アンドロイドは、ほとんど人間になる?
ペットロボットや掃除ロボット、介護ロボットなど、ロボットが実生活の中でも身近な存在になってきています。またここ最近はソフトバンクモバイルが汎用型の感情認識パーソナルロボット「Pepper」を発表するなど、「ロボットが心を持つ」というSF映画のような夢物語が、いよいよ現実のものとなろうとしています。
しかしロボットが社会のさまざまな場所で利用されるようになると、人とロボットの関係はどう変わるのでしょうか?
ロボットが人間と共生すれば便利な社会になるのはわかりますよね。でも逆に悪い面もあるかもしれません。例えば人間に見た目そっくりのアンドロイドが人間の仕事を奪ってしまうという懸念もあります。また感情を持つことで怒りを覚え、人間に反抗したり、果ては人間社会を支配して、人間がロボットの奴隷になってしまったりすると懸念する人もいるかもしれません。
「ロボット/アンドロイドが感情を持つことの危険性」は、これまで多くの映画やフィクションでも描かれてきました。そしてこの8月6日にDVDがリリースされるJ.J.エイブラムス製作総指揮のSFドラマ「ALMOST HUMAN / オールモスト・ヒューマン」でも衝撃的な未来が描かれています。どのような内容なのか、まずはあらすじをどうぞ。
このドラマでは、感情に従って予期せぬ情動反応を起こすアンドロイドは旧型モデルとして扱われています。「人間らしさ」を追求して作られたアンドロイドは、人間と同じく予測不能な情動反応を起こすため、不完全とされているんですね。つまり感情を持つロボット/アンドロイドは欠陥品だと。
ロボットに感情があることで欠陥品とされる時代が来るかもしれない。人間が制御できなくなるという危険性を考えると、果たしてロボットに感情は必要なのでしょうか?
そこでギズモードは、アンドロイド研究の第一人者として知られる大阪大学・石黒浩教授にインタビューを行ないました。「ALMOST HUMAN / オールモスト・ヒューマン」で描かれている未来世界を題材に、人とロボットにあり方について石黒さんの見解を伺おうと思います。
石黒浩:ロボット工学者。大阪大学特別教授。知能ロボット研究の世界的な第一人者であり、自分そっくりな遠隔操作型アンドロイド「ジェミノイドHI-1」の開発で世界を驚かせた。現在、日本科学未来館で開催中の常設展「アンドロイド-人間って、なんだ?」では、成人女性の姿をした「オトナロイド」と、女児の姿をした「コドモロイド」の開発・監修も担当。英国Synecticsが2007年に発表した「世界の100人の生きている天才」で日本人最高位の26位に選出されるなど、最先端のロボット研究者として世界的に注目されている。人とロボットが共生する時代は来るのか?
ーーまずは「ALMOST HUMAN / オールモスト・ヒューマン」を観た率直な感想をお聞かせ下さい。
石黒:これまでのロボット映画とは違って、違和感なく受け入れられる内容でした。例えば「A.I.」ではアンドロイドはまばたきしないという、技術的にはありえない差別化がされていましたし、「アンドリューNDR114」は好きな映画ですけど、アンドロイドが人間になるという設定に多少無理がある。そういう過去の作品を思い返すと、このドラマは普通に起こりうることを描いていると思います。ーー人間そっくりのアンドロイドが人間と同じように生活する時代は来るのでしょうか?
石黒:ドラマのようにありとあらゆるシーンでアンドロイドが人間らしくなるには無理ですけど、私は場面を選べば可能な部分はあると思います。このドラマのアンドロイドも技術考証から外れたような差別化がなくて、わりと素直な未来の描き方だと感じました。実際に今では人間とそっくりなアンドロイドを作ることは可能になってきているので、もはや視覚的にも人間との差を無理矢理つけるのはナンセンスだと思います。「ALMOST HUMAN / オールモスト・ヒューマン」は「FRINGE/フリンジ」のJ.J.エイブラムスとJ.H.ワイマンが再びタッグを組んだ近未来SF刑事ドラマ。科学と技術が驚異的なスピードで進化した2048年を舞台に、心を閉ざしがちな刑事と、人間の感情を持ったアンドロイドのコンビが凶悪犯罪に立ち向かう姿を一話完結型で描く。人とアンドロイドの見た目の違いがなくなるとどうなるのか?
