A Fickle Child Psychiatrist

ー移り気な児童精神科医のBlogー

テーブルトークロールプレイングゲーム(TRPG)を用いた自閉症スペクトラム障害児童への支援

日本コミュニケーション障害学会の学術誌、『コミュニケーション障害学』の2012年4月号に、高機能自閉症スペクトラム障害の子ども達を対象とした、テーブルトークロールプレイングゲームTRPG)を用いたコミュニケーション支援の、事例研究が掲載されています。

 

加藤,藤野,糸井,米田.(2012).高機能自閉症スペクトラム児の小集団におけるコミュニケーション支援-テーブルトークロールプレイングゲーム(TRPG)の有効性について-.コミュニケーション障害学.29(1),9-17

 

論文の著者のうちお二人は、明神下TRPG研究会のメンバーで、日頃から自閉症スペクトラム障害を持つ子どもの支援にTRPGを活用する取り組みをされています。非常に興味深い論文ですが、ウェブ上では論文の詳細が見られないので、少し内容をご紹介したいと思います。

 

 そもそもTRPGとは何かということをご存じない読者もいらっしゃるかもしれません。明神下TRPG研究会のサイトでは、以下のように説明されています。

テーブルトークロールプレイングゲーム(TRPG) について
TRPGとは、基本的にはコンピュータ等を用いず、鉛筆やサイコロ等を用いて、一定のルールや設定に基づき参加者同士のコミュニケーションによって物語を構築していく、卓上対話型ゲームの総称です。 

詳しくはWikipediaTRPGの項目などを見ていただくとよいと思いますが、誤解を恐れずにシンプルに言えば、一人の進行役(ゲームマスター GM)と数人のプレイヤーが協力して、紙と鉛筆とサイコロなどを使ってプレイヤーキャラクター(PC)を操りながら、ドラゴンクエストなどのコンピューターRPGのように、お話しを進めていくゲームだと思っていただければよいかと思います。

 

この論文では、高機能自閉症スペクトラム障害と診断されている4人の中学生(男児2名 女児2名)とGMとで、計16回のTRPGのセッションを実施し、そのゲーム内での発言や、その後の保護者からの聴き取りの内容を分析しています。

 

筆者らは第1回目と第14回目のセッションから各30分間の参加している児童の発言内容をサンプリングし、下記の4群に分けてコード化しています。

  • 第①群 発言がゲームの進行に関係があり、他のプレイヤーに向けられている。
  • 第②群 発言がゲームの進行に関係がなく、他のプレイヤーに向けられている。
  • 第③群 発言がゲームの進行に関係があり、他のプレイヤー以外に向けられている。
  • 第④群 発言がゲームの進行に関係がなく、他のプレイヤー以外に向けられている。
この分類は、TRPGの経験のない人にはちょっと想像しにくいかもしれませんが、経験者の方には割に納得してもらいやすいのではないかと思います。第①群はプレイヤー間の相談、行動の促しなどで、第②群は本筋とは関係のない雑談などを含んでいます。第③群はGMへの行動の宣言や質問など、第④群には独り言や一方的な発言などが含まれます。余談になりますが、このブログの筆者が友人とセッションをする際には、圧倒的に第②群の発言が多く観察されます。ゲームが進みやしない…。
 

さて論文に話を戻しますと、解析の結果、第1回と比較して第14回では、30分間の発言の総数は431回から496回に増加していました。また第①群の発言の増加、第③群の発言の減少が見られたそうです。また注目すべきなのは、第1回のセッションではほとんど見られなかった第②群の発言が若干見られるようになっている点でしょう。

 

さらには第14回ではターンテイキングのある会話の占める割合が増加している一方で、それぞれの一続きの会話の持続回数は減少しているという興味深い結果も示されています。これは一つの課題(行動方針の決定など)を短いやりとりで効率よくこなしながら、全体としてはプレイヤー同士で相談しながら進めることが多くなっていることを示しているかもしれません。

 

このような結果を受けて、考察では以下のように述べられています。

本研究の参加児であるHFASDの中学生たちも、最初(第1セッション)の時点では、同年代である他の参加児へ向けた発言が少なく、一方的な発言や主張、または大人(GM)へ向けた発言を通してゲームに参加するという傾向が強く、グループで意見をまとめることができていなかった。だが、TRPG活動を重ねる中で、他の参加児への自発的な関わりや参加児童間の相互交渉が増え、さらに発言の内容も、他児のPCが活躍するためのアドバイスや物語を皆で進めていくためのものが増えていた。さらに話し合いの場面も短時間でスムーズに結論を出せるようになっていた。

 

この論文では対照群が設定されていないため、これらの変化がTRPG活動に特有のものであるのかどうかはわかりませんが、コミュニケーション発達支援の技法の一つとしてのTRPGの可能性を示すものであるとは言えるでしょう。また保護者への聴き取りでも他児との交流を楽しめていたことなどが語られ、人に説明することが上手くなったなどの評価もなされています。「できたら自分(保護者)もTRPGをやってみたい」という感想もブログ筆者にはとても納得できるものです。

 

ブログ筆者は、TRPG自閉症スペクトラム障害児のコミュニケーション発達支援に用いる場合のもっとも優れた点は、その安全性であると考えています。大人のGMというファシリテーターが自然な形で必然性を持って場に存在していることで、プレイヤー役の児童相互のコミュニケーションを無理なく促進し、行き過ぎを留めることができます。またGMが上手にルールや場面の状況についての情報提供を行うことなどによって、プレイヤー間の相談が行き詰まったり、交渉が決裂したりといったコミュニケーションの失敗体験となってしまうことをある程度和らげることが可能になります。

 

またゲーム中は、脱線して雑談が始まってもいつでも、「ゲーム進行」という本線に立ち戻ることができます。これは意外に大きなことで、通常の場面では戻るべき本線が存在しないため、雑談のみで間を持たせなければいけません。コミュニケーションの苦手な子どもにはこれがなかなか苦しかったりします。しかし戻るべき本線があり戻してくれる人がいれば、たとえ自分が持ち出した話題に誰も食いつかなくても、多少ボケが滑っても、比較的スムーズな形で、場面を切り替えることが可能です。安心して雑談の「練習」ができる場というのは、日常の生活ではそれほど多くはないのかもしれません。

 

論文著者らはTRPG自閉症スペクトラム児童の支援に用いるメリットとして

  1. TRPG活動のもつ、ルールなどの「柔らかい枠組み」の中で行われる自由度の高い行動選択
  2. プレイヤーキャラクターの役割がキャラクターシートなどによって明確になっていること
  3. プレイヤーキャラクターというワンクッションを置いた間接的なコミュニケーション
  4. 勝ち負けを競うのではなく参加児が協力して物語を進めていくという構造
  5. 昨今の子どもたちに馴染みの深い、コンピューターRPGやファンタジーの物語などと共通した世界観を題材にしていること

などを挙げています。これにも完全に同意するところですが、何よりもやっていて楽しそう、というところが一番魅力的ではあります。全国に普及…しないかなあ。