今日は緊急地震速報についての解説。
さて緊急地震速報と言っても、そうそう一言で片付けられない事情があります。それはもちろん、WCDMAとCDMA2000と言う異なるシステム上で似たようなサービスとして実現されているからです。まずはこの辺の技術的な基礎を、ちょっと小難しいながらも並べてみます。
WCDMAでは、ある程度機能が充実してきた頃に、「セルブロードキャスト(CBS)」と言う仕組みが求められるようになりました。「セル」とは一つの基地局アンテナがカバーする範囲です。ブロードキャストは「広くばら撒く」つまり「放送」です。要するに、一つのアンテナから発射された電波が届く範囲に同一の情報を一斉配信するような要求に対して、いちいちトラフィック用のチャネルを立ち上げるのはもったいないので専用のシステムを作っちゃいましょう、と言うこと。
これを実現するために、セルブロードキャスト用に専用のチャネルを作りました。元々、「ブロードキャストチャネル(BCCH)」と言う便利そうな名前のチャネルはあるんですが、こちらはシステム情報を随時全端末に伝えるためのチャネルで、なるべく余計な情報を乗せたくなかったということもあります。ちなみに専用チャネルは共通トラフィックチャネル(CTCH)と呼ばれます。
このチャネルの上に流した情報はすべての端末が等しく受信できるというものなのですが、これを「緊急時」に読み込ませるには工夫が必要です。なぜなら、待ち受け中の端末と言うのは原則としてページングチャネル(PCH)しか見ていないからです。
ページングチャネルは、端末に対して呼び出しがあったかどうかを知らせるチャネルで、特定の端末に対して「呼び出しがあるぞ、ちょっと起きろ」と指示するようなチャネルです。ただこれにもう一つ用途があって、「ブロードキャストチャネルの内容が変わったぞ、ちょっと読み直せ」と指示するようなページングもあります。と言うことはこのページングを使えばブロードキャストチャネルの中身を読ませることは出来ます。
次に、このブロードキャストチャネルの中に、「共通トラフィックチャネルがこれこれこういう設定でオンラインなう」と知らせるような小さなメッセージを仕込みます。端末はこの部分を読んで、共通トラフィックチャネルがアクティブだと思ったらここでようやく共通トラフィックチャネルを読みに行く、と言う動作をするわけです。そして共通トラフィックチャネルの中に含まれているセルブロードキャストの内容を読むことが出来、その中に「緊急地震速報」と書いてあったらアラームを鳴らす、というのがWCDMAでの緊急地震速報の仕組み。
ものすごくめんどくさいことをやっているように思われますが、いや実際そのとおりで、と言うのも、セルブロードキャスト自体が比較的後から追加された機能だからと言うのが原因です。また、WCDMAはGSMの流れを汲み、非常に多くの互換性問題を一度に処理する必要があるため、既存ネットワークや既存端末に影響を与えないようにするにはこのような回りくどい方法を取らざるを得なかったという事情があります。
次にCDMA2000。こちらは、「ブロードキャストSMS(BCSMS))」と言うサービスを使います。読んで字のごとく、「広くばら撒くSMS」で、SMSっぽいサービスをあて先指定なしでばら撒こうというサービスです。基本的に、WCDMAのセルブロードキャストと同じ発想。
ただここからちょっと違っていて、CDMA2000では、端末が普段からみているページングチャネル、これを直接改造しちゃいました。ページングチャネルの中に、ブロードキャストページング(あるいはブロードキャストメッセージ)と言う領域を作ってしまい、ここに直接ブロードキャストSMSの内容を載せてしまえるようにしちゃったわけです。
