【米大統領選2016】トランプ氏発言、言論の自由かヘイトスピーチか

ドナルド・トランプ氏

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画像説明, ドナルド・トランプ氏はアメリカの憲法が保障する言論の自由に守られて、共和党の大統領候補指名獲得レースのトップに立った。しかし場所によってはその言動は訴追対象となる。

アメリカ合衆国憲法の修正第1条は、言論の自由を保障している。よっていかに周りがその言動は受け入れがたい扇動だと思ったとしても、ドナルド・トランプ氏は思うことを主張したり提案したりできる。

  • 9/11米同時多発攻撃をアラブ系アメリカ人が拍手喝采したと。裏付ける証拠はないままに。
  • アメリカとメキシコの間に「ものすごく大きな壁」を建てるべきと。
  • アメリカにいるメキシコ人に多くは犯罪者で強姦犯だと。
  • アメリカにいる違法移民を一気に強制送還すべきだと。
  • 直近では、ムスリム(イスラム教徒)はその信仰のみを理由にアメリカ入国を禁止するべきだと。

しかし、ファシズムの記憶が深く刻まれている欧州諸国などほかの国では、トランプ氏のこうした発言はヘイトスピーチ(憎悪を扇動する発言)取締法の処罰対象となり得る。

たとえばイギリスでは公共秩序法(1986年)で次のように規定している。

「他人を脅迫・罵倒・侮辱する言葉や態度を用いる人、もしくは他人を脅迫・罵倒・侮辱する文言を表示する人は、次の場合にそれは不法行為となる。

(a) 人種的憎悪を掻き立てることが目的の場合

(b) 自らの言動・文言によって人種的憎悪が掻き立てられる状況を承知している場合」。

「人種的憎悪」とは、「肌の色、人種、国籍(市民権を含む)、出身民族、出身国で特定した」人の集団に向けられる憎悪を意味する。

イギリスにはこのほかに、宗教や性的指向を理由として憎悪を掻き立てることを禁止する複数の法律がある。

欧州の有罪判決

イギリスではスコットランド在住の女性が、トランプ氏のイギリス入国禁止を英議会に求めるオンライン署名を開始した。ヘイトスピーチ禁止法に違反しているからというのが理由で、署名はすでに英政府が何らかの回答をしなくてはならない人数の賛同を集めている。10万人以上が賛同すれば、議会で審議するか検討されることになる。

2週間前にはベルギーで、何かと物議を醸す仏コメディアンのデュドネ・ムバラ・ムバラ氏が、憎悪扇動とヘイトスピーチとホロコースト否定の罪でまたしても有罪となり、禁錮2カ月の判決を受けた。同氏はこれまでにフランスとベルギーの両国で繰り返し、罰金刑や禁錮刑を受けている。

デュドネ氏

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画像説明, 2013年12月に名誉棄損、憎悪扇動、差別などの罪で起訴されたデュドネ氏

フランスの極右政党「国民戦線」のジャンマリー・ル・ペン前党首は、フランスとドイツ両国の法廷で、ヘイトスピーチやユダヤ人差別、ホロコースト否定の罪で有罪となっている。

アメリカ合衆国憲法修正第1条でもヘイトスピーチは「例外規定」だという識者もアメリカにいる。しかし、法律学者のユージーン・ボロクUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)教授は「言論の自由」の例外はきわめて限定的だと指摘。言論の自由として保障されないのは、たとえばただちに身体的な暴力行為を引き起こす、あるいはただちに不法行為を引き起こすような「けんか表現」を面と向かって相手に発することなどに限られるというのが教授の見解だ。

教授によると、アメリカの法律にはヘイトスピーチの定義すらない。

別の法律学者シェルドン・ナモド氏は、確かに言葉は「他人を傷つけ恐ろしい行動を引き起こすことがある」と認めながら、アイディアを規制するのではなくむしろアイディアの「自由市場」(アイディアを売り買いするのは市民)を促進しようとするアメリカ式の方法が、究極的にはより良い解決法だと主張する。

アメリカ法曹協会は、アメリカの法律の枠組みの中でヘイトスピーチに取り組む方法のひとつとして、「悪い信条を抱いていても罰しないが、悪い行動をしないよう促す法律や政策を作る」ことを挙げる。たとえば、具体的な威圧行為や暴行を訴追するが、その行為の動機となった考え方を罰するのではないという態度だ。加害者が被害者を選んだ理由が、相手の人種・宗教・性的指向などだった場合は、罰則を強化するというやり方も含まれる。

ヘイトスピーチに対する各国の法的な取り組みはこのように異なり、対照的だ。個人が意見を表明する権利を守りつつ、コミュニティの利益も守り、かつヘイトクライム(憎悪犯罪)を抑止することがいかに難しいか、あらためて浮き彫りになっている。

(英語記事 Donald Trump: Free speech v hate speech)