小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


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デンマークに続き、ノルウエーでもムハンマドの漫画出版


「他人の宗教に対する、許されないほどの無関心さ」? 

 国際団体「国境なき記者団」(本部パリ)による、2005年の世界の報道自由度順位によると、トップはデンマークで、ノルウエーは6位。(ちなみに、世界167カ国中、日本は37位で、最下位は北朝鮮。)

 報道・表現の自由度が高いことが世界でも群を抜くと見られるデンマークで、昨年からイスラム教に関連する報道を巡る問題が起きており、ノルウエーもこの問題にやや関わる、という事態が生じている。「表現の自由」の観点からだけでは、割り切れない問題のように思えてならない。

 まずデンマークだが、「ユランズ・ポステン」(Jyllands-Posten)紙が昨年9月、イスラム教預言者ムハンマドの政治風刺画・漫画を掲載。その後、イスラム教諸国から抗議、及びデンマーク国内でのイスラム教徒のデモなどが起き、今年になっても波紋が広がっている。

 これに続き、1月10日には、ノルウエーのキリスト教系雑誌「マガジネット」(Magazinet)が、「表現の自由」を掲げて、同じ漫画を掲載した。

 イスラム教では、預言者ムハンマドの肖像を描くことは神にたいする冒涜だとされる。たとえ尊敬の念をこめての肖像でも、偶像崇拝に結びつく可能性があるため、許されないこと、とされている。

 ノルウエーの「マガジネット」誌の編集長(Vebjoern Selbekke)は、「目に見えない形で、表現の自由がダメージを受けている。ユランズ・ポステン紙同様に、私も、このような状況に嫌気がさしている」、と述べた。

 2004年、イスラム教を批判した短編映画を制作したオランダの映画監督テオ・ファン・ゴッホ氏がイスラム教徒過激派の青年に殺害されたが、この事件は「脅しが脅しだけにとどまっていないことを証明した。暴力を使うことを恐れない宗教が、私達が住む地域の表現の自由を脅かしている」。

 編集長は、漫画を出版したことで、デンマークのユランズ・ポステン紙の場合のように、怒りをかったりや殺害予告を受けるかもしれないことを覚悟している、としている。

 年末、預言者ムハンマドの漫画掲載問題をめぐり、一部のデンマークのイスラム教徒たちが中東諸国を訪れて漫画問題の抗議運動を行い、支持を求めた。デンマークのラスムスセン首相は、10日、この点に言及し、デンマークの名誉を傷つけた、、と述べた。デンマークの「イスラム教信仰コミュニティー」の指導者たちが12月、エジプト、シリア、レバノンを訪問し、「デンマークやデンマーク人たちへの否定的感情を扇動するような行動を行ったことに、驚いている。」

 このグループのリーダーのアーマド・アブ・ラバン氏は、デンマーク社会の中でイスラム教徒のコミュニティーは孤立しており、海外での支持を求めるために歴訪した、と説明。また、グループの広報官は、「海外で支持を得ようとしたこと、私達自身が表現の自由を実行したこと」は事実だが、これ自体は悪いことでない」、としている。

 問題の漫画は12あり、複数の漫画家が描いた。そのうちの1つでは、ムハンマドが爆弾の形をしたターバンをかぶっており、そのターバンの先には導火線がついている。

 デンマークのイスラム教団体はユランズ・ポステン紙に対し何らかの法的措置がなされることを要求してきた。

 ユランズ・ポステン紙が漫画を掲載したのは昨年の9月30日。掲載直後からイスラム教徒の団体から非難、抗議が表明された。10月上旬には、国内の16のイスラム教団体が抗議声明を発表した。声明文は、ユランズ・ポステン紙が、漫画の掲載を「イスラム教徒の感情、聖地、及び宗教上のシンボルを馬鹿にし、軽蔑する目的で」行い、「イスラム教の倫理上及びモラル上の価値観を故意に踏みつけた」、としている。

 ユランズ・ポステン紙は、表現の自由の観点から、漫画を掲載したことに関して謝罪を行わない、とする姿勢をとっている。

 1月5日、デンマークのムラー外相は、「アラブ同盟」の事務局長アマル・ムーサ氏に電話をかけ、国内のイスラム教徒と非イスラム教徒の間の緊張感の緩和に努めよう、と呼びかけた。6日付のユルゲン・ポステン紙(英語版)によると、2者は、漫画の掲載問題がこれ以上対立を増やすべきではない、という点で合意したという。

 漫画掲載問題は、駐デンマークの、複数のイスラム諸国の大使が、首相との会談を呼びかけるところまで発展した。首相は、メディアが何を報道するかに関し、自分は干渉しないという理由から、大使らとの会談に応じなかった。

 しかし、漫画問題が世界のイスラム教諸国でも報道され、イスラム教を侮辱したものであるとする見方が広がるにつれて、首相やデンマーク側が事態収拾のために何も行動を起こさないことが非難の対象になっていった。

 首相は、新年のスピーチの中で、イスラム教徒の考え方に理解を示すことを宣言した。このスピーチがアラビア語に訳された点も含めると、首相が和解のための姿勢を示した、と多くのイスラム教徒からは好意的に受け止められた、とユランズ・ポステン紙は伝えている。

 デンマークの全人口約540万人の中で、イスラム教徒は15万人ほどいると推定されている。人口の約2・8%にあたる。

 ・・・ここまでが通信社などの報道で目に付いたものをまとめたものだが、何故こういうことが起きたのか、デンマークのイスラム教徒の状況に関して、もっと知りたいようにも思う。「表現の自由」だけで、切り取れる問題ではないだろう。

 つまり、何故わざわざムハンマドの漫画を出したのだろう?全体で3%というイスラム教徒数は数字だけ見ると小さいが、順番的に言うと、デンマークでは第2の大きな宗教だという。なんらかの脅威と見られている部分はあるのだろうか?