実際には、普段は(多分)このブロードキャストページング用領域はOFFにしてあって、いざONにするというときに「拡張システムパラメータ」をページングを使って端末に通知します。この拡張システムパラメータ内に、ブロードキャスト用領域の情報が書いてあり、端末は、このブロードキャスト用領域がページングチャネルの中に設定されている場合、これを待ち受け中に他のページングチャネルと同じように定期的に見に行きます。そこに何か信号があったら、それは「その電波を受信している全員向けのブロードキャストページング」であり、その中にもし「緊急地震速報」と書いてあったらアラームを鳴らす、と言うのがCDMA2000の緊急地震速報です。実際には、「ページングでパラメータアップデート」→「ブロードキャストページング読み込み」→「発報」なので、WCDMAと似たような流れと言えばそのとおりですが、端末的に読み易いページングチャネルの一部を充ててしまうということをするためWCDMAより多少発報までのディレイが少ないと思われます。
CDMA2000は独自に発達し標準化参加者も比較的少なく、実質「QUALCOMMが首を縦に振れば何でもできる」と言う閉鎖的な世界だったため、こういう「ページングチャネルの直接改造」と言う無茶なことも出来たわけです。そのおかげで、WDCMAに比べれば比較的シンプルな形(ページングチャネル内で完結)で緊急地震速報が実現しました。ちなみに、Always-On的な動作が基本のEVDO用に、アクティブ状態でもブロードキャストメッセージが受け取れる仕組みもこっそり練りこんであったりするようです。
[さらに追記]一般のアプリによる配信のシーケンスを同じ図で書いてみました。わけ分からん状態になっちゃってますが、「すごくややこしいシーケンスが必要なんだ」と言うことだけわかっていただければ十分かと存じます。
ちなみに、LTE。LTEも当然WCDMAの後継としてこれに相当するものを持っているのですが、これがそのものずばり「地震津波警報サービス(Earthquake-Tsunami Warning Service;ETWS)」と言う名前で、WCDMAでの反省を元にシンプル化し、さらに「高速の第一報」「詳細情報を乗せられる第二報」と言う段階警報アプローチも採用しています。基本的には「ページング」→「ブロードキャストチャネル読み込み」と言う形なのですが、しかし、新たに「ページング」内に「ETWS情報あり」と言うビットが追加されているため、「なんだかわかんないけどETWSらしいからとりあえずアラーム鳴らしちゃえ」と言う動作が出来るようになっており、発報初動はきわめて高速となっています。また、この仕組みはWCDMAにも逆輸入されていて、同じような品質でWCDMAでもETWSが利用できるようになっています(ただし最新スペックなのでネットワークも端末も対応したものはまだ無し←ごめんウソ書きましたドコモはもう使ってたみたい)。
さらに「ちなみに」な話をすると、この緊急地震速報、実は日本独自です。無線方式としては国際標準化されていますが、実質採用しているのは日本だけ。なぜなら観測網配信網を含めここまでの超高速な警報システムが運用できている国は日本だけだからです。アメリカでは、これに近いシステムとしてPublic Warning Service(PWS)が動いていますが、これは秒単位の警報ではなく、せいぜい分単位、大抵は1時間単位。巨大ハリケーン接近とか竜巻警報とか、そういう目的のもので、やはり日本レベルの秒単位の超高速警報とは一線を画するものです。
さて、ここからは、日本国内の事情について。たとえば、ドコモやauは全対応なのにソフトバンクは1機種だけしかできないとか、スマートフォンはauしか出来ないとか、そういうのがなぜなのかを簡単に解説。
先ほども書いたとおり、この緊急地震速報に関するシステム、実質日本独自です。そしてこれらの方式は標準上は「オプション」扱い。つまり、対応してもしなくてもいいですよ、と言う対象です。そりゃ極東の島国のために世界中のベンダが汗をかくのも変な話ですからね。
そんなわけで、当然ながら、海外の一般ベンダから買ってきたような基地局は、この機能に対応していません。もちろん、それを制御する制御局(RNC)も非対応です。そのため、海外からありものを買ってくるだけと言う基本方針だったソフトバンクは最後の最後までこのサービスに対応できずにいました。一方、自社開発が基本のドコモとauはいち早くこのサービスを実現できています。
実際、ありものの基地局でも、共通トラフィックチャネル自体には対応しているものも多かったりします。ただ、制御局が非対応と言うことが多かったみたいですね。なので、制御局に開発を入れて、一部地域から新開発の制御局を配備(と言うかソフトウェアダウンロードでしょうけど)して行って、徐々に対応エリアを広げていったというのがソフトバンクの対応です。