ーーこの世界ではアンドロイドは人と見分けがつかなくなり、人間社会に溶け込んでいます。石黒さんはご自身とそっくりなロボットも制作されていますが、人間とロボット/アンドロイドの見た目の違いがわからなくなると、現実社会ではどのような問題が起きるのでしょうか?
石黒:別に特別な問題は起きないと思っています。今我々が人と話すときも相手の身体の中身を見ることはできないので、人間と信じて話しているだけですよね。今こうやって話しているのも。人間らしいアンドロイドが誕生して、人間と同じように生活していたら何か困ることが起きますか? 所詮その中身は見ることができないし、そもそも同じ社会で共存するなら、人間というだけで、常にロボットよりも偉いということにはならないと思います。ーーでも人に似たアンドロイドを不気味に思うことがあると思います。このドラマでもそういう描写がありました。
石黒:それは人間というカテゴリに入っているだけでロボットよりも、自分の価値はロボットに勝ると思っているからです。だから人間とロボットの境界がなくなると怖いんです。両者の境界がなくなれば、その価値は個々の作業能力の比較になります。しかし、計算速度を競っても、記憶の容量を競っても、何一つロボットには勝てない。自分の存在価値が消えてしまう可能性がでてきます。だから今のところ多くの人は、自分はロボットと違う尊い人間なのだと思っていたいのです。ただ、ロボットを作ってる側の人間は、そういった心配はしないですが。ーーすると人間もアンドロイドをモノではなく、人として扱う時代が来るのでしょうか?
石黒:それは社会がどう受け入れるかによります。世界にはチンパンジー等の霊長類に人権の一部を認める国も既に存在しますよ。権利というのは社会が与えるのであり、神様が与えるのではない。それはロボットも同じ。仮にみんなに愛されているロボットがいたとして、それを破壊する人がいたら、反発も必ず起きます。だから社会が受け入れれば、人権を与えることもあると思います。ロボットがもはや日用品として扱われる時代。人間とそっくりのアンドロイドが存在するが、人間そのものをコピーしたアンドロイドを制作することは法律で禁止されている。未来の警察はアンドロイド化するのか?
ーーこのドラマにはアンドロイド警察が登場します。より凶悪・高度化した未来の犯罪に対し、アンドロイドの警察というのは有効になるのでしょうか?
石黒:このドラマで面白いと思ったのは、アンドロイドを警察官にしたこと。警官は感情を持つと仕事に支障をきたすことがあります。だからロボットが感情を消すということに重要な意味がある。ただ完全に感情を殺すとただの殺人兵器になる可能性もありますし、法律に従って動くのが正しい行為とするならば、感情のないアンドロイドのほうが正確に任務をこなせるかもしれない。ーー感情が邪魔になる職業で言うと、裁判官とかも適しているのでしょうか?
石黒:いや、裁判官にとって最も重要なのは、法律が適用できない問題に対して新しい判決を与えることなので、感情はどうしても必要になるんです。そういう意味では裁判官は無理。単純な事例で法律に従えばいいだけなら別かもしれないですけど。ーーでは警察官以外に感情を持たないアンドロイドが適任だと思う職業はありますか?
石黒:兵士ですよ。このドラマがアメリカ的だなと思ったのは、アンドロイド警察をロボット兵器として使おうとしているところですね。兵士は警官よりも簡単で、戦場で味方以外の動くものなんでも殺せと命令すればいい。「ロボコップ」などもそういう発想からきていると思う。犯罪率が400%も上昇した未来では、高度化した凶悪犯罪に対抗するため、警察はアンドロイドとペアを組んで捜査することが義務付けられている。ロボットに感情は必要なのか?
ーーこのアンドロイド警察の中で、感情を持つロボットは予測不能な情動反応を起こすために欠陥品だとされています。そういうことを考えると、そもそもロボットに感情は必要なのでしょうか?
