2008年 08月 07日
メイドさん以前―徳川期の下女について連句・川柳から見る―
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西洋では哲学者をはじめ数多くの偉人がメイドさんに魅了されていたようですし、我が国にも近代以降はそうした好みが徐々に浸透したといってよいでしょう。しかし前近代の日本には、女中さんはいたものの残念ながら美しいメイド服をまとったメイドさんは存在しませんでした、当たり前ですが。という訳で、今回は西洋風の「メイドさん」が入ってくる以前の時代において我が国の男たちは女中さんたちにどう接していたのか。それについて見ていきましょう。
今回参考にするのは川柳と連句。川柳については大概の方がご存知だと思いますが「五・七・五」形式で滑稽な句を作る詩であり、連句は「五・七・五・七・七」の後部分である「七・七」があらかじめ題として提示され(普通は七文字の句を重ねる)「五・七・五」部分をそれに合わせて作るものです。その中でも俗に「バレ句」と呼ばれる、性的なニュアンスを含んだ句を題材として女中さんの扱いについて見ていきます。
十八世紀後半における寛政の改革では風紀粛清が行われたため、川柳・連句集である「誹風柳多留」からは改訂に当ってバレ句が削除されていますが、その削除句の内訳を後世に岡田朝太郎氏が「寛政改革と柳樽の改版」に纏めています。それによれば、一番多いのが姦通・間男(四十八句)であり次が性器について(四十一句)、その後に性交運動(二十句)と来て下女(十九句)となっています。更に「御殿女中」に関する句も別に二句あったそうです。バレ句の中で実に第四位という高い順位を女中さん関連の句が占めており、女中さんに世の男共が性的な関心を強く抱いていたことが分かります。更に、十八世紀前半の一時期では、バレ句(計四百五十五句)のうち女中関連は二十一句を占めており少ないとはいえない割合であったようです。
それでは、具体的に女中さんについて述べた句を見ていきましょう。まず、
立って居てちぎりを籠める下女が恋(「中のよひ事」という題で)
合間を縫っての逢引のため立ったままで事に及んだようです。
うそをやと下女あまたるい目付をし
口説かれて、「嘘ばっかり」と言いながらも満更ではなく甘い目付き。
孕む下女雪隠神のたたりなり
便所で隠れて逢引をしたため雪隠神が咎めたのか、妊娠してしまった。
人目を忍んでの逢引相手として下女は認知されていたようです。中でも城に勤める御殿女中は、忙しい仕事に加えて厳しい門限を掻い潜って逢引をしていたため情熱的であったようで。そういえば、西洋でもキルケゴール(もとい、彼の小説の主人公)もお屋敷のメイドさんを引っ掛けて逢引しつまみ食いしようとしていましたね。
さて、誇り高くそれでいて情熱的な御殿女中を詠んだものとしては
つんとしたふうでしつこい御殿者(「おちついにけり」という題で)
普段はつんとしていながらも逢瀬となるとしつこい、と評されているわけでツンデレ気味だったといえるのでしょうか?
こうした逢引相手であった女中さんの中でも相模(神奈川県の一部)出身女性は好色であるとされていたらしく、情事においては珍重されたようです。
相模下女しゃぶれと言へばしゃぶるなり(「おくびやうな事」という題で)
男から一物をしゃぶれといわれるとしゃぶるが、慣れないでおずおずとしている。
おやかして見せると相模目を廻し(「思い社(こそ)すれ」という題で)
勃起した一物を見て欲求の余り気を転倒させる相模下女。
もっとも、こうした合意の逢引だけでなく、相手の意思に関わりなく事に及ぶ場合も珍しくなかったようです。
言いだしたのは俺だよと先にする
御祭りの最中蔵で下女渡し
先の方お替はりで下女される也
はいずれも女中さんの輪姦を詠んだものであり、正直見ていて良い気分はしません。
淋病の施薬を下女はくどかれる
とあるように、月経中の女性と交わると淋病が治るという俗信があって女中さんが利用された事も分かり、対等な人間というより手軽な性欲処理対象という性格が強かったようですね。
以上のように、「メイドさん」が入ってくる以前から我が国でも女中さんは性的に強い興味を持って男性から見られていた事が分かります。ただし、対等な男女としてというよりも責任の生じないお手軽な性欲処理相手として重宝されていたと言えそうです。時には、尾張藩士朝日重章のように女中に手をつけ妾とする事例も珍しくはありませんでした。まあ、これに関しては西洋でもデカルトやらマルクスやらキルケゴールの父やらショーペンハウアーやらヘーゲルやらの話がありますし、一般人にとっても手軽な性欲解消相手だったという話は似たり寄ったりでしたけどね。ともあれ、何にせよこうした「人気」が元々あったところに、美しい装束が生まれ定着する事で単なる「性欲処理対象」を超えて男たちを魅了する存在に成長した、という事なんでしょうかね。
【参考文献】
江戸バレ句 戀の色直し 渡辺信一郎 集英社新書
元禄御畳奉行の日記 神坂次郎著 中公新書
人間マルクス ピエール・デュラン著 大塚幸男訳 岩波新書
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
「偉大なるダメ人間シリーズその1 キルケゴール」(当ブログ内に移転しました)
(http://trushnote.exblog.jp/14529065/)
「引きこもりニート列伝その10 マルクス」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet10.html)
