外公文書の公開――昨今の自民党の知恵のなさを痛感
1960年安保協議のとき日米交渉の過程で作成された文書が昨日、7日、公開された。意外と言えば意外だし、当然といえば当然なのだが、当時の首相、岸信介は日米安保の適用地域をできるだけ限定しようとしていた。他方で米国は広くしようとしていた。
その結果が、当時の国会での「極東」の範囲についての論争だったのだろう。かつて、吉田茂もそうだったようだが、野党の攻勢を口実に米国の譲歩を迫る、というのは為政者としては有効な方法だ。そうすると、今の野党、自民党にはそうした価値もないことが分かる。
普天間をめぐる議論で、自民党は米国の代理人のようなことばかり言って、鳩山内閣を攻め続けていた。国益を考えること、米国の譲歩をどのように引き出すかという知恵、のないとんでもない乱暴な振る舞いだったことを改めて思う。岸と比べると、自民党の衰退は明白だ。
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