで良しとして、また次のろくでもない流行がやって来るのを待つ、ペテン師のゲーム。それがゲーミフィケーションの本質です。

Bogost氏の主張によれば、ほとんどのアプリは心理学を踏まえてつくられたものではなく、生活習慣トラッカーなどの単純なものにゲーム的要素を追加しただけにすぎないそうです。きちんと設計されていないのなら、モチベーションが高まるのを期待してアプリをダウンロードしても、時間とお金を無駄にするだけに終わってしまうでしょう。

ゲーミフィケーションを試すべき?

つまり、ゲーミフィケーションをめぐっては、効果があるとする事例的根拠、効果があるともないとも断言できないという研究結果、効果は短期的なものだとする根拠、そして過剰に期待を煽るアプリに対する若干の警告が存在しているというわけです。

ゲーミフィケーションは、目標の達成を後押ししてくれる可能性のあるツールです。とはいえ、魔法のように効くものではありません。そして、これはどんな種類のトラッキングツールにもいえることですが、効果が出るかどうかは、何よりもツールの使い方にかかっています。

健康維持や減量でも、生産性の向上でも、自分磨きでも、そもそものモチベーションがなければ、ゲーミフィケーションは役に立ちません。ですが、あなたに意欲があるなら、もともとの土台をゲーミフィケーションで強化して、目標達成を後押しすることができます。どんなゲームの場合にもいえることですが、ユーザーを引きこむ魅力ある体験を生み出すのが、デザイナーの腕の見せどころです。それができていないゲームでは、ユーザーの関心は長続きしません。というわけで、自分にとって第一印象で魅力を感じられないゲーム化アプリは、わざわざ使ってみるまでもないでしょう。

ゲーム好きでモチベーションも高い筆者は、まさにゲーム化アプリのターゲットといえます。ですが、個人的な経験からいえば、ゲーミフィケーションにはそれほど効果はありません。例外はZombies, Run!です。ランニングをはじめたばかりのころに何週間か使っていましたが、しばらくのあいだは家から出るモチベーションを高めてくれました。その効果はあまり長くは続きませんでしたが、定期的に走る習慣を身につけるのには充分に役立ちました。今ではランニングがルーチンの一部になっているので、もうZombies, Run!に家から引っぱり出してもらう必要はありません。

この筆者の体験は、習慣を形成する最初の段階ではゲーミフィケーションが役に立つこともあるけれど、長期的な目標の達成という点ではあまり期待できないことを示す絶好の例といえるでしょう。

Thorin Klosowski(原文/訳:梅田智世/ガリレオ)

Photos by Olly, Quinn Dombrowski, VFS Digital Design.