「South by Southwest(サウス・バイ・サウスウエスト、SXSW)」は、毎年3月中旬に米国・テキサス州オースティンで開催される、音楽と映画、最新技術の複合イベント。展示会をはじめセミナー、ライブ、上映会、コンテストなど数千もの催しが行われ、80カ国以上から8万人以上もの来場者を集める。今回はそのなかでも、世界の最新技術とベンチャー企業が集まる「インタラクティブ」部門を取材。世界に打って出る日本企業の動きと、驚くようなアイデアを提示する海外の注目ベンチャーの動きを、現地からリポートする。

ソニーの研究開発部門が発表したプロトタイプの2製品
ソニーの研究開発部門が発表したプロトタイプの2製品

 ソニーは2016年3月11日(現地時間)、開催中の「South by Southwest(SXSW)2016」に合わせ、同社のR&D(研究開発)部門が開発したオーディオ機器のプロトタイプ2製品を発表した。「耳の穴をふさがないイヤホン」「カメラ、スピーカー、マイク内蔵のネックバンド」と、いずれも斬新なコンセプト。特に、耳の穴をふさがないイヤホンは、リング状のパーツを耳にはめ込むと一般的なイヤホンと変わらない音質で音楽が楽しめる、新感覚の製品だ。今後発売されるソニーの製品で同様の技術が使われる可能性が高く、ポータブルオーディオ市場に一石を投じそうだ。

 今回発表されたのは、“N”というシリーズ名称の2つのプロトタイプ。それぞれ「音導管」「VPT(Virtualphones Technology)」という2つの要素技術を核とし、そこに音圧を高める「xLOUD」などソニーの既存の技術を組み合わせたものだ。このまま製品化する計画はなく、SXSWなどを通じて得られた反響をもとに改良を加え、今後の製品に生かすことを目的としている。

 開発段階のものを公の場で展示することは、いわば「ネタバレ」であり、メーカーとしては慎重な判断を要する取り組みだ。今回のプロジェクトを統括する、ソニー・システム研究開発本部ソリューション開発部統括部長の岡本直也氏は、「開発段階で一度世に問うことで、より良い製品開発につなげること」を狙いとして挙げる。また、発表の場としてSXSWを選んだことについて岡本氏は、「一般市民を含む、多様な参加者が集まるこのイベントならではのフィードバックを得るのが狙い」(岡本氏)と語った。

今回の企画を統括する、ソニー・岡本氏
今回の企画を統括する、ソニー・岡本氏

イヤホンをしていても、外の音が自然に聞こえる

 2つのプロトタイプに共通するのは、耳をふさぐ、手に持つといった制約を取り去った、より自由なコミュニケーションスタイルの提案だ。オープンイヤー型のイヤホンは、従来のイヤホンのように耳の穴をふさがないので、音楽を聞いている最中も外部の音が自然に聞こえる。他人が見ても耳がふさがっていないことがわかるので、話しかけやすいというメリットもある。

耳の穴の部分がぽっかり空いている、不思議なデザインのイヤホン。音楽を聞いていても、外の音がしっかり聞こえる
耳の穴の部分がぽっかり空いている、不思議なデザインのイヤホン。音楽を聞いていても、外の音がしっかり聞こえる

 核となるのが、パイプ状の部品を通じて音を伝える音導管技術。このプロトタイプに合わせて作り込まれた専用の音導管が使われている。さらに、音響特性(音の分布)を調整して自然な音像を作り出すClear Phase、音圧を高めるxLOUDなどの音響処理を組み合わせており、音質は一般的なイヤホンと比べても遜色ない印象だ。構造上、音漏れが気になるところだが、今回試した範囲では、iPhone付属のイヤホンなど一般的なイヤホン(オープン型)と同程度に抑えられていると感じられた。

カメラ内蔵のネックバンド!?

ネックバンド型のプロトタイプ。先ほどのイヤホンは、このネックバンドとセットで使う想定で設計されている
ネックバンド型のプロトタイプ。先ほどのイヤホンは、このネックバンドとセットで使う想定で設計されている
カメラの起動、撮影が声でできる
カメラの起動、撮影が声でできる

 もう1つのプロトタイプは、ネックバンド型のウエアラブルデバイス。スピーカーとマイク、GPSを内蔵しており、内蔵スピーカーを使って音楽を聞けるだけでなく、現在位置などに合わせた情報や各種の通知を音声で届けるのが主な機能だ。さらに、角度調節可能なカメラも内蔵しており、ユーザーが音声コマンドでカメラを操作することもできる。スマートフォンと接続して使うことを想定しており、インターネット通信にはスマホを利用する。

ネックバンドとしての耐久性を考慮し、基盤は積層して本体前方に内蔵
ネックバンドとしての耐久性を考慮し、基盤は積層して本体前方に内蔵

 この製品に用いられているVPTは、まるで耳元にスピーカーがあるように、音の聞こえ方(定位)を調整する技術として使われている。これにより、首元のスピーカーから音を出しながらも、装着しているユーザーだけが、しかも自然な音像で音を聞ける仕様になっている。ユーザーの近くに立っていると、さすがに音漏れが感じられるが、音漏れが気になる場合は前述したイヤホンとセットで使う想定となっている(イヤホンはネックバンドとセットで使うものとして設計されている)。また、計4つのマイクを内蔵しており、外部の騒音を強力に除去するので、屋外の騒がしい場所でも問題なく声での操作ができる。

 さらにソニーは、この製品と連係する音声サービスのコンセプトも発表。「パーソナライズドラジオ・サービス」と名付けられ、スケジュールや天気、ニュース、周辺の店舗の情報を、音声で、タイムリーに届けることを目指す。一部の開発者に限られるが、今夏を目処に開発キット(SDK)の提供も計画中。開発者からのフィードバックも得て、今後の製品開発につなげたい考えだ。

 ソニーは今後も、開発中のプロトタイプを発表する取り組みを「Future Lab Program」という名称で続けていく計画。「今回の2つはオーディオ関連の技術を核としたプロトタイプだが、今後はオーディオにとどまらない展開を考えている」(ソニー・岡本氏)という。

SXSWのソニーの特設ブースでは、プロジェクターとカメラを組み合わせた、テーブル上でのインタラクションのデモも実施
SXSWのソニーの特設ブースでは、プロジェクターとカメラを組み合わせた、テーブル上でのインタラクションのデモも実施

(文/有我武紘=日経トレンディ)

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