第3話 夜明けのVLOOKUP

『ナオさん!
これ先方にメール送っておいてくれる?』

『あ、高山君!サイトの更新はできてる?』

職場はいつものように慌ただしかった。

『真由美さん、明後日の製品発表会の準備、
どうなってるかしら?』

「あ、麗奈先輩。会場の手配はできていますので、あとはタイムテーブルの印刷だけです」

『了解!いつも仕事が早いわね。期待してるわよ』

麗奈先輩はそう言うと、慌ただしくオフィスを飛び出していった。


うちの会社は国内でも有数の玩具メーカー。
今日は製品発表会の準備でバタバタしてる。

発表会は明後日。

社運を賭けた製品発表会になるみたい。

この職場に来てから何年経っただろう。
私は29歳になり、一緒に働いていた友人の多くは、寿退社で会社を去って行った。

当時入社したメンバーで、今も残っているのは・・・

「ねえねえ、真由美っ!」

そう、元気いっぱいのナオだけだ。


「ナオ、どうしたの?」

「ちょっと、こっちこっち」

「どうしたの、ナオ?なんだか嬉しそうだけど」

「ふっふっふ。良いこと教えてあげよっか?」

「良いこと?」

「ジャーン!
これなーんだ!」

「??」

そう言ってナオが私の目の前に出してきたのは、
ノートPCだった。

「ノートPC・・・じゃない?」

「違う違う!ほら、よく画面を見てよ。
エ・ク・セ・ルのシート」

「ん?」

私はナオに急かされるままに、画面に表示されたシートを覗き込んだ。


正木ナオ。

私の親友であり、同僚。

同い年なのに、私よりエネルギッシュなナオ。

私とナオには共通の趣味があった。

それは「婚活パーティー」に通うことだ。

私はもうすぐ30。 職場のみんなからは「結婚しないの?」の視線が否が応にも飛んでくる。

「結婚できないんじゃありません!
結婚したい"相手"がいないだけなんです!」

・・・って言いたくても、なんだか余計に変な気を回されそうだし。
私は悶々とした日々を過ごしていた。

そんなある日、私はナオに婚活パーティーのことを教えてもらった。

ナオは2年ほど前から婚活パーティーに通い、素敵な男性を探しているとのことだった。

「2年通っているナオでさえ、素敵な男性を見つけられていないなんて・・・。
婚活パーティーって大丈夫なの?」

そういう私に、ナオは「違う違う」と首を振ってこう言った。

「私は婚活パーティーを楽しんでるの。
私は結婚願望ある方だけど、すぐに相手を決めたら面白くないでしょ?
一度きりの人生。
色々な男性の中から運命の人を選べるのって贅沢じゃない?」

こ、この子、すごい・・・。

「で、でも、そんなにたくさんのパーティーに行ってたら、相手のことなんてすぐに忘れちゃうでしょ?」

「ふっふっふー。
だからね、これを使うの」

「これ?」

「ほらこれ、Excelのシート。
私はね、今までに出会った男性のデータをぜ~んぶExcelのシートに記録してるんだ」

「そ、そう・・・」


その時は、ナオの几帳面さ?大胆さ?を知って呆気にとられていたけど、誘われるまま、婚活パーティーに出席するようになってからは、Excelで男性の情報を管理するのも悪くない気がしてきた。

最近では帰宅後にExcelのシートを開くのが日課になってる。

「ねえねえ!真由美、私の話聞いてる?」

「あ、ご、ごめん。なんだっけ?」

ナオに呼ばれて、我に返った。

「私のExcelシートの話だよ」

「あ、ナオのExcelシートのことね」

「実はね・・・。バージョンアップしたんだ」

「バージョンアップ・・・?」

「ほら、ここ見てみて」

私はナオが指差したセルを見てみた。

「あれっ、セルが追加されてる。数字?」

「そう数字。その数字はね、
その男性との「運命の王子様度」を表示してるの。
私のシートは相手との相性まで
分かるようになったんだ」

「お、王子様度・・・?」

「そう。1なら1%で相性最悪。
100なら100%で相性最高。
ま、100%が出る相手なんて、何人いるか分からないけどね」

私はナオの話を聞きながら、そのシートを眺めてみた。
確かにたくさんの数字が並んでる。

「実はね、私、銀座で有名な占い師さんのところに通ってたの。
で、相手の男性の"血液型"と"誕生日"の情報から、私との相性を占ってもらってたんだ。
その情報がこっちのシートに入ってるの」