 また、2004年の時点で、イスラム教の宗教関係者にデンマークでの居住を認めるプロセスが、これまではゆるすぎた、ということで、イスラム教の導師イマンが移住を希望する場合、教育を受けた人物であること、財政基盤があることなどの新たな条件を加えたい、と首相が発言したという。(2004年2月17日付、アルジャジーラ英語版サイト)。イスラム教徒に対する締め付け、という状況が起きているのだろうか?

 もしデンマークに住んでいらっしゃる方がいたら、ご教示いただけるとありがたいが、英「エコノミスト」1月7日号を読んでみると、ムハンマドの漫画には「外国嫌いのトーン」があった、とする見方を含めた分析があった。

―――以下はエコノミストの記事(Prophetic insults)の大体の訳です―――

 
予言的侮辱
 -表現の自由が宗教上の敏感さと衝突

(最初の3段落、繰り返しになるため省略)

「・・・ユランズ・ポステン紙の漫画は、疑いなく衝撃的なものだった。一つはムハンマドが爆弾の形をしたターバンを巻いており、別の漫画では、短剣を振るっていた。また、自爆テロをする人が増えたので、天国では処女の数が足りなくなっているというムハンマドの漫画もあった。(注:自爆テロをすると天国で処女に会える、とすることから。)

新聞社側は、風刺画で誰かを攻撃する意図はなかったという。報復を恐れて、ムハンマドに関する児童書に絵を描くことを拒否した一部の漫画家たちの自己検閲に抗議することが目的だった。しかし、結果は、デンマークの国境をはるかに越えた論争に発展してしまった。

国連人権委員のルイーズ・アーバー氏は、「他人の宗教に対する、許されないほどの無関心さ」に、「度肝を抜かれた」という。同様の非難が、欧州員会、欧州会議、アラブ連盟などからも発せられた。事件は、デンマークの首都コペンハーゲンやパキスタン・カラチでの抗議デモに発展し、デンマーク大使館にも抗議のメールが押し寄せた。

漫画は、デンマーク内のリベラルな知識層からも批判された。検閲を支持しての批判したのではなく、この漫画に、増大している外国人嫌いのトーンを感じたからである。

国会議員が、イスラム教徒のことを「ガンの細胞」と呼び、それでも議席が剥奪されず、特異なこととは受け止められないのがデンマークだ。他の国の多くの人同様、デンマーク人も表現の自由を支持する。しかし、政教分離の社会であるがゆえに、一部の人々の宗教に関する敏感さに対しては盲目になっているのかもしれない。

前外相のUffe Ellemann-Jansen氏は、デンマーク人がマナーの点で欠落していることを嘆く。「自分たちの気持ちを表現する自由がある。しかし、そうする義務があるわけではない」。

ラスムスセン首相は、無視することで漫画論争をトーンダウンしようとした。イスラム諸国からの11人の大使との会談出席を拒絶した。元駐在イスラム諸国のデンマーク大使だった22人は、首相が外交上の細かな点に関して無知だとして嘆いた。

こうした難しい状況が続いた後で、首相は、新年のスピーチの中で、「宗教あるいは人種を理由に、あるグループに属する人々を悪魔として見る」いかなる動きも非難する、と述べた。しかし、「いくつかの許されない攻撃」に言及したものの、ユランズ・ポステン紙の名前を直接はださなかった。また、デンマーク内の議論のトーンは「礼儀正しく、公正」だった、とした。

多くのイスラム教徒にとっては、このスピーチは、十分ではなく、時期も遅すぎた。コペンハーゲンのイスラム教徒のリーダーの一人であるアーマド・サード・カッセム氏は、ユランズ・ポステン紙に謝罪を求めており、政府はこの漫画問題に関与しないようにと、している。

今年、まだ波紋は広がりそうだ。一例として、今年の夏、デンマークで開催予定の「中東のイマン」という展示を、イスラム会議組織Orgnisation of Islamic Conferenceという団体がボイコットすることを表明している。イスラム諸国とデンマークの文化的つながりを祝うための展示だったが、デンマークの表現の自由の犠牲者になりそうだ。
(「エコノミスト」記事終わり)


 「政教分離の国」では、国民が宗教的敏感さに盲目であるのかも・・というくだりがあったが、欧州諸国内では、こうした面がどこの国でも多かれ少なかれあるような気がしてならない。



http://english.aljazeera.net/NR/exeres/B91FD4FC-0D75-417D-BAC5-085D8679EC3D.htm - Al-Jazeera.net

by polimediauk | 2006-01-14 00:32 | 欧州表現の自由