一方、なぜかソフトバンクは1機種でしかこれに対応していません。なぜかと言うと、これまた「独自方式」だからです。基本的にこういう機能は無線インターフェースチップ上に実装されていなければなりませんが、一般的なグローバルベンダはコストを増やすだけのこういう機能は入れません。もっとはっきり言っちゃうと、3GPPの文化では「オプション機能」は「だれも対応しない」と同義です(言葉のあやとかじゃなくて本当にそう)。ソフトバンクは原則、チップも海外のありものを調達してくるだけなので、対応した端末を作れないのです。一方、ドコモはチップを自社開発していますし、auは文化の違う3GPP2でなおかつQUALCOMMチップであるため、QUALCOMMが「入れます」と行った段階で全端末が対応可能になっています。
結局、何とか「緊急地震速報やってるよ」と発表するためだけに大枚はたいて作ったのがソフトバンクの唯一の対応端末831N。しかしそれ以降はやっぱりグローバルなチップを買ってくるだけで自分は技術を持たないソフトバンクには、対応は出来ないわけです。
さてここまで書けば、今度は「スマートフォン」が対応できない理由が分かってきますね。そう、スマートフォン、ドコモもソフトバンクも基本的に「海外の端末を買ってきてカスタマイズしているだけ」が大半。国内メーカが出した端末も、アーキテクチャはどこか海外から丸々買ってきているはずです。なので、そもそも無線インターフェースチップが対応していないという問題があるわけです。スマートフォンは汎用の部品を使って安く仕上げるのが基本で、独自開発チップの入る余地などないですから、基本的には(よほどがっつりと開発しちゃわない限り)対応は出来ないと思って間違いありません。
しかしそこに、auと言う異色のキャリアがあります。なぜか、国内メーカ製のスマートフォンは全対応していたりします。これ、上の方にちょろっと書いた件が関係しています。つまり「QUALCOMM」。CDMA2000の標準はQUALCOMMさえ首を縦に振れば何でもできる世界だし、そうやって標準になったものはQUALCOMMは大抵実装しているんです。なので、QUALCOMMのチップを採用しているスマートフォンである限り、auはらくらくとスマートフォンでも緊急地震速報に対応できます(もちろんそれ用のドライバとかは書かなきゃならないのでやっぱり日本メーカに限られてくるんでしょうけど)。たとえばQUALCOMMを採用した新iPhoneのCDMA版なら、auがファームウェアにまで手を入れることさえ出来れば、QUALCOMMチップを叩いて緊急地震速報に対応できたりします(もちろん「ファームに手を入れられない」と言う問題が最初に来ますが)。QUALCOMMを中心とした閉じた世界であるCDMA2000特有の恩恵といえなくもないですね。
と言う感じで、緊急地震速報の技術と状況に関して大雑把にまとめてみました。よりくわしい解説の希望などありましたらメールなど下さい。でわ~。
↓
ソフトバンクも全面対応
「ハードウェアは対応していた」のにやってなかったってこと?じゃぁ同情の余地なしですね。本当に単にサボってただけみたいです。グローバルでオプション扱いされてソフトバンクも大変なんだろうなぁとか思ってたんですが、全然そんなことなかったわけですね。で、「緊急地震速報のないソフトバンクじゃ不安だなぁ」と言う声が出始め、営業成績に影響が及び始めたらあわてて対応するという姿勢。本気で利用者の安全のために考えているとは思えない一連の動き。これは、強い不信感を抱かざるを得ないですね。
※「スマートフォン以外も対応済みだったのに手抜きしていた」ように読めるのはいかがなものか(ソースの記述と違う)と言うご指摘をいただきましたが、私はあくまでも自身の推測として「スマートフォン以外も対応できるチップを既に使っていたのではないか」と言う疑いをこの記事から持ったので、こういう書き方をさせていただきました。11年度上期から対応開始、下期全面対応は、もしこれから緊急でCBS対応チップに差し替えるにしてもチップ(とそれに伴う周辺回路更新)の開発スケジュール的に「速すぎ」です。つまり、チップ自体はとっくに対応済みで、ハード・ミドルウェア的にそこを叩く口を作りこんでいなかっただけ、と私は考えます。
