『Firefox 1.0』が、ブラウザ界の巨人『Internet Explorer』に挑んだのは、かれこれ6年前。IEは、いまだ主要ブラウザのひとつですが、Appleの『Safari』、Googleの『Google Chrome』、『Opera』などの競合も次々と進化し、いまや、ブラウザ業界は群雄割拠の時代になりました。
では、そんな「ブラウザ戦国時代」のきっかけとなった、Firefoxは、これからどこに向かい、ウェブの世界はどう変わっていくのでしょう?
米Gizmodoでは、MozillaのDirector of Developer RelationsであるChristopher Blizzardさんにインタビュー。こちらでは、その様子をお届けしましょう。
米Gizmodo(以下Giz): iPhoneアプリ『Firefox Home』がそろそろリリースだそうですね。 Christopher: 『Firefox Home』は単なるブラウザではなく、ユーザはどんな人で、どこに行き、何を知っているのかといったように、モバイル端末で何でもカンタンにできることを目指しています。ちょっと気味が悪いかもしれませんね。また、これらをモバイルとデスクトップとでクロスさせます。Firefoxの同期技術「Firefox Sync」を活用し、複数のOSで、自宅のPCとモバイル端末を結ぶことができるのは、画期的なことです。 Giz: デスクトップ側では、Javascript速度の競い合いが大きなテーマになっています。Firefoxは、この点でどのように競っていきますか? また、Firefoxが先駆けだった拡張機能は、いまやChromeやSafariにもあります。Firefoxの次の一手は何でしょう? 成長率を見てみると、Googleの強力なプッシュもあり、Chromeは他の競合ブラウザに比べて速いペースで成長しています。 Christopher: そうですね、いろんな課題があります。Javascriptについては、まだ競争は終わっていません。Chromeでは、ジャストインタイムコンパイル方式が採用されています。コードをダウンロードすると、コンパイルされ、ネイティブコードで動作する仕組みで、こうすれば、スピードも速く、一貫性も担保できます。一方、Firefoxでは、『3.5』以来、これをトレーシング(Tracing)と呼んでおり、アプローチが異なります。『Firefox 4』では、ジャストインタイムコンパイル方式「JaegerMonkey」を導入する予定です。Chromeと似たパフォーマンスになるでしょう。とはいえ、トレーシングもやるつもりです。特に、CPUインセンティブな動作をしようとするとき、多くのアプリケーションにとって、ユーザをいじめることになるからです。フェアではありません。
『Firefox 4』でやろうとしているのは、次世代のJavascriptエンジンを搭載することです。Mozillaの大きなミッションは「ウェブ上でアプリケーションを動作させること」ですから、ここは注視すべき大事なポイントだと思います。
Googleが「Native Client」を一押ししていますが、これは、ウェブのパフォーマンスを構築するための、ひとつの方法です。そしてMozillaは、トレーシングによって、パフォーマンスのベネフィットをもたらすことができると見ています。「Native Client」よりも、速くできることがわかっています。したがって、この方針は数年は続くでしょう。
Giz: マイクロソフトのIE、アップルのSafari、GoogleのChromeといった具合に、自社のブラウザを大々的にプッシュする三大プレイヤーがいる一方で、この点でいうと、Mozillaは独立しているというのが面白いですね。 Christopher: ブラウザを開発しているのは、Moziilaだけです。広告を売っているわけではありませんし、OSを開発しているわけでもない。ハードウェアも売っていません。ただブラウザを作っているだけです。
