ネット選挙運動を即刻解禁せよ! 第3回
「あれもダメ、これもダメ」の公職選挙法。しかし、ことインターネットに関しては、違法と合法の境界線がかなり曖昧だ。
その「グレーゾーン」の広さが、必要以上に候補者たちを委縮させ、選挙運動をがんじがらめにしてしまっている。
候補者の写真はOKで名前はNG? 珍プレー続出のネット選挙運動
近年、選挙のたびにネット上ではさまざまな「珍プレー」が繰り広げられている。
2000年の衆院選では、ホームページ(HP)の更新を止めるどころか、一時的に閉鎖してしまう候補者が大半。いまでこそ「更新しなければOK」というナゾのコンセンサスがあるが、当時はいま以上に「手探り状態」だったからだろう。
その中で、「文字ではなく音声だけならいいだろう」とばかりに、真っ白なHPで音声メッセージだけを流しつづける候補者も現れた。
今年改選を迎える参議院議員たちが議席を獲得した01年の参院選。
同年7月26日の毎日新聞夕刊によれば、民主党のHPには、ビキニ姿の女性と並ぶ鳩山代表との遊説写真が掲載され、そこには参院選候補者も写っていたという。しかし写真に添えられた説明は、
「海の日の20日、江ノ島海岸で鳩山由紀夫代表は神奈川選挙区のS候補と海水浴場を歩き」
「環境ジャーナリストのK・Sさんと街頭演説」
とイニシャル表記。候補者名を記載しないことで、違反行為になりにくい線を攻めたというわけだ。
同紙面に掲載されている民主党広報委員会のコメントは、「時代遅れの公選法にささやかな抵抗を試みた。総務省からダメと言われたら改めて考える」というものだった。
このとき、民主党は候補者名をイニシャル表記した上で、党幹部と候補者の対談型政見放送の日程も掲載していた。
一方、自民党関連では、小泉純一郎首相(当時)が、政府広報との理由で公示後もメールマガジンの発行を継続。ただし、「小泉首相以外は、選挙に直接は関係しない民間人閣僚に登場人物を絞った」(7月29日付・読売新聞)。
政党のメールマガジンについては各党とも、選挙運動ではなく「通常の政党活動の範囲内」といえるレベルにとどまるように気を遣いながら、公示後も配信を続けた。
自民党は「選挙中につき、公選法上内容に制限があります」などの但し書きをつけた上で、週1回約2万人にメールマガジンを送信(25日付・読売新聞)。民主党は、通常、週1回の配信だったメールマガジンを、公示後は週2~3回に増やした。
候補者陣営では、公示後はメール配信をやめたケースがほとんどだったようだが、後援会員として登録した人だけを対象に、「会員以外の方に配布できません」との注意書きを加えた上で、演説の感想や演説日程なども掲載していた候補者もいた。「不特定多数」への配布でなければ許されるという論理だったのだろうが、「機関紙が活動を詳細に伝えている」として公示後4号でメールマガジンを休刊してしまった(同・読売新聞)。
この混乱を受けて、ネット解禁の議論が一時的に盛り上がる。総務省が「IT時代の選挙運動に関する研究会」をスタートさせたのが同年10月。その報告書が作成されたのは翌年のことだ。
しかし総務省報告以降、大きな議論に発展することもなく、連載第2回でも触れた、05年9月のいわゆる「郵政選挙」で再び盛り上がる。このときは、民主党がHPやメールマガジンに選挙関連情報を掲載したことについて、自民党が総務省に「通報」。民主党によると、総務省からの指導を受けて掲載をやめたという(総務省は「公選法の解釈を伝えただけ。総務省には指導や勧告の権限は一切ない」と主張している)。
11年間でたった1件の摘発
これだけネットでの選挙運動が混乱をみせていながら、1995年から2005年までの11年間で、インターネットにからむ公職選挙法違反の摘発事例はたった1件しかない。00年以降の国政選挙に限ってみると、警察が警告を発したケースも35件だけ(ともに警察庁調べ)。
新聞報道によると、警察庁が「日本で初めて」としてネット上の選挙違反に警告を発したのは、00年6月に行われた衆院選。以降、新聞で報道された全国での警告は、表のとおりだ。