「そ、そう」

「このシートは、名付けて"王子様度シート"。
このシートを使うと便利だよ。
試しに入力してみるね」

そう言うと、ナオはおもむろにデータを入力し始めた。

「血液型はO型で、11月生まれの人・・・と」

ナオが入力を終えると、「王子様度(プリンス度の略でP度と言うらしい・・・)」のところに「85」という数字が表示された。

「きゃっ、なかなか良いじゃん!!
O型11月生まれの人、どこかにいないかなあ」

ナオは上機嫌だった。

私は忘れてた。ナオが占い好きだったことに・・・。

「すごいでしょ?このシート。
麗奈先輩に教えてもらった「ブイルックアップ」っていう関数を使ってるんだ。
麗奈先輩って色々なこと知ってるよね。憧れてるんだー」

「ナオ・・・。麗奈先輩、婚活パーティーのためにナオがExcel使ってること知ってるの?」

「んーん、知らないと思う」

そう言うとナオは無邪気な笑顔を見せた。

・・・侮れない子・・・!

「で・・・実は!
今日は真由美の分の"王子様度シート"も用意してきたのです!」

「えっ?」

「銀座の占い師さんに、真由美の運勢も聞いてきてあげたんだから、感謝しなさいよ」

ナオはそう言うと、私の手を握り、
USBメモリを手渡してきた。

「この中に設定方法も書いておいたから」

「あ、ありがとう・・・」

「ということで、今日は午後8時から新宿ね!
忘れないでね」

「う、うん」

ナオはそう言うと、自分のデスクへ戻っていった。

私は時計をチェックした。
午後8時まであと3時間・・・か。

今日のパーティーは遅れないようにしなくちゃ。


いけない!また遅刻だ!