Giz: 以前の「Mozilla vs. マイクロソフト」という対立構造のときと異なり、ユーザは、Googleのブラウザを使うことに、それほど悪い印象はもっていないようです。このような状況で、Mozillaはどうしていく方針ですか? どうやって競争に勝っていくのでしょう? Christopher: 社内でもこのテーマを何度も問いかけ、結局、いつも「Mozillaはユーザ視点に立とう」という点に立ち戻っています。これは、最も重要なことです。また、ウェブは民主的なものです。ゆえに、ユーザが気に入るものを我々が作り続ける限り、ユーザは使い続けてくれるでしょう。保有する技術をもとに、改善と投資をし続ければ、大丈夫です。また、Moziilaは、資金面では潤沢なリソースがあるとはいえませんが、チームの一貫性という面では優れていると思います。多くの資産もあります。強いブランド力もあります。もちろん、Chromeから学ぶべきことはたくさんありますが、それでも、Chromeの2倍のユーザを増やしています。やるべきことに集中していれば、大丈夫だと思っています。自身に投資しつづけ、ユーザに愛されるものを作り続けていくつもりです。
Giz: 無駄を削ることと、機能を追加することのバランスは、どうやってとっていきますか? たとえば、同期は大きな機能ですね。まとまりのあるブラウジングにとって、非常に意義あるものだと思います。 Christopher: このテーマには、多くの時間を充てています。あまり知られていませんが、拡張機能はもともと、無駄のないエクスペリエンスを実現するために作られました。コアな機能としてはいらなくても、拡張機能としては必要だ、ということです。ご存知のとおり、Chromeにも拡張機能がありますし、Safariも近々拡張機能ができるようですが、Firefoxの拡張機能と同じものではないと思います。違いは、API制限でしょう。Firefoxのユーザインターフェイスは同じ言語で書かれており、ユーザはこれを修正したり、変更したりできます。完全にフレキシブルなプラットフォームです。なので、安定性には役立ちませんが、クリエイティブなユーザがやりたいことを実現できます。他のブラウザはこうはいきません。創造性を発揮できること、変更できること、そしてユーザが本当に求めていることを発見できること。これらがMozillaを成長させてくれています。
Mozillaでは、これをモバイルにも導入しようとしています。単なるブラウザから、アイデンティティや同期へと発展させていくつもりです。
Giz: Operaは、現在SafariやChromeも使っているスピードダイアルなど、多くの機能を開拓してきました。彼らの追い上げが気になりませんか? 「なかなかよく動くなあ。これを使おう」というユーザもいます。スマートフォンにも、徐々に存在感を見せていますが。 Christopher: Operaはビミョウなポジションにいますね。何をしようとしているのかはわかりません。モバイル製品は素晴らしいと思います。とくに、サーバ側圧縮機能対応はいいですね。 Giz: 『Skyfire』もサーバ側圧縮機能対応ですが。 Christopher: ユーザがMozillaを選ぶ理由は互換性です。聞いた話ですが、たとえば、インドにはFirefoxでは動かないウェブサイトがまだ多くあるようですが、他のブラウザに比べればまだましだそうです。Firefoxの互換性はまだ素晴らしいものですが、WebKitベースのブラウザはそうでもありません。Firefoxが、Operaと同じようなポジションになるとは思いません。アーキテクチャーが違いますし、コミュニティも違うからです。市場シェアもFirefoxのほうが多いですし、Operaに取って代われるという心配はしていません。また、Operaとは組織もまったく違います。Operaは公開会社だし、組織も750人ほどと大きいですよね。また、彼らにとって、デスクトップブラウザはモバイルプラットフォームのためのテスト版です。なので、同じポジションになってしまうとは思っていません。
Giz: スマートフォンに期待していますか? Androidはいいでしょうか? Christopher: Firefoxは、フルブラウジングを提供したいと思っています。なので、基本的には、よさそうなスマートフォンと組むことになるでしょう。必要な方法で必要なところへ開発していくためには、オープンなプラットフォームであることは必須です。iPhoneは、この点で向いていません。Androidになるでしょうね。Windows Mobileによいブラウザが必要だと考え、Windows Mobileに取り組みましたが、プラットフォームが閉鎖されてしまいました。おそらくマイクロソフトは、IEのWindows Mobile対応バージョンをリリースするでしょう。出来はあまりよさそうではありませんが。 Giz: IE7をベースにした、変異バージョンのようですね。 Christopher: モバイルウェブにおいて素晴らしいのは、ユーザが最新のブラウザプラットフォームを使えるということです。