選挙違反全体の警告数は3000件前後で推移しているのに対し、ネットでの違反への警告数はわずか10件未満。絶対数も全体に占める割合もきわめて低い。
記者が1995年から2005年以外の期間も含めて、起訴事例や有罪確定のケースがあるのかどうかを警察庁に問い合わせたところ、「回答できない」との答え。「公選法違反かどうかは、必要に応じて判例を参考にしている」(警察庁)とは言うものの、具体的な判例は一切示されなかった。
誰がネットを殺すのか
では、いったい、どこの誰が、司法判断もはっきりしない「ネット選挙運動」を禁じているのだろうか。
公選法では、公示期間中のHPの更新やメールの配信を禁じる条文はない。そもそもインターネットに言及していないのだ。
HP更新などが事実上禁じられている根拠は、HPやメールが、公選法によって種類や配布数が制限されている「文書図画」にあたるとする、総務省の解釈。しかし厳密には、文書図画の配布そのものが禁止されているわけではなく、「選挙運動」にあたると解釈できる内容の文書図画が制限されているだけだ。
しかも公選法では何が「選挙運動」なのかという定義は記されておらず、判例の「特定の選挙で1票を得る行為」という抽象的な定義があるだけ。この抽象的な定義にあてはまると解釈される文書図画をネット上で流すことが禁じられている。
このように、ネットでの選挙運動の禁止は、このように何重にも重なった「解釈」の結果なのだ。
ネット上の特定の文書などについて、それが違反行為にあたるかどうか見解を発するのは総務省と各選挙管理員会で、警告や摘発を行うかどうかを判断するのは各警察だ。しかし、これはあくまでも各機関・担当者の解釈にすぎず、違法と合法の境界線ははっきりしない。
司法による決定的な判断が下されていないばかりか、場合によっては各地域の選管ごと、警察ごとに対応に差が出る可能性があることは、容易に想像できる。
チノパンのブログも「違反」
今年4月。静岡県沼津市議会選で、「チノパン」の愛称で知られる元フジテレビアナウンサー・千野志麻さんが、立候補者である父の応援に駆けつけた様子をブログで報告したところ、同市選管が「違反」と判断。指摘を受けて千野さんはブログの記事を削除した。
ここで問題になったのは、ブログの文章とともに掲載されていた、候補者名入りの選挙カー写真。父親への投票を呼びかける内容の文章が掲載されていたわけではない。写真が「選挙運動」とみなされたのだ。
しかしブログには「今日から父の選挙のお手伝いのため、沼津にしばらく滞在します」という一文があった。選挙区内の有権者であれば、「千野」という名前と「沼津」という地名から、千野さんが誰の選挙の手伝いをしているのかは一目瞭然だ。仮に選挙カーの写真の候補者名部分にモザイクをかけてあったとしても、有権者が抱く印象にさほど違いがあるとは思えない。
グレーゾーンばかりの公選法にがんじがらめ
すでに書いたように、2001年に民主党がイニシャル表記で候補者の写真や政見放送の日程も掲載していた。しかし、ネットに関する公選法の条文は何も変わっていないのに、05年には自民党の「指摘」によって民主党はHPの更新自体をやめなければならなくなっている。
01年の参院選での政党HPの更新に関して、前述の7月26日付毎日新聞夕刊に、こんな記述がある。
「自由党は昨年の総選挙期間中、更新を見送った。当時の自治省から慎重な対応を求められた結果だが、他の党は独自の解釈で更新を続けた。同党広報委員会は「まじめに聞いて損をした。各党勝手にやっているしグレーゾーンが多すぎる」と不満を隠さない。」
ネット選挙運動が「禁止」とは言え、具体的な禁止の境界線が曖昧であるがゆえに、こうした不公平感も生まれている。
“グレーゾーン選挙”の元凶となっている現・公選法。このまま参院選を迎えて「美しい国」を実現できるのか=07年1月17日、東京・高輪で(撮影:吉川忠行)
グレーゾーンが大きい上に、各候補者・政党が混乱しつつも極端に委縮させられているからこそ、摘発事例や警告事例が少ないのではないだろうか。
貸金業者の「グレーゾーン金利」に批判が集まる昨今、選挙運動をがんじがらめにする「グレーゾーン選挙」も“滅ぼすしかない!”。(つづく)