石黒:ないと困る。感情というのは最も速い通信手段なんですよ。例えば英語がわからなくても外国人と一緒に笑うことはできますし、怒ることもできます。感情というのは他者と意思疎通をはかる最も単純で重要なコミュニケーションの手段。なのでアンドロイドに感情がないと意思疎通がしにくくなる。だからアンドロイドには言葉よりも、まず感情を与えるべきだと思う。先に感情表現ができて、その上で言葉が理解できるようになるのが正しい順序。それは赤ちゃんがいきなり「こんにちは」と言わずに、オギャーと泣いて生まれてくるのと同じ。人間とかかわりを持つようになって、初めて相手の言葉を理解できるようになり、そこからいろんなものを学習するわけですから。ーーでは、感情が意思になり、そこに知能が芽生えて、支配者である人間に反抗するという可能性はあるのでしょうか?
石黒:それは究極の話になるが、アンドロイドが死の恐怖を持つかどうかによります。反抗する大きな理由として、自分を殺したくないという動機が挙げられます。このドラマでも自分に似たアンドロイドが処分されるときに嫌悪感を抱くシーンがありました。あれはアンドロイドの設定に自己保存の欲求を入れているからだと思います。自分と似たものの死を見ると、自分も死ぬんじゃないかという想像することがあるんです。もしアンドロイドに自分が死んではいけないというプログラムが書かれているとすると、人の死から自分の死を想像して、そういう状態を回避するために、何かをしようと考えるようになるかもしれない。ーーそうなると死を恐れないアンドロイドが人間によって窮地に追い込まれた時、人を傷つけるのと、自分を殺すのとでどちらを選択するのでしょうか?
石黒:少しでも人を傷つけるおそれがあるから、自分を殺すというのはありえないですね。例えば前から人が歩いてきて、ぶつかりそうになったら自分を殺してしまうことになります。そんなことをしていたら何もできないし、そもそも人と一緒に存在できないという矛盾に陥ってしまう。自分が存在するだけで人を傷つける可能性はゼロじゃないですから。ーーそれは人間にも当てはまることですね。
石黒:ロボット三原則というのがありますが、あれは何もロボットに限定される話ではなく、人間三原則と言ってもいい。要するに社会的なすべての生き物に適用できるから、僕はあの原則がロボット特有のものだとは思っていないです。特に人を傷つけるというのがどの程度かが書かれていないじゃないですか? 例えば自動車にひかれようとしている人を助けようとして、その人を突き飛ばすとどっちになるのか? もしかしたら車は止まるかもしれない。人を傷つけるというのがどの程度なのか、それの定義がないままの三原則は人間にだって適応が難しく、原則とする意味が殆ど無いですね。ーーすると石黒さんはアンドロイドも原則なしで生きるべきだと考えているのですか?
石黒:人がアンドロイドを受け入れ、共存することを望んでいるのならそれでいいと思っています。人を傷つけるかどうかは、人一人一人とアンドロイドの関係次第です。人と関わるということは、助けあう一方で、心的にも物理的にも傷つけあうこともありますから。なので多少傷つけられても一緒にいたいと思う関係をアンドロイドと築けるようになると思います。それは人と人の関係と同じこと。絶対に相手を傷つけない関係とは、相手とまったく関わらないということになりますから。主人公ジョンの相棒に選ばれたドリアンは旧型タイプのアンドロイド。人間らしさを追求して作られたものの、感情に発して予測不能な行動をとるため、欠陥品と認識されている。人間とは何か?