Giz: ウェブアプリは将来どこへ向かうと思いますか? 現時点では、Googleはウェブアプリにおいて大きくなっています。Androidは彼らにとってある意味、一時的なものなのかもしれません。Googleはウェブアプリに進んでいくと感じますか? Christopher: 私は少し別の観点で考えています。つまり、いろんな課題があります。収益化、アジリティ、エンジンなど。興味深いのは、ブラウザが、単にデータを閲覧するとか、これを便利にするというのではなく「便利なアプリケーションを開発できるか?」という視点に立っていることです。※注 Christopher氏のアップルにおけるHTML5マーケティングに関する考え方については、こちらのページ(英文)も参照のこと。「Chrome Web Store」にとって、この点は大きなアピールポイントだと思います。もちろん収益化という面もありますが、基本的に、コンテンツにたどり着きやすく、見つけやすいようにしようとしているのでしょう。だからこそ、彼らは、そのために多くのことに取り組んでいます。
私はMozilllaは、これよりもさらに大きな絵を描くことが必要ではないか、と考えています。デスクトップとモバイルとをクロスするアプリを作るためには、実際のアプリケーション開発では、ウェブを使って、別の方法に変える必要があるでしょう。あるものは標準に、あるものは実験、あるものはサービスといった具合に、これを実現するため、Mozillaはユニークなポジションをとっています。また、収益化の方法についても考えるべきときでしょうし、「素晴らしいアプリケーションを開発した第三者にどう収益化させるか」ということも、考え時だと思っています。
Giz: VP8についてどう考えますか? HTML5動画の問題は、すぐ解決すると思いますか? Christopher: ここには、たくさんの問題があります。VP8は非常によいものです。基本的に多くのことは書かれておらず「コードを見て。これが動き方だよ」という風に示されています。つまり、これは単なるスペックなのです。これに対応する動きは進むと思います。なので、YouTubeで使えるようになるという点で、VP8は興味深いです。エンコーディングの観点から面白いのは、VP8が動画を見る上で便利なだけでなく、動画をエンコードする際にも使うことができるという点です。リアルタイムチャットにも活用できるようになるでしょう。このような目的で、ロイヤルティフリーで使えるようになるのです。「H.264」も悪くはなさそうですが、よくもありません。エンコードするのにCPUインテンシブですし、複雑すぎます。「H.264」はエンコーディングや デコーディングに多くのCPUを使います。使うプロファイルにもよりますが、H.264の動画をデコードしたら、極めてCPUインセンティブになります。画像カードは、デコーディングをサポートしはじめますが、中にはデコーディングがうまくいかないものもあります。また、ビデオコーデックには向いていません。実際にビデオコーデックした人によると、いろんな角度からデータについての知識が必要ですし、エンコードやデコードには大きなスペースが必要だそうです。
「H.264」には、ベースラインプロファイル、メインプロファイル、拡張プロファイルの3種類のプロファイルがあります。興味深いのは、基本的にどの人もベースラインプロファイルに設定していることです。これはiPodが原因でしょう。iPodはベースラインだけデコードします。デコードのレベルを高くすると、エンコードもデコードも、極めてインテンシブなプロセスになるので、多くのCPUが必要です。
その点、VP8は常に同じプロファイルです。エンコードやデコードの計算が、比較的安価にできるので、基本的にリアルタイムで処理することができます。まだ革新の余地はたくさんありますし、新しいマーケットに新しいものを投入する余地もあります。つまり、ウェブだけにとどまらず、他のマーケットにもつながることなのです。とはいえ、ウェブでは、HTML5ブラウザへの対応はここ数年では、それほど十分には進まないでしょう。我慢比べになりそうです。
Firefoxと他のブラウザの違い、目指す方向性、ウェブを超えたさらなる可能性まで、Christopher氏にたっぷりと語ってもらいました。このほか、Mozilla役員のナマ声としては、1年ほど前に米Lifehackerが、Beltzner氏にインタビューしています。Mozillaにご興味のある方は、ぜひ、こちらの記事もチェックしてみてくださいね。
matt buchanan(原文/訳:松岡由希子)