若年層の海外旅行離れが暗示する日本の将来的危機

最近の若者は旅をしない。この事実をどのくらいの方がご存じだろうか。

 昔に比べると海外旅行は安価で容易になった。日本に暮らす外国人の数も増えた。国際化時代に向けた教育の重要性が叫ばれ、子ども向けの英語教育も盛んである。インターネットなどを駆使して、海外の情報をいくらでも手に入れることができる。その当然の帰結として、若ければ若いほど海外経験が豊富で、国際感覚がはぐくまれているはずだと、そう思っている人は多いかもしれない。しかし、現実は少し違っている。

 私がその傾向に気づいたのは、1年と少し前、学生時代に所属したサイクリング部のOB会に出席し、現役の学生たちと話す機会を持ったときだった。自転車で世界一周をしたときの体験談を披露する私に対し、「近ごろはあまり海外に走りに行くヤツはいないです」と彼らは答えたのだ。私は驚き、そして残念に思った。

 当初私は、これが私の後輩たちだけに限った現象かと思ったが、そうではなかった。バックパッカーの友人たちに話を聞いてみると、最近は旅行者の高齢化が進んでいるという。そろそろ卒業旅行の季節だが、海外ではなく国内近場の温泉旅行で済ます学生たちが増えているという。日本の国の全体として、若者たちが旅行離れ、海外離れの傾向にあるのだ。

 具体的な数値を示そう。日本旅行業協会(JATA)の統計資料によると、全海外渡航者数のうち20代の若者が占める割合は、1996年時点の27.8%に対し、2006年には17.0%と、実に10ポイント以上も下落している。実数で表せば、96年の463万人に対し、06年は約35パーセント減の298万人。もちろんこの下落率は、いわゆる少子化傾向をはるかにしのぐ大きさである(表参照)。

 最近では旅行業界、そして行政もこの傾向を懸念し始めている。去る2月5日には、国土交通省大臣官房総合観光政策審議官の本保芳明氏が会見の中で、若年層の出国率低迷について、「将来のことを考えると頭が痛い」と言及している。

 さて。では、なぜ若者の間で、旅行離れが起きてしまったのだろうか。20代を旅にささげたと言っても過言ではない私なりに、その原因を分析してみた(ちなみに私は現在30代前半である)。

 1つは経済的事由。ニート・フリーターの増加、ネットカフェ難民の顕在化などに象徴されるように、若年層の間で収入面の格差が広がり、相対的に旅行を楽しむ余裕のある20代が減ったこと。とてもじゃないが旅行どころじゃないよ。そう叫びたい人もたくさんいるだろう。

 また、これは年齢層にかかわらない問題であるが、原油高による燃油サーチャージの引き上げや、ユーロ高に対する円安傾向で、海外旅行が一時期に比べて安くなくなったということも挙げられる。私自身、10数年前になるが、学生時代に1ドル80円台という空前の円高を経験しており、随分恩恵にあずかった。その当時に比べれば、今海外旅行に出掛けるのは、費用の面において明らかに負担増となっている。

 2つめは携帯電話やインターネットの普及。これは経済的事由とも相関するが、若者のお金の使い道として、以前であれば旅行や車に向いていたものが、まず第一に携帯電話や、パソコン関連に消費されるようになったこと。例えば月々1万円を携帯の通話料に払っているとすれば、年間で12万円、十分にちょっとした海外旅行を楽しめる金額になる。私は学生時代、アルバイトで貯めたお金で格安航空券を買っていたが、最近の学生はどうだろうか。

 さらに、インターネットを経由して世界中の情報を手に入れることができるようになった結果、わざわざ海外に出掛ける必要がない、という考え方もあるようだ。海外そのものに興味がないわけではないが、いざ自分が行くのは面倒臭い、「テレビやネットを見れば分かりますから」という意見を、私はとある知人から聞かされたことがある。

 そして3つめとして社会的な風潮が挙げられる。子どもに対する親や社会の過保護な姿勢である。海外旅行は、行き先や期間にもよるが、日本とは異なる種類の危険と背中合わせである。さまざまなトラブルに直面しうることを予期して、「危ないからやめておけ」と制止するか、「若いうちはそういった挑戦もいい」と背中を押して送り出すかは、判断の分かれるところであるが、日本の現状は必要以上に前者に振れているように思われる。

 例えば近ごろは、親の反対で海外旅行をあきらめる若者も少なくないと聞く。親の心配する気持ちを否定はしないが、仮にも成人した大人であれば、旅行の行き先くらい自分の意志と判断で決めてもらいたいものだ。海外で日本人旅行者が事件に巻き込まれるたびに、いわゆる自己責任論や、「自分探しの旅」の否定論が起こりがちだが、そういった社会的圧力もまた、若者の旅行離れを加速する要因となっているのではないだろうか。

 最近の若者は旅をしない。このテーマに対し、「だから、どうした?」と問い返されることは存外多い。趣味の多様化やはやりすたりの問題であって、どうでもよいことと考えている人が多いのだろう。

 しかし、このインターネット全盛の、ちまたに情報があふれる時代にあって、自らの足で歩き、自らの目で判断するということは極めて重要である。政治においても、経済においても、文化的な分野においても、グローバル化が進む現代である。私たちの日常生活は、世界情勢と無関係ではいられず、今後ますます厳しい国際競争の時代にさらされていくだろう。その点において、次代を担う若者に、外国の風土や異文化を肌で感じる旅行の経験が不足するとあっては、将来の日本にとって、大きなマイナスである。

 「かわいい子には旅をさせよ」ということわざは、もはや死語になりつつあるのかもしれないが、私たちは今、あらためてその意味を問い直すべきである。

 若者よ、旅に出よう。社会はこれを応援しよう。私は声を大にして言いたいのである。

読んでくださったみなさま(特に20代の方々)へ

 参考までに、なぜ最近の若者が旅行をしなくなったのか、ぜひみなさまのご意見をお聞かせください。(差し支えなければ御年代を沿えて)コメント欄にお寄せいただければ幸いです。