ーー「ALMOST HUMAN / オールモスト・ヒューマン」は心をなくした人間と、人間の心を持ったアンドロイドがパートナーとなることで「人間らしさ」を浮き彫りにするドラマです。「ほぼ人間」という意味でいうと、現在、日本未来科学館で常設展示している「オトナロイド」も見た目は「ほぼ人間」で驚きました。
石黒:人間とは何か?というのを突き詰めると、アンドロイドを作ることになるんです。結局、人間とは何かを考えることが、人間の本当の生きる目的なんですよ。ご飯を食べて寝るだけだったら、こんなに高度に発達した脳はいらない。なぜこんなに人間の脳が発達したのかを考えると、やっぱり人間とは何かを考えるためにあると思う。ーーオトナロイドで興味深かったのは、モデルとなった女性よりも、アンドロイドのほうが美しかったことです。
石黒:あれはそういう風にわざと作りました。アンドロイドのモデルになる人って、アンドロイドに負けないように努力するんですよ。僕自身もそうなりましたから。ーー未来社会において人間よりも優れたアンドロイドがいても、それを目標に進化するようになるということですか?
石黒:ロボットになんか負けられるかっていいながら、結局自分もある意味アンドロイド化していくと思います。僕もそうしますよ。アンドロイドは年をとらないので、僕は年とったらアンドロイドに似せるために整形しようと思っています。というかすでにもう整形していますし。結局、人工的な手段に頼るのです。人間は技術によってアンドロイド化し、アンドロイドはより人間に近づき、そうして両者の境界が曖昧になる時代が来ると思います。ーードラマでは科学と技術が驚異的なスピードで進歩したという前提がありますけど、どれくらいの未来でアンドロイド社会が実現すると考えていますか?
石黒:人間のコピーを作るということは、人間のことをすべて理解して再現するということなので、とてつもない時間がかかると思う。ただ日本でもPepperが発売され、ロボットが当たり前に出まわることになれば、この5年ぐらいで世界は大きく変わると思う。ありとあらゆるシーンで人間と同じ生活するというわけではないけど、例えば警察だけだったら30年後の世界ではありえるかもしれない。ーードラマにもある「それは決して遠くない、手が届くほどに近い未来」に起こりうるということですね?
石黒:技術が進化して、今まで夢物語だった日常の場で活動する人間型ロボットが実現できる可能性がでてきたわけですよ。技術の歴史というのは、元々人間の作業を肩代わりする道具作りの歴史と言ってもいい。例えばご飯を炊く能力を置き換えるために、炊飯器を作る。洗濯するために洗濯機を作る。つまり人間の能力を置き換えるために技術は進化してきた。ただこれまで道具を作ってきましたが、さらに道具が進化して今度は自分のパートナーを作るという段階に入ったんです。パートナーを作るということは、自分のコピーを作ること。コンピュータがパソコンになって、パソコンがケータイになって、ケータイがPepperのようなロボットになろうとしている。自分のコピーを作るためには、やはり自分を知らなければならない。だから自分って何だ?人間って何だ?と考えなければならないんです。僕はそれが人間が生きる本当の目的と言っているんです。
2048年の世界では、より危険で制御不能な未来型犯罪が次々と発生。標的を自動で追跡する超小型ロケットや、未来型麻薬、快楽装置のセックスボットを使用した犯罪など、アンドロイド以外の近未来描写も見もの。「ALMOST HUMAN / オールモスト・ヒューマン」のDVDで人間とは何かを考える
今回の取材を終えて、ロボット/アンドロイドに関する懸念は、すべて人間に置き換えても起こりうることに気づきました。つまりロボットは、人間の鏡のようなものだと。
この「ALMOST HUMAN / オールモスト・ヒューマン」でも、「感情」をキーワードに人間とアンドロイドを対比させることで、「人間らしさ」がどこにあるかを描いています。石黒さんが伝えるように、この世界が「決して遠い未来の話」ではないとすると、「人間とは何か?」というテーマを考えるにはうってつけの作品ではないでしょうか? もちろんエンターテイメントとして楽しめる作品にもなっていますよ。
気になる方は8月6日リリース予定のDVDコンプリート・ボックスで、将来こんなことが起きるかもと想像してみてください。ちなみに価格はAmazonで7,512円(税込)で、こちらから予約できます。レンタルも同日から開始されますし、第1話はオフィシャルサイトで無料配信(視聴はPCのみ)してますよ。
source: ALMOST HUMAN / オールモスト・ヒューマン
(瀧佐喜登)
(c)2014 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.※ジェミノイドHI-4は、大阪大学により開発されたものです。