※図中のスペル間違ってました(汗)。
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ここは酷い禿電版緊急地震速報ですね…
Togetter – 「緊急地震速報を早く全機種にと思った。 #docomo #au #softbank」 http://togetter.com/li/120989 J-PHONEのステーションサービスに相当するものが3G標準になればなあ あれって基地局レベルで情報をプッシュ型で出せるサービスなので 防災情報のプッシュに極めて優れたサービスなんだよなあ たしか緊急情報モードだとマナーモードを解除して鳴動とかできるしな もしあれが3G標準になっていたら、世界中であのサービスが簡……
被災地で活躍している移動基地局だと緊急地震速報はどうなるんでしょうか? もしご存じであればご教授いただければ嬉しいです。ってか、たぶん被災地の人も知りたいんじゃないかと。
移動基地局についてコメントしたものです。追記ありがとうございます。「基本的には機能的には大丈夫だと思う」というのがちょっと驚きでした。「キャリアの運用構成によるのでわからない」のは、そうですよね(^^; ありがとうございました。
[…] 無線にゃんの緊急地震速報という記事が非常にわかりやすく書いてあります。 […]
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831Nの注意書きに「機能をONにするとご利用時間が半分以下になる場合があります」とあるのですが、これの理由って何か考えられますかね?
[…] http://wnyan.jp/1447 この解説がものすごくすばらしいよ in reply to hylom […]
> no_softbankさん
その情報は初めてです。半分以下ということは無線が倍以上ONということですから、常時CTCHを見ているという可能性も。
ひょっとすると、ソフトバンクのRNCは報知情報をダイナミックに(秒単位で)変えることができず、苦肉の策として報知情報には常時CTCH情報を載せ、831Nは初回サーチ時に取得したそのCTCH情報をもとに常時CTCHをチェックしている、という実装になっているかもしれませんね。そうだとすると、ソフトバンク対応不可の原因はチップだけにとどまらずかなり根が深い問題にとなっている可能性もあります。
大変参考になりました。
WCDMAやCDMA2000以外の話になってしまうのですが、
PHSに緊急地震速報のシステムを対応させるにはやはりキャリアのやる気しだいですか?
日本独自の規格なので上記3Gのシステムよりはすぐに対応できそうなように感じるのですが。
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[…] 緊急地震速報の仕組みは以前の解説をごらん頂くとして、基本的な要求条件は「無線区間の輻輳を避ける」「そのために下り一方向だけの信号で完結するように作る」さらに「基地局/制御局の処理輻輳を避けるためポイントtoマルチポイント配信とする」と言う辺りがポイントになるかと思います。こういった仕組みがPHSでも実現できるかどうか、と言うのが要するにこの質問のキモです。 […]
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[…] というような話はこちらの記事の追記で軽く触れているのですが、緊急地震速報を実現する仕組みであるCBSシステムというのは元々は全員で同じ情報を一斉受信するための仕組みで、受信設定してある端末は、このチャネルがある状態では常時見ていること、というのが本来の動作なんですね。 […]
[…] http://wnyan.jp/1447 231:iPhone774G:2012/03/02(金) 14:24:04.16 ID:SAUzLJ4Z0:231 mopera […]
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