書店とは違った視点で選書したライブラリーを設置するマンションやホテルが増えている。空間の魅力を高め、施設のコンセプトを表現する手段になるからだ。

メイツ深川住吉の共用棟イメージ。大きなガラス窓を採用し、図書室がある2階と3階は吹き抜けになっている(画像提供:TSUTAYA)
メイツ深川住吉の共用棟イメージ。大きなガラス窓を採用し、図書室がある2階と3階は吹き抜けになっている(画像提供:TSUTAYA)

 東京・大手町駅から地下鉄で10分ほどの距離にある「メイツ深川住吉」(江東区住吉)は、総戸数444の大型マンション。2020年2月竣工の同マンションの目玉は、共用棟の2階と3階に設ける本格的な図書室だ。カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)の子会社で、蔦屋書店などを運営するTSUTAYAがこの図書室の空間設計と蔵書1万冊の選書を担当する。

 共用棟の2階は、母親と子供向けのスペースとし、女性向けの書籍や子供向けの絵本の他、雑誌や地元深川に関する書籍などを並べる。また子供を遊ばせるためのキッズスペースも設ける。3階は主に男性向けのスペースとし、仕事や食に関する書籍の他、漫画も置く。エントランス横には専用端末を設置し、住民への書籍貸し出しにも対応する。

 「部屋や装飾など住まいづくりのヒントになる書籍の他、江戸文化、深川など地元に関する書籍も充実させる」とTSUTAYA首都圏カンパニー首都圏MD・営業企画UNITの西麻里子氏は語る。書店運営のノウハウを生かし、書棚の演出にも工夫を凝らす。「書棚に間接照明を当て、コーヒーに関する本の横には自転車をあしらったブックエンド、旅行の書籍の横には観葉植物を置くなど、オフィスや自宅とは違った雰囲気の落ち着ける空間をつくりたい」(西氏)。

 都心部では建築単価が上昇している。そのため、居住スペースを小さくし、マンションの販売価格を抑える傾向がある。その分、広がった共有スペースの機能を充実させ、マンション全体としての魅力を打ち出せるかどうかが、販売を左右する。図書室を設置するマンションが増えているのはそのためだ。

 メイツ深川住吉の販売会社は名鉄不動産で、ライブラリーの設置でTSUTAYAと組むのは18年12月竣工の「アーバン島本シティ」(大阪府三島郡島本町)に次いで2棟目。名鉄不動産の東京支社営業部の野々山勝智・主任は「大型の図書室は、マンションの価値を訴求する営業ツールになると考え、TSUTAYAと協業した。竣工後は本をきっかけに読書や趣味のサークルが生まれるなど、住民コミュニティーが活性化する役割を果たすだろう」と説明する。

メイツ深川住吉の明るく開放感のある2階の図書スペース。和モダンをコンセプトにしており、ちょうちんをモチーフにした照明を設置した
メイツ深川住吉の明るく開放感のある2階の図書スペース。和モダンをコンセプトにしており、ちょうちんをモチーフにした照明を設置した
3階の図書スペース。書棚を間接照明で照らし、落ち着いた雰囲気を演出している。天井には江戸切子の柄をあしらう
3階の図書スペース。書棚を間接照明で照らし、落ち着いた雰囲気を演出している。天井には江戸切子の柄をあしらう

ホテルやオフィスにも拡大

 こうしたライブラリーの増加は、書店にとって販路拡大という意味を持つ。

 古書販売のブックオフコーポレーションは、運営する青山ブックセンター(ABC)のサービスとして、マンションなどの書棚をプロデュースするブックコンサルティングを展開している。

 これまでに大小合わせて200件以上のマンションで書棚の選書を手がけてきた。「時間がたって使われなくなったラウンジに書棚を置いてライブラリーに変えると、住民の利用率が高まるケースが多い」と同社新刊複合事業部の佐野正樹・新刊グループ統括エリアマネージャーは語る。17年には、野村不動産が販売する「プラウドシティ大田六郷」の蔵書7000冊のライブラリーを同社がプロデュースし、グッドデザイン賞を受賞したことで注目を集めた。

 最近はホテルやオフィスにライブラリーを設置したいという相談も増えているという。「ホテルの場合は、ホテルそのもののコンセプトを宿泊客などに伝えるためだったり、オフィスの場合は、魅力のあるオフィス空間をアピールして、離職率を下げたりする狙いがある」(佐野マネージャー)。

 こうしたABCが手がけたライブラリーの多くは、書籍を納入して終わりではなく、書籍や雑誌を定期的に届けるランニングサービスを提供している。つまりライブラリーは、小さな書店を開くのと同じメリットがあるわけだ。

 出版科学研究所によると17年の出版物推定販売金額は1兆3700万円で、ピークだった1996年の約半分に縮小した。その影響で街の書店も減少している。ブランド力があるABCもこの流れから無関係ではない。経営不振から店舗運営会社が何度か変わり、2018年6月25日には1980年に開業した六本木店を閉店した。「これまでのように、お客が来るのを待っているだけでは新刊書店の運営は厳しい時代になった。さまざまな施設にライブラリーを設置することで販路を拡大できる」と佐野マネージャーは語る。

 ABCでは、カフェやアパレルショップのほか、調剤薬局や病院などにもライブラリーのニーズがあると見て、ブックコンサルティングサービスを拡大していく考えだ。

シマダハウスが運営する「ホテル&レジデンス六本木」のラウンジにある書棚。ブックオフコーポレーションが選書に協力した。日本文化やファッション、アートに関するもので、日英の2カ国語併記の書籍など約200冊が並ぶ。小物や照明などは両社が共同でコーディネートした(写真提供:ブックオフコーポレーション)
シマダハウスが運営する「ホテル&レジデンス六本木」のラウンジにある書棚。ブックオフコーポレーションが選書に協力した。日本文化やファッション、アートに関するもので、日英の2カ国語併記の書籍など約200冊が並ぶ。小物や照明などは両社が共同でコーディネートした(写真提供:ブックオフコーポレーション)
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