私はいつものようにタクシーの中にいた。

最近のバタバタのせいで、
遅刻してばっかりだ・・・・。

「あ、運転手さん、ここで降ろして下さい」

タクシーを飛び降りた私は、あることに気が付いた。

「メイク直すの忘れた・・・」

製品発表会の準備でバタバタしていた私は、メイクを直さず、会場へ来てしまったのだった。

どうしよう・・・。
今日は帰ろうかな・・・。

こっそり会場の中を覗こうと、顔を出したとき、誰かの背中にぶつかった。

「あ、す、すいません・・・」

「いえ、こちらこそ、こんなところに立っていてごめんなさい」

その人は申し訳なさそうな顔で、振り返った。

須磨孝弘

あれ・・・。

この人・・・。

『おーい!孝弘!お前の席にワイン置いておくからなー!』

中からもう一人の男性の声がした。

「おー、すまないー、今行くから」

孝弘と呼ばれた男性はそう叫ぶと、私の方を振り返った。

「先程はすいませんでした。
あ、僕、須磨孝弘って言います。
せっかくなので、プロフィールカードだけでも。
あとで、改めてご挨拶させて下さいね」

「は、はい・・・」

男性は会場の中へ戻っていった。


似てる・・・。

部屋に戻った真由美は、幻を見た気分だった。

須磨孝弘と名乗った男性。

メイクのことが気になって、結局パーティーを途中で抜け出した真由美だったが、偶然話しかけられた「孝弘」という男性のことが頭から離れずにいた。

「あの人・・・
雄介に似てた・・・・」

雄介。
真由美の想い出の人。

「何考えてるんだろ、私。
あんなところに雄介がいるわけないじゃない・・・」

真由美は独り言を漏らすと、自宅のベッドに倒れ込んだ。

このところ、製品発表会の準備で終電帰りが続いていた。
口に入れたワインは、いつもより重く感じた。

そうだ・・・。
今日も忘れないうちにメモしとかないとね。

真由美はノートPCへ向かい、いつものExcelのシートを開いた。

あ、確か・・・
ナオがくれたデータがあったんだっけ・・・

真由美は、ナオから会社で受け取ったUSBメモリを繋げてみた。


え・・・と。
これで良しね。

VLOOKUP関数が、新しい数字を刻んだ。

わあっ、30%とか40%台ばっかり・・・。

ナオの言う通りだとしたら、これ、銀座の有名な占い師さんが導き出した数字ってことよね。
私、男運ないのかな・・・。

『年収や身長で選ぼうとしているあなたになんて、良い人は見つかりません!』
っていう、神様の暗示かしら。

・・・あ、そうだ。

真由美は思い出したかのように、ポーチから一枚の紙を取り出した。

あの人のプロフィールカード・・・。

・・・・・・雄介。

その男性は孝弘と名乗った。

しかし、真由美の脳裏には、孝弘の姿と重なる雄介の姿があった。

私、どうしちゃったんだろ・・・。

気付けば、真由美の頬を一筋の涙が伝っていた。


東京の夜が明けようとしていた。

想い出の恋は繰り返されるのかもしれない。

孝弘のセルに刻まれた数字が、朝日を浴びて輝いていた。

須磨孝弘との相性は92%

今回の関数

真由美のExcelのファイルには、これまでに出会った男性の色々なデータが入っており、その中には、血液型や誕生日のデータも入っています。

ナオは、「王子様度シート」と名付けた、「血液型×誕生日」の計48種類からなる数字(1~95)のシートを、真由美にプレゼントしました。

今回は、劇中で真由美が実際に試したように、王子様度シートと
「VLOOKUP」関数を用いて、相性度を表示させてみたいと思います。

VLOOKUP(ブイルックアップ)=VLOOKUP(検索値,範囲,列番号,検索の型)

VLOOKUP関数は、キーとなるコードや番号を使って、参照表から検索して、指定した値(参照表内のデータ)を表示させる関数です。
参照表のデータが縦方向(vertical)に入力されている場合に使用します。
ちなみに、データが横方向(horizontal)に入力されている場合には「HLOOKUP」関数を使用します。

※VLOOKUP関数を使って入力した式は、フィルコピーして使用することが多いため、範囲の指定は絶対参照([F4]キー)にしておくとよいでしょう。

※検索の型は「完全一致(FALSEもしくは0)」か「近似値(TRUEまたは1)」で指定します。

データ取得用のシートを追加する

ナオから受け取った「王子様度シート」をコピーして、元のファイルにシートごと追加します。

※「王子様度シート」をそのままVLOOKUP関数の参照表として指定することもできますが、ファイルの保存場所を移動したりすると関数がうまく機能しないので、下記のようにシートをコピーすることをお勧めします。

「王子様度シート」をコピーすることをお勧めします

2つの情報からコード番号を作成する

次に、元のシートに「Pコード」「P度(王子様度)」という2つの列を追加します。

その際、「Pコード」のセルには、血液型と生年月日の「月」が組み合わされた文字列が入るように式を入力して、列全体(必要に応じて)にコピーします。

2つのセルの内容をつないで表示させるには「&」を、月のみを取得する際は「MONTH」関数をそれぞれお使い下さい。因みに、年は「YEAR」、日は「DAY」を使って表示させます。

例:=I5&MONTH(G5)

「Pコード」のセルには、血液型と生年月日の「月」が組み合わされた文字列が入るように式を入力して、列全体にコピー

VLOOKUP関数を使って、指定したコードに該当した値を取得する

続いて、VLOOKUP関数を使って、Pコードに該当するP度を「王子様度シート」から取得して表示させるように式を入力し、列全体(必要に応じて)にコピーします。

例:=VLOOKUP(O5,王子様度シート!$B$2:$C$50,2,0)

P度を「王子様度シート」から取得して表示させるように式を入力して、列全体にコピー

これでP度が表示されました。
データ(行)を追加する際には、今回入力した式をコピーしておくようにしましょう。

※須磨孝弘のセルが強調表示されているのは「条件付き書式」を設定しているためです。(条件付き書式の詳細は第1話参照

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