• ホームHome
  • 【研究成果】院外心停止患者のうち、初期段階で心臓電気活動の無かった者は、その後の社会復帰率は非常に低いことが判明 〜救急システムや人生の終末期の議論に向けて〜

【研究成果】院外心停止患者のうち、初期段階で心臓電気活動の無かった者は、その後の社会復帰率は非常に低いことが判明 〜救急システムや人生の終末期の議論に向けて〜

本研究成果のポイント

  • 院外心停止を起こし初期心電図波形が「心静止(電気活動なし)」だった患者は、救急隊による高度な心肺蘇生のもとに病院へ搬送し治療しても社会復帰率が非常に不良であることが明らかになった。
  • 本研究結果を基に、生命・人生と有限な医療資源に関する建設的議論が期待される。

概要

 広島大学大学院医系科学研究科 救急集中治療医学 石井潤貴助教、錦見満暁助教、志馬伸朗教授、京都大学 大学院医学研究科 社会健康医学系専攻 予防医療学分野 石見拓教授、その他7人による日本救急医学会多施設共同院外心停止レジストリを用いた研究により、院外心停止を起こし初回記録された心電図が「心静止(電気活動なし)」だった患者は、救急隊による高度な心肺蘇生のもとに病院へ搬送し治療しても社会復帰率(生活が自立し就労可能な状態)が非常に少ないことが明らかになりました。
 これまで、初期波形心静止の院外心停止患者の生存率や社会復帰率についての質の高い解析データは存在しませんでした。本研究により、院外心停止に至った患者の生命・人生と有限な医療資源に関する議論の基盤となるデータが得られました。

 本研究成果は米国医師会(American Medical Association)の学術誌「JAMA Network Open」にオンライン掲載されました。
 本研究の論文掲載については、広島大学から掲載料の助成を受けました。
掲載誌:JAMA Network Open(Q1)
論文タイトル:Resuscitation Attempt and Outcomes Among Patients With Asystole Out-of-Hospital Cardiac Arrest
著者名:Junki Ishii, Mitsuaki Nishikimi, Kazuya Kikutani, Shingo Ohki, Kohei Ota, Tatsuhiko Anzai, Kunihiko Takahashi, Masashi Okubo, Shinichiro Ohshimo, Taku Iwami, Nobuaki Shime

 

背景

 院外心停止は生存率・社会復帰率(生活が自立し就労できる状態)が不良な公衆衛生上の主要課題の一つです。心停止患者の初期心電図波形(心停止を生じた後に最初に記録される心電図波形。主に救急隊が傷病者の元に到着した際に記録される)は患者の社会復帰を左右する重要な因子であり、このうち「心静止(電気活動なし)」はその他の心電図波形と比べ予後が悪いとするいくつかの報告がありました。
 一方で、これらの報告を行った欧米諸国では、特定の基準で生存の可能性が非常に低いと判断される院外心停止患者に対しては、救急隊が現場での心肺蘇生を差し控えたり、途中で中止したりすることができます。実際にこれらの報告では、初期波形心静止の院外心停止患者の約60-75%が蘇生の差し控えや中止を受け病院搬送されていませんでした。よって、救急隊が高度な心肺蘇生を全例に完遂し病院へ搬送した場合の生存率や社会復帰率は、より良い可能性がありました。
 日本の救急隊は院外心停止患者に対する蘇生行為の差し控えや中止は通常行わず、全患者が高度な心肺蘇生のもとに病院へ搬送されます。本研究は日本の大規模データを用い、初期心電図波形「心静止」の院外心停止患者に対する近年の病院前・病院搬送後の蘇生行為の施行状況や患者転帰、ならびに救急隊による高度な蘇生行為と患者転帰の関連を解析しました。
 

研究成果の内容

 対象となった35,843人のうち、発症30日後に生存していた患者は497人(1.4%)、神経学的に良好(自立生活し就業可能)だった患者は67人(0.2%)で、救急隊による高度な心肺蘇生処置の施行率は年々増加した(6年間で63%→66%)一方、患者転帰に改善は見られませんでした。時間依存性傾向スコア・リスクセットマッチング解析(治療介入の効果を正確に評価するための統計学的処理)により、救急隊による高度気道確保とアドレナリン静注は、患者生存の可能性の増加と関連しましたが、神経学的良好の可能性の増加とは関連しませんでした。

今後の展開

 本研究により、初期心電図波形が心静止の院外心停止患者は、救急隊による高度な心肺蘇生のもとに病院へ搬送し治療しても生存率・社会復帰率ともに非常に不良であり、高度な心肺蘇生処置と神経学的良好との関連も見られないことが明らかになりました。
 本研究は初期波形心静止の患者が社会復帰を果たす可能性を否定するものではなく、より良好な救命率・神経学的良好転帰の希求は変わらず重要です。一方で、増加し続ける救急要請件数や高齢化を背景に病院前・病院収容後の医療資源に限界があるのも事実です。救命・社会復帰する可能性が極めて低い院外心停止患者に対する病院到着前の蘇生中止という選択肢は主要な心肺蘇生ガイドラインにも掲載されており、これを導入している国・地域も多くあります。このジレンマについて本研究結果を基盤にさらに研究を深め、議論する価値があります。
 具体的には、本邦において初期心電図波形心静止の院外心停止患者全例に対して高度心肺蘇生処置と病院搬送を行っていることが経済に与える影響の解析や、院外心停止患者の蘇生が一般市民や救急隊、医療従事者に与えた身体・精神的影響の研究、初期心電図波形が心静止の院外心停止を経て生存した患者の生活の質の研究、全世界における病院前での心肺蘇生の中止の現状の記述研究などが考えられます。また、初期波形心静止の院外心停止患者のうち、社会復帰を果たす可能性がより高い患者の特徴を解明する研究も有用と考えられます。
 

参考資料

【お問い合わせ先】

大学院医系科学研究科 救急集中治療医学 石井 潤貴
Tel:082-257-5456 FAX:082-257-5589
E-mail:[email protected]
 


up