メイドさん関連記事:
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もっともっとメイドさんとキルケゴール 続・偉大なるダメ人間シリーズその1
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今回参考にするのは川柳と連句。川柳については大概の方がご存知だと思いますが「五・七・五」形式で滑稽な句を作る詩であり、連句は「五・七・五・七・七」の後部分である「七・七」があらかじめ題として提示され(普通は七文字の句を重ねる)「五・七・五」部分をそれに合わせて作るものです。その中でも俗に「バレ句」と呼ばれる、性的なニュアンスを含んだ句を題材として女中さんの扱いについて見ていきます。
十八世紀後半における寛政の改革では風紀粛清が行われたため、川柳・連句集である「誹風柳多留」からは改訂に当ってバレ句が削除されていますが、その削除句の内訳を後世に岡田朝太郎氏が「寛政改革と柳樽の改版」に纏めています。それによれば、一番多いのが姦通・間男(四十八句)であり次が性器について(四十一句)、その後に性交運動(二十句)と来て下女(十九句)となっています。更に「御殿女中」に関する句も別に二句あったそうです。バレ句の中で実に第四位という高い順位を女中さん関連の句が占めており、女中さんに世の男共が性的な関心を強く抱いていたことが分かります。更に、十八世紀前半の一時期では、バレ句(計四百五十五句)のうち女中関連は二十一句を占めており少ないとはいえない割合であったようです。
それでは、具体的に女中さんについて述べた句を見ていきましょう。まず、
立って居てちぎりを籠める下女が恋(「中のよひ事」という題で)
合間を縫っての逢引のため立ったままで事に及んだようです。
うそをやと下女あまたるい目付をし
口説かれて、「嘘ばっかり」と言いながらも満更ではなく甘い目付き。
孕む下女雪隠神のたたりなり
便所で隠れて逢引をしたため雪隠神が咎めたのか、妊娠してしまった。
人目を忍んでの逢引相手として下女は認知されていたようです。中でも城に勤める御殿女中は、忙しい仕事に加えて厳しい門限を掻い潜って逢引をしていたため情熱的であったようで。そういえば、西洋でもキルケゴール(もとい、彼の小説の主人公)もお屋敷のメイドさんを引っ掛けて逢引しつまみ食いしようとしていましたね。
さて、誇り高くそれでいて情熱的な御殿女中を詠んだものとしては
つんとしたふうでしつこい御殿者(「おちついにけり」という題で)
普段はつんとしていながらも逢瀬となるとしつこい、と評されているわけでツンデレ気味だったといえるのでしょうか?
こうした逢引相手であった女中さんの中でも相模(神奈川県の一部)出身女性は好色であるとされていたらしく、情事においては珍重されたようです。
相模下女しゃぶれと言へばしゃぶるなり(「おくびやうな事」という題で)
男から一物をしゃぶれといわれるとしゃぶるが、慣れないでおずおずとしている。
おやかして見せると相模目を廻し(「思い社(こそ)すれ」という題で)
勃起した一物を見て欲求の余り気を転倒させる相模下女。
もっとも、こうした合意の逢引だけでなく、相手の意思に関わりなく事に及ぶ場合も珍しくなかったようです。
言いだしたのは俺だよと先にする
御祭りの最中蔵で下女渡し
先の方お替はりで下女される也
はいずれも女中さんの輪姦を詠んだものであり、正直見ていて良い気分はしません。
淋病の施薬を下女はくどかれる
とあるように、月経中の女性と交わると淋病が治るという俗信があって女中さんが利用された事も分かり、対等な人間というより手軽な性欲処理対象という性格が強かったようですね。
以上のように、「メイドさん」が入ってくる以前から我が国でも女中さんは性的に強い興味を持って男性から見られていた事が分かります。ただし、対等な男女としてというよりも責任の生じないお手軽な性欲処理相手として重宝されていたと言えそうです。時には、尾張藩士朝日重章のように女中に手をつけ妾とする事例も珍しくはありませんでした。まあ、これに関しては西洋でもデカルトやらマルクスやらキルケゴールの父やらショーペンハウアーやらヘーゲルやらの話がありますし、一般人にとっても手軽な性欲解消相手だったという話は似たり寄ったりでしたけどね。ともあれ、何にせよこうした「人気」が元々あったところに、美しい装束が生まれ定着する事で単なる「性欲処理対象」を超えて男たちを魅了する存在に成長した、という事なんでしょうかね。
【参考文献】
江戸バレ句 戀の色直し 渡辺信一郎 集英社新書
元禄御畳奉行の日記 神坂次郎著 中公新書
人間マルクス ピエール・デュラン著 大塚幸男訳 岩波新書
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
「偉大なるダメ人間シリーズその1 キルケゴール」(当ブログ内に移転しました)
(http://trushnote.exblog.jp/14529065/)
「引きこもりニート列伝その10 マルクス」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet10.html)
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by trushbasket
| 2008-08-07 23:50
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