烏賀陽弘道コラム(9) 見えない音楽市場・Part1

 この見解がなぜ的外れなのかは、拙著『Jポップとは何か~巨大化する音楽産業』(岩波新書)にも書いたので、ここでは簡単に触れるにとどめる。

 たしかに、CDの売れ行きは激しく退潮している。が、音楽著作権保持者に届けられる「著作権使用料」は、同じ1998年から2006年の間に985億円から1111億円へと、むしろ増えている(JASRACによる)。

 これはいったい何を意味するのか。

 つまり、こういうことだ。CDは売れなくなったが、その代わりに「インタラクティブ配信」(いわゆる「インターネット配信」だが、日本では「着メロ」、 「着うた」がほとんど)やDVDが新たな音楽メディアとして成長し、CDの減った分を埋め、さらに総数を押し上げた。

 つまり、「CD不況」ではあるが「音楽不況」では決してない。CDが売れないので、レコード会社や販売店が苦境に立たされていることはたしかだが、それが「音楽産業」のすべてではない。

 この「勘違い」から学ぶべき教訓は、こうだ。日本レコード協会が発表する数字だけを見ていては、日本の音楽市場のマーケットサイズを正確に把握することが難しくなっている。それくらい、今、音楽を消費者に届けるメディアは多様化しているのだ。

 よく考えてみれば当たり前のことだが、同協会が発表する「オーディオレコード総生産額」は、同協会に加盟する加盟社44社(いわゆる「メジャー会社」)、例えば「エイベックス」や「ソニー」が国内でプレスしたCD、つまり「メジャー会社の日本盤」しか統計に入ってこない。

 この統計手法だと、抜け落ちる「見えない音楽市場」が大きく2つ出てくる。ひとつは「輸入盤」市場であり、もう1つは「インディーズ」市場である。

 例えば、輸入盤。1970年代末に「タワー・レコード」が日本に進出して以来、主に欧米からの輸入盤が日本の洋楽ファンの大きな購買対象物になってきたことは言うまでもない。今では「タワー」や「HMV」など輸入盤を主に扱う外資系チェーン店(記者注:「タワー」は現在は『日本企業』)は、都市部だけでなく地方都市にも広まっている。この輸入盤の売り上げが、日本レコード協会の統計からは落ちてしまうのである。

 前述の『Jポップとは何か~巨大化する音楽産業』を書いたとき、輸入盤の市場規模がどれくらいか、調べてみたことがある。これが、想像以上に大変だった。輸入盤がどれくらい日本に入ってくるのか、音楽業界団体が発表する統計ではまったくわからないのだ。

 探しに探して、やっと見つけたのは、何と財務省関税局の「貿易統計」のデータだった。それによると、2003年に外国でプレスされ、日本に輸入されたCD、アナログディスクの金額は304億9100万円だった。それに対し、日本でプレスされた洋楽CD=洋楽日本盤の生産額は1067億9000万円。それに「邦楽日本盤」を加えた総生産金額は約3997億円だから(いずれも2003年)、全体で言えば7%、洋楽だけに限って言えば約29%トもの「見えない音楽市場」が存在することになる。

 そしてもうひとつ、インディーズである。これもデータを探すのに非常に苦労した。インディーズとは、つまり、「日本レコード協会には加盟していないが、 CDを流通に乗せて販売している人、あるいは企業すべて」であり、その数は刻一刻、増減し、しかもゲリラ的に神出鬼没なので、全貌(ぜんぼう)をとらえるのは容易ではないのだ。

 私がたどり着いたのは、市場調査会社「エス・アイ・ピー」のデータだった。それによると、2002年のインディーズの市場規模は約264億円。しかも前年比35%増と、メジャー会社の退潮とはまったく逆の躍進を遂げていた。

 「インディーズ」と言うと、どこか脆弱(ぜいじゃく)な印象があるが、同年の日本レコード協会加盟者が出したオーディオレコード総生産金額は4438億円なので、その5.9%、「邦楽」だけに限定すれば、約8%にも該当する。

 まとめて言えば、「輸入盤」と「インディーズ」を合わせただけでも、日本レコード協会の統計から抜け落ちる音楽市場が1割強もあるという計算になる。その後、メジャーはさらに退潮し、インディーズはさらに躍進しているから、この「見えない市場」はさらに大きくなっているはずである。

 もうお気付きと思うが、ここまでは、あくまで「オーディオレコード」、つまり、CDなり、アナログなり、丸いディスクの生産額の話である。

 が、今、消費者=リスナーに音楽を届ける流通経路は、数え切れないくらい多様化している。例えば、インターネットとモバイルを合わせた「有料音楽配信」の売り上げは、日本レコード協会の統計(つまり、加盟社系列だけ)ですら534億7800万円を示している。これは、前年比156%という驚くべき 急成長である。

 そうなると、「ディスクの売り上げ=人気の指標」という、これまでは当たり前だった常識を疑ってみる必要が出てくる。

 「着メロ」、「着うた」は音楽をリスナーに届けるマスメディアではないのか?

 ほかにも、日本の消費者は、カラオケにCDの生産金額の2倍をはるかに超える7851億円(全国カラオケ事業者協会による)という巨大な金額を投じている。が、カラオケは「音楽市場」の一角とは認知されていない。では、通信カラオケは音楽マスメディアではないのか? ここでのリクエストランキングはなぜ ヒットチャートとして認知されないのか?

 こうは言えないだろうか。エジソンが蓄音機(フォノグラフ)を発明した1877年以来、音楽マスメディアの主役だった「ディスク」の独占力に、陰りが出始めている。それぐらい音楽マスメディアの多様化のスピードは速い。そんな「100年に一度の革命」に、今、われわれは立ち合っているのだと。そうして メディアの多様化が進めば進むほど、「音楽市場」の規模や形は捉(とら)えづらくなっている、と。

[うがや・ひろみち] 1963年京都生まれ。京都大学経済学部卒業後、朝日新聞社に入社。新聞記者を5年、ニュース週刊誌「アエラ」記者を10年、編集者を 2年経験し、2003年6月、同社を早期定年退職。この間、米コロンビア大学に自費留学し、92年、国際安全保障論(核戦略)で修士。著書に『朝日ともあろうものが……』(徳間書店)、『Jポップとは何か──巨大化する音楽産業』(岩波書店)、『Jポップの心象風景』など。『週刊金曜日』、『東洋経済』、『ヌメロ・ジャパン』(扶桑社)などで連載の一方、インターネットラジオ「Blue Radio.com」でパーソナリティーを務める。烏賀陽弘